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本を贈る人/贈られる人

私には、憧れの贈り物がある。本だ。
自分の文章を人様に見てもらう行為というのは、内臓をさらけ出すような危険な行為だ、というのは、私の尊敬するライター・佐藤友美(さとゆみ)さんの言葉である。
そこまで過激なレベルではないが、本を贈るということは、送り主がどんな本が好きか、どんな感情で、思考でいるのかを相手に伝えることになると思っていて、よほど深い関係じゃないと渡しあえないよな、などと思っていた。


先日、古くからの友人と会った。
いつぞやの吹奏楽コラムで登場した、中学来の友人だ。
この子がまあ私などにはもったいない人物で。
会うのに子連れで行ってもウェルカムだし、息子さんのわがまま放題(よりにもよってなんでこの日にこんな感じなん!?ってぐらい奔放だった)につきあってくれて、それでも嫌な顔ひとつせず「お母さん大変や~」となんなら労いまでくれる、人格者である。

その彼女と、半年ぶりぐらいに会ったのだが、彼女は贈り物を用意してくれた。花束だ。

なんで花?とびっくりしたのだが、彼女はちょくちょく私のコラムを読んでくれているらしく、こちらの作品のセロリと花瓶の画像が頭に焼きついてしまったらしい。
(友人へ:ほんましょうもない画像に頭もっていかせてごめん)

※余談だが、このコラムはさとゆみさんのエッセイ講座にリライトして持っていったところ、「セロリはみんな買うよ!?」「買われないものはスーパーに置いてない!」など大ブーイングをいただいた迷作でもある。

それで、花瓶を買っていることを覚えていてくれて、上の花束を贈ってくれたのだ。
なんなんこの子!?人を喜ばす天才なん!?と私は感嘆するばかりである。


私はお礼に、本をプレゼントすることにした。
というか、正確には、会う前から本を渡そうと思っていた。
これも実は、さとゆみさんのおかげなのである(お前はさとゆみさんの話しかせんのか)。
この1月からさとゆみライティングゼミ6期が始まり、私は土曜日クラスに参加している。受講前、ゼミの受講者あての書類とともにさとゆみさんのエッセイ『今日もコレカラ』のZINEが一冊ついていた。
既に持っていたのでどうしたものか、と思いさとゆみさんからのメッセージを読むと「もしもうお持ちの方は、大切な方に贈ってあげてください」と一文添えられている。
このとき、私の頭に浮かんだのは、彼女の顔だった。

のだが。
当日持っていくの忘れたんだよな~~~~!
ほんま私!ってなる。
忘れさえしなければ、花束と本を交換しあえる美しい友情を描いてコラムを締められたのに!

そんなわけで、彼女が読んでみたそうな本もおつけして郵送することを約束し、何なら彼女は彼女で「私と息子にそっくり」という日常系の漫画を送ってくれることになった。


帰宅後、さっそく花を包みから開ける。
包装を止めているテープは、引っ張りやすいように余分な部分が折りたたまれて、なんのストレスもなく花を取り出すことができた。
こういう随所に現れる優しさが、本当に彼女らしくて。

彼女のような人だから、私は本を贈りたいと思った。
私は、他人から本を贈られるような人生を歩んできたとはとても思えないけれど。それでも、贈る相手がいるということは、幸せなのだと思う。
あなたもぜひ、大切な人に、本を贈ってみてください。

友人へ、今週中に郵送します。

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