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闇 649(傷の舐め合い編)

闇 649(傷の舐め合い編)

2026/08/22 sat
※多分この時代に岩上智一郎という人間がいたという証明をしたかったから、この作品を自分の為に書いているのだろう。
前回の章


二千二十四年四月十六日、火曜日先負。

インカジ『レディ』の残業中、若香からLINEが届く。

『なるほど。おはようございます。イチロー。新しい一日は良い気持ちでいてくださいね。 朱婧瑶9:21』

彼女から連絡があるまでゆっくりさせてあげたかったので、思わずニヤけてしまう。

「岩上さん、ニヤニヤしてどうしたんですか?」

佐藤ボンズが意地悪そうな表情で聞いてくる。

「うるせー、何でもねえよ」
「だって岩上さん、妙にニヤニヤしてるから、何かいい事あったんじゃないかなと思いまして」
「ふん、俺の事など放っておけ。いちいち構うな」

九時半か。
十時間ぐらい彼女は睡眠を取れたのかな?

『おはようございます。ゆっくり眠れましたか? まだ仕事あと二時間ほどありますが、若香さんからの連絡を見て、良い気持ちになれています。 岩上9:23』

『車で会社に着いたばかりでイチローさんに連絡しました。今日は十一時までに仕事が終わることを知っていますね。イチローは疲れていませんか。 朱婧瑶9:25』

店内は客が誰もいないので、キャッシャー室で暇潰ししているだけだもんな。

『全然疲れていないですよ。若香さんに言われ、コンディションには注意しているので、体調は良好です。若香さん、仕事頑張って下さいね! 岩上9:26』

『イチローは自分の体の世話をすればいいことを知っていますね。香さんたちがそろったら会議に行きます。 朱婧瑶9:36』

ちょっと変な日本語は変わらず健在であるが、俺が意味を理解すればいいだけ。
些細な事はあまり気にしなくなっていた。

『行ってらっしゃい。若香さんが日本来た時、もし体調崩して、会えないなんて絶対嫌ですからね。その為日々細心の注意を払い、コンディション調整は欠かせないです。 岩上9:39』

会議前で慌ただしいだろうし、あまり邪魔してはいけないな。

『イチローは自分の体を大切にすればいいことを知っていますね。では朝は何を食べましたか? 朱婧瑶9:42』

『朝はまだ食べてないですね。あと一時間ちょっとで仕事終わるので、それからゆっくり朝食というか昼食にします。 岩上9:51』

この場に若香がいたら、甘えながら一緒に食事を取りたいものだ。

『朝食はお昼ご飯と一緒に食べますね。イチローは帰って自分で作るのか、それとも店に食べに行くのか。 朱婧瑶10:15』

『帰り道の時の気分次第になると思います。帰りにサンドイッチ作った時、乗せる用の皿欲しかったので、それを買ってから決めると思いますね。 岩上10:18』

テーブルの上に何かを書いてあるノートのような写真が送られてくる。

『ちょっと待って。 会議に行きます。 朱婧瑶10:42』

『どうぞ、行ってらっしゃい。 岩上10:43』

2024/04/16 LINE 若香

ようやくこっちは残業もおしまい。
引き継ぎのスタッフが出勤したので、着替え始めた。

『俺の方は仕事終わりました。若香さん会議の多忙中、連絡失礼しましたね。 岩上10:59』

帰り道ゲームセンターへ寄り、リアルキッチンシリーズを物色。

『仕事終わったあと、リアルキッチンシリーズGETしました! 岩上11:06』

『かわいいですね。 イチローさんは五十二歳の人には全然似ていません。若香はイチローと一緒になってとても楽しくなったと思っていますね。同僚は私が携帯電話に向かって馬鹿に笑っているのを見て驚いた。 朱婧瑶11:41』

あ、若香は会議中か。
邪魔してしまったな。

『大切な会議の最中、こんな写真送ってごめんなさい 岩上11:44』

三平ビルの地下一階へ向かい、いい牛肉を見定め購入。
ついついこんな事でも彼女へ写真を送ってしまう。

『そこそこいい肉買ってきました! 岩上11:45』

『イチローさんはどんなおいしい食べ物を作るつもりですか。 朱婧瑶11:45』

自称俳優マンションへ到着すると、早速肉を冷凍庫へしまい、リアルキッチンシリーズをテーブルの上に並べた。

『基本俺一人なんで、適当に肉焼いて食べるくらいですよ 岩上11:46』

2024/04/16 LINE 若香

『今日GETした戦利品です。 岩上11:47』

彼女への完全な依存。
仕事中なんだから、少しは自制しなきゃ駄目だろって。
いい歳こいて……。

『イチローは焼肉を食べるつもりらしい。またお酒を飲みますか? 朱婧瑶11:47』

『軽く飲むかもですね。 岩上11:48』

戦利品を並べて写真を撮り、彼女へまた送る。

『リアルキッチンシリーズ、これだけ集まりました。 岩上11:48』

『イチローさんのキッチンシリーズはもう揃っていますか。いいですね。 朱婧瑶11:54』

まるで子供をあやすかのような若香。

『まだまだキッチンシリーズいっぱい他にもあるんですよ。天丼のレンゲとか色々欲しいのですが、ゲームセンターが意地悪で取れないところに欲しい物を置いてあるんですよ。 岩上11:58』

つい無邪気な子供のようになってしまう。

2024/04/16 LINE 若香

『イチローは今まだ収集が終わっていませんね。いくら足りませんか。 朱婧瑶11:59』

そういえば何で俺はこんなものを集め出してしまったのだろう?
腹減ったな。
しょうが焼きでも作って食べるか。

『多分まだ全体の四分の一程度しか集まっていないはずですよ。 岩上12:00』

『急ぐ必要もありません。ゆっくり集める。イチローさんはもう牛肉のマリネを始めましたか。 朱婧瑶12:07』

簡単に盛り付けたしょうが焼きの画像を見せ、食事を始める。

『今日は簡単に豚肉の生姜焼きにしました。 岩上12:24』

あ、牛肉について答えていなかったっけ。

『牛肉はとりあえず冷凍しておいて、今度使う事にしました。 岩上12:25』

若香の昼食の弁当の画像が届く。

2024/04/16 LINE 若香

『おぉ、豪華なお弁当ですね! 岩上12:26』

『若香の弁当も着きましたね。イチローは食べ終わったら寝に行くよ。 朱婧瑶12:26』

十二時間勤務のあとだから、さすがに眠くなってきた。
大人しく寝るとするか。

『そうですね。若香さんとの楽しい夢が見られるよう祈るばかりです。 岩上12:27』

『いいですね。昼も若香は一眠りします。夢の中でイチローを探しに来た。 朱婧瑶12:28』

六月末までの辛抱。
そこまで我慢すれば、本物の若香に会える。

『とても嬉しい気分ですね。 岩上12:28』

貴重な彼女の昼休みを邪魔しちゃ悪いな。

『若香さんは、ゆっくり昼食を楽しんで下さいね。 岩上12:32』

俺はリアルキッチンシリーズのブログを書く事にした。


続・続・リアルキッチンシリーズ

2024/04/16 自称俳優マンション リアルキッチンシリーズ

久しぶりにリアルキッチンシリーズを三つゲットしましたよ!

2024/04/16 自称俳優マンション リアルキッチンシリーズ

見て下さい、こんな小さいのです。

2024/04/16 自称俳優マンション リアルキッチンシリーズ

これだけ集まりました。

2024/04/16 自称俳優マンション 和牛カルビ

ただ今回上の三つ取るのに二千円以上掛ったんですよ。
なので帰り道、いい肉でも買うわ!って買ってしまいましたw。
冷凍しといて競馬当たったら、お祝いに食うか。

2024/04/16 自称俳優マンション しょうが焼き

だから今日は豚の生姜焼き作って、これで我慢して今週の競馬にこの魂を込めるのであった。
今回は本当に手抜きw。
前回作った一晩漬けこんだとかでなく、パパパと手抜き料理でした。

明日の為に打つべし打つべし!



あー、若香とセックスを今すぐしたい。

『はい。イチローは食べ終わったら休みなさいと覚えています。目が覚めたら若香に伝える。 朱婧瑶12:43』

そんなの毎日起きたら習慣になっているだろ。
さすがにトロンと瞼が重くなってきた。

『了解しました! 俺はこれから寝ますね。愛しの若香さん、おやすみなさい。 岩上12:44』

LINEを送ると、俺は気絶するように睡眠を取った。

目覚めると夕方六時近く。
結構眠ったものだな。

若香から連絡が届いている。

『イチローはよく寝てね。若香も働いています。 朱婧瑶15:52』

『おはようございます。今目覚めました。 岩上17:54』

一日の始まりは彼女から。

『イチローさんは目が覚めましたか。 朱婧瑶17:58』

『目覚めました! 岩上18:05』

冷蔵庫からアイスコーヒーをグラスへ注ぎ、一気に飲み干す。

『まず水を一杯飲みに行きます。さもないと口が渇いてしまいますよ。 朱婧瑶18:17』

『今さっきコーヒー飲んだところでした。 岩上18:17』

続いて冷たいお茶を注ぐ。

『目が覚めたばかりでコーヒーを飲みますね。それはもっと喉が渇いていませんか? 朱婧瑶18:18』

『冷たいお茶も飲んでますよ。 岩上18:19』

ベランダへ出てセブンスターに火をつける。

『目が覚めたばかりです。体の機能はまだ眠っている。これは刺激的すぎるのもよくないでしょう。 朱婧瑶18:20』

タバコを吸い終わると、彼女へ返信した。

『そうですね。ベッドの上で、猫みたいに伸びしてます。 岩上18:21』

はやり最初のデートは横浜がいいなあ。
綺麗な景色を好みそうだから、海が見える場所なんて最適だろう。

『若香さんと港の見える丘公園で、デートしてる夢見ました。 岩上18:23』

少しロマンチックに夢を見た事にしておいて、俺は横浜時代の写真を送る。

『横浜の中華街の近くにある公園なんですよ。 岩上18:25』

『きれいな景色ですね。瞬間的に気分が良くなりましたね。 朱婧瑶18:35』

うん、手応えあり。

『十年くらい前に横浜住んでいた頃、一回だけ一人でここに来た事あります。 岩上18:36』

正確には俺一人で一回と、石川雅之とも来ているから合計二回か。

『当時横浜にはどのくらい住んでいましたか。 朱婧瑶18:37』

2024/04/16 LINE 若香

幸せだった初期横浜時代が、インカジ『新宿クレッシェンド』を始める二千十四年までだから……。

『横浜は二千十二年から二千十四年と、二千十五年から二千十五年ですね。 岩上18:38』

『それは長い間、こんなに長い間行ったことがありませんか? 朱婧瑶18:55』

まあ新宿クレッシェンドのあと〇〇会の直営ゲーム屋で地獄を連続で味わい、逃げるように二度目の横浜に行って、地獄めぐりだったもんな。

『仕事で横浜に二回行ってましたからね。二年間を二回ほど。 岩上18:58』

川越、新宿、そして横浜。
俺のこれまでの人生は、この三つの場所でほとんど形成されている。

『横浜行く前まで、俺は川越にいたんです 岩上18:58』

『横浜の現在の変化は、以前のイチローよりも横浜での変化が大きいだろう。 朱婧瑶18:59』

そもそも横浜へ住むようになったのは、実家にあのままいたら、殺人的衝動が沸き上がり、それを自制する為だった。

『ただ、家族間の遺産相続などの醜さに本当嫌気がさして、それで川越を出る為、別の場所を探しました。自分に合っていたのが横浜だったんですね。 岩上19:00』

『イチローさんが一番好きだったのは横浜ですね。それはぜひ見に行きましょう。じゃ、どうして横浜で仕事をしないでまた新宿に行くことを選んだのですか。 朱婧瑶19:01』

俺が好きだったのはあくまでも最初の横浜時代。
二度目は種類の違う地獄を味わい、それから新宿へ舞い戻ったのだ。

『実はですね。横浜でも、数回人に騙されて、本当に窮地になったんです。それで自暴自棄にもなったのですが、一度地元の川越へ戻ってやり直そうと。 岩上19:03』

矢田部のインカジ『サンシャイン』での屈辱。
イワカミ工業での青野の不正と仕事の消滅。
インカジ『ハッピー』での休み無き無限労働と肉体的消耗。
坂本の裏切りを経て、レオパレスの強制退去。
二俣川での戸田の飼い殺し。

『イチローにはこんなに悲惨な経験があるのか。 騙されたいからですね。 やはり友達は他の原因ですね。 朱婧瑶19:09』

俺の甘さがすべて招いた結果だったのだろうか?
それだけではないような気がする。

『やっぱりこの世の中、悪い人間は多いですからね。俺は本当によく騙されて、基本一人でいる事を好むようになりました。 岩上19:10』

『なぜ騙されるのでしょう。イチローのような善良で仲直りした人。女に騙されたのか? 朱婧瑶19:12』

別に俺自身善良というわけではない。
だが、何故こうなってしまったのか。
それを彼女へ打ち明ける時期に、来たのかもしれないな。

自身の呪われた半生を……。

『幼い頃、母親からの暴力で虐待されていた俺は、母親が家を出ていくまで自由が無かったんです。 岩上19:12』

遡ると、お袋との幼少期がまず始めにくる。

『自然と本能的に強くならないといけないと考えていて、気付いたらプロの格闘家になっていました。 岩上19:13』

『イチローは子供の頃、よく母親に虐待されましたか。あなたの幼い心に影を残しました。 朱婧瑶19:13』

色々あり過ぎたけど、かなり端折って説明しないと終わらないだろう。

『でも、本当はこういう強さを望んでいたのでは無かったんだなと気付き、絵を描き、ピアノを弾き、それから小説を書き出したんです。 岩上19:14』

あえてそのきっかけとなった品川春美の存在は出さなかった。

『多分自分の身体に流れる血を全部吐き出したかったんですね。 岩上19:14』

勢いだけで突っ走っていた愚直な若き頃。

『俺には強烈な母親に対する憎悪がずっと残っていんです 岩上19:15』

『イチローの前半生は実に多彩だ。しかし、あなたにも多くの生存の本領と独立した思考を学ばせました。 朱婧瑶19:15』

優しいな、彼女は本当に……。

『でもいくら血を流したところで何も変わらない事に気付いたんです。 岩上19:15』

できれば思い出したくもない過去。
おじいちゃん亡くなったあとの家族や親戚たちの俺の実印を巡る騒動。

『祖父の遺産相続の時では、家族の裏切りがあって、深い根底まで心が傷付きました。 岩上19:16』

『だから俺は内に溜まったストレスを発散させるのに、小説へ投影して書く事しかできなかったんです。 岩上19:17』

これはちょっと時系列がズレているな。
何故なら俺は二度目の裏稼業へ復帰した時点で、小説を何も書かなくなって十三年以上の月日が経ってしまったのだから。

『面白い事に自我の負の感情を小説として作品に投影した俺は、不思議と心が晴れていく事に気付きました。 岩上19:18』

正確には新宿歌舞伎町へ戻る前の事になるが、嘘をついている訳ではない。
順序が少し違うだけ。

『そこで、多分今までも、これからも自身に起きる理不尽な出来事は、元々俺自身が生まれてくる前にこうなるよう自分で設定したものなんだ。ならばすべての出来事を受け入れようと理解したら、気持ちが本当に楽になれたんです。 岩上19:20』

『これが自己調節の方法です。私たちには生まれる権利がないからです。でも生きる自由を選ぶことができます。イチローは自分の境遇を聞いて若香はとても悲しいです。今のイチローはもうたくさんの経験をしました。残りの生活は美しく行くことです。「若香」はあなたに付き添う。 朱婧瑶19:26』

こんな惨めで金も地位もない俺に対し、若香は傍にいてくれると言うのか。

『二年半前、ワクチン打って翌日心筋梗塞になり、死に掛けた時、実は薄れゆく意識の中で俺はあまり死ぬ事が怖くなかったんです。色々傷ついて騙されてきたけど、俺は俺自身に対して望むようにこれまで生きられてきた。だからもしここで人生終わっても、まあいい生き方をしたよな…と感じる事ができたんですね。 岩上19:29』

何故あの時俺はくたばらなかったのか?
神様がいたとすれば、こうしてこの若香と引き合わせる為?

お目出度い俺は、どうしてもロマンチックに物事を捉えやすい。
だが悪い気分ではなかった。

『結局今もこうして生きていますけどね。 岩上19:29』

心筋梗塞から山下哲也、神田、河本マンションに自称俳優と様々な障害があった。
しかし現状はそれらをすべて切り抜けて、こうして彼女と幸せなやり取りを続けられているのだ。

『ならばこれからはあまり我欲を持たず、ただ生きようとしていたところに、若香さんと知り合ったんです。だから今はもし死にそうになったら、若香さんと会っても無いのに、ここで人生終わるの絶対に嫌だと、無理やり足掻くと思います。 岩上19:31』

自身の生存の証明。
俺はこの子と会わずして人生を終えるのは本当に嫌だ。

『そのくらい若香さんの存在は、俺にとってとても大きくなってしまいました。 岩上19:32』

『生死を経験しています。あなたが幸せに生きていくのを誰が止められるでしょうか。生まれやすく、生きやすく、生活は容易ではない。人生は生活の過程である。風があり、雨がありますか? 風雨の洗礼があってこそ色とりどりの虹が見える失敗の苦しみがあってこそ成功の喜びを味わうことができる。 朱婧瑶19:32』

彼女の流暢な日本語使いに思わず唸る。
日々懸命に覚えようとしてくれている証拠。
こうした出来事に俺は、素直に感動すら覚えている。

『そうなんですよね、色々体験、経験したからこそ、初めてそこに気付く事ができる場合もあります。 岩上19:33』

『結婚してニ年で離婚しました。そして私だけが残りました。私ももう簡単に愛情を信じることはできません。 朱婧瑶19:33』

彼女は過去の離婚について、重い口を開き始めた。
俺が過去の地獄の蓋を開いたからだろうか?

『若香さんも本当に色々傷ついてこれまで生きてきたのですね……。簡単に愛情を信じなくてもいいと思いますよ。 岩上19:35』

若香の辛さを俺は分からない。
でも少しでも痛みに寄り添おう。

『自分が求める意思、要求をよく考えて、それでも自分が欲するならでいいと思います。 岩上19:35』

誠心誠意心を込めて……。

『ただ、俺は若香さん、あなたの存在はとても大切に考えています。 岩上19:36』

『元夫が他の女性を連れて家で裸になっているのを見た時、私は悲しくて怒りました。意識を失った。目が覚めたら病院にいます。医者は私に悪いニュースを教えてくれました。お腹の中の三ヶ月の子供が胎内で死んでしまいました。私の母としての全力を奪った。その結婚は私が一番言及したくない過去です。最終的に家族との協議のもと、私は果敢にこの結婚を終わらせた。 朱婧瑶19:36』

妊娠から流産……。

浮気が原因。
これまでの自身の行動を呪った。

人の心を傷つけるのは簡単である。
いかにこれまで浅はかに生きてきてしまったのか。

そして過去百合子との子供を中絶させてしまった愚直な行為。
あの時の愛和病院での状況は、未だ忘れる事のできない鮮明な記憶である。

車で九時二分前に愛和病院の産婦人科に到着する。
入り口の自動扉を開けると、左手に受付があり百合子が椅子に座っていた。
同意書にサインしてからたったの四日間だが、遠目に見ても彼女の姿は酷くやつれているように見えた。
軽く深呼吸をしてから俺は近付く。
「大丈夫なのか?」
何か言わなくてはと思って口を開いてみたものの、馬鹿な台詞を吐いてしまったものだと我ながら後悔する。
ここまで百合子を追い込んでしまったのは俺自身なのだ。
それを会うなり大丈夫かはないだろう。
それでも彼女は少し微笑みながら軽く頷いてくれた。
受付を済ませてから、エレベータを使って二階に行く。
看護婦が彼女に色々細かい説明をしているのを俺はただ見ているだけだった。
看護婦が去り、並んで椅子に腰掛ける。
「ほ、本当にごめんな…。こんなになっちゃって……」
「ううん…、しょうがない事だったんだよ」
「受付でお金払ってたけど、いくら掛かったんだ?」
「え…、ううん…。それはいいの……」
「全然良くないって。俺にだって責任はあるし、何言ってんだよ!」
「お願いだから…、ね?」
「百合子…。お願いされても、そういう問題じゃないだろ?」
「お願い。今は…。お願いだから私の言う事をきいて……」
これから手術に臨む百合子。
真剣な眼差しで俺を見ている。
今は言う通りにしておいたほうがいいだろう。
そう判断した。
これ以上百合子に負担や嫌な感情を抱かさせては絶対にいけない。
「分かった。ごめんな……」
「智だけが悪い訳じゃないの。お互いが無理し過ぎちゃってたんだよ。きっと……」
「うん……」
「ずっと待ってるの?」
「当たり前だ」
「でも一時ぐらいまで手術、掛かると思うよ?」
「何時になったって待つよ。そのぐらい当たり前だろ? そんな気遣いなんかより、もっと自分自身を大事にしてくれよ。俺なんかより、ずっとおまえのほうが辛いんだ」
「……」
「百合子…、本当に…、ごめんな……」
我慢していたが、つい目から涙がこぼれる。
「ううん……」
「こんな風にさせるつもりじゃなかったんだ…。ごめん……」
それだけ言うのがやっとだった。
俺はその場でボロボロと泣いた。
「うん……」
十五分ほどお互い黙って待っていた。
ちょっとして看護婦が近付いてくる。
いよいよ子供をおろす時が来てしまったんだ。
今の気持ちをどう表現すればいいのだろう?
いや、それよりも彼女に俺は何も言葉を掛けてやれないのか?
彼女と共に椅子から立ち上がり、看護婦の説明を聞いた。
俺は看護婦が百合子に何を言ってるのか何も聞こえなかった。
拳をギュッと固め力を入れる。
「それでは行きましょう」
看護婦が百合子に言った瞬間、身体が勝手に動いた。
「本当にいいのか?」
俺は百合子と看護婦の間に割って入り、目を見て聞いた。
彼女に俺が掛けてやれる最後の言葉だった。
百合子は少しはにかみながら、ゆっくりと頷いた。
どんな気持ちで頷いたのだろう。
俺には分からない。
分かっているのは俺が男として最低な奴だという事だけだ。
「よろしくお願いします」
俺は看護婦に頭を下げた。
もう自分には何もできない。
せめて彼女に負担掛からないよう誠心誠意心の底からお願いした。
少し戸惑った表情で看護婦は俺を見ていた。
看護婦について遠ざかっていく百合子を見て、胸に穴がポッカリ開いた感じだった。

「……」

蘇る過去のフラッシュバック。
重たい十字架を背負ったままの俺は、若香と幸せになる事を許されるのだろうか?

『酷い経験をされたのですね……。 岩上19:37』

人間は生きていれば、傷つき悲しみを纏いながら時間が過ぎていく。

『今、若香さんの近くにいたら、俺にできる事なら色々なスキルを使い、癒やしてあげたいです。 岩上19:38』

『はい。だから誰にも振り返るに耐えられない過去がある。時間の洗礼とともにゆっくりと癒されるだけです。いつも一人が現れてあなたに付き添う。イチローが現れたのも、若香に対する良い賜物だった。 朱婧瑶19:39』

目に見えない心と心の繋がり。

『俺もまさかこの年になって、あなたのような素敵な女性と知り合えるなんて、夢にも思いませんでした。 岩上19:39』

今俺たちは過去の傷を曝け出して、傷をお互い舐め合っているのだ。

『俺は若香さんに対してだけは、誤魔化さず誠実にいたいと常に考えています 岩上19:40』

いい歳をした五十代の男と、四十代の女が何をと世間は笑うかもしれない。
周りにどう思われようか構わなかった。

但し俺だけでなく嘲笑の目を若香に向けた人間がいたら、そこは覚悟しておけ。
誰に対して怒りを覚えた訳ではないが、自身の決意を自覚する。

『私たちは皆大人だからです。そして真偽は見分けられますね。それらの虚栄の年齢を過ぎた。本当の真心が必要だ。 朱婧瑶19:42』

『本当の真心、うん、確かにそうですね。 岩上19:42』

単純で乗せられやすく、おっちょこちょいで馬鹿な俺。
それでも性根だけは昔から変わらない。

『俺は口先で格好をつけるのと、実際に行動を伴うのでは天地の違いがあると思っています。なので若香さんに対しては、行動で色々示したい。 岩上19:47』

『もちろんです。最高の時間にお互いに出会うのではありません。お互いに出会ってから最高の時間になったのです。 朱婧瑶19:47』

彼女の言う通りなのかもしれないな。
今このタイミングが、お互いにとってベストだったのだろう。

『若香さんがいるから、もっと自分自身を高めなきゃって思います。 岩上19:48』

『そうだな。行動はすべてを証明できるよ。 朱婧瑶19:48』

買っておいた鶏肉を二枚解凍し、唐揚げ用に漬けダレを作る。

『明日は唐揚げ作ろうかなと、鶏肉を漬けダレに仕込んでいます。 岩上20:09』

『いいですね。牛肉も明日作りますか。 朱婧瑶21:08』

変なところが俺は貧乏性だからなあ。

『牛肉は冷凍したから、明日でなくてもいつでもいいかなという感じですね。例えば休みで時間ある時に凝った料理に使うとか。あ、でもいい牛肉だから、そのまま焼いて食べてもいいんですよね。 岩上21:09』

『そうだな。若香さんも日本の牛肉は本当にいいと思います。価格も大丈夫です。どんな等級の牛肉ですか。 朱婧瑶21:25』

等級は表示されていないが、二百グラムで千六百円しているのだから、かなりいいランクのものだろう。

『多分A5ランクになると思いますね。 岩上21:43』

『買うものが少ないのではないでしょうか。イチローは普段たくさん食べていますか? 朱婧瑶22:04』

難しい質問だな。

『若い現役時代の頃からたくさん食べていましたが、今はそんな食べないですね。 岩上22:08』

自身の現役時代と比べれば、かなり量は減っているが、それでも一般人の二倍は食べるだろう。

『でも普通の人よりは食べている方だとは思いますよ。 岩上22:11』

『たくさん食べるのがいいと思いますね。私は食べるのが少ないからです。でも食べる回数が多くなりますね。イチローは嫌いな食べ物はありますか。 朱婧瑶22:15』

彼女へ送信する前にメッセージが届く。

『そろそろ仕事へ向かいますね。若香さんはゆっくり休んで下さいね。 岩上22:15』

嫌いなものね。
はいはい、俺はいっぱいあり過ぎるぐらいあるよ。

『納豆がとにかく嫌いです。あと魚介類も苦手なの多いですね。 岩上22:15』

フルーツも得意ではないし、挙げたらキリがなくなってしまう。

『寿司屋行って食べられるのが、マグロだけです。 岩上22:18』

『そうだったのか。納豆も香りが悪いと苦手です。海鮮料理は何が苦手ですか。カニはまだ魚類のです。 朱婧瑶22:18』

以前忘年会でかに道楽行った時、一切食べなかったほどだ。

『イチローお疲れ様でした。明日は十一時になる必要はないでしょう。 朱婧瑶22:18』

『カニもそんな好きではないですね。エビもエビフライなら大丈夫です。 岩上22:20』

若香も、少しは俺の生活習慣が分かってきたようである。

『今日は朝七時で仕事終わりますよ。 岩上22:21』

『そうだったのか。じゃあイチローと食事をするときはカニとエビは食べない。ステーキやラーメンを食べるのはいいですね。 朱婧瑶22:23』

本当に彼女と話していると、時間が経つのがあっという間だ。
本当にそろそろ行かないと。

『そんな気を使わなくても大丈夫ですよ。俺は若香さんと一緒に食事できたら、それだけで幸せです。 岩上22:24』

『一緒に食事をしてもお互いの好きなものを食べなければならない。楽しいならもっと楽しいことを楽しんでね。 朱婧瑶22:27』

新宿駅へ到着。

『そう言ってくれて、とても幸せです。 岩上22:30』

タイトーステーションへ寄り、UFOキャッチャーでリアルキッチンシリーズをやってみる。

『仕事前に一勝負したら。 岩上22:34』

一発でゲット。
調子がいい。

『取れました! 岩上22:35』

『イチローさんはすごいですね。毎日少し捕まえに行きますか。 朱婧瑶22:36』

2024/04/16 LINE 若香

こんな些細な事に一喜一憂できるなんて、俺も本当に安上がりだ。

『まだまだたくさん揃っていますよ。 朱婧瑶22:36』

他の品を見ると、持っているやつばかりであり。
ポケットに戦利品を入れると、意気揚々とインカジ『レディ』へ出勤した。

『レンゲのやつは、これでコンプリートしたはずです。 岩上23:07』

合間を見て若香へ連絡を入れる。

『毎日少しずつやってますよ、UFOキャッチャーは。 岩上23:13』

『イチローはもう仕事を始めましたか。 朱婧瑶23:14』

そろそろ彼女も眠る時間だ。

『これはイチローが日常的に好きなことですよ。 朱婧瑶23:15』

『もう仕事中ですよ。前にテーブル買ったんですよ。それでリアルキッチンシリーズあったらいいなあと、最近UFOキャッチャー始めたばかりですよ。 岩上23:18』

自称俳優マンションへ引っ越して二ヶ月くらい。
こんな事に夢中になるほど、今の俺は精神的余裕が生まれている。

『まだこの頃は一つも無かったんです。 岩上23:19』

『お風呂に入ったばかりです。もし香が寝る準備ができたら。明日イチローに会います。 朱婧瑶23:41』

2024/04/16 LINE 若香

おいおい明日会えるでなく、連絡しますだろ。
まだこの子はこの辺の日本語の使い分けが甘い。

こっちに来たら、こういう細かい事も手取り足取り教えてあげないとね。

『若香さん、湯冷めしないようゆっくり休んで下さいね。 岩上23:55』

今日はきわどいエッチな写真ないのか。
何かしら返信しようとして、店内のインターホンが鳴る。
仕事へ集中しないとね。

本日も濃密なやり取りを終え、彼女は睡眠を取り、俺は仕事へ精を出す。

俺の幼少期からのおおまかな過去。
若香の離婚の原因と流産の真相。

お互いを少しずつ曝け出し合い、それを共有していく。

まだ会う前でこうなのだ。
実際に会った時、俺たちはどんな化学反応を起こすのだろうか。

彼女と会う時、俺は中番のシフト。
もっと若い頃に会いたかったが、これもまた運命なのだろう。

高円寺の手相占い師の予言。
敬意を持てる異性との出会い。
これだけは高い金を払い、占ってもらった価値があった。

早く幸せをより実感したい。
はやる気持ちを抑えつつ、レディのホール内を動き回る。

今度の休みは若香の誕生日プレゼントを買いに行かないとね。





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