闇 690(酢と44名の犠牲者編)
闇 690(酢と44名の犠牲者編)

2026/09/15 tue
※人間は元々性善説である。但し一度染まると白にはならない。但し心の持ちようや誠心誠意な行動が、白さに近付く事はできる。
前回の章

二千二十四年八月三日、土曜日大安。
風呂から出ると、闇十一章の移動した部分の推敲を始める。
ジャイアント馬場社長からジャンボ鶴田師匠の訃報。
そして浅野美嘉に、小野恵子…、うーん、コイツいるか?
ざっくり書き過ぎたけど、致命的な事をされたから、俺は不条理に捨てたんじゃなかったっけ。
裏切りとまで呼べるものではない。
だが、ずっと片隅に引っ掛かっていたのも事実。
それはまだ身体の関係はあっても、付き合い始める前だったから。
一度会い、俺はそれでよかった。
しかし向こうから何度も連絡があり、会いたいと言われ、献身的に尽くしてくれたからこそ、外見はいまいちでも性格いいしいいかなと思ったのだ。
合間に別の女も適当に抱いたし、風俗にも行った。
それでも圭子は従順で、暇さえあれば横浜から新宿へ足を運ぶ。
何度目か忘れたが、一緒に住みたいと言われる。
同棲か…、これまでした事のない。
最初の同棲がコイツでいいのか?
性格がいいだけに、返事を濁らす。
この頃の俺は、自分に酔っていた事もあり、踏ん反り返っていた部分も内心あった。
言い方を変えれば、このレベルの女で生涯を終わらせてしまっていいのかというもの。
自分で最低だと分かりながらも、葛藤するとトレーニングへ打ち込み有耶無耶に誤魔化した。
基本的に週末を休みにしていた当時の俺。
放っておいても絶対に連絡をしてくる圭子から、一週間ほどなくなった。
まだちゃんと付き合うという訳ではない中途半端な時期。
別にこのまま自然消滅でも構わなかったが、妙なプライドがあり、向こうから興味を無くされ、て関係が終わったという形が癪に障る。
気になり俺から電話をしてみる事にした。
正直な彼女から聞いたのは、想定外の事実。
もうどこの病院だったかは分からない。
おそらく横浜のどこか。
入院したと聞いた俺は、休みにすっ飛んで病室へ向かった。
「何でもっと早く言わなかったんだよ?」
「うーん…、ちょっと悪いなと思って」
「何が悪いんだよ? 俺たち、付き合っ……。付き合っていたんじゃなかったのかよ?」
つい自分から出てしまったこの言葉。
心の片隅に、女は外見だけでなく優しさのほうが大切なのではという気付きがひっそりあった。
「怒らない?」
布団を顔の半分まで掛けて隠しながら視線を外す圭子。
疚しい事でもあったのか?
本来俺は、度量の広い男なはず。
ちょっとやそっとじゃへこたれないさ。
何せ修羅場を腐るほど経験してきたのだ。
ヤクザの前でも引かなかったほど。
自然と笑顔になりながら、余裕の表情を見せる。
「いいから言ってみな」
「あのね…、智と初めて会うちょっと前なんだけど、出会い系サイトで知り合った男の人がいたのね……」
「そんなの俺だって圭子以外にもたくさん会ってきた。ちょっと前だけど。ブランド狂いで普段は余裕綽々のくせに、人を毎週縛りながら智一郎さん浮気してもいいのよなんて抜かす馬鹿な女もいたしさ。あまりにもしつこいから、何人も浮気したら気が狂ったように馬乗りになって人の顔を殴りやがってさ」
俺は過去、それらの経験を元にした進化するストーカー女という題材で、作品を書いた事があった。
あれ?
それは違うだろ?
鬼畜道の流れであの話が出て…、いやいや、それはもうちょいあと。
確か二千六年に初めてこの作品を書いたのだから。
これが自費出版を押し勧めてきた新風舎の文学賞の一次選考へ最初なったんじゃないか。
クレッシェンドなんかよりも前に。
浮き浮きして青山まで行ったら、自費出版の話をされ、俺はブチ切れたのだ。
それから数年経った二千十年…、小説の師と仰いだしほに見せる為、この作品を一から書き直し、当時のブランド女や圭子も加え、真進化するストーカー女として、新たに書き直したのだ。
つまりまだ圭子と病室で会話をしていたこの頃は二千年か、もしくは千九百九十九年。
俺がパソコンも触った事もなければ、さらにあとの小説なんて書いているはずがない。
この頃はただ毎日新宿へ行って働き、帰ったらトレーニングをしていただけの勢いに任せて突っ走っていただけの男だったのだ。
「アハハ…、智って格好いいもんね」
「だから俺だって他の女とそうだったんだから、圭子がそこまで罪悪感を覚える必要性はないって」
安心させるつもりで余裕を見せた。
しかし圭子の表情はより曇る。
「そ、そうじゃなくてね……」
「何だよ、言ってみなって」
「智と会ったばかりのあと、その男の人からしつこく連絡あって……。智って、ちゃんと付き合ってくれるのかどうか分からなかったし、いつも私が智に合わせて横浜から新宿か川越に行っているだけ。不安になって、その人と会ってしまったの……」
「……。それで?」
酷くプライドを傷つけられた気がした。
それでも表情には出さず必死に誤魔化す。
口元を歪め、歪な笑顔を見せる。
「その人から求められて関係を持ってしまって…、そしたら性病に掛かってしまい…、こんな入院にまでなっちゃって……。智に何て言えばいいんだろって……」
まさかの展開にハンマーで頭を殴られた感じがした。
落ち着いて冷静に考えろ。
圭子のした事は、俺と会いながら他の男と会いセックスまでしたという事。
そしたら男から性病を移され、ここへ入院?
性病で入院なんてするのか?
毛じらみなんて、チン毛剃れば治るんだぞ?
淋病も抗生物質飲めば治る。
過去自分が体験した性病を思い出しながら必死に整理した。
明かな違和感。
おそらく圭子はまだ何かを隠している。
「なあ、圭子? 性病ぐらいじゃ入院なんてしないだろ、普通? 正直に言え。何があった?」
カマを掛けて聞いた。
この頃の俺は、試し行為と呼ばれる何かの精神障害を患っていたのかもしれない。
つけ刃な知識であるが。
別名境界性パーソナリティ障害とも呼ばれるこの症状は、相手の愛情や関心を試す為に、あえて相手が困るような言動や、拒絶されるような振る舞いをする行動の事を指す。
母親に子供の頃捨てられた俺は、どこかで異性を蔑んでいる部分があった。
だからこそ数々の女を抱くと、性欲を満たすというよりも、この女をやっつけたという征服感のほうが遥かに凌駕している。
浅野美嘉とか特別視した女性は大事にしようと思うが、他の女には関してはただの性欲処理程度にしか扱わなかった。
それでもしつこく追い縋る女には、どこまでコイツは俺について来れるんだとサディスティックな気分になり、試し行為…、あえて意地悪な言い方や仕草をして、実験するかのように観察していた事は否めない。
圭子は俺の目をジッと見つめながら、ゆっくり口を開く。
「あのね…、相手の人のアレが、大き過ぎたみたいで、私のあそこが裂けてしまったの」
「はあ、何だそりゃ?」
「だから膣が裂傷して血だらけになってしまったの……」
「……」
酷くショックを覚えた。
処女膜を破って血が出たという話ではない。
自分では何人も女を逝かせ、風俗嬢からも凄い大きいと何人からも言われ、絶大的な自信を持っていた。
圭子と数回行った性行為は一度もそんな事はない。
だから明らかにその浮気した相手の方が、チンコが尋常ではないデカさだったと言われているようなものだった。
動揺を見せるな。
取り繕えって!
「もうそんな馬鹿な真似はすんなよ、圭子」
俺はそっと彼女を起こし優しく抱き締めた。
この瞬間から、圭子と付き合うという過程になってしまったはず。
以来彼女はより従順になり、一緒に同棲をと不動産へ連れて行こうとした。
そして途中から上げマンだと気付いた俺。
性格もいいし、これでいいのかなと妥協をするようになってきた時、ラーメン屋での酢事件が勃発したのである。
それまで不甲斐なくなっていた自分へ、何かの強烈なサインのようなものに見えた。
ひたすら酢をモチーフに俺は圭子を連想するようになる。
あの女、風呂にも酢を入れて漬かっているんじゃないか?
家だと一升瓶の酢をラッパ飲みにしているんだろう。
あり得ない事を妄想し、ひたすら圭子から離れなきゃ駄目だと自分を納得させようとした。
それは俺と会っているのに他の男とセックスした。
自分の事を棚上げして、彼女を悪者に悪者にとかなり劣悪な思想。
誤魔化すように酢への八つ当たりのようなものだった。
結果新宿プリンスホテルで、圭子の携帯電話を見せてと言った俺は、アドレス帳に男の名前が入っているのを見つけ、ワザと責め立てた。
それを言い訳に、彼女を振ったのだ。
自身のチンケなプライドを守る為に……。
どっちもどっち、いや、酷さでいえば俺のほうが遥かに先を行っている。
それでも自己弁護の為、岩上整体時代に『酢女と王様』というタイトルで小説を書いた。
過去一人だけこの作品が一番好きだと言った女性読者がいた。
馬鹿なのかコイツはと思い、俺は当時ミクシィでその子をマイミクから外した。
うん、俺の最低で格好悪い汚点。
闇十一章で、圭子の事を外し正解だ。
誰にもこの事は話していないもんな。
闇は一章で、生まれてから十九歳まで一気に生き様を正直に書いているのだ。
彼女の事など小事に過ぎない。
だから俺の歴史から永遠に封印してやろう。
トイレに行き、キッチンの前を通ると作り掛けの牛スジカレーが視界に映る。
ああ、まだ作り途中だったっけ……。
十二時間以上寝かせたカレー。
そこへ鶏がらスープの素、ブイヨンを入れ、混ぜて煮込んで蓋してさらに煮込んで、弱火で一時間煮込もう。
試合前のチャイニーズマフィアとの死闘に近いやり取りは外せないし、そのあとの総合格闘技の事がむしろメインなんだ。
だから圭子は外して正しかったのである。
あー、ベランダへタバコ吸いに行こう。
弱火にしたから焦げ付かないよね?
寝転がりながら、フェイスブックを眺める。
ひょっとして俺は、本当に人道的じゃない事を圭子にしてしまったんじゃないか?
いやいや、浮気をしたのはあいつ。
俺だってそれはそうだろ?
「……」
二十九歳か二十八歳の話だぞ?
今五十二歳!
二十数年前の事を今更蒸し返すなよ。
じゃあ今からあいつに連絡をするのか?
電話番号分からない。
そういう問題じゃないだろ!
だって酢が……。
おまえだって酢は好きだろうがよ!
餃子のタレ作る時、かなり多めに入れているよな?
もう言い訳はやめろ、見苦しい。
今になって何故か苦しいんだよ。
じゃあ馬鹿な事を適当に思い出して文字にしろ。
何を?
自分の事だろ、自分でそのぐらい考えろ。
おまえだって俺じゃないのかよ……。
十年前の横浜での本日の出来事
ホストに行く女は本当にお馬鹿で礼儀知らずと思う話。
すべて実話というか体験談なのであるが、先日うちの店のドアの目の前でオシッコをした馬鹿女がいた。
当初は監視カメラのモニタから突然下に消えたので、(何だろう?)と思い、入口のドアを開けようとする。だが、ドアは開かず、少し力を入れようとすると「お願いです! 待って下さい!」と女性の声が聞こえた。
お願いしますも何も、営業時間中入口のドアの前に入られては邪魔なだけ。強引にドアを開けると、床に液体が広がっている。瞬間、(この女、人の店の前で小便してやがるな)とすぐ察知できた。まだ下着も下ろしたままだろうと思い、武士の情けで少しだけ待つ。
頃合いを見てからドアを開き、「何をしているんだ、おまえは?」とさすがに冷たい声が出る。
「お金払えばいいんですよね」
営業中の店のドアの目の前で小便をしときながら、第一声がこれ……。
年齢で言えば20代前半、キャバクラか風俗嬢のどちらかだろう。
「おい…、おまえはどういう教育されてきたんだ?」
「え?」
「『え?』じゃないよ! 今うちは営業中だし、当然中にお客さんだっている。それをこんな事しといてお金を払えばいい?」
「す、すみません……」
私は使用済みのおしぼりが入った籠を放り投げると、「自分で掃除しろ」と命令した。
こんな馬鹿な女、新宿歌舞伎町でも見た事がない。
実は小便をところ構わずする女って、これで3人目。
朝方まで上の階にあるホストで飲み、終わってからプライベートで会う為に何故かうちの階まで降りてきてホストが来るのを待っている馬鹿女。
途中我慢できなくなるのか、階段の踊り場でそのまま小便されたり、今回のようにドアの目の前でしたり……。
楽して下手な男より金を稼ぐ女は、大抵このように非常識で出来が悪い。
仕事上でチヤホヤされてしまっているので、モラルというものが欠け過ぎているのだ。
ホストで金を使う為に自分の身体を売ってまで金を作る馬鹿な女。新宿時代は見ていると、そんな若い馬鹿女が多い。私の店の客でそのようなタイプが散々いた。
相談があるというから話を聞くと、今のホストがとか、あとは金を貸して欲しいの2択しかない。
私が横浜に来てからも、いきなり『30万貸して欲しい』という意味不明な連絡が会った事もある。
時間が経って久しぶりに見ると、子供ができて産んだまではいいが、肝心の相手がホストを辞めてくれないので…と、結婚暦無しのシングルマザーになっているのが大半。
政治じゃ、こういう闇の部分って全然分かってないし、国自体でいつか改善していかないと大変な事になるんじゃないかなって常に思う。
十二年前の池袋での本日の出来事
俺って本当に馬鹿
いつも毎日のように店へ来る下の階で働くキャバ嬢の子が、「今月でうち、閉まっちゃうんですよ~」と言うので、閉店する前に一度ぐらい行ってあげようと思った。
その日、休憩時間を使って近所のインターネットカジノへ。
すると、ものの三十分もしない内に5万負け……。
暗い気分のまま店に戻り、仕事時間を終えると、懲りずに駅前のパチンコ屋へ入る。
すると、2千円で出て、何と13連チャン。
玉数は18000以上。景品大7個、小7個もらったので、単純に7万7千円かなと思い、店の従業員へメールして自慢する。
換金所で換金すると…、4万5千5百円……。
換金率2円5十銭だったのか……。
気を取り直し、ケンタッキーフライドチキンを買って、店の従業員に持っていってやる。
その後寿司屋へ行き、一人でマグロをたらふく食べた。
スーツでも仕立てようと2着のスーツを買い、ジンギスカンでたらふく食べる。
この時点で30時間ほど起きっ放しだったので眠くなり、DVDBOXへ行くも、どの店も満席で入れない。
仕方なく店の近くの日焼けサロンへ行った。
体を焼くのは十年ぶり以上。
一番弱いマシンで一時間と伝えると、店員は「ヤケドしてあとが大変ですよ~」と言うが、極限に眠かったので、そのままで構わないとすぐ寝た。
五十分ほどしてあまりにも熱くて寝覚め、体中がヒリヒリして痛い事に気づく。
シャワーを浴びて、キャバクラへ。
軽く飲んで帰ろうと思ったが、駅まで行くと終電がちょうど行ってしまう。
仕方なく駅を出ると、突然の大雨で全身ズブ濡れ。
またケンタッキーを買って店にチキンをプレゼントし、キャバクラへ戻る。
朝方まで飲んでさすがにフラフラ。
とにかく横になりたかったがDVDBOXは相変わらずどこも満員。
街を彷徨っていると、中国人の女が「マッサージマッサージ」と近寄ってくる。
「眠いんだからほっとけ!」と振り払うと「朝まで寝るだけ、3000円OK?」と言ってくるので行く事に。
ベッドへ横たわると中国人が「お兄さん、本番あと1万OK?」としつこいので「うるせー! 寝かせろ」と振り払い、ようやく40時間ぶりに寝る。
起きると全身ヤケドであちこちが痛い。
財布の中を確認すると、3万円しか残っていない。
20万あったのに、17万も使ってしまったのか……。
こうして俺は反省をしつつ、池袋をあとにした。
俺は一体何を書いているんだ?
あ、タイマーが鳴っている。
カレーを見に行かなきゃ。
結構煮込んで寝かせてを繰り返したので、落ち着いてきた。
きっと圭子だったら、ここでカレーに酢をぶち込んで…、もういい加減にしろ!
疲れているんだ。
一回睡眠をそろそろ取ろう。
考えてみたら、昨日のウォーキングから始まり仕事で十二時間勤務。
まったく寝ていないのである。
もう一度カレーを煮立ててから、火を止め、ゆっくり眠る事にした。
目を覚ますと二時半。
慌てて飛び起きる。
急いで着替え始めてから途中で手を止めた。
今日休みだったっけ……。
ポケットを弄ると、先日でったんが泊まりに来た時、同窓会の帰りで貰ったタクシーの領収書があった。
あ、そうだ。
東武東上線がタクシー代を保証してくれるんだったっけ二千八百円。
微妙な金額。
しかも立て替えてくれる期日は今日まで。
新大久保から池袋まで行き、この金を受け取りに行くの?
まあ小説を書く事と、カレーを作る以外、特に何もないもんな。
マスターのこなもんは、もう閉業してしまったし。
でったんがあの時ラーメンをご馳走してくれたし、このタクシー代だってそう。
ここで面倒臭がって行かないという選択は、俺の男を下げる事になってしまうのだ。
出掛ける前に牛すじカレー再度強火でガンガン煮込む。
ふん、原子になるまで溶け込んでしまえ、牛スジめ。
さて、これから池袋へ行きますか!
駅長室まで行って、タクシーの領収書とこの紙を見せればいいんだよね。
あれ、二千八百円だと思ったら、二千五百だった。
さらに三百円減ったのか。
何で俺はずっとその金額だと思っていたのだろう?
どうでもいい事を考えている内に、電車が池袋駅へ到着。
二千五百円を受け取り、今度でったんが来た時渡そうと思った。
せっかく休みでここまで来たのである。
池袋西口を出て左手にある西一番街いわゆる池袋版ミニ歌舞伎町へ向かう。
ん、串揚げ屋発見!
『串カツ あげあげ』か。

変な名前。
こなもんではお好み焼き系ばかりで、串市場ん以来、串カツ食べていなかったもんなあ。
ちょっと寄っていくかな。
お茶ハイに葡萄サワー、そして来ましたよ、串揚げさんたちが、へへへ。
ソースが、ウスターとトンカツソースしかないのが残念。
あー、マスターの揚げた串カツ食いてえよー。
でも料金が、これで二千三百円くらいなので、安過ぎて文句も言えない。
池袋でさっき二千五百円の収入を得て、この金額だから二百円の儲け。
いやいや、山手線の往復運賃入れたら赤字やんけ!
帰ってからまた牛すじカレーを煮込もうじゃないか。
玉ねぎがすっかり溶けてしまったので、また追加で入れる。
ここから三十分強火で煮込み、もう写真撮るの面倒だな……。
ここから醤油、ウスターソースを加え、さらに弱火で一時間。
蓋して寝かせてオナニーでもしよっと。
誰を想像で汚してやるかな。
やはり麗美華?
実際に途中で未遂まで行っているしね。
あの大きな胸の感触だってちゃんと覚えている。
ビバ、記憶力。
ご飯を炊いて、ようやくカレーを食べる時がやってきた。
その前にこれまでの作る過程で撮った画像をまとめ、gifに作ろうではないか。

牛すじカレー途中経過の映像をフェイスブックへ載せる。
蜂蜜で辛さ調整抑えて、スパイス入れてカレーはこれで完成。
あ、ご飯が炊けた!
ここまで来るのに本当長かったぜ。

うん、中々というかかなり美味しいぞ、これ。
自画自賛しながら舌鼓を打つ。
あー、あとは何をしよう?
ベランダへ出てタバコを吸っていると、柏原から電話が入る。
夜になったら飲みに行かないかとの誘い。
もちろん快く了承した。
「岩上さん、絶対に難民になっとるんやないかと思いましてね」
「難民?」
「だって行きつけの店って、大将のところだけだったでしょ?」
「しょうちゃんも行きましたよ? 柏原さんに連れられたの合わせて四回ぐらい」
「そうなんですけど、やっぱメインは大将のところやったやないですか。でも閉まってしまった。だから難民やと言うたんですわ」
「だったら自称俳優なんてどうなるんですか?」
大久保駅南口の飲み屋通りを歩きながら、どうでもいい質問をする。
「ああ、俳優やなくて龍ちゃんですか。あれはただの無職って言うんですわ。それにこの辺ほとんど出禁やないですか。家でワンカップでも飲んでろってだけです。だから彼は難民とは言いません。あ、着いた。この階段降りるんですわ」
小滝橋通り手前にあるバーのクローバー。
彼は先に階段を降りていく。
このクローバーという店は、しょうちゃん同様かなりリーズナブルな料金設定で、オマケにタバコも吸えた。
そのまま来た道を戻り、南口のガードを越えた先にあるピカソという店も紹介してくれる。
おそらく彼の意図は、自分が知っている良心的な店をこうして順に教えたかったのだろう。
もちろん料金は割り勘。
マスターの店という唯一のオアシスを失った俺に対する配慮。
素直に嬉しく感じる。
これまで驕った奢られた。
無茶苦茶な金額をタカられた。
常に事ある毎にジャブを食らうかのようにコツコツタカられた。
こんなのばかりの俺。
とても新鮮な気分である。
彼と飲む酒は、久しぶりに気兼ねなく飲める楽しいものだった。
二千二十四年八月四日、日曜日赤口。
目を覚ますといつもと変わらぬ景色。
それでも何となく新しいステージへ突入した気がした。
住んでいるのは自称俳優マンションというのは変わらない。
しかし金をタカってくる神田とは縁を切った。
もう詐欺師の若香から連絡がある事はない。
龍平は同じ場所にいるけど、関わりを持たなければいいだけ。
河本マンションで不当の光熱費を請求される事もなくなった。
この通りのボッタクリ慶ズバーには行かなきゃ問題なし。
これにて真地獄変、本当に意味で完結なり。
さて、牛すじカレー寝かせて煮込んで究極編を始めますかね。
さらに寝かせて煮込んで、追加した玉ねぎも牛すじも溶けて、究極形に近い出来映え。

昨日一緒に飲んだ柏原とは、何となくいい友達になれたんだという気がした。
そうだ、ブログに撮った写真を載せとかないとね。
まずクローバーはこれでしょ?
チリコンカンみたいな豆料理を、彼は気に入っていたな。

亡くなってしまったかつての盟友斉藤弘一とは、タイプも性格も全然違うけど、柏原とは変に馬が合う。
ひょっとしてこんな俺に、盟友ができたのかな?
まだ付き合いは浅いけど。
南口超えた先にあったピカソは、そこまで安い店ではないけれど、外の掘立小屋のような席だと喫煙大丈夫だしね。
舟形マッシュルームを使ったローストビーフを勧めてきたけど、美味しかった。

マスターの店が無くなって、やっぱりどこか淋しいけれど、こうして穴を埋めてくれた柏原には本当に感謝しかない。
俺より二つ年上の彼は、坊主さんと同じ年齢になるのか。
三つ上のくせにタカって邪魔しかしない若菜龍平とは、同じ大久保所属でもえらい違いだ。
当たり前の話にはなるけど、やはり人間って年数だけでどうのこうのって、大きな間違いなんだよね。
年功序列は確かにある意味正しい部分はある。
但しそれはその分時間の蓄積があるからこそ、全体的な視野で見たら、単純に経験があるからという見立てと組織への貢献年数に過ぎない。
もちろん目上の人間へ尊敬の念を抱く事は間違いではないが、それはいわば礼節の話。
生まれてからどのような環境で育ち、好奇心を得て、どう生きて働いてきたか。
この過程が人生のほとんどになるが、そこでどのように人格形成をして千差万別に分かれていく。
無垢な赤子を見れば、誰でもその新しい誕生の瞬間を可愛く思うだろう。
そして親は、本来目に入れても痛くないほど手塩に育て上げ、初めて見た感動を忘れられないからこそ、引き籠もりになったドラ息子でも面倒を見てしまう人間も出てくる。
親は子を育て、時が進むと逆に子が親の面倒を見るのが一般的な家族の形である。
他の哺乳類は、子は育てても親の面倒は見ないらしい。
つまり人間だけの特権というか、特徴なのだろう。
人間は歳を取ると、誰でも老いていく。
これは何をしても抗いようがない。
そして脳の老化と共に、子供返りしていくもの。
だからこそ目を離せなくなるから、身近な子供が面倒を見る。
もし神様がいたとしたら、何故赤ん坊を可愛く成形したのか?
ペットと同じで人間は、可愛いものに対し何かと世話を焼くような本能が備わっている。
だからこそ老人のように子供返りした姿でなく、始めだけ可愛く見えるようそのような遺伝子を作ったのではないだろうか?
そう考えると、何だか不思議な構造だよな。
その一般的な形式に当てはまらない俺は亜種といったところだね。
何せ母親はまだ子供が可愛い内に捨てて家を出ていき、俺は死に目も何もなく亡くなり親子の関係はとっくに終わってしまったのだから……。
そんな訳で、今日は酢豚でも作ろうかな。
まだ俺は圭子を?
いやいや、そうじゃないって!
酢豚なんて名前ではあるし、実際に調味料の中に酢は使う。
でも、実は酢なんてそこまで使わないんだよね、あの料理。
逆に入れ過ぎると味自体が壊れてしまうのだ。
過去自分で作りレシピをあげたクックパッドを眺める。
ソースの部分の匙加減は、ケチャップ2、醤油5、オイスターソース1、酢は2、みりん3、砂糖1、これらは大匙。
そして俺の場合ブイヨンは小匙1であり、酢などこんなものしか使わないのだ。
豚肉余っていたので酢豚を作るだけ。
ここに圭子はまったく関係ない。
まず野菜をサッと素揚げ。
酢豚というとだいたい分厚い四角い肉だけど、俺はあまり好きでないので三次元豚肉を使用し、片栗粉をまぶす。
酢豚のタレ作ろう。
今回は酢に、ケチャップ、醤油、オイスターソース、みりん、砂糖、塩、ブイヨン、鶏がらスープの元。
フライパンにゴマ油引いて、冷凍しておいたタケノコ細切りを炒め、そこへ先ほどの材料を一気に入れる。
ソースを入れ、強火で絡めながらサッと炒めたら、水溶き片栗粉を入れてとろみをつけて完成。

何気に得意料理の一つなんだよね、酢豚。
さーて、今週のサザエさんはでなく、闇の次の章を書くとするかな。
総合格闘技を終えた俺は、日常の歌舞伎町生活になるけど、四十四人を巻き込んだ歌舞伎町ビル火災が起こるんだよね、リアルタイムで。
試合から約一年後に……。
この時俺はもう三十歳だったんだっけ?
インターネットで火事を調べてみる。
そうそう、平成十三年九月一日、やっぱりあれから一年だ。
東京都新宿区歌舞伎町の雑居ビル「明星56ビル」で発生したビル火災と表記されている。
未明なんていうけど、まだ正確な時刻を覚えているよ。
俺が当時コーヒー豆を買いに、一番街通りを歩いていたら、あのビルから煙出て野次馬凄かったから。
何かのボヤ騒ぎぐらいに思った俺は、野次馬をどかし、靖国通りへ行った。
豆を購入して、一番街通りへ戻ろうとしたら、有刺鉄線のバリケードで入口が覆われていて、入れないからセントラル通りへ行っても同じ。
それで戻って入口にいたお巡りさんに、この通りで店を経営している者だし、中には客が満席でいると抗議して俺だけ入れてもらったからね。
時間的に九月一日になったばかりだと思う。
夜中の一時にもなっていなかった。
何故なら遅番の時間帯が、夜の十時出勤から始まり、十二時に朝の十時まで働く従業員が出勤する。
それを見て俺が食事休憩を回すが、最後に自分の順番になってしまう為、その日はたまたまコーヒー豆が切れてしまったから、先に買い物だけ行ってきていいかと島村に確認を取り、それで外へ出たのだ。
下の従業員へ買いに行かせても良かったが、私用のブルーマウンテンだった為、変な豆を買われても困る。
だからこそ自分の足で買いに行ったのだ。
俺のあとにコテコテのヤクザ者も通りへ入ろうとして、警官に止められていた。
「あんたは駄目だよ」
「おまえ、この野郎! 俺は〇〇組の……」
「警察相手に何を言ってんだ? そんなの通用する訳ねえだろ!」
漫才みたいなヤクザ対警察の真剣なやり取りを見て、俺は他の警官から「見てないで早く行け」と言われたんだよな。
夜の十二時台なのに、あんな殺風景な一番街は初めて見た。
次にガランとした通りを見たのは、コロナで初の緊急事態宣言になった朝ぐらい。
つまり歌舞伎町という歓楽街は、二千一年と二千二十年ぐらいしか、こんな風景はあり得ないのだ。
トンカツにいむら本店の斜め向かいにあった明星ビル辺りには、消防車が何台も停まっているのが見えた。
通りにいる人種は、消防士に警察官。
そしてマスコミが少しだけ。
ワールドワンまで歩いていると、マスコミがマイクを持って俺に近付いてきた。
ビデオカメラも見えたので、咄嗟に顔を隠す。
何故なら歌舞伎町の裏稼業であるゲーム屋で働いている事は、地元川越では内緒にしていたからだ。
「すみません! ちょっとお聞きしたいんですけど」
「うるせーっ! 映してんじゃねえよ! どけっ! 店に客がいるんだよ」
「いえ、あのですね……」
「うるせぇんだよっ! 人が試合した時は無関心だったくせに」
マスコミを蹴散らして階段を降りる。
一年前に俺が戦った時は、トーナメント表すら載せず、選手全体の写真でも俺の姿が見えないものを使ったマスコミ。
あれは格闘技通信だったが、似た業種の連中を毛嫌いしていた。
不可解なレフリーストップ。
どう見ても俺の圧勝だっただろ。
確かに対戦相手が可哀想で、俺は打撃を使わず手抜きして戦ってはいた。
それでも相手は何もできなかったじゃないか。
タックルへくれば、がぶって潰し。
ジャーマンスープレックスやパワーボムを狙ったら、ひたらす亀になり。
見せ場がないから構えを解いて、俺が下になったら三角締め。
これで終わりじゃ観客が退屈だろうと思って締めを解き、余裕を見せて相手に殴らせてやった。
そこでレフリーが割り込んで、試合終了。
俺はマウスピースを叩きつけて、「プロレスの方が全然エグいじゃねえかよ」と怒鳴り試合場から帰った。
都合悪い部分だけ隠蔽しやがってあいつら……。
それで次に俺と当たる予定だった大会開催所属ジムの男が、そのまま優勝だろ?
プロレスが八百長?
おまえらのほうがよほど手の込んだ八百長じゃねえかよ。
ワールドワンのドアを開ける。
「あ、岩上さん、おかえりなさい。飯休憩、山下から回しちゃいますか?」
「……」
俺は目の前の店内の光景を見て呆然した。
外ではあんな大騒ぎになっているのに、十四席ある卓は満席。
誰一人として気付いていないのだから。
「あれ、どうしたんですか、岩上さん? 休憩回さないと」
「島村君! それどこじゃないって! 多分ここにも警察とか来ると思う。客を全員出さないと」
「はあ? どういう事です?」
こんな満席状態でいたら、賭博現行犯が成立してしまう。
俺は島村をどかし、大声で叫んだ。
「みなさん、外が大変な騒ぎになってます! すぐ外へ出て下さい!」
ポーカーゲームを打つ手を止めて、一斉に俺を見る客たち。
みんなポカンとした顔をしている。
俺はとりあえず近くの五卓に座る客の脇に手を入れ強引に立たせ、「いいから早く外へ出ろ!」と怒鳴った。
みんな金を賭けてここへギャンブルをしに来ているのだ。
誰一人出ていこうとしない。
中にはボタンを叩き、ゲームを続けようとする馬鹿もいる。
「おい、山下! ボード下の電源全部引っ込抜け!」
「え、あのー……」
「いいから早くしろっ!」
強引にゲーム台の電源を落とし、不平不満を言ってくる客をどかし、とにかく外へ行くよう押し出した。
「僕の! 僕のクレジットはどうなるんですか?」
「うっせんだよっ! あとで何とかすっから早くおまえも出ていけよ!」
全員を外へ出したつもりが、右隅の十四卓に一人だけ出ていかず座っている客の姿が目に入る。
阿部という面倒臭い客だった。
「いいから阿部さん、早く外出て下さい!」
「嫌だ! 外、警察一杯なんでしょ?」
大方シャブか何か悪いものを持っているのだろう。
だかこんなのを匿ってトバッチリでこっちまで被害が来るのは溜まったものではない。
台にしがみつき、立とうとしない阿部。
「阿部さん、とりあえず落ち着きましょう。無理に追い出したりしませんから」
俺の言葉に阿部は安心したのか台から手を離す。
その瞬間俺は身体を持ち上げ「早く足持てっ!」と従業員の小山に声を掛け、強引に店の外へ投げ捨てた。
ドアを閉め鍵を掛ける。
阿部は何度も叩いていたが、無視して店内へ戻った。
「島村君、小山君、山下。とりあえず自分の私物を持って…、通りの上高地あるでしょ? 喫茶店の。あそこでとりあえず待機してて」
「え、岩上さん、あの……」
「いいから今は俺の言う通りにして! 外出れば分かるから」

最後に残った俺は、各台のクレジットを紙に控え、店の現金、〆用紙など必要なものだけバックに入れてすぐ外へ出た。
あれ?
この時の従業員って、川端いなかったっけ?
あ、そうだ。
あの『桶川ストーカー殺人事件』で中傷ビラを撒いた川端は、全国指名手配中。
俺にだけその事実を言い、捕まっていなくなったあとだったっけ。
川端の抜けた穴を埋める為、早番から山下哲也が遅番に来た。
真地獄変で長年の縁を切った山ゴネスは、この時代からの繋がりだったのか。
それに総合格闘技から火事までの一年の間に、色々あったのをかなり抜かしている。
まず二千年に三沢光晴さんが全日本プロレスを退団。
新しい団体プロレスリング・ノアを立ち上げた。
これは俺が総合格闘技タイタンファイトへ出場する前の話。
この発表を聞いて、何故俺はプロレスでなく総合を選んでしまったのだろうと後悔する。
しかし証明すると決め、周りにも出る事を伝えていた俺に軌道修正はできなかった。
そしてワールドワンで俺が休みの日に、強盗が来た事もあった。
この時代のゲーム屋は入口に鍵を掛けず、誰でも自由に出入りができた。
当時俺は二番手で、店長は所。
これは後日所から聞いた状況だが、キャッシャーに座り金を数えていると、フルフェイスのヘルメットを被った男が突然入ってきていきなり目の前にチキチキの簡易カッターを突きつけられたようだ。
ちょうどテーブルにあった現金二十万を差し出し、相手は金を持って逃げた。
その話を聞き「チキチキカッターじゃ、切れても刺す事はできないんだから、そんなんで金出しちゃ駄目っすよ」と所に言う。
所は「おまえは目の前でナイフ出された事あるのか!」と涙目で睨む。
そんなものいくらでも機会はあった。
俺は過去切られた傷を数ヶ所見せ「俺がいたら金を渡してない」と言うと、所は会話を止め黙ったまま向きを変える。
この経緯辺りから、俺と所の仲は決定的に悪くなったのだ。
この頃島村が、井村さんのところでインターネットカジノの名義をするという理由で、ワールドワンを退職。
ゲーム屋主流の繁華街で、インカジという概念がまるで無かった頃。
DDTというインディ団体の高木三四郎一派の乞食ケンちゃん集団が来ていたのもこの時期。
あまりに酷いケンちゃんぶりで、見せしめに一人出禁にしたほどだったからな。
こう時系列通り過去を思い出してみると、昔の歌舞伎町ってかなりヤバかったな……。
番頭の佐々木さんから電話があり、俺一人だけワールドワン店内で待機して、誰か来たら後処理をしてくれと言われ、何でこんな時に店長の所は休みなんだと恨んだもんな。
「一番街のビルで大火事みたいよ。店に警察とか来そうだから岩上君だけ店に残っててよ。他の従業員はみんな帰していいから」
「えー、嫌ですよ!」
「頼むよ。今日所君休みだし、二番手の岩上君しかいないからさ」
仕方なく嫌な役目を受け、みんなを帰す。
店に戻りゲーム機の電源、ホールの電気などすべて消した。
無音で暗い空間の中一人佇む。
携帯電話を見ると、着信履歴の数が凄かった。
何なのこの数は?
とりあえず始めに着信のあった地元の先輩である岡部さんへ連絡を入れる。
「おー、智一郎無事だったか!」
状況を聞くとテレビでは一番街通りの雑居ビルが大火事で歌舞伎町を封鎖している様子が放送されていたようだ。
俺はゲーム屋という仕事を隠し、会員制のバーで働いていると嘘をついていた。
知り合いが俺の店に来たいと言われても、会員制だから無理と常に断っている。
歌舞伎町という事で、みんな俺の安否を気に掛けてくれたのだ。
ドアには鍵も掛けていない。
しかし特に店へ警察やら消防が来る事はなかった。
朝まで待って、佐々木さんに連絡を入れて川越に戻る。
精神的に疲れたのか帰りの小江戸号では熟睡してしまい、本川越駅に着いて駅員に起こされた。
そのあとだよね、お袋から生存確認の電話があったのは……。
改札を出ようとした時携帯電話が鳴る。
見た事のない番号。
049から始まるので川越の人間だろう。
出て「もしもし?」と答えると、無言で切られる。
何だ、コイツ?
失礼な奴だな……。
頭に来たので俺からその番号に掛け直す。
二回コールが鳴り、相手が出た。
「に…、二階堂です……」
十年は会ってなくても声を聞いて一発で誰か分かる。
身体中の細胞がざわつく。
「何で俺の番号知ってるんですか……」
「新宿で火事あったって言うからね。電話したら出たから無事なのかと思っただけ」
俺は何も言わず携帯電話を耳に押し当てていたが、少しして電話は切れた。
幼少時代の悪夢が鮮明に蘇る。
相手は小学校二年生の冬、俺ら三兄弟を捨てて家を出て行ったお袋だったのだ。
勝手に捨てて好きなように生きながら、今さら俺の心配?
左瞼の上のこめかみの傷が疼く。
俺の根底にはドス黒い憎悪が蓄積している。
これはお袋だけではない。
親父の妹である叔母さんのピーちゃんとも、仲が悪いまま。
台所に立つと常に邪魔され、キャベツの葉一枚使っただけで泥棒扱い。
試合前日の夜中、女絡みで大騒ぎを起こした親父。
どれだけ女遊びをすれば気が済むのだ?
また試合当日徹夜で臨む羽目になったその張本人である加藤皐月。
俺の憎悪は様々な人間によって構築されていた。
全日本プロレス、浅草ビューホテル、歌舞伎町と日々忙しく過ごしていたから、ほとんど過去を思い出す事もなかっただけ。
「智、おまえ早くあの家から出なよ」
会う度言われた先輩の坊主さんの台詞が蘇る。
俺の為を思っての言葉。
だが何もできないけど、俺が家を出たらおじいちゃんがどうなる?
常にそんな想いがあった。
だからこそ川越からわざわざ新宿まで通っているのだ。
「何が二階堂ですだよ……」
俺はボソッと呟き家に向かった。
そう、書き方はこれでいい。
まだ小説も書いていない若かりし頃の俺の当時の心境は、本当にこうだったから。
あんな大惨事があったのに、歌舞伎町はいつもの賑わい。
当然ワールドワンも翌日から普通に営業している。
新宿の住民たちの情報をまとめると、あの雑居ビルの大火災で四十四名が亡くなった。
三階の雀ピューター屋の一休。
ゲーム屋がポーカーゲームなのに対し、雀ピューター屋は麻雀のゲーム機を使う。
そこで火事になり、中の客は全滅。
一番街通りに面したところに簡単な調理ができる厨房があった。
従業員三名はそこから飛び降りて足を折ったようだ。
上の四階にはお触りパブで当時流行っていたスーパールーズ。
そこの客や女の子たちは一酸化炭素中毒で全員死亡。
男が椅子に腰掛けその上に女が乗って向き合う姿をラッコちゃんスタイルという呼び名があった。
あんな格好で死んだら、目も当てられないだろう……。
マスコミもこの四十四人亡くなった雑居ビル大火災を連日取り上げていた。
あとになって判明したのが、この時の一休の従業員で、この日たまたま休みだったラッキーハウスの責任者だった橋本。
俺が四度目の歌舞伎町で、酒井さんのこの店で働き出した頃、あいつから歌舞伎町ビル火災の話で盛り上がったっけ。
タバコを吸おうとポケットに手を入れる橋本。
「あれ、橋本さんもセブンスターなんですか? 一緒なんですね」
「ちょっと違いますよ。赤崎さんのはボックスですよね? 自分はソフト派ですから」
ソフトもボックスも中身は一緒のセブンスターじゃねえかとつっこみたかったが、どうもこの男は俺に対して若干拒絶反応があるように見える。
それでも俺のほうから調子を合わせないといけないだろう。
「確かにボックスがあとから出た時は、二百三十円でソフトより十円高かったんですよね。スーツにタバコを入れる時、ボックスのほうが中を汚さないからボックス派になったんですけどね」
「それってボックスのほうが偉いとか凄いって言いたいんですか? 今は同じ値段じゃないですか」
「……。いや、そういう意味で言ったんじゃないですって」
駄目だな、コイツ。
会話のリズムがどうも合わない。
生理的に俺を受け付けていない感じだ。
これ以上無駄な会話をしても藪蛇。
下手に話さない方がいいのかもしれないな。
中々苦痛な時間の中、三本目のタバコに火をつける。
「赤崎さんはここに来るまで何をしていたんですか?」
珍しく橋本から話し掛けてきた。
何をしていた?
結構難問だ。
何かヤバくないか、俺?
履歴書だって職歴相当削って書くようだもんな……。
「あ、別に言いたくなきゃ別に無理して言わないでいいですよ」
不機嫌そうに橋本が言い出したので慌てて口を開く。
「随分前になりますが、歌舞伎町でゲーム屋はありますよ」
ラッキーハウスもゲーム屋なので、共通の話題のほうがいいだろう。
俺はワールドワン時代をチョイス。
「え? うちとこの近くにジョーカーってあるんですけど、それ以外に歌舞伎町でゲーム屋なんてあるんですか?」
ジョーカー…、あれ?
斉藤弘一がいる店だよな?
大倉や山下もいる。
「随分前の話ですよ。石原都知事の歌舞伎町浄化作戦より前です」
「それってかなり前ですよね?」
「はい、うーん…、あっ! 分かり易い言い方すると、一番街通りで四十四人亡くなった大火事遭ったの覚えています?」
あれをリアルタイムで経験した人間など、そうはいないだろう。
ただあの火災をきっかけに消防法が変わったほどだ。
ほとんどの人間は分かるはず。
世間を賑わせた歌舞伎町ビル火災。
俺の会話に対し、橋本は驚いた様子がない。
何だ、コイツ?
その事すらも知らないのか?
「そりゃあ分かりますよ。だって自分はあの時火災発生時の雀ピュータ屋の『一休』で働いていたんだから」
「えっ! 自分はあの時あの通りのゲーム屋『ワールドワン』で店長をしていたんですよ」
まさかの展開にお互い顔を見合わせて驚く。
未だ西暦までハッキリ覚えている。
あれは二千一年の九月。
そのあとでアメリカの飛行機が突っ込んだニュースになり、歌舞伎町大火災の話題はそちらへ推移したのを覚えていた。
今ではアメリカ同時多発テロ事件と呼ばれたあの大惨事。
このあとラップ歌手としてすっかり有名になった『ハイタイムズ』の伊藤重文があの時ニューヨークに住んでいて、音楽じゃ食えないからとワールドワンに新人で入ってきたのだ。
「こんな時だからこそ、みなさんお金を使って買い物をして下さい」
伊藤の話だとメガホンを持ちながらニューヨーク市長が大声を出しながら、混沌とした街を歩いていたと証言している。
この件でどうしても俺が連想してしまうのは、二千九年六月十三日の三沢光晴さんが亡くなった時。
そのあとにマイケルジャクソンが亡くなったのが、同じ六月の二十五日。
三沢さんを失意に包まれていた世間は、マイケルジャクソンの訃報で消された感じが当時した。
つまり歌舞伎町の大火事からアメリカ同時多発テロ。
三沢さんからマイケルジャクソン。
日本の大きな話題が、アメリカの出来事により塗りつぶされたなあと俺は感じ取り、その違和感を未だ何となく覚えていたのだ。
橋本との共通の話題で一気に話が弾みだす。
おいおい、記憶の脱線し過ぎだって!
今は二千一年の事を書いているんだろ?
まだこの時系列だと、ラッキーハウスの橋本は関係ない。
それにあの男は、俺の自己犠牲呪文メガンテによって、ラッキーハウスをクビになり、それから一切連絡一つ取っていないんだから。
あ、そろそろ文字数いい感じになってきたな。
闇十二章(44人を巻き込んだ爆破事件)をアップしよう。
良かった。
今回はまともに投稿できたよ。
さてと、そろそろインカジ『レディ』へ出勤する時間かい。
面倒臭いなあ。
でも、店で十二章を書いていたら、また片屋敷からブツブツ言われていた可能性があるな、オホホ。

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