闇 686(初めての歌舞伎町編)
闇 686(初めての歌舞伎町編)

2026/09/13 sun
※挫けてもいい、いじけたっていい、人間不信に陥ろうと、愚痴を吐いたっていい。でも立ち上がらないと何一つ始まらない。55歳になった。
前回の章

二千二十四年七月二十一日、日曜日仏滅。
さあ、今日はオムライス!
オムライスといえば…、オムライスチョンボ!
何で俺、こんな歌覚えているんだ?
小学校の時だよね、確か。
ポンキッキで朝に学校行く前に観た記憶。
何で唄っている谷啓って人、不貞腐れた感じで嫌そうにしているのか子供の頃不思議だった。
でもそりゃそうか。
こんなチョンボチョンボ言っているのがメインで、ビチャビチャケチャップとかケチケチケチャップなんて嫌だよね、いい歳して……。
オムライス、チョンボ、アーチョンボ。
ブクブク、チョンボ、ハーイチョンボ。
ブンブン、チョンボ、ワオチョンボ。
オムライス、チョンボ、アーチョンボ。
許せない、オムライス、チョンボ!
正式なオムライス、チョンボではないオムライス。
白いお皿に、黄色い卵、赤いケチャップ。
たっぷり、グリーンのパセリ、にっこり。
僕の好みのオムライスは、これ!
「……」
何を俺はこんな歌詞をブログに書いているんだ?
頭おかしい奴だと思われるぞ?
よし、完成!
オムライスチョンボ!

ビタビタでなくふつふつケーチャップ、はーチョンボ!
やめろ、一人でこのノリは。
ツイッターの記事に、早速出口がコメントしてきた。
『これは知らなかった! 谷啓さんは、尊敬するトロンボニストだよ。コメディアンであると共に立派なミュージシャン。それにしても美味そう。 出口』
え、あの人ミュージシャンだったの?
てっきりコメディアンかと思っていた。
オムライスチョンボしか知らないもんな。
ちょっと調べてみよう。
『二千十年に亡くなっているんだよね。でったん来た時、オムライス作れば良かったね。今度来る時は予めコレとコレとってリスト考えといてね。 岩上』
よし、闇四章を仕上げちゃおうか。
あ、また文字数制限で、次章に持ち越しかよ。
ジャンボ鶴田師匠の言葉を受け、茨の苦しい一年間。
この時、プロテスト前に協同商事で、五百キロの籠車転倒して、左足親指の爪を粉砕してしまうんだよな……。
血だらけになり歩けない俺に対し、あの会社の朝霧専務は本当に酷かった。
今だったら絶対に問題になっているぞ?
何が「病院連れてってやりたいけど、これから帰って子供のご飯作らなきゃいけない」からだよ、あのババア!
サツマイモの小江戸ビールが世界一になったのか知らないけどさ、今はあの時の息子が継いでいるんだろ?
ふざけんじゃねえ!
商売にいくら成功したってな、陰でそれを支えていた人間をいるのを忘れんじゃねえ。
二千二十四年七月二十二日、月曜日大安。
理論的な事を言うと、筋肉はトレーニングで千切れてまたくっついて強くなる。
俺が休まずひたすらトレーニングしたのは、とても非科学的な事なのだ。
しかし昔の根性論が筋金入りの筋肉になり、根を張るような強い精神を育むと俺は思っている。
そうやって生きてきたのだ、これまで。
さすがに五十歳過ぎて体力的な衰えは実感していた。
さらに二度に渡る心筋梗塞。
河本マンションの光熱費過剰請求や、百四十万の詐欺被害により、精神的なダメージは計り知れない。
このまま年齢と共に衰えていくのだろうか?
半分諦めも混じった境地。
だけど俺はまだ鶴田師匠よりも、三沢光晴さんよりも長く生きている。
相変わらずあの人たちの背中は遠い。
だからといって意気消沈するのは違う。
どんな形でも足掻らって生きていきたい。
そんな経緯もあり、先日トレーニングをいきなり開始したのである。
約一週間を経て、さすがに筋肉の疲労を感じた。
なので休みの日は、筋肉を休ませようと何もしないで過ごす。
今日になってまたトレーニング開始して感じたのが、身体がとても快適。
いい感じで筋肉を休ませられたわけだ。
まあ現役を目指すわけじゃないし、リングの上で戦うわけでもない。
身体のコンディションを見ながら上手い具合に休息を取り、いい感じで付き合っていきたいと思う。
また俺は何らかの形で這い上がってやるからな。
セブンスターを吸い終わると、ダンベルを手に持ち、トレーニングを開始した。
部屋の隅に転がったままのアイパッドが目に入る。
ふとラッキーハウス時代に書き始めた漫画。
途中で小説の方が楽でいいと放り投げ、もう二年くらい描いていないのかな。
以前、小説でなく漫画描いてみようと描き始めたが、実際に絵を描くのは本当に大変なのを気付く。
以来いつの間にか描かなくなってこれだけの月日が過ぎた。
先日小中学校時代の同級生である篠ヤンから、続き描いてくれとコメントあり、もうちょっとだけ頑張ってみようかなとか少しだけ感じるものがあったのだ。
ただ、ここは小説を久しぶりに書き始めるかと思っていた矢先なので、そこに漫画やまたピアノが入ってくると時間が足りな過ぎる。
身体は一つしかない。
しかも最近になってトレーニングは、同時進行で毎日やるって決めちゃったしなあ。
以前整体をやりながら患者の施術をして、新宿クレッシェンドの校正作業をやり、総合格闘技のトレーニングを全部こなそうとして潰れた岩上整体の頃。
もうあんな無茶な失敗はしたくなかった。
今後どうするかは、気まぐれ次第になりそうだ。
もう俺は、闇五章を書き出してしまっているのだから。
二千二十四年七月二十三日、火曜日赤口、大暑。
仕事明け、妙に寝付けなかったので何か料理でも作ろうかとキッチンへ向かう。
卵使わないとなあ……。
そうだ!
加藤弓枝のベントゥーラのスペインオムレツ。
あれでもパクって作ってみようかな?
まずはじゃが芋を茹でて、マッシュポテト作れるくらい柔らかく。
水切って潰して、調味料で味付けしてから牛乳投入。
よく混ぜて卵を…、あ、二つしか残ってないじゃん。
まあいいか。
まずはフライパンにスペインオムレツの元を入れ、時折焦げ付かないよう気を付けて蓋して蒸し焼きをして、ヘラでひっくり返す。
ゲッ、慎重にやっているのにちょっと焦げた!
半分に重ねてまた蒸し焼きして…、中々固まらないな?
考えてみれば、卵二つというのが致命的だったかも。
じゃが芋と牛乳だけじゃ、固まる要素ないもんね。
不格好なオムレツになってしまったが、初めて作った割にはまあまあ。
味だけはいい。
でも一人でこんな食えないから、まだ開いているし、こなもんのマスターに持って行こう。
マンションから徒歩一分で行けるこの距離は素敵だ。
いつもの柚子サワーと緑茶ハイに、焼きそば食べてゆっくり眠ろう。
朝はパン食。
作ったオムレツを使い、名付けてピザスペインオムレツトースト!

あ、トマトも入れれば良かったよー。
さて闇五章の続きを書こう。
しかし俺が〇〇に喧嘩を売り、左肘を壊される場面を書くのはキツいなあ……。
一応向こうもまだ現役だしね。
〇〇には会ったら腕をへし折ってやりたいが、秋山準さんと同期だし、さすがに全日本プロレスへ今さら泥を引っ掻けるような真似などできない。
打突では偽名で書けたけど、どう処理しよう?
もういっそ〇〇でいいや。
二千二十四年七月二十四日、水曜日先勝。
仕事明け目を覚ますと九時半。
ちゃんとご飯を作るのが面倒臭い。
まだ冷蔵庫に業務用スーパーで買ったうどんあるしなあ。
また天ぷらうどんにするしかないな。
好み的に、あまり海老の天ぷらって好きじゃない。
まあ魚介類全般が苦手だからしょうがないのだ。
だから自分の作る料理に、魚類はほぼ出ない。
そこでかき揚げ天ぷらだけど、ちょっと揚げ過ぎくらいのバリバリした天ぷらが好き。
そう、西武台高校一年生の頃の学食のあのだらしない感じがいいのである。
これはちょっと遅い朝食なのか、ちょっと早い昼食なのか?
マクドナルドの朝マックは十時だったっけ?
まあ何でもいいか。
腹もこなれたし、早速闇五章を書き進めよう。
この章は三沢光晴さんの偉大なる背中を見たところが、本当に肝になる。
馬鹿な俺が肘を壊したところなど、簡略的でいい。
勝負というものに対し、考え方と覚悟が甘かった自分がいけないのだ。
それよりも何故、俺が未だあの人を崇拝しているのか?
そこをじっくり書き綴りたいものである。
全日本プロレスプロテスト前日。
同じく場所は戸田スポーツセンター。
足の爪はまったく生え揃わない。
歩いてつま先に体重が掛かるだけで激痛が走る。
しかしそんな不安をよそに、レスラーの渕さんは笑顔で迎え入れてくれた。
体力は去年の分っているから特別なテストもなかった。
この点は本当に助かる。
この一年で体重十キロ上がっていた。
身体も大きくなったなと気付けてもらう。
渕さんとこれまでの事を簡単に話していると、背後から声を掛けられる。
「あんたね? 一回フェイドアウトした人間は……」
小柄なメガネを掛けたおばさんが立って俺を睨んでいた。
グッズなどを売る売店の人間か?
「うちはね…、一度フェイドアウトが務まるほど甘くないよ!」
その台詞で一気に頭へ血が上る。
どれだけ罵倒され屈辱を受けながら不遇の一年間を過ごしてきたのだ。
簡単に人のこれまでを小馬鹿にしやがって……。
「ふざけんじゃねぇ、ババァ! 男の世界に女が口挟んでんじゃねえよ!」
怒鳴りつけた瞬間、後頭部を強く叩かれた。
「おまえ、誰に向かってそんな口利いてんだ!」
真っ赤な鬼の形相の渕さん。
他のレスラーも駆け付け、殴られ地面へ押さえつけられる。
「謝れ、このクソガキが!」
売店のおばさんだと思った相手は、ジャイアント馬場社長の奥さんだったようだ。
それでも簡単に俺のこの一年を軽く見られた事には納得できなかった。
意地でも謝るものか。
身動き取れない状況でも、俺は顔を上げて睨みつける。
騒ぎの中、一人の大男が近付いてきた。
あの三沢光晴さんだった。
本当に緑のコスチュームを着ているんだと、こんな状況の中呑気にそんな事を思っていた。
渕さんが三沢さんに状況を説明している。
俺を押さえつけていたレスラーたちをどかし、肩を貸して起こしてくれる三沢さん。
「まだ若いんだから、おいおい教えていけばいいじゃない」
その一言でみんな黙るしかなかった。
粋がる事しかできない小僧を一人の人間として接してくれ、窮地から誘ってくれた。
ニコッと微笑む三沢さんを見て、俺は一発で陶酔してしまう。
強さだけ求めるのでなく、男として生まれたからにはこうなりたい。
偉大な背中を見せつけられた。
この一件から、俺は三沢光晴さんが人間的に大好きになっていた。
このシーンを書きながら、当時を思い浮かべ、俺は何度も涙を流した。
三沢さん…、何で先に死んじゃうんだよ……。
俺さ、ずっと書き続けるから!
十三年サボっちゃったけど、全部を書くからね。
ベランダへ出て、泣いたままセブンスターに火をつける。
涙を流したままダンベルを動かした。
根っこはさ、俺変わってないから。
こんな顔じゃ、仕事へ行けないじゃん。
ゆっくり風呂へ入ろう。
二千二十四年七月二十五日、木曜日友引。
全日本プロレスを放り出されて、何も無くなった当時の俺。
新潟の国際上越スキー場の中にある、グリーンプラザ上越ホテル。
あれ?
何で俺はあそこへ行ったんだっけ?
プロレスの時の事が強過ぎて…、あ、そうか。
従姉妹の清水純一の知り合いの掛川が、氷川会館で働いていて、それで俺は披露宴の接客の仕事をしてみればと、配膳の仕事を始めたんだっけ。
うわ、五章に加筆しなきゃ……。
えーと、そうそう、西日暮里にある事務所へ行って…、いや、そうじゃない。
川越の氷川会館で働いているところを、確か配膳の宮崎が頭でいて、何故か俺に新潟のホテルへ行ってほしいといきなり頼まれたんだ。
まだ寒かった時期に。
それで西日暮里へ行き、西田と会って、グリーンプラザ上越という流れだ。
新幹線で行って、住み込みで働き、何故かレストランの責任者扱い。
五百席あった大型レストランの名前は『アルプス』。
一日にアルバイト込みで七十人使うような大きな店で、本当に忙しかった。
社員の佐藤貴子や、まあまあ可愛かった因泥宏美と一緒に働いて、接客の楽しさを知った時期。
あのホテルのみんなから恐れられていた支配人が大のプロレスファンで、俺の前だけは妙に敬語で礼儀正しくなって。
あとでみんな大爆笑していたもんな。
アルバイトがパン一つくすねただけで、容赦なくクビにするような性格だったらしいけど。
中学時代の同級生である綱川直美とバッタリ会ったのも、あのホテル。
本当に綺麗になっていた、フラれたけどね……。
そしてゲームコーナーの管理人の熊倉さん。
一緒によくストリートファイターゼロをやったけど、まだあそこにいるのかな?
ワンシーズン立たない数ヶ月で、俺は西田に呼び戻され、その後浅草ビューホテルでの生活が始まったんだ。
新潟を出るちょっと前に、ストリートファイターゼロ2が入荷したんだよね。
セガのバーチャファイターなんかより、俺はバリバリの2Ⅾドット絵派なのだ。
あの頃セガサターン本体まで一緒に持って行って、本当に大事に使っていたなあ。
西田と鶯谷駅で待ち合わせ、改札を出た右手にある蕎麦屋でご馳走になったけど、タヌキうどんで当時千三百円ぐらいだったのを覚えている。
何てボッタクリな店なんだと思ったもんな、驕りなのに。
配属は最上階トップラウンジのベルヴェデール。
酒の世界に飛び込んで、種類から銘柄からとにかく勉強した。
人よりも俺は業界へ入ったのが遅いから、早くみんなへ追い付こうと必死になって。
オリジナルカクテルのミューテーションを編み出したのも、この頃。
プロレスが駄目だった俺。
一心不乱に我武者羅に働いた。
まるで馬車馬のように。
地下の倉庫へ行った時、本当に一回じゃ流せない巨大なクソをした事もあった。
ホテルでも駐車場メインの地下は、和式便所だった。
ウンコ座りをして腹に力を入れる。
すると巨大な一本クソが出た。
それはあまりにも見事なクソだった。
和式便所の便器の隅から隅まではオーバーであるが、実際に測った訳じゃないけど長さにして五十センチはあったのではないか。
あそこまで連続した一本クソは、人生最初で最後。
当時携帯電話すら無かった時代なので、何故あの時写ルンですのカメラで写真を撮らなかったのか、今でも後悔するような惚れ惚れした一本クソ。
お見事なりと思わず言いたくなるような出具合。
問題は流さなくてはいけない時だった。
あまりにも巨大で長い一本クソは、一度や二度で流れるような代物ではない。
体感で、三十分以上掛かったはずだ。
水を流すと数センチ、時には数ミリの時もあった。
そして触った訳ではないが、一定の強度を保っていた一本クソは三分の一まで進むと、まったく動かなくなってしまう。
そう…、まるで座礁した船のように……。
泣きそうになった。
何故ならこんなところを誰かに見られたら、一貫の終わりと思ったから。
スカイラウンジで颯爽と蝶ネクタイをしながらシェーカーを振るバーテンダーが、こんなクソを見られたら破滅に等しい。
俺の作るオリジナルカクテルがミューテーションなら、この突然変異のようなクソもミューテーションだ。
『ザ・ダブルミューテーション』そんなキーワードが自然と頭の中で湧いてきて吹き出す。
馬鹿、吹き出している場合かよ。
無機質なコンクリートの空間に包まれた駐車場の地下トイレ。
どうすんだよ、これ?
割りばしのような捨てても問題ない棒を探した。
だがそんな便利なものは、どこを見てもトイレにも存在しない。
ティッシュペーパーを何重にして手に巻いて…、いやいや絶対そんなの嫌だ。
今の俺にできるのは、タンクに水が溜まれば大のレバーを引くだけ。
誰か呼ぼうにも、こんなヤバい一本クソを見られたら、一発で細長いホテル内で噂になってしまうのは想像できた。
「ねえねえ、知ってる? あの全日本プロレス上がりの身体のデカい人、地下のトイレで流せないウンチしたみたいよ」
ただでさえ女性の多い職場。
絶対にそんな噂は嫌だ。
少しだけ気になっていた女性スタッフの浅野美嘉の耳に、こんな事バレてみろ。
それはホテルマンとしての終焉を意味する。
つまり自分でこの難解は、解決しなくてはならないのだ。
「流せないウンチなどこの世に無い」
自身を勇気付けるよう小声で呟く。
鼓舞…、叱咤激励…、背水の陣…、あー、何だっていい。
同時にここまでしないと流せない巨大なものを一撃で自らの人体からひねり出したという誇らしさも同居していた。
馬鹿、仕事中なんだぞ。
誇りに思っている場合か。
早く流せ。
何十回かの作業を経て、ようやく流れた一本クソ。
先端がしなり水に浸かると、あとは時間の問題だった。
強靭な固さを誇っていたが、大自然の代表ともいえる水には勝てない。
これぞ、雨だれ石を穿つ。
四文字熟語なら点滴穿石ってやつだ。
当時『ストリートファイターZERO2ALPHA』にハマっていた俺。
ファイナルファイトから復活したキャラクター武神流ガイ使いだった俺は、何かあると両手を合わせ人差し指を突き出したまま「これぞ、武神流」と彼のパフォーマンスを真似ていた時代。
ガイの颯爽とした動きを頭の中で描きつつ、タンクに水が溜まった瞬間流す。
小声で「これぞ、武神流」と言いながら、この作業を繰り返す。
そこからすべて流れていくまでは苦労しなかった。
たかが二十八階から地下まで酒を取りに行くのに、一時間以上使ってしまった俺に待っていたのは、マネージャーの説教だった。
「おまえ、こんな時間まで何してんたんだ? 仕事中なんだぞ? 状況分かってんのか?」
「は、はい…、誠に申し訳ございません」
サボっていたのだろうと疑われたが、まさか巨大なクソが流れなかったなどと墓穴を掘るような真似はできない。
誠心誠意平謝り。
捻り出したクソがようやく曲がって便器へ沈んでいったように、俺も頭を下げろ。
それしか当時の俺にはなす術がなかった。
「……」
馬鹿か俺は?
あんな一本グソ伝説を、闇で書ける訳ねえだろ!
それより早く推敲加筆した分をアップしろ。
あ、また文字数オーバー。
もう次章へまたある程度持ち越しかよ。
浅草ビューホテル編だけで、二章に跨ってしまうな。
まあ何でもいいか。
今、俺はどんな形であれ小説をまた生き生きと書いている。
インカジ『レディ』の業務中、俺は闇六章をアップした。
何となく文字数を気にしながら、このぐらいの量であげれば無事できるというのが、少しだけ分かってきたぞ。
仕事帰り猛烈に腹が減り、アルタ裏通りにある地下の壱角家へ入る。
油そば好きなんだけど、今日はラーメンって気分だ。

ノーマルラーメン大盛りとご飯を注文し、豆板醤にニンニク入れて、ゴマたっぷり掛けて食べた。
さて…、次の闇は浅草ビューホテルを辞めてから、いよいよ歌舞伎町へ初進出だ。
思えばあの頃がこれまで生きてきた中で、一番ヤバかった時期なんじゃないのか?
よし、明日は横浜の霊媒師というシャインさんのところへ行く。
一体何を言われるのか?
今から楽しみでしょうがない。
二千二十四年七月二十六日、金曜日先負。
急遽約束をしていたシャインさんから連絡が入る。
彼…、彼女?
多分男の人だとは思っているけど、彼の愛犬がたった今、亡くなったらしい。
それで今日はどうしてもできないと言われ、仕方なく了承した。
一応次はいつなら大丈夫か聞くと、明日なら大丈夫だと言う。
俺は店に電話を掛け、今日の休みを明日にできないか確認。
幸い誰も休みを取っていなかったので、問題ないと了承される。
名義の倉敷は元々今日出勤する予定だから、このまま連休という形になった。
一日分の稼ぎが減るのは少し痛いが、これはこれでしょうがない。
逆に考えたら、今日は小説を書く事にこれで没頭できるのだ。
ベランダへ出てセブンスターに火をつけた。
吸い終え、ダンベルを動かす。
よし、書くぞ……。
とうとう闇七章…、俺が新宿歌舞伎町へ初めて行く章でもある。
何だか執筆ペース上がってきたな。
これ、ちょっとヤバい兆候だぞ?
エンジン掛かり過ぎると、俺は没頭し、仕事を一週間無断欠勤してしまうのは、KDDI時代で証明されている。
まだ詐欺回復貯金終わっていないんだよ?
現実の生活考えろよな?
本当に頼むよ?
今、インカジ『レディ』の仕事をそんな事で失ったら、路頭にまようからな?
気分転換に買い物へ行こう。
あまり金を使えないから、行き先は百円ショップ。
子宝弁慶草の鉢を一回り大きなものに変えてみようじゃないか。
毎日プシュプシュと丁重に育てているから、あやつも育ち盛り。

割り箸で根っこを傷つけないようにほぐして、多肉植物の土入れて、高さ調整しつつ観葉植物の土入れて、栄養剤あげて、水あげて大きな鉢完成!
太陽の陽を浴びて、どんどん大きくなれよー。
ここまでしてから気付く。
あれ、今日って休みだったんじゃないかよ。
どうかしているな、俺って……。
少し落ち着け。
気を取り直せ。
よっしゃ、闇七章行くぜ!
何故俺が歌舞伎町へ行く羽目になったのか?
坊主さんと裕子さんが結婚する事になり、俺が友人代表をスピーチを頼まれたから。
いや、これじゃ坊主さんたちが、俺を悪の道に行かせた事になってしまう。
そうじゃない。

歌舞伎町は俺の勘違いからなのだ。
あれは千九百九十何年だったっけ?
昔過ぎて覚えていない。
そうだ、裕子さんに電話して聞いてみよう。
「裕子さん、坊主さんと結婚したのって何年の時でしたっけ? あのディズニーランドのホテル」
「うーん、千九百九十六年だよ」
「ありがとうございます。では、ちょっと執筆に戻るであります」
「え、ちょっと智くん!」
まだ二千年にもなっていなかったけど、そりゃ結婚した当人はさすがに覚えているよね、フヒヒ。
新宿クレッシェンドで使った設定…、あれは俺のそのままの史実を使ったからこそ、リアリティが出たのだ。
なんせ実話なのだから。
祝儀をたくさん包みたいが、今の俺は金もそんな余裕がない。
どうすればいいのか途方に暮れた。
現実逃避で川越の街をブラブラ歩き、腹が減ったので川越駅西口にある洋食屋のグリンキッチンTOGOへ行く。
気さくなマスターの作る味噌焼きチキンは大好物で、定期的に足を運んでいる。
彼はハンバーグが自信あるようだが、これだけは断じて違う。
料理を待つ間、東スポを眺めていると、とあるスペースに目が止まった。
『喫茶求人 十二 新宿』
十二って一万二千円の事だよな?
喫茶店の仕事でこんなにもらえるのか?
しかも一軒や二軒だけじゃない。
こんなにも深夜喫茶が新宿にはあるのかよ。
浅草ビューホテルで接客術を身に付け、酒についてあれだけ勉強したのに今の俺はそれが全然活かせていない。
新宿は行った事がない街であるが、深夜喫茶などで人もたくさん賑わっているのだろう。
もし働いたとして俺のカクテルの腕も活かせるようできたら……。
ちょっとした閃きが走る。
うん、深夜喫茶で働きながら、カクテルを披露して徐々に自分の立ち位置を明確にしていく。
うん、これって案外行けるんじゃないか?
俺は求人先の電話番号を控えると、早速連絡してみる。
二十五歳という年齢で数軒断られたが、ベガという店はすぐ面接の日にちまで決まった。
西武新宿線本川越駅から西武新宿駅まで一本。
一時間もあれば着く場所だ。
それが行った先は、深夜喫茶でなく裏稼業のゲーム喫茶…、ゲーム屋だもんな……。
この設定というか実話は、クレッシェンド第三弾『新宿プレリュード』でも同じものを使った。
つまり『鬼畜道~天使の羽を持つ子~』も合わせれば、自分の作品の中で、三回も使った事になる。
しかもこの闇七章で、四回目?
本当に俺って馬鹿。
まあ何だっていいよ。
事実を時系列通り書くのが闇なんだから。
主人公はクレッシェンドの赤崎隼人でもなければ、プレリュードの神威龍一でもない。
岩上智一郎がそのまま主人公なのだ。
うん、するする当時を書けるねえ。
はい、七章文字数の都合でおしまい。
よし、小休止。
シャインさん、大丈夫なのかな?
ブログを覗いてみる事にした。
不思議な話は不思議じゃないかも!? その16 犬電話(いぬでんわ)
柴犬・空海くんが7月26日にガンで亡くなりました。
とても悲しい事ですが。
たくさんの方が励ましてくれて。
そして、空海を見送ってくれて。
ホントに幸せです。
ありがとうございます。
私は、犬語ができます。
できる方、たまに見かけます。
犬は犬同士おしゃべりします。
時々、私も話の内容を聞いて あらら って思う事もシバシバです。
今回、柴犬・空海くんは。
自分の現世の終わりを犬友達にお話していたようです。
直接会えれば直接。
会えなければ 犬電話(いぬでんわ)。
犬電話は人間には見えないですが。
犬同士がお話しできるスグレモノです。
少し前から、会いたくてなかなか会えなかった。
ボーダーコリーのルナイ君。
最期になるよってお話していました。

朝散歩で一緒のポメラニアンのポコちゃん。
空海が亡くなった日に。
飼い主のネモヤン曰く。
【急に部屋の中をぐるぐる嗅ぎまわっていたの、
なんで?っておもったけど やっぱり空海君亡くなったんだ
じゃあ、お家に来てくれていたのかなあ…】
空海はどうやらポコちゃんに犬電話していたみたいですね。
彼女の柴犬のアビイちゃん。
亡くなるひと月位前に自分のお家のお庭でヒソヒソ。
悪いかなと思ったけど。
ちょっと聞いちゃったんですが。
最期になるから ってお話していた。
私、その時、信じたくなかったし。
それがもしそうであっても、あと何年か先になって欲しい。
って、真剣に思いました。
そして、一番の信頼ある仲間であって、兄弟のようでもある。
オネエの家の 柴犬・萩子さん。
萩子さんには、ほとんど毎日のように。
萩子さんの家に暑い日には別荘として一時避難で通っていました。
その時に、じっくりゆっくりお話し、お家からまた犬電話でお話して、とにかく空海としてはジックリ説明したようです。
萩子ちゃん的にはちょっと認知が入っているのでイマイチ理解ができないようでしたが、空海を火葬場に連れて行った時に一緒に行きました。
いつもなら、すごく暴れるのに、全くおとなしい萩子。
火葬場でもすごく神妙にしていた萩子。
きっと空海がジックリ時間をかけて話したのかなというくらい全く騒がず暴れることなく見送れました。
帰りの車の中はいつもの萩子ちゃんに戻って「おなかすいた=====」って叫んでいましたけどね。
犬電話は他のワンコにもしたようで柴犬のカー介、黒糖、ミニチュアダックスのベイちゃん。
ミニチュアシュナイザーの みう君。
みう君は空海がなくなったその日の夕方に出会ったのですが、まっすぐ私の方に走ってきて「だいじょうぶですか?」 って心配してくれました。
飼い主さんはそんな、電話が会ったことなんて知らないので
「あれ?みう、めずらしいなあ…普通はこんなにいきなり人に近づかないのになあ?」
ですって。
だって、空海から犬電話があったんだもんね!
そして、その他大勢 犬友達に結構な人数 ではなくて犬数?に連絡して。
また会いましょういつかね って。
…
…
空海は私が抱っこしたその瞬間に亡くなりました。
なので、私はすごく幸せです。
空海は最期まで私にも気を遣ってくれたのかなって。
その気持ちがとてもうれしいです。
ありがとう 空海。
またいつか会いましょうね。
さて、今日のところはおしまいにします。
いまいち書いてある事の意味が、分かりづらいけど、これだけ可愛がったペットが亡くなり、自分なりに整理しているんだろうな。
明日も休み取れて良かった。
俺は俺で、気を入れ替えようじゃないか。
さてさて、次は闇八章。
「……」
あの高橋ひろしの抜きの話はともかく、クソヤクザの鳴戸のせいで、死闘をさせられた章かい……。
給料とは別に毎日副収入が入る。
気付けば俺は今まで持った事すらない金額が溜まっていた。
そう言ってもまだ百万円には届かない。
今日も鳴戸から店の外へ連れ出される。
ステーキをご馳走になり、もう一軒行くところがあると六本木方面へ連れてかれた。
如何わしいビルのところで車を停めると鳴戸は海野へ車を見ているよう伝える。
俺は共にビルの中へ入った。
厳重な扉をいくつか経て、映画で見たような景色が目に映る。
間違ってなければカジノだよな……。
黒服の従業員たちが鳴戸を見ると深々お辞儀をし、彼は一瞥もくれず奥へと進む。
別の部屋へ入ると明らかにここのボスなのだろうと分かる人相の悪い男がいた。
お互い笑顔で話をしているが目は笑っていない。
ボス格の男の横で、俺より身長の大きな太った男がこちらを睨んで立っていた。
「鳴戸さん、今日はまた強そうなの連れてきましたね」
「ええ、彼は全日本プロレス上がりなんですよ」
「ほう、うちのは空手ですからね。そりゃ楽しみだ」
妙な会話を聞いている内に、横にいる大男と俺を戦わせようとしているのが何となく理解できた。
空手家とか言っていたよな。
打撃で張り合うのはやめた方がいいだろう。
自然と右拳を強く握り、親指を横に突き出した。
大男が口を開く。
「俺は破門になったとはいえ、ヒクソングレイシーが来た時真っ先に立ち向かった流派の人間です。八百長もどきのプロレスラーなんて話になりませんよ」
「……」
やり合うつもりなどまったくなかった。
しかしこの言葉が俺の心の琴線に触れる。
「我が流派は打撃の突きや蹴りだけでなく、いち早く関節も投げも締めも取り入れている。レスラーがそれに何ができるんや」
視野が狭くなるのが分かる。
もういつの間にか逃げられないところまで連れて来られたのだ。
完全に上から目線で余裕を見せる大男。
俺は仕方なく口を開いた。
「鳴戸さん……」
「何でしょう?」
「こいつ、やっちゃっていいんでしょうか?」
「何やと、コラ!」
大男が怒り狂う。
「打撃以外にも色々やるんでしょ?」
「そうや」
「じゃあ、そんなの空手じゃねえじゃん。まずは空手って名前を外す事からしたほうがいいんじゃないの?」
鼻息が荒くなる大男。
俺はさらに駄目押しをした。
「いいかい? 空手なのに、締め、関節、投げ? 笑わせるなよ。それじゃ、すでに空手じゃないじゃん。それとさっきからおまえ、臭いよ。ちゃんと歯を磨いているの?」
「おい、もういっぺん言うてみいや」
「それよりさっきから気になっていたんだけどさ。何でそんな自分がまだ所属しているような言い方をしているの? 破門になったんだろ? 言い方を代えればクビ」
「上等や、コラ!」
真っ赤になった大男は大振りのテレフォンパンチで殴り掛かってきた。
振り被りモーションの大きな攻撃。
冷静でいれば何の恐怖すらないし、いくらでもこんな攻撃などいなせる。
俺は目をつぶらず、相手の攻撃の軌道に沿うように右手を差し出した。
いきなり試すからこそ効果のある技。
俺の秘中の秘的な防御策である『螺旋』。
こちらに向かって勢い余ってくる打撃に対し、相手の手首辺りに横から手首を当て、そこを中心にして手を巻きつける。
それだけで相手は攻撃の矛先がずれ、一気にバランスを崩してしまうのである。
当たった瞬間の感覚で、本能的に動かなくてはできない技であった。
大きな物音を立てて、前のめりに倒れる大男。
面倒なので、ここで勝負を決めておこう。
打突を使うまでもなかったようだ。
すぐさま体重を大男に被せ、右腕を両腕で取る。
左脇の下に腕を通し、通常の関節とは逆方向、つまりうつ伏せ状態のまま上に向かって持ち上げる。
プロレスでいう脇固めという技ではあるが、俺のは微妙に違う。
さらに相手の手首を空いている自分の右手でつかみ、捻りつつ関節を固定させる。
大男は、まったく身動きのとれない状態になっていた。
俺がその気になって体重を後ろに反り返れば、簡単にこいつの肩と手首の骨は粉砕する。
チラッと鳴戸の方を向く。
どう見ても勝負ありだろう。
早く止めてくれ……。
その時だった。
僅かに動く指先で大男は、俺の左目目掛けて指を入れようとする。
咄嗟に力を入れた。
「うぎゃぁ~……!」
気持ち悪い吐き気のする感覚が、全身を包む。
嫌な音がして、そのあと大男の叫び声が聞こえた。
固めていた関節をそのまま逆方向へ力任せに引いたのだ。
こんな卑劣な男の骨など、いくら壊しても構わない。
常にそう思う自分がいる。
だが実際に人間の身体を壊した時、いくら時間が経ってもこの嫌な感覚が消える事はない。
室内は、右腕を抱えながら大袈裟に喚く大男の悲鳴だけが木霊していた。
また一つ、これで俺は闇に近付てしまったのだろう。
俺の身体は小刻みに震えていた。
「フー……」
何十年も前の事なのに、あの当時を振り返ると今だ震えが出てくる。
自分でも痺れるほど強かった時代の俺。
いつの間に俺は、こんなしょぼくれた牙を持たない犬のようになってしまったのか?
この頃の気迫が今でもあれば、神田にしても自称俳優にしても、一括でふざけんなと怒鳴りつけて一刀両断していただろう。
龍平には「いいから四の五の言わんと、とっとと働けや」で終わり。
神田には「テメー、いい加減にしろよ。俺に関わるな」でおしまい。
いつから牙が抜けた?
おそらく二度目の横浜の地獄めぐり最終地獄の二俣川でだろう。
戸田の兵糧責めに近いやり方で、金も気力も体力も無くした俺は、死のうとまで弱り果てた。
取り戻せよ、いい加減。
修羅場を潜り抜け、ここまで生きてきたんだろ?
何度死に掛けたって、壊れずにいるんだ。
何の為に?
簡単だよ。
これまでの不条理を…、理不尽を…、十三年ぶりに文字へ叩きこむ為に決まってんだろ!
かつての誇りを取り戻せよ。
俺はどんな時も、俺でしかないんだから。
闇九章は必然的に、鳴戸の実態が分かるあの時になる。
いわば八章と地繋ぎ。
小便チビりそうになりながらも、命を懸けて証明したじゃないか。
振り返れ。
思い出せ。
あの頃の自分を……。
ビルに入り、地下でなくエレベータへ乗り込んだので、少しだけホッとした。
「今度はどこへ行くんですか、鳴戸さん」
「……」
「鳴戸さん!」
通常のエレベータの二倍はありそうな大きく豪華な箱の中、俺の声だけが反響している。
鳴戸は何も答えてくれない。
「鳴戸さん! 聞いてんですか!」
エレベータの動きが停まる。
その時、蚊の鳴くような声で鳴戸は言った。
「いいですか…。静かに黙っていなさい。それが身の為です」
それだけ言うと、先にさっさと出てしまう。
「……!」
こんな造りの部屋があるのか……。
目の前の光景が信じられないほど、立派で壮大な造り。
エレベータを出た俺は、思わず辺りをキョロキョロ見回した。
会社のオフィスならある程度分かる。
しかし、どう見ても会社という感じではない。
無知な俺は物の価値など知らぬが、通路に置かれた壷や絵画がかなり高価なものであるぐらいは肌で感じた。
真紅色に染まった綺麗で分厚い絨毯。
どこもかしくも金の掛かったものであるのは、間違いないだろう。
大理石でできたような厚い扉の横にあるチャイムを慣れた手つきで押す鳴戸。
静かに扉は開きだした。
一般人では…、いや普通ではそこへ入れない空気がその奥にはいっぱい詰まっている。
「いらっしゃいませ」
部屋の入口には、二人の大男が直立不動のままビシッと立ち、左右綺麗に並んでいる。
只者ではない雰囲気を二人とも醸し出していた。
無造作に床には、本物であろう熊の毛皮が引かれている。
この上を土足のまま、歩いていいのだろうか。
俺がそんな心配をする中、鳴戸はお構いなしに歩き、嬉しそうな顔で先へ進む。
「先輩、お久しぶりです!」
奥の部屋にはゆったり座れる大きな黒いソファがあり、そのソファには二人の男がでんと座っていた。
一人は、狡猾そうな表情の初老。
頬に大きな傷跡が残っている。
もう片方は、よくこんな身体で生きていられるものだというぐらい、醜く肥えていた。
ソファに腰掛けているお尻は半分以上、中へ埋まっている。
体重、百五十キロを越えているのではないだろうか。
「おう、鳴戸やないけ」
「元気かいな?」
「もちろんです。お陰さまで」
そこには普段では考えられないような、おべっかを使う鳴戸がいた。
入口の屈強そうなボディガードといい、座る二人といい、非現実な人間ばかりである。
まるで映画のワンシーンの中へ放り込まれた。
そんな気がした。
鳴戸は手前のソファへ座る様子もなく、普通に立ったまま、前の二人を相手している。
どう見てもヤクザ者の親分クラスだ。
ただの親分ではない。
かなりの大物といった雰囲気が、身体全体から発している。
「聞いてくれや、鳴戸」
「はい、何でしょう? 先輩」
太ったヤクザが、面倒くさそうに喉から声を絞り出す。
こんな相手を先輩と呼ぶ鳴戸が薄気味悪い。
「この間な、マカオ行ったんや。一億の銭、持ってのう」
「凄いじゃないですか! それでどうしました?」
いつもなら人の話など聞きもしない鳴戸。
そんな人間が飼い猫のようにおとなしく従順でいる姿は、どこか滑稽に見えた。
「ツキあったんやなぁ~。一気に十億やで、十億」
「凄いですね、先輩!」
「ただな、帰りの税関で引っ掛かってしもうてなぁ~」
「あらら、それはそれは」
「ワテ、言ったんや。行きに持ってきた銭は良くて、何で帰る時だけ因縁つけんねん、ワレッってな」
「ええ、おっしゃるとおりですよ」
「したらのう。向こうも『それはそうですね』って、おとなしゅうなりよったわ」
「はは、さすが先輩ですね~」
「税関もタジタジやで」
会話の内容が尋常じゃない。
まるで異次元の会話。
聞いていて気が狂いそうだった
不思議とあり得ないような話でも、ここにいるとすべて現実に起きている事なのだと実感した。
派手な扇子を左手に持ち、パタパタと面倒そうに仰ぐデブ親分。
まるで漫画に出てくるキャラクターを見ているようだ。
「横の若いのは何や?」
頬に傷のあるヤクザが、鳴戸へ尋ねる。
「ああ、申し遅れました。コイツ、私のところに入ったばかりの従業員でしてね。まあ、ゲーム屋の従業員やらせるの勿体ないですから、とりあえず折を見て私の運転手から始めさせようかなと思いまして」
何を抜かしているんだ、この男は……。
鳴戸が店に来た時、上機嫌だった理由。
先ほどの死闘。
そして今まで俺に対してだけは妙に甘かったという事実。
すべてはこの為だったのか……。
気付いた時にはすでに遅い。
「なかなかええ面構えしとるのう」
「掘り出しもんやで」
室内の視線が俺に集まる。
非常に嫌な視線。
「しかも、先輩! こいつ、レスラー上がりなんですよ」
「おぅ、レスラー上がりかいな」
「外の二人に負けへん身体つきしとるのう」
顔を高潮させ、楽しそうに話す鳴戸の顔を俺は黙って見ていた。
「おい、兄ちゃん」
デブヤクザが初めて声を掛けてくる。
全身の毛穴が全部開いたような感覚。
ここが正念場になる。
「はい……」
飲まれるな……。
必死に自分へ言い聞かせた。
初めてジャイアント馬場社長と会った時のあの極度の緊張感。
まともに話せなかったが、俺は一瞬でもあの人の下にいたのだ。
無様な真似は晒せない。
「レスラーちゅうんは八百長なんやろ? 前に…、前にと言うても昔やけどなぁ~。興行仕切っとったら、星決めあるのないのって聞いた事あるで」
一般社会では人気もなくなり、すっかり地に落ちたプロレス。
それでもいまだに八百長かどうかと聞く人間は、どこに行っても多い。
自身にとっての強さとは何か?
誰の前でも同じ意見を言える人間になりたい。
どんな状況でも、誰に対しても同じ事を言える人間でいたかった。
人によって自分の意見を変える。
罪悪な事だ。
正直、怖かった。
泣き叫ぶ事で許してもらえるのなら、いくらでも涙をこぼしたい。
端も外聞も捨て、この場から走って逃げ出したかった。
優しかった鶴田師匠の顔が目に浮かぶ。
そうだ……。
俺は師匠の弟子なんだ……。
誰の前でも違うって言ってきた。
自分で飛び込み、あの世界で俺は地獄を見てきた。
それを八百長と言われるのが、どれだけ傷つく事か……。
誰にも分からないだろう。
ちんけなプライドとビビる心。
全日本プロレスとはもうまるで関係無くなった俺。
だが俺の行動一つで古巣を軽く見られてしまう。
それだけは絶対にできない。
目を静かに閉じた。
そしてゆっくり呼吸をした。
大きく息を吐き出して、そのまま後ろへ倒れ込む。
魂を乗せろ……。
いや、一回休め。
タバコを吸え。
ベランダへ出てセブンスターに火をつける。
吸い終わってから、ダンベルの回数をこなす。
よし、続き書くぞ!
何故こんな時、全日本プロレス時代を思い出すのか?
今俺がいるのは、どう見てもヤクザの事務所の中だ。
おそらくかなりの大物なんだろう。
身体中ガタガタ震えていた。
本当に怖かった。
ここで俺が泣きながら許しを乞うても誰も責めないだろう。
でもさ、そうじゃない。
俺はあの人たちに何も恩義を返せていないじゃないかよ。
だから、俺は俺を信じる。
自分が潜ってきた道を信じる。
何の為に強さを目指したんだよ。
身体がブルッと一瞬大きく震えた。
大丈夫。
プロレスってこっちはどんな攻撃来ても堪えられるようにさ、しっかりしっかり構えて……。
だってレスラーって、攻撃避けちゃ駄目じゃん……。
怖いなあ…、それはしょうがないか。
でもさ、師匠たちを侮辱すんなよ、このデブ野郎!
大きく息を吸い込み、口を開く。
「すみません…。プロレスは八百長じゃありません」
俺の言葉で目を丸くするデブヤクザ。
できれば大笑いしたかったが、さすがにそこまで肝は据わっていない。
これが今の俺の精一杯。
師匠がどこかで見つめてくれているさ。
そんな感じがした……。
「何やて、兄ちゃん?」
「八百長じゃありません」
もう一度ゆっくり言う。
その瞬間、火花が散った。
真横から鳴戸が、渾身の力で殴ってきたのだ。
「何だ、テメーはっ! 何て口を先輩に向かって利いてんだ、オラッ!」
鳴戸のキンキン声。
しかし不思議と怖くも何ともなかった。
不意打ちで鼻先を打たれたので、ドワッと血が垂れてくる。
痛いなあ、このクソ野郎……。
ビビっている俺は、口に出しては言えない。
頭の中でしか。
もうちょっと勇気出せよ。
俺は鳴戸のほうへ向き、しっかりと視線を見据えた。
「八百長じゃありませんから……」
また火花が散る。
完全に怒った鳴戸が、また顔面を殴ってきた。
俺は避けようともせず、そのまま堂々と顔面でパンチを受ける。
『レスラーって言うのはね。何をやられても壊れちゃいけないんだよ』
師匠の言葉を思い出す。
そう、レスラーは壊れちゃいけない。
また痛みが走る。
痛いすよ、師匠……。
でもレスラーは避けちゃいけないんすよね?
鳴戸が何かヒステリックに叫びながら、俺の顔面を殴り続けていた。
「鳴戸さん……、レスラーってね…。攻撃を避けちゃいけないんすよ!」
鳴戸の手がとまる。
辺り一帯がシーンと静まり返った。
「八百長じゃありませんから……」
鼻と口……。
両方からかなりの血を流しても、俺は意見を曲げない。
殴られる……。
そりゃあ、痛いさ……。
凄いおっかねえよ……。
逃げられるなら逃げ出してえよ。
でもよ、それをしたら見ている人間が白けるだろう。
相手が全力で攻撃をしてくるから、こちらは避けずに思い切り受ける。
それがプロレスなんだよ。
だから避けちゃいけねえんだよ!
これは曲げたくない。
これだけは……。
ひたすら目に力を込め、いくら殴られても鳴戸をジッと見た。
何発殴られたか分からない。
それでも俺の心は折れない。
変わらない。
彼の目に、少し怯えの色が見えたような気がした。
「もうええわ、鳴戸」
「でも……」
「何や? ワテの言う事に口答えするんかい?」
「い、いえっ…。とんでもないです……」
鳴戸をとめたデブヤクザ。
遥か大物の男が今、ジッと俺だけを見つめていた。
「分かったわ、兄ちゃん。すまんかったのう」
「い、いえ…。こちらこそ、すみませんでした……」
全身の震えは、いつの間にか止まっていた。
「兄ちゃん、麻雀できるかいな?」
「え……」
「麻雀は?」
「は、はい…、多少は……」
こんな時にこの人は何を言い出しているのだろうか?
意図がまったく分からない。
「今晩、卓を一緒に囲もうや、のう?」
「……」
「ワテ、麻雀弱いんやで、ほんまや」
「そうそう、先輩は麻雀弱いぞ、岩上!」
鳴戸まで一緒に言い出してくる。
さっきまで無抵抗の俺を散々殴っといて、どの口が抜かしてんだよ……。
ん、俺って妙に落ち着いていないか?
なら考えろ。
多分正念場ってやつだ。
なるほど…、意図が読めた。
「すみませんが、レートはどのくらいなのでしょう?」
「レート? 兄ちゃんらがやってる麻雀はリーチでいくらや?」
「ほとんどの人がテンピンと呼ばれるルールでやるので、それだと百円です……」
「リーチで百円かい…。しゃーないわ、じゃあ、ちょっとレートをワテらも落としたるわ。リーチ五千円でどや?」
五十倍のレート?
冗談じゃない……。
そんなレートにしたら、一晩でいくら金額が動くというのだ?
違うって!
惑わされるなよ。
しくじるな、ここだけは……。
「兄ちゃん中々根性あるやんけ。で、ちょっと小遣い稼がしたろ思うてな」
騙されるな。
うまく断れ。
うまい話などない。
それに俺は金では転ばない。
俺がヤクザ?
冗談じゃない。
おじいちゃんへ何て説明する?
どう顔を向けられると言うのだ?
「お言葉ですが……。せっかくのお誘い非常に嬉しく思います。しかし私ではレベルが違い過ぎます。なので今回はご遠慮させていただきます……」
「おい、岩上! せっかく先輩がこうおっしゃってくれてんのに何を言ってるんですか」
肩を掴みながら、鳴戸は睨みつけてきた。
「鳴戸さん…。俺ね、何の身よりもなければ喜んでこちらからお願いしてます。家に帰れば、おじいちゃんや、弟…、家族がいるんです。それに俺がなると、悲しむ人間が多いんです…。勘弁して下さい……」
肩を握っていた鳴戸の手の力が緩む。
自分に集中していた視線が一気に引くのが分かった。
俺に興味を失ったのだろう。
全身疲労感でいっぱいだった。
それからあとの鳴戸たちの会話は、まったく耳に届いていない。
何を話しているのかさえよく覚えていない。
気づいたら帰りの車の中にいて、新宿のベガまで戻っていた。
またドッと疲れを感じ、背後へ両腕を伸ばして倒れ込んだ。
よし、仕事に行こう。
シフトの穴は開けちゃいけない。
あとは業務中に携帯電話で文章を整えて、ブログへアップすればいい。
「……」
おいおい…、何をボケているんだって!
今日は休みだろ?
シャインさんのところは明日。
まったくもう……。
じゃあお次は闇十章を…、いやいや、今日はもう終わり。
こなもんでも飲みに行ってこい。
アイアイサー。

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