広告経済の前 #7: 青空文庫
このシリーズでは、「現代のデジタル環境 (スマホ・SNS) の問題意識を共有するためには、それ以前の時代の経験についても共有が必要かも」の仮説に基づいて、昔を振り返っています。
前々回、2000年前後に出てきたサービスで「集合知」と関係しそうなものを色々挙げました。
今日はその最初に挙げた青空文庫について、その当時、感じたことを思い出して (後付けと混ざっちゃうと思いますが) 紹介します。
1997年: 青空文庫
プロジェクト・グーテンベルグ (著作権の切れた作品を電子化し、無料で公開する活動) の日本版。
最初にその存在を知ったのは人づてです。
本好きの会社の先輩に教えてもらいました。
著作権切れの本を無料でダウンロードできるんだよ、
メジャーな小説は結構あるよ、と。
半信半疑だった気がします。
今まで有料だった本が無料で手に入るなんて、あり得るんだろうか? と。
その先輩に青空文庫の URL を教えてもらって (たぶん、その頃のインターネットはうろ覚えの名称で何か探しても見つからないことがよくあった) 、自宅に帰って探してみました。
たしか、最初に試したのは夏目漱石の『こころ』か何かだったと思います。
当時は通信回線も貧弱でしたが、
テキストなので無事ダウンロードでき、
何と読めてしまった!!
本はその時も普通に文庫本なら数百円で売っているわけです。
それがタダでダウンロードできてしまうなんて!!
どういうことなのか、いろいろ考えたはずです。
本の値段って、結局、紙の値段? 印刷の? 流通の? 本屋さんの土地代、店番のコスト?
もちろん物理的な本にお金がかかる理由はいろいろ思いつくのですが、そんなことよりも、本の価値の中核だと信じていた内容 (『こころ』なら『こころ』という小説) そのものは実はタダなのかと!
すでにソフトウェアはコピーできるし、タダで配布する人たちがいるのも理解していました。
でもそれは、本屋で売っている本の中身の情報がタダで入手できる、というのとは話が違うと思ってたんです・・・
思い返せば、このとき初めて私は、
「情報のコピーにはコストがかからない」
の意味することを、理解したのかもしれません・・・
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