闇 671(ダッシュダッシュ・ダンダンダダン編)
闇 671(ダッシュダッシュ・ダンダンダダン編)

2026/09/04 fri
※この作品は反骨精神の塊。商業受けなど考えず、人気など気にせず、俺が書きたい事を書いているだけ。最高にロックだ。
前回の章

二千二十四年五月七日後半、火曜日先勝。
大久保駅北口から徒歩一分。
こなもんの階段を降りて、マスターへ挨拶をする。
「あれー、岩上さんと龍さんが一緒に来るなんて、中々珍しいじゃないですか」
いやいや、マスター…、俺がね、本当に馬鹿だったんだよ。
本当に本当に大馬鹿だった。
禁断の屑は、正しく関わってはいけない代物だったんだ。
ごめんなさい、先に謝ります、心の中で。
こんな大汚れを大事なお店に連れてきてしまって……。
「あれ、岩上さん、どやいしたんですか? 何か元気ないやないですか」
「……。実は……」
「マスター! ハイボール!」
テメー…、せっかくマスターに詐欺被害の事を打ち明けようとしたら、いきなり横やり入れてんじゃねえよ!
「岩上さんは、何にしますか? いつものやつで?」
「あ、はい。お茶割りと柚子サワーを……」
モダン焼きに肉焼きを注文し、とりあえず乾杯。
本当に今日は不味い酒だ。
お通しが出てくる。
あ、マスターが気を利かせてくれて、俺の大好きなポテトサラダにしてくれているぞ。
ちょっと元気出てきた。
龍平の前に、お通しは出てこない。
やはりこの男、席料を払いたくないから、前の店『串市場ん』の時からお通しを断っていたんだな。
マスターもそれを知っているから、あえて言わずに普通にしているだけの話。
前回自称俳優マンションの引越しで、しょうちゃんへ連れて行った時の事を強烈に思い出す。
結局引っ越しといっても、ほとんど俺が一人で運び、自称俳優は壁に冷蔵庫をぶつけないかチェックだけ。
冷凍庫、洗濯機、大型モニタを運び、パソコンを設置しようとする。
その時モニタがバランスを崩し、こちらに倒れてきたので頭で受け止めると画面にヒビが入った。
コイツ…、近くにいるなら支えるなりしろよ、ボケナスが……。
また新しいモニタを購入する羽目になってしまった。
それでも俺は「今日はありがとうございます」と手間賃で一万円札を渡すと、龍平は烈火の如く即座に財布へしまう。
呆気に取られていると、手で酒を飲むジェスチャーをしながら「岩上さん飲みに行きます?」と催促してきた。
断りたかったが、さすがに引越しの件で時間を取らせているので断りにくい。
仕方なく了承した。
但しまだ時間帯が昼の二時台で、どこも酒を出すような店は開いていない。
久しぶりに新大久保駅前のシュベールへ向かう。
俺はランチを頼み、龍平はコーヒーだけ。
ここで生まれて初めて自称俳優が俺のランチ代含む千六百円を奢ってくれた。
しかしさっき何もしていないのに一万円札をあげているので、このぐらい当然な行為だろう。
「まったくバ河本のゴミ外人はどうしょうもない奴らですね。そういえばあのゴミケバブ屋もですね……」
また龍平のゴミトークが始まる。
五分聞いているだけで、全身に鳥肌が立つほど拒絶反応を示していた。
シュベールのゆったりした空間が逆に仇となった俺。
考えてみれば大明飯店なら酒も出るだろうと、龍平を促して向かった。
ここでも酒以外、食べ物を注文しない自称俳優。
俺は適当につまみを頼み、龍平へ勧めると「ゴチになります!」と食べ出す。
「……」
これってまた俺がこの店の金を出す流れ?
彼は先ほど千六百円を払っても、まだ八千四百円浮いている計算になるんだよ?
俺、君のマンションの経費諸々で五十万ぐらい使ってんだよ?
会計時想定通り金を出そうとしないので一万円札を出すと、それを見た龍平は「ゴチになります!」と頭を下げて店を出ていく。
外へ出ると「次どこ行きます?」とまた手で酒を飲むジェスチャーをする自称俳優。
自分で誘うぐらいだから、二軒目はコイツが奢るつもりなのか。
夕方になっていたので、小滝橋通りのしょうちゃんへ向かう。
また店内でお通しを断ろうとしていたので、真剣にやめてくれと止める。
おまえにさっき一万円を何もしていないのにあげたばかりだろと怒鳴りつけたかった。
柏原との共有ボトルを出したのに、ハイボールを別に頼む龍平。
つまみもまた自分から頼まず、俺が何かを頼み勧める図式は変わらない。
ここもタカるつもり満々だったのか……。
三分の一まで減ったボトル。
柏原が来た時気分悪くならぬよう、おれはしょうちゃんでもう一本新品のボトルを入れておく。
会計時また財布を出そうとしないので、俺が一万円札を出すと「ゴチになります!」と頭を下げていた。
うん、もう二度とこの男と酒を飲みに行くのは本当にやめておこう。
いい勉強になったものだ。
結局飲み代とあげた一万を考えたら、引越し業者を使った方が安く済んだと気付くも後の祭り。
「……」
よくよく冷静に考えてみたら、こんな男をこなもんマスターのところへ連れてきて良かったのか?
また何をしでかすか分からないぞ?
「はい、岩上さん、まずはモダン焼きお待たせです」
「あ、ありがとうございます、マスター」
今はこれを食べて元気を少しでもつけよう。

一口食べてみる。
甘いオタフクソースが、ズタズタに傷ついた心に染み渡る。
ダンッ!
また隣りで龍平が偉そうに派手な音を立ててグラスを置き、無言でお代わりを要求。
本当に気分悪くなるから辞めろ、屑野郎。
そういえば初めて串市場ん、この男と会った時もこれだったよな……。
思い出したくもない回想シーンが蘇る。
せっかくの休みだし、『串市場ん』へ行ってみるか。
平日のせいかお客さんは少ない。
俺以外に一人だけしかいなかった。
無精髭を生やし、寡黙に一人静かに飲む男。
男はカウンター席入口側に座っていたので、俺は一番奥の離れた席へ腰掛ける。
この店ではお馴染みになりつつあるお茶割りに柚子サワーを注文。
「マスター良かったら、一杯どうぞ」
「あー、すみません。有難く頂戴します」
「何か料理でお勧めってありますか?」
「ホッケなんてどうでしょう?」
「ではそれをもらえますか。あとですね…、とん平焼きも下さい」
「畏まりました」
何となくこの店のマスターは穏やかでちょっとした会話を交わしただけなのに、ほっこりする。
焼き上がった魚に醤油を少しだけ垂らし、久しぶりの魚類を口にした。
とん平焼きを食べてみて、お好み焼きとはちょっと違う食べ物なのかと初めて知る。
河本マンションへ越してきて、本当の意味で行きつけの店ができたような気がした。
「あのー…、失礼ですが、よくお見えになられますよね」
「ええ、この近くに越してきて、うーん…、もう半年以上になりますかね。あ、すみません。申し遅れました。私、岩上と申します」
「松田です。いつもほんまありがとうございます」
「マスターは関西の人なんですか?」
「ええ、出身は大阪なんですわ。大久保へ来て、この店構えて十五年になりはりますわ」
「長く営業されているんですね。本当にいい店と出会えて嬉しいです」
人柄のいいマスターとの世間話。
ここまでゆっくり話すのは初めてかもしれない。
その時入口に座る男が無言でグラスをカウンターへ、ドンと大きな音をして置いた。
「あ、お代わりですね。少々お待ち下さい」
正直男の反応は、気分いいものではない。
普通にお代わりを下さいと口にすれば済むものを派手な音で促す行為が癪に障る。
会話を邪魔されたという空気の読まなさに、少し苛立った。
再びマスターが俺のところへ来て、自然と光熱費の話になる。
個人と店舗では電気もガスも、参考にならない比較。
それでもいつも三万円を超えると伝えたら、マスターは細い目を大きく見開いて驚く。
やっぱり河本マンションの請求がおかしいのだ。
岩上整体を開業していた頃も、電気代など高い時で二万円になる程度だった。
慎ましく一人で暮らす現在、三万なんてどう考えてもいくはずがない。
光熱費の愚痴から、話題は以前ここへ連れて事のある神田の内容になる。
あまりにも異常な散財癖に対し、いい加減ついていけないという話をした。
喋りながら最近俺も愚痴っぽくなっているなと反省する。
だが、ここ数年による蓄積と解放により、どうにも止まらない。
ダンッ!
また男が大袈裟な音を立ててグラスを置く。
口があるんだから、普通に頼めよ、あの客……。
俺はこのマスターと仲良くなりたいなあと思いながら、酒を作る様子を眺めていた。
年齢は俺より十歳ぐらい上だろうか?
自分にはない穏やかさ。
人間は自身に足りないものへ惹かれる傾向がある。
酒を飲みながら俺はこれまでの半生の要所要所を簡単に話し出す。
自衛隊から始まった社会人生活。
探偵を経て、全日本プロレスの入団。
しかし酒乱の同級生によって取り消されたプロテスト合格。
それでも無理やり押し掛けたたまプラーザの合宿所で出会ったジャンボ鶴田師匠との経緯。
ここでマスターは驚きつつ、興味を持ってくれたようで会話に熱が入ったような気がした。
裏稼業全般の話は除き、左肘を壊した後のホテル業。
それから整体の開業を経て、同時期に小説で文学賞を取り、本にした話。
全国出版のあと復帰した総合格闘技の試合。
確かにこの経歴だけ聞けば、ほとんどの人はビックリするだろう。
異色中の異色だからだ。
特にジャンボ鶴田のお弟子さんという言い方をしながらマスターは興味津々に聞いてくる。
そういえば師が亡くなったのは二千年。
俺は二十三年間も墓参り一つせず、恩知らずな男だなと恥を感じた。
これまで墓参りへ行くと、亡くなった事の実感を知るのが嫌だと言ってきた俺。
こんなものは言い訳に過ぎない。
今年の命日が来たら、初めて墓参りへ行ってもいいような気がした。
口先だけ師匠とあの人を言っていては駄目。
世話になったというあの時の恩を感じるなら、一度ぐらい墓前へこんなザマだけど報告に行け。
「初めて見はった時から。随分身体の大きなお客さんやなと思ったんですわ」
しかし俺のプロの総合格闘技の活躍など、実際に出たもののほとんど実績など無いに等しい。
偉そうにしたり顔で話せる身分でもなかった。
雷電為衛門が袖を引っ張って邪魔をする。
ふと、以前群馬の先生に言われた台詞を思い出す。
あれは本当に不思議な出会いだった。
当時付き合っていた彼女の百合子に連れられて行った群馬県高崎市。
あの先生の心の綺麗さには感銘を受けたほど。
祝詞を始め、これまで知りもしなかった知識を授かり、処女作『新宿クレッシェンド』を読みもせず、初見で数年後面白いと言い切った先生。
あの人には何が見えていたのだろうか?
これだけ年数が経っても、俺には未だ分からない事だらけ。
当時を振り返りながら、俺は一つ一つのエピソードを丁重に話す。
「あのー…、すみません……」
入口近くのグラス叩きつけ男が、途中で会話に割って入ってくる。
正直嫌な感じの客だったので、視線を向けるだけにした。
「ちょっと小耳にお話が入ってきて、非常に興味深いお話だったので、よろしければ私も会話に混ぜさせてもらっていいでしょうか?」
丁重な話し口調には礼節を感じる。
だが、先ほどのグラス叩きつけをするような客だ。
俺は返事もせずに固まっていると、マスターが手をかざしながら口を開く。
「あ、岩上さん。こちら、俳優業をやられてまして」
「え、俳優さんだったんですか」
どう見ても主役級といった感じではない。
でも、脇役でいてもそう違和感はなかった。
俺は乱暴に灰皿へセブンスターを揉み消した。
考えてみたら、マスターがあの時、このむさくるしい馬鹿を「俳優業をやられてまして」なんて俺に紹介するから、一緒に飲む羽目になってしまったんだ。
さっきこなもんへ龍平を連れてきた事に対し、申し訳ないと思ったけど、そこまで卑屈になる必要なんてなかったのである。
「岩上さん、肉焼きお待たせしました」
「……。すみません、マスター。美味そうですね! 頂きます」

俺は料理の写真を撮ると、フェイスブックへ投稿した。
『詐欺に遭ったけど、休みなのでめげすにこなもん来てます』
マスターにも詐欺に遭った事言わないと……。
「あのー…、マスター……」
「どうしましたか?」
「実は今日……」
ダンッ!
またかよ、コイツ。
本当いい加減にしろよ……。
頭小突いてやろうか、本当に。
従業員の利美が、龍平のグラスを取りハイボールを作り出す。
彼女の太った肉体がユサユサと揺れる。
一体どんな食い方をしたら、こんなに太れるのだろうか不思議でならない。
今度は利美の脂肪に助けられたな、龍平。
お通しはおろか、食べ物を一品も頼まずよく涼しい顔をしながら飲んでいられるものだ。
絶対に今日は奢ってやらないからな。
あれ、珍しくフェイスブックにコメントが入っているぞ。
『私も騙され、お金を全て失いました。 根生学』
何コイツ?
知らねえよ、そんな事。
人が詐欺に遭ったという投稿に、突然辛気臭いコメントしてくんじゃねえよ、ボケ。
ただ誰が見ているか分からないしな。
とりあえず返信しとくか。
『お気持ち分かります。 岩上智一郎』
あー、本当にイライラする。
龍平の頭を思い切り叩きたい。
でも住処を今、失う訳にもなあ……。
あ、矛先がいたっけ、ウシシ。
携帯電話を手に取り、LINEを打つ。
詐欺師女の若香へ八つ当たり敢行。
『あなたは俺に、詐欺のサイトを教え、俺から金を騙し取った。忘れないし、それを世に広めるよ。 岩上19:38』
金を失った分、とことんいたぶってやるよ。
覚悟しな。
『わけがわからない。私はあなたを詐欺しましたか? お金がなくなったのか、引き出せないと言ったのか。デマを流すにも証拠が必要でしょう。 朱婧瑶19:51』
デマ?
どの辺がデマか言ってみろ、クソ女。
誰がどう見たって、証拠だらけだろ。
『実際に百四十万の金を失っているんですよ。クーリングオフって、知ってます? とりあえずできる限りの対応をします。 岩上19:53』

考えてみたら、物を買った訳じゃないんだから、クーリングオフもクソもないか。
「マスターすみません、お茶割りと柚子サワー両方頂いていいですか?」
「かしこまりました」
酒飲みながら、睡魔と戦っているから、頭の回転がよくないや。
あれ、俺って昨日の夜から寝ていないんだよな?
そろそろ二十四時間ぐらい起きっ放しなのか?
『あなたのお金はあなたの口座にあるじゃないですか。自分でまず冷静に問題をはっきり考えたほうがいい。 朱婧瑶19:59』
はあ?
俺のどこの口座に金があるんだ、このアマ。
冷静に問題って、そりゃおまえの頭の中だろ。
頭大丈夫かな、この人。
『もし、自分勝手正しいと思ったら、ビデオゲーム通話で連絡下さい。 岩上20:07』
「岩上さん! 昨日あのゴミケバブ屋がですね……」
「若菜さん、ちょっと今やり取りしてんで」
「あ、すんません」
能無し俳優は黙ってろよ。
邪魔すんな。
あれ、若香の奴、だんまりかよ?
都合が悪くなると黙るんだから。
ん、ビデオゲーム通話で連絡?
何だ、こりゃ?
あれ、俺の打ち間違えか。
正しい日本語を使わないとね。
『もし、自分で正しいと思うなら、ビデオ通話で連絡下さい。 岩上20:08』
あ、いいアイデア思い付いた。
あの女を野放しにしておくと、俺のような可哀想な人が増えてしまう。
俺はフェイスブックへ入り、寳尺あさみのページにとにかく色々コメントを書く事にした。
『この人は詐欺師です。みなさん、お気をつけ下さい。私は百四十万を詐欺で被害に遭いました。 岩上智一郎』
若香に鼻の下を伸ばしてコメントしている男のフェイスブックにも行き、同様のコメントを残す。
モケケケ、これで騙される奴はいなくなっただろう、ザマーミロ。
詐欺被害をどんどん無くそう。
こういう屑共が、簡単に人を騙して手に入れられるような世界なんて、絶対にあっちゃいけない。
『あなたは今私をとても嫌いにさせています。FBが私を中傷しに来た。あなたは本当におかしいし、かわいそうです。大きくない子供のように。全然男に見えない? 朱婧瑶20:12』

嫌いにさせている?
詐欺師に好かれようなんて、これっぽっちも思っちゃいねえって。
おかしいのはおまえだろうが。
この腐れ女め。
『あなたがそう思っても俺は誰が見ても男だし、騙してるのはあなたなんですね。一つ質問が。あなたは人間ですか? 岩上20:14』
るんるんるるんぶるるぶるるん。
あれ?
これ何だっけ?
高校…、確か一年生の時の国語の教科書にこんなポエムみたいなの載っていたっけな。
何だっけ?
立った立った水の上、そこから河童がひょいと出てきて…、あと何だっけ?
忘れちまったじゃねえか、クソ若香!
テメー、俺のサヴァン症候群的記憶力を邪魔すんじゃねえよ。
それに被害者ぶってんじゃねえよ、詐欺師の分際で。
『この質問は私があなたに聞くべきではありませんか? そして私は今あなたが頭が悪いことを知りません。やはり考えがはっきりしない。お金は口座で自分で引き出しに行くと言った。ここでずっと騙されたと言っています。 朱婧瑶20:16』
何抜かしてんだ、このクソアマ?
『まあ何でもいい。現実は俺が百四十万を損しただけです。 岩上20:18』

『損失はありません。あなたが思っている詐欺を私に押し付けないでください。これは認識できません。自分で取らないでどこで文句を言うのか。 朱婧瑶20:25』
はあ?
損失バリバリあるだろうが!
詐欺を押し付けないって、おまえが逃げるなよ。
だいたい詐欺師が何故、ここまで張り切っているんだろう?
駄目だな、コイツ。
もう話をするだけ意味ないか。
『刑事がこの文面を見ているのを考えて話していますか? もうちょっと詐欺士なら、詐欺士らしくいましょう。 岩上20:27』
ありゃりゃ…詐欺師の漢字、俺ひょっとして間違えちゃってる?
『刑事か何かは気にしない。 私は詐欺のことをしていません。 自分で定義してください。 納得感は自分だけだと思います。 どの詐欺師が嘘をついたらあなたと話しますか。 脳を動かしてください。 口で問題を考えるな。 頭が長いのは物事を考えることだ。 朱婧瑶20:31』

じゃあ白黒つけっか、このクソ女。
『なら正々堂々と電話出てください。 岩上20:33』
頭の悪い幼稚な言葉を羅列するな。
気分悪い。
隣りの龍平とダブルで挟まれて、酒がより不味くなるわ。
『今も堂々とあなたと話しています。あなたも顔を注文します。自分は間違っていません。何であなたの電話に出ますか。あなたは誰だと思いますか。 朱婧瑶20:41』
四の五の言ってないで、いいから電話に出ろ。
『不在着信 岩上20:41』
やっぱり出ないよ、この人。
『ほら、出ない。 岩上20:42』
豚のケツー。
馬鹿が見るー。
『もうネタは割れてるから、清々しく生きましょう。 岩上20:42』
今頃乾杯か?
おまえ今回の主役だもんな。
八十万円ぐらいもらえたんか?
『俺は、あなたに騙されて百四十万失った。あなたは組織での地位が上がった。満足しましたか? 岩上20:43』

セブンスターに火をつける。
俺は酒を飲み干し、マスターにお代わりを注文した。
『あなたは本当におかしいです。私はあなたほどひどくない。百四十万はここでこんなに長い間悩んでいる。またなくしていない。あなたの悲しい一面を見せてください。 朱婧瑶20:44』
ダンッ!
「……」
龍平!
この野郎、目上のマスターにちゃんと頼めよ、ボケナス俳優が。
『日本語もうちょっと勉強しましょう。あなたハーフで日本人の血が混じっていますよね? ある意味称賛しますよ、ここまで来て、偽物の叔父みたいに逃げてなくて。 岩上20:46』

ふん、言い返せまい。
クソ女が、ザマーみやがれってんだ、コンチキショウ。
あー、モダン焼きおいちーね。
『逃げる。どうして逃げるのか。明らかにないことはあなたが書いた小説と同じことを言わせた。現実的に。お金がなくなったら全部あげます。このような手段で私の感情をだますことはない。 朱婧瑶21:18』
しつこいな、馬鹿女。
じゃあくれよ。
綺麗事を言っているようだけど、だったら金だけは返してくれ。
あれ、これは心の中じゃなく、本人へ言わんとあかんれしょ。
『じゃあ今電話するから出てね。 岩上21:19』
『不在着信 岩上21:19』

はい、もう一丁行くよ!
『不在着信 岩上21:19』
出られない。
出られない。
『ほら、出ない。 岩上21:20』
お茶割りをグイッと飲み干す。
『あなたは退屈ですね。なぜあなたの電話に出ますか。私たちは今も発展する必要があると思いますか。私を信用したことがない。本当にあなたがクズだと思います。 朱婧瑶21:24』
『クズても何てもいいから、逃げるなよ。 岩上21:25』

こにゃにゃ郎!
『百四十万、伯父さん役と分配中か? 岩上21:26』
イエスキリストは私にこう言いましたよ。
『言い訳はもういい。自身のした事を悔い改めよ。 岩上21:27』
『なぜ私は反感するのですか。あなたは自分がイエスだと思いますか? あなたは本当に冗談のようだと思います。一人の男は大したことはない。女のようにおしゃべりをする。 朱婧瑶21:31』
うん、だってフランシスコザビエルだもんね、イヒヒ。
『いいから、電話出な。 岩上21:31』
『不在着信 岩上21:32』

馬鹿が見るー。
豚のケツー。
あ、豚さんは利美の専売特許化、ギャハハ。
『ほら。また逃げてる。 岩上21:32』
ヤバい、俺ちょっと酔ってんの?
じゃあ酔拳のお見舞いらー。
『あなたは本当に退屈です。自分で頭をよく動かして問題を考えなさい。今あなたと話しているのは時間の無駄だと思います。 朱婧瑶21:36』
らめらめよ。
おいどんは作家ですたい。
だからしっかり自分の打った文字に、責任がありますけんよ。
『まずはありがとうだろ? 利益得たんだから。 岩上21:41』
おりゃおりゃー。
『人間として生きているのを恥じな。 岩上21:42』
何か龍平が話し掛けてきているな。
うっせーんだよ、この唐変木め。
バッキャロー……。
あれ、馬鹿香どうした?
『逃げたな。 岩上22:37』

駄目だ…、さすがに朝から動いているから睡魔が……。
目を覚まし、ここはどこだとガバッと起き上がる。
そうだ、こなもんへ来てて、俺は寝てしまったのか。
こなもん行ってお好み焼きとか適当に頼み、飲んでいる内に疲れて寝てしまった感じだったか、ニャハハ。
マスターには申し訳なかったけど、限界だったんだろうね。
おいどんも五十二歳ですたいばいね。
今何時よ?
二十三時三十分?
「……」
えーと、ここに来たのって何時だっけ?
あ、心筋梗塞の薬飲んだあとだから、七時過ぎー。
するってえと、何よ?
一、ニ、三、四と…、四時間ぐらい寝ちゃってたの?
あ、若香の悪行記事をブログに書いて、世の中に発信しなきゃ。
はにゃにゃ?
文字が滲んで見えちゃってるけんよ?
これじゃ文章なんて、書けねえっぺらよ。
れもね、作家はそれじゃ駄目なのよん。
男は狼なのよー、気をつけなさーいー。

気を付けて下さい。
俺は今日詐欺で140万円を失いました。
駄目だ…、これは明日起きてからのほうがいいみたい。
喉が渇いたんだにゃ。
あれ?
何故か、隣りには自称俳優の若菜龍平がいた。
妙な薄ら笑いを浮かべている。
「岩上さん…、いつもご馳走になっているので、ここは自分が払っておきました」
え、コイツが俺の分まで払った?
嘘でしょ?
奇跡が起きちゃったよ。
海が割れちゃうよ?
真っ二つにさー。
「すみません、若菜しゃん。ありがとうごあいます」
猛烈に喉が乾いた。
あ、マスターに四時間も寝ちゃって、ちゃんと謝らないと。
「マスター、寝ちゃってごめんなさい。一杯ずつもらってもいいですか?」
「お気になさらず。柚子サワーとお茶割りで、ええですか?」
「はい! それ飲んだら、ブリバリすぐ帰ります」
二杯をほとんど一気飲みで飲み干す。
「岩上さん、そんな焦って飲まへんでも……」
「マスター! ご馳走様でした。おいくらでしょうか?」
財布から千円札を出そうとする。
「五千円になります。いつも毎度ありがとうございます」
え、五千円?
龍平の奴が、俺の分払ったんじゃなかったの?
あ、マスター、個別の会計にしてたのか。
俺は謝りながら五千円札を払い、店を出た。
龍平の奴、何が俺の分まで払っておきましただよ……。
それなら俺が五千円出す時、サッと自分から出せばいいのにさ。
まあいいか。
こんな奴に借りを作るのも嫌だしね。
あー、帰って寝たい。
もー、ぐっすりベッドへダイブして泥沼のように眠りこけたいよん。
総武線線路沿いを歩きながら大久保駅北口を過ぎ、横断歩道を渡った時だった。
「岩上さん!」
若菜龍平が何故か怒った表情で立ち止まる。
あのー…、横断歩道の途中なんだから、いくら夜中といえども渡り終わってからにしようよ。
「何ですか?」
「岩上さん! 黙ってようと思ったんですけど、やっぱ言います!」
いきなり道路に立ち止まった状態で、彼は怒った口調で俺に口を開く。
「え? どうしたんですか?」
「大将ね、俺は岩上さんの分まで払っていたんですよ。それを更に岩上さんから五千円取るって二重会計じゃないですか!」
先程会計する際、俺が少し引っ掛かっていた部分を言ってきたので、揉めるのも嫌だったので、個別の会計だったんじゃないですかと必死に諭す。
「いや、絶対におかしい! 大将、絶対に二重会計で金を多く取ったんですよ! 前にもこんな事あって……」
彼の怒りは一向に収まらず、道端なのに一人で激高しながら深夜の街頭演説が始まる。
俺、今日詐欺に遭い、警察署行って刑事と調書取り疲れているんだけど?
百四十万円失っているんだよ?
分かってんの?
何でこんな屑と、帰るマンションまで同じなの?
この馬鹿が、過去二回も寸前で梯子を外したから、河本マンションを脱出するのに、コイツのマンションしか行き場所が無くなってしまったんじゃないかよ……。
この生き物は何なの?
ねえ、神様、最後の最後にこれは何?
丸一日修羅場だらけってさ…、本当にいい加減にしろよ!
クラクションが鳴る。
振り向くと、大久保通りを運転する車が停まっていた。
「若菜さん! 交通の邪魔だから、とりあえず渡りましょうよ!」
「あ、は、はあ……」
横断歩道を何とか渡り、シャッターの閉まったココカラファインの前に来る。
すぐ左手にあるケバブ屋の明かりが見えた。
こんな時間まで営業しているのか。
「あんな時間まで開けて、営業努力してんですね、あのケバブ屋さん」
その瞬間、カッと目を見開く自称俳優。
「だいたいあんなゴミ外人がやるゴミケバブ屋なんて、ゴミ内閣がしっかりしてないから、あんな図に乗ってんですよ! だいたいこの間も……」
うわ…、火にガソリン注いじゃったよ、俺。
そもそもあのケバブ屋には何の罪もないのに、コイツは気に食わないという理由で何度も百十番通報して、警察を呼ぶ男なんだぞ?
俺のせいで何かあったら申し訳ない。
話題を逸らさなければ……。
「マスターが二重取りなんて、そんな事する訳ないじゃないですか」
「え? 自分払ったって言いましたよね? それを何ですか? 岩上さんが帰ろうとしたら、五千円…、五千円ですよ? 自分が払ってんのに」
本当にコイツ、面倒臭い奴だな。
五千円ぐらいで、グダグダ抜かすなよ。
細かい奴だな。
「……。だから……」
「絶対自分が払ったんですよ! だいたいマスターはあんな調子で、人から二重取りっすよ? 二重に!」
一体俺が何をしたんだよ……。
だったら俺が五千円払おうとした時点で、直接マスターへ言えばいいじゃねえか。
もしくはおまえが奢ったと言い張るなら、その五千円ですら気持ち良く出せば済む話じゃん。
何で俺が身銭で払ったものまで、グダグダ言われなきゃならないんだ?
だんだん腹が立ってきた。
もう龍平のマスターやケバブ屋に対する意味の無い怒りは方向性を失った狂牛病の牛のように、見境なくマシンガンゴミトークが止まらない。
「若菜さん!」
「絶対おかしいですって! 大将二重取りして、自分からも岩上さんからもダブルで金取ってんですよ? だいたい大将は前だって……」
「はー……」
大きく溜め息を大袈裟についた。
何で俺はこんな奴を飲みに誘ってしまったんだ?
人生最大の汚点。
人生最悪の修羅場。
もう、こんなゴミと一緒にいるのが本当に嫌だ。
仁義礼智信…、ずっと礼節も大事にしてきたつもり。
年上なら、それだけで俺は絶対敬語を使ってきた。
若菜龍平って、俺より三つ年上なんでしょ?
何なの、この人……。
理解不能。
測定不能。
脳みそに皺あるのか?
まだマスターの悪口を延々と唾飛ばしながら言っているよ。
その怒りはどこから来ているの?
そんなに怒り狂うところなの?
ねえ、教えて?
おまえ、頭本当におかしいよ。
俺自身、こなもん(串市場ん)は、一年半ほど通っている大久保界隈ではかなりお気に入りの店。
いや、一番気に入っている店だ。
店というよりマスターの人柄に惹かれ、有難く通わせてもらっている。
この店を本当に気に入ってしまったエピソードがいくつかあった。
まだマスターとそこまで親しくなく、串市場んへ行き始めて数ヶ月の去年。
河本マンションを出ると、徒歩二分程度の距離にある『串市場ん』。
店内へ入り、いつもの注文をしようとすると、マスターがサントリ―ウイスキー角のボトルを目の前に置く。
よく見ると、そのボトルにはマジックで『岩上様』と書かれていた。
えーと、俺ボトルなんて入れていないぞ?
「岩上さん、昨日はほんま肩や首をマッサージしてもらい、ありがとうございました。お陰でほんま楽になりましたわ。こんなものしかお礼できないんですけど、岩上さんウイスキーがお好きと聞いてはったんで、良かったら飲んで下さい」
「え、じゃあこのボトル買いますって! そんな頂くなんて」
「いえいえ、せめてものお礼です。気持ちの問題なんで、受け取って下さい」
何て粋な計らいをする人なのだろう。
昨日マスターの肩や、知り合った俳優若菜龍平の首とかちょこっと施術しただけなのに。
まさかこんなウイスキーボトルのお礼が用意されていたなんて……。
「……。分かりました。じゃあマスターも開口一番まず一緒に飲んで下さい。それでお酒が無くなったら無制限に俺へつけて下さいね」
ここへ入ったのは偶然だけど、どうやらいい店と出会えたようだ。
粋には粋で返すしかない。
そう…、粋なはからい。
これは決して金で買えるものではなく、その人の持って生まれた振る舞い方。
品格とは別であるが、俺はマスターの人懐っこい笑顔に加え、この粋な部分に参ってしまったのだ。
「マスターはですね? 前だって……」
何でこんなゴミのような人種が、マスターの悪口言ってんだ?
恐れ多いだろ、無職。
携帯電話が鳴る。
まさか、若香のクソ女か?
画面を見ると、小学校卒業と同時に九州へ引っ越してしまった同級生のでったんからだった。
『お金取られたの? 出口貴行23:47』
あ、俺のブログかSNS見て心配してくれたのね。
お気遣いありがとう。
でもさ、でったん。
百四十万取られた事よりも今、別の種類の地獄の中にいるなんて、想像もつかないだろ?
「岩上さん! 聞いてます?」
「若菜さん…、ちょっと知り合いから連絡来たんで、その返事もしちゃいけないんですか? 本当勘弁して下さいよ」
お金取られたって、俺金額書いてなかったっけ?
『百四十万。 岩上智一郎23:48』
続いて偽サイトLQMのクソオンラインサポートのやり取りの画像を送った。

『百四十万金の取引で入れて、百五十万出そうとしたら、後付で両替料千七百ドル(二十六万円以上)払えって来たの。 岩上智一郎23:52』
送信してから、セブンスターに火をつける。
「あ、続きいいですか、岩上さん」
「若奈さん…、俺、もう二十四時間以上起きっ放しなんですよ! 朝から警察も行ってんですよ! いい加減にしてもらえませんか?」
「あ……」
「あじゃなくて! 少しは相手の状況を気遣って下さいよ!」
この屑野郎…、坊主さんと裕子さんが引っ越し祝いでせっかく贈ってくれた人のグレンリベットを全部飲み干しやがってよ……。
「でも大将が……」
うんざりしきって倒れそうになった時、頭の中で音楽が鳴り響く。
『ダッシュダッシュ、ダンダンダダン。ダッシュダッシュ、ダンダンダダン。スクランブルー、ダアッシュ! 俺はー、なーみだーを流さない、ダダッダン!』
えーと、何だっけ、これ?
マジンガーℤじゃなくて、グレートマジンガーだ!
「うるせえって言ってんだよ! もう眠いから帰るわ。お先……」
グレートマジンガーの歌が頭の中で鳴り響いている内に、ぽかんとする龍平を置き去りにしたまま、俺は自称俳優マンションへ入り、エレベーターのボタンを押した。
ダッシュダッシュ、ダンダンダダン。

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