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ライニア乱記 魔法使いのはかない弟子 第三章 花は散る 一、首狩り事件

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 セレストが撃たれた夜以来、レンは数日間シュインに会っていなかった。初めこそ一時的な体調不良を疑っていたが、再び不登校になってしまったのではとの心配が日ごとに増えてくる。このまま学校に来なければ、恐らく以前と変わらなくなる。家を訪ねたかったが、その場所を聞くことさえしていない。
 今日もシュインの姿を見ないまま、学校から戻った。居間のテーブルに両肘を載せ、レンは座りながら少し前のことを思う。シュインと言い争った末に殴った彼女の兄が、いまだに信じられない。なぜ兄はあれほど妹に怒っていたのだろう。第一、銃を持っていた本当の狙いはどこにあるのか。シュインは撃ってしまったセレストへ謝っており、彼女が目的ではないとは分かる。
 電源を入れていた正面のテレビから、新たな報道が流れる。ここ数日、湖水地方の村々で首狩り事件なるものが発生しているらしい。刃物を持った十二歳くらいの少女は笑いながら刃を振るい、道行く人の首に差し入れては切断した頭部を持ち返っていく。これまでとは比でない物騒さに、レンの身はおのずと震えた。体を温めるため、そして来ることになっている来客のためにも紅茶用の湯を沸かす。
 ポットの口から湯気が出てきた頃に呼び鈴が鳴り、レンは玄関にルネイを迎えに行った。テレビを消して自分の向かいに彼を座らせ、淹れたての紅茶を差し出す。彼は手にしていた複数部の新聞をテーブルに置き、カップにそっと触れると熱そうに手を離した。
「紅茶はゆっくり飲んで良いよ。それで、わたしにしたかった話って何?」
「昔の話です。カルマさんがなぜシュインさんを恐れていたか、分かると思うので」
 カップをそっと脇によけて、ルネイは新聞をめくってから器用に裏へ畳むと、レンに国際面の記事を見せてきた。少し古びて色の褪せた紙面に書かれた内容に、レンは目を見開く。ライニアより南にある大陸の国々で、未成年の兄妹による窃盗が多発しているとあった。違う日付の新聞も渡され、今度は別の事件について触れられている。上の兄を中心として、大金持ちに対し詐欺を行ったという。
 日付の違う記事にざっと目を通してきたが、いずれにも犯人である兄妹の名前や顔写真は明かされていなかった。それならシュインが関わっていないとも希望を抱けたが、首を振ったルネイが打ちのめしてくる。
「被害を受けた人々の間では、名前が広まっているそうです。注意喚起もされていたとか。カルマさんもそれを聞いていたのでしょう。ライニアに来てからは大人しくしていたみたいですが、これからはより重い罪を犯しかねません。……シュインさんと兄のチェンさんは、レン姉さんを狙っています」
 レンの手から新聞が離れ、机上に落ちる音がする。視線はルネイへと定められてしばらく動かない。震えていた手がやがて握られ、思いきり卓を叩いていた。自らのカップから紅茶が波立って零れるが気にならない。脳裏には、新しいことを学んで笑顔になったシュインが浮かんでいた。
「シュインちゃんがわたしを狙っているって? そんなわけない! あの子は本当に犯罪者だったとはいえ――」
「レン姉さんは、これまで身の危険を感じたことはありませんでしたか? シュインさんと出会ってから」
 言い返そうとして、セレストが負傷する前後の出来事が蘇る。まず知らない男――ルネイの話すチェンがこちらの気が逸れた隙に、刃物で襲おうとしてきた。そこから逃げて銃声を聞き、フュシャが電話をしている最中にシュインとチェンが言い合っていた。二人の持っていた武器が、自分のために用意されていたとしたら。
 少しずつ脈が速くなっていく。なおも事実に抗いたい思いが強まる。浅く息を吸って、レンは掠れ気味の声を発した。
「シュインちゃんはあくまで、わたしの弟子になりたいって言っていた。授業に取り残されたくないから勉強を教えてって頼まれて……」
「それはレン姉さんに取り入った隙を狙うことを考えていたのかもしれません。でも一方的にシュインさんが悪いとも言い切れません。シュインさんはチェンさんに、さらにチェンさんがシヴァに、レン姉さんを殺すよう指示されていたんです」
 最近はシヴァとチェン・シュイン兄妹を探っていたとして、その裏をルネイはぽつりぽつりと話す。そもそもチェンがレンに目を付けたのは、その兄を自分が殺したと思い込んでいるからだ。根も葉もない話を吹き込んで唆したのがシヴァだった。つまり元凶はシヴァにある。
「何でそんなに、シヴァはわたしを殺そうとしているの?」
 尋ねたレンを前に、ルネイは湯気の減ったカップを持ちながら固まっていた。紅茶の液面を見つめ、意を決したように顔を上げる。
「レン姉さん、ぼくの話を信じてくれますか? おおよそすぐには理解できないものだと思いますが」
「……信じるよ。ここまでわたしを心配してくれたんでしょう? そんなルネイくんなら、信用できる」
 カップを置いて、ルネイは一つ深呼吸をした。その口がより開かれようとした時、外から男女の悲鳴が重なって聞こえた。互いに顔を見合わせ、レンはルネイと同時に立ち上がって窓の先を覗き込む。人々が走って逃げるその後方に、ふらふらとした足取りで追う少女がいる。藍色の短い髪に目が引き寄せられ、レンはルネイの制止も聞かずに玄関を出ていた。
 家のすぐ前を駆けていた人が、自分を見るなり叫ぶ。
「おい、すぐ家へ入れ! あいつ、花を摘むとか言って人の首を切り落としているんだ! ちゃちい刃物なんか使ってるから、切り方もひでぇもんだぞ! 目を付けられたら終わりだ!」
 そう忠告があった直後、右腕が後ろへ引かれるのをレンは感じた。振り返るなりルネイを認め、彼が家に入れて戸を閉める動きに逆らわない。
「今まで、シュインさんにああした動きはありましたか?」
「なかった。人を花の名前で呼ぶことはあったけど」
 ルネイが顎先に手をやって考え、推測を明かす。
「シュインさんに何らかの異常があるとは聞いていましたが……それは恐らく本当でしょう。ぼくみたいな体質か生まれついた能力か何かで、人が花に見えている。首を指して『摘む』と言っているとのことだったので、顔認識に異常を抱えているのではないでしょうか」
「だとしても、シュインちゃんはこれまで『摘もう』なんてしてこなかった。花に見えていたのは確かだろうけど……」
 明らかな変化に、ルネイも首を捻っている。そこに扉を通して助けを求める叫びが入ってきた。レンが再び外へ出ると、男が地面へ仰向けに寝かされ、上から押さえ付ける少女に刃を振り下ろされそうになっていた。首を目掛けた攻撃が、青く透明な壁に阻まれる。技で守られた男にルネイが駆け寄った。彼が起こした人のそばで膝立ちになる少女へ、レンは呼び掛ける。
「シュインちゃん、わたしが分かる?」
 服のあらゆる箇所に血を付けたシュインが、レンに顔を向けて笑う。口元を高く吊り上げ、ゆっくりと立ち上がっていく。左手の短刀を握り直す少女が、まっすぐ歩いてきた。
「ハスの花! きれい! きれいなものは大事にしなきゃ!」
 男を逃がしたルネイが動こうとするのを、レンは手で制する。そしてシュインから感じる異様な気配を、ひしひしと身に受けていた。

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