【行こ行こ#78】導かれし釧路・食の洗礼|東の果て釧路旅2025-1
あ3回目のJALどこかにマイルで、当たったのは釧路だった。

釧路。しかも11月である。
正直に言えば、出発前の私はそこまで浮かれていなかった。夏の北海道ならまだしも、冬の入り口に差しかかった道東だ。寒いに決まっているし、なんなら『よし、行くか……』と自分を奮い立たせる面も1%くらいはあったと思う。

いつものように羽田空港のラウンジで出発を待ちながら、残っていた仕事を片付けていると、親友であり仕事仲間でもあるカセキチから電話がかかってきた。
内容は「Sonyの業務用カムコーダーFX2を買おうと思う」という相談である。とはいえ、カメラに関しては彼のほうが専門家なので、厳密には相談というより、互いに話しながら「よし、行くか」と腹を括るための儀式みたいなものだった。
こういう買い物は、性能表を見て決まる部分ももちろんあるけれど、最後は勢いである。しかも高価な機材であればなおさらだ。
それに、FX2は評判がわるくて価格が暴落している。今が絶好のチャンスだと思い、二人して清水の舞台からダイブしたのだ。
時間が来たので、私は飛行機に乗り込んだ。

すると、いよいよ離陸というそのタイミングで、またカセキチからLINEが届いた。送られてきたのは、今まさに私が乗っている飛行機のフライトレーダーの画面だった。

なるほど、面白い。昔なら展望デッキで手を振るくらいだった“見送り”が、いまはネット越しにできてしまう。
そんなことを思いながら、私を乗せた飛行機は離陸した。
雲の上に出る。空は明るく、ふわりとした光が広がっている。そのとき、右斜め前に座っていた幼稚園ぐらいの子どもが、窓の外を指さして言った。
「ねー、お空がこんなに綺麗だよ」
なんと良い台詞だろう。
あまりにもいい一言だったので、その場にいた全員の心が少しだけ和んだ気がした。確かに綺麗だった。しかも子どもが言うと、妙になぜか胸にせまる。
ああ、いい空の旅だなと思った、その直後である。
「この先、揺れが予想されます」
機内アナウンスが流れた。
そして……その直後、しっかり揺れた。
ぎゃーー!
さっきの子供が泣き叫んでいる。先ほどまで“雲の上の詩情”を味わっていた空間が、一転して“空飛ぶ洗濯機”みたいになる。
「ああ。どうか、雲の上の詩人であるあの子が、飛行機を嫌いになりませんように。」
そんなことを考えているうちに、我々を乗せた日航機は、何事もなかったような顔でたんちょう釧路空港へ到着した。
秋刀魚の祝福
市内へ向かうバスに乗り込んで、ぼんやりしていたら、降りなければいけない停留所を乗り逃した。

私は予定外の場所、釧路フィッシャーマンズワーフMOOまで来てしまっていた。
いやあ、まいった。
知らない街の知らない場所に、ぽんとスポーンする。これはもはや私の得意技である。とはいえ、得意技だからといって助かるわけではない。次のバスを探さねばならないし、ホテルへの動線も組み直さねばならない。

何故か温室があるし、なんの建物かはわからない。とりあえず観光案内所に行くか、と思って歩き出した、その途中である。
「さんまんま」
という文字が目に飛び込んできた。

あれ、これ知ってるぞ、と思った。
出発前、釧路土産だの釧路名物だのをぼんやり調べていたときに見かけたやつだ。店内でも食べられるのか…そうか…。
気づけばもう夕方、今日、口に入れたものといえば朝に自宅で齧った柿と、ラウンジで飲んだ大量のブラックコーヒーくらいだった。
食べてみるか。

パクリ、もぐもぐもぐ。
……旨い。

いや、これは本当に旨い!
炭火焼きの香ばしさと、鰻丼のような甘辛いタレの旨みが合体している。さらに大葉が挟まっていて、その青い香りが全体をきゅっと締める。
餅米のもっちりした食感もいい。
骨があるのだろうか、特に刺さるような感覚はない。口に入れたら、旨みだけが広がって『名物ですよ〜!私』とこれでもかと主張してくる。

しかも、期間限定で秋刀魚のつみれ汁があるという。そんなもの、頼まない理由がない。

ふわあああ、美味い!
秋刀魚のつみれ汁、と聞くと私はどうしても『目黒のさんま』を思い出してしまう。あちらでは、脂を抜かれて本来のうまさを損なったものとして語られている。
しかし、ここのつみれ汁はどうだ。
うまい。実にうまい。
出汁がいい。根菜ときのこの旨みがしっかり出ている。そこへ秋刀魚のつみれが加わり、刻みネギが最後に全体をしゃきっとまとめる。秋刀魚という魚は焼いても頼もしいが、汁に入っても負けない。万能選手か。
私はそこで静かに悟った。
バスを乗り逃してよかった。
私の場合はいつも『人生万事塞翁が美味』である。困ったことが起きても、その先にうまいものが待っているなら、だいたい許せてしまう。
今回もまさしくそうだった。ホテルの近くで無難に降りていたら、たぶんこれは食べていなかっただろう。そう考えると、乗り逃しもまた旅の神の采配である。

海の幸の宴
腹が満たされると、人は欲が出る。
先ほど見かけた観光案内所へ戻り、「このあたりでいい店ありますか」と尋ねることにした。
何しろ釧路は初めてで、詳しい下調べもほとんどしていない。私は旅先では、案内所と地元の人の言葉をかなり頼りにしている。ネットの情報ももちろん見るけれど、結局、現地で暮らしている人の『ここ、いいですよ』がいちばん頼もしい。
教えてもらったのが、「まるとも水産」だった。
よし、そこへ行こう。予約を取り、いざ出陣である。

店に入ると、囲炉裏というか炉端というか、そういう“いかにも北海道っぽい”カウンターがあって、旅の初日の夜として、これ以上ない舞台が整っていた。釧路の旅を始めるには、実に良い場所だった。

そこでまず頼んだのが、「痛風牡蠣」という、名前からしてあまりに無礼千万すぎる一品である。

牡蠣、雲丹、あん肝、いくら。
海の猛者たちが、一気呵成に口の中へなだれ込んでくる。渾然一体となったその味は、もはや個別に「牡蠣が」「雲丹が」と説明する段階を超えている。目の前の景色に、筆文字ででかでかと「海」とテロップが出る感じ、とでも言えばよいか。
噛めば、あっという間にとろけて消える。
そして夢の跡だけが残る。
人の夢と書いて儚い、など言うが、これはまさしくそんな食べ物だった。
尿酸値が秒で9.0を突破しそうな美味さである。

続いて寿司もいただく。キンキ、ブリ、アジ、アマダイ、クロゾイ。
どれもうまい。北海道は海の幸が豊富で有名だが、「こりゃ有名になるわ」と思わされるラインナップだった。
真だちの天ぷらも頼んだ。

これがまた、クリーミーで、実に旨い。
ああ、冬が来る、冬が来る、と身構えていたのに、冬の入口でこんなものを食べさせられるのは反則ではないか。寒さがあるからこそ旨いものがあるのもまた事実で、北国というのはそういうふうに人間を丸め込んでくる。
そして塩辛じゃがバター。しかも芋はインカのめざめである。

これが、はちゃめちゃにうまい。
昔、函館で食べて腰を抜かしそうになったことがあるが、釧路でもうまいんかい、と思う。
凄いぞ北海道。ずるいぞ北海道民。こんな美味いものを隠し持っていたとは。
こうして海の幸をたっぷり堪能し、私はようやく思った。
ああ、釧路の旅が始まったな、と。
出発前は、11月の北海道なんて寒いしなあ、と少し気乗りしなかった。
だが、実際に来てみれば、飛行機は揺れるし、見知らぬ場所には放り出されるし、それでも秋刀魚はうまいし、夜の海鮮は反則級にうまい。
こうして、私の初めての釧路二日間の旅は幕を開けたのである。
つづく
次回↓
記事:まるのすけ
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