管理職になって初めて気づいた、部下時代の自分の勘違い
「管理職になって初めて分かったこと」シリーズです。
管理職になってしばらく経ちますが、部下だった頃の自分を思い出すと勘違いしていたことがいくつもあります。
当時は自分の仕事を上司に評価してもらうことに対して真面目に考えていたつもりだったのですが。
今回は、管理職になって初めて「あれ、違ったな」と気づいたことを振り返ってみたいと思います。
「成果を出していればいつか誰かが見てくれる」は違った
これは業務の進め方や努力の過程についての話です。
若い頃の自分は、黙々と結果を出していれば、そのうち評価してもらえるはずだと思っていました。
でも管理職になってみると、正直そんなに部下一人ひとりの業務の中身を見ている余裕はないんですよね。
会議の資料、他部署との調整、トラブル対応。
やることは山ほどあって、部下がどんな苦労をしてその成果にたどり着いたのか把握できるほど、こちらにも余裕があるわけではありません。
だからこそ自分から状況を伝えてくれる人の方が、結果的に評価しやすいと管理職になって初めて実感しました。
業務を頑張るだけでは、案外その中身や過程は気づいてもらえないものです。
「上司はいつも冷静に判断している」は違った
上司の判断って何か明確な基準に基づいて下されているものだと思っていました。
ある程度は会社のフィロソフィーや方針に基づいて判断しているのが大前提ではあるのですが、それでも実際に自分が判断する立場になってみると、迷うことだらけです。
情報が足りない中で決めなきゃいけないこともありますし、正直「これで合っているのかな」と思いながら指示を出すこともあります。
それでも部下の前では迷いをあまり見せられないので自信ありげに見えているだけなんですよね。
上司も人間なんだな、というのを自分が上司になって初めて実感しました。
「報告は完璧にまとめてから」は違った
若い頃の自分は、報告するなら中途半端な状態で持っていくのは失礼だと思っていました。
だから、ある程度まとまるまで抱え込んでしまうことがよくありました。
でも管理職になってみると中途半端でも実は早い段階の報告の方がありがたいんですよね。
方向性がずれていないか早めに確認できた方が、後々の手戻りを防げます。
完璧に仕上げてから持ってこられると「もっと早く言ってくれればよかったのに」と思うことがあります。
「評価は成果だけで決まる」と思っていた
部下だった頃は、数字や成果さえ出せば評価されるはずだと思っていました。
もちろん成果は大事です。
ただ管理職になってみると成果と同じくらいその人がどうやって周りと関わっているかを見ていることに気づきました。
一人で成果を出す人より周囲を巻き込みながら成果を出せる人の方が次にもっと大きな仕事を任せたくなります。
成果は評価材料の一つではありますがそれがすべてではないんだなと立場が変わって初めて理解しました。
「業務以外の言動は見られていない」と思っていた
こちらは業務の中身ではなく普段の立ち居振る舞いについての話です。
部下時代の自分は「上司なんて忙しいから、自分の何気ない言動まで見ていないだろう」と思っていました。
実際に管理職になってみると業務の細かい進め方までは見きれない一方でちょっとした発言や態度は思っていた以上に記憶に残るんですよね。
雑談での一言、報告に来るときの表情、他の人への接し方。
本人が意識していないような部分ほど意外と印象として残っているものです。
業務の中身は見落とされがちですが日頃の言動は見られているということです。
おわりに
振り返ってみると部下時代の勘違いがわかっていればもっと対応の仕方も違って来たのかもしれません。
業務の中身までは上司も見きれないからこそ、頑張りは自分から伝えた方がいいですし、上司も迷いながら判断しているからこそ、指示が多少あいまいでも「一緒に考える」くらいの気持ちで受け止めた方がうまくいきます。
完璧にまとめる前に早めに報告した方が喜ばれますし、成果だけでなく周りとの関わり方も見られていると思って行動した方が評価にはつながりやすいです。
そして業務以外のちょっとした言動は思っている以上に見られているので気を抜きすぎない方がいいところもあります。
管理職の考えているところや見ているところを理解して業務に向き合うと評価も変わってくるかもしれません。
「管理職になって初めて分かったこと」シリーズ
・管理職になって分かった、優秀な若手が昇進から外れる瞬間
・返信が早いだけで評価は変わるのか
・管理職は部下をどう評価しているのか
私は自動車製品開発の管理職として、
若手時代に知りたかったことや、
管理職になって初めてわかったことを発信しています。
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