フェーズ①|「我慢してるつもりはないのに、しんどい」人へ。 防衛反応を整える具体ワーク
この投稿は、
支配構造から、自由に抜け出したい。
そう感じているあなたへ、届けています。
※暴力や強い威圧、生活上の危険がある場合は、フェーズにかかわらず、安全確保を最優先にしてください。

「我慢してるつもりはないのに、
なんだかしんどい」
それは弱さじゃない。
フェーズ①にいるサインです。
この投稿は、
そこから抜け出すための
身体・コミュニケーション・思考、
3方向の具体的なワークをお届けします。
📖 長文が苦手な方へ
この記事はAIと一緒に読むのもおすすめです。
本文をコピーしてAIに渡して、要約してもらう、
自分の状況に合わせて解釈してもらう、どこから始めるか優先順位を相談する。
普段から使っているAIなら、あなたに合った形で届けてくれます。
上のリンクの投稿から、
モラハラ構造のフェーズの
全体像を確認できますので、
一読してみて頂けると、
理解がしやすくなるかと思います。
この投稿は、
フェーズ①を 「理解する」ためだけ のものではありません。
フェーズ①に、長く留まり続けないための、実践用の投稿です。
(目次を見て、今のあなたに必要なところから、お読みください)
何が起きているのか、よく分からない
もやもやする
しんどい
分かってもらえてない
でも、「被害者」と名乗るほどでもない気がする
自分が頑張れば済むこと
そんな状態から、
脳と身体を休ませ、
自分を守る感覚を、少しずつ取り戻すこと
を目的にしています。
後半には、
身体から整える処方箋
コミュニケーションから整える処方箋
今すぐ、何とかしたい方への救急箱メッセージ
を載せています。
読むだけで終わらせず、
今日から、自分の身を守るための
実践方法として、毎日すこしずつやってみてください。
ここから先では、
モラハラ構造を 9つのフェーズ に分けて見ていきます。
このシリーズでは、
モラハラ的な関係性がどのような構造で深まっていくのかを、
感情論ではなく 「フェーズ(段階)」 として整理しています。
その構造を知ることで、
感情に飲み込まれにくくなり、
自分に合った進む道が見えるようになってきます。
この記事は、
我慢すべきか
離れるべきか
許すべきか
を決めるためのものではありません。
今、自分がどこにいるのかを知り
行きたい道を決める為の地図なのです。
この先は、「自分の行きたい道を発見したい。」
そう思える方が
ご自分のタイミングで
読んでいただければ幸いです。

フェーズ①の状態
被害者側の内側で起きていること
フェーズ①は、関係の中で起きている違和感や苦しさを、
すべて自分の問題として処理している段階です。
私の場合、韓国という見知らぬ環境に身を置き、
頼れる存在は、旦那さんただ一人でした。
だからこそ、彼を信じ、頼ることが、
当時の私にとっては 身を守るための最善の方法だったのです。
依存している状態で見えていた彼の姿は、
頼もしく、判断力があり、
私は「ついていけばいい存在」でした。
そして同時に、
信じて頼ってくる私の存在は、
彼にとっても 心地よい役割だったのだと思います。
実際、最初のころは、とてもよくしてくれていました。
けれど、それが
「勘違いだった」と気づいた瞬間から、
関係性は、音を立てて崩れはじめました。
依存の視点で見ていたとき、
私の意識は、相手の言動そのものではなく、
常に「自分」に向いていました。
私が何か間違えた?
私の言い方が悪かった?
私がもっと上手くできたはず
この段階では、
「相手がおかしい」「関係性に歪みがある」
という発想には、まだ至りません。
なぜならその関係は、
私にとって 身を守ってくれる安全装置のようなものだったからです。
ここで、ひとつだけ言葉を足します。
このシリーズでは、安心の範囲のことを 「セーフティーゾーン」 と呼びます。
セーフティーゾーンとは、
心と身体が「今は危険じゃない」と感じられる範囲のこと。
広い人もいれば、すごく狭い人もいます。
そしてその広さや狭さは、性格の問題ではありません。
私たちは、これまで身を守るために、
自分の周りに防衛線を引いてきました。
ここでいうセーフティーゾーンは、
自分を中心に、その防衛線まで広がる領域のことです。
その領域が広く保たれているほど、
安心を感じやすくなります。
フェーズ①にいるとき、人は無意識に、
自分のセーフティーゾーンを守るために動きます。
たとえば、
・相手の機嫌がいいと安心する
・相手が分かってくれたら安心する
・相手が変わってくれたら安心する
・相手が頼れる存在でいてくれたら安心する
こういう形で、
安心の条件が 相手の言動 に結びついていきます。
この段階では、
安心のハンドルを「自分」ではなく「相手」に預けやすい。
そうしていれば、
自分のセーフティーゾーンを侵害されることはないだろう――
そんな感覚が、どこかにあるからです。
それは弱さではありません。
フェーズ①のあなたは、
そのときのあなたなりに
**「守れる可能性が高い方法」**を選んでいました。
だから今は、直そうとしなくて大丈夫。
いま必要なのは、反省ではなく 理解 です。
今この文章を読みながら、ひとつだけ確認してみてください。
私は、どんな状態になったら
「安心」だと感じるだろう?
その安心は、いま、
誰の手の中に置かれているだろう?
答えが出なくても大丈夫。
気づきは、
問いを投げかけるところから、静かに始まります。

相手側から見たときに、起きていた可能性
一方で、相手(加害側)から見ると、
指摘されない
問題提起されない
関係が“平穏”に保たれている
──そのように見えます。
これは、「問題がないから」ではなく、
問題が“見えない形で処理されている”状態です。
もしかすると、
私が強く依存することで、
相手にとっては
「自分は必要とされている」「価値のある存在である」
という感覚が、より強化されていたのかもしれません。
それは、
意図的な支配というよりも、
役割が固定されていくプロセスに近いものです。
その結果、相手が自分の言動を振り返らないまま、
「関係はうまくいっている」と受け取っていた可能性があります。
ある意味では自然な反応だと言えるでしょう。
頼られ、必要とされていると感じることが、
相手に安心感や満足感を与えていた可能性もあります。
そうした関係が続けば、
違和感やズレに目が向きにくくなることもあるでしょう。
そうした状態では、
安心感や満足感をもたらす反応が身体に起きやすく、
違和感やズレに、目が向きにくくなるのも、
ある意味では自然な反応だと言えるでしょう。
問題が起きていないように見える。
関係が、きちんと成り立っているように見える。
──少なくとも、外からは。
けれど実際には、
違和感は、片側の内側にだけ溜まり続けている。
それが、フェーズ①の静けさです。ここで重要なのは、
フェーズ①では「悪意ある支配」が前提とは限らない、という点です。
構造は、静かに始まります。
なぜ、ここに嵌るのか
― 共通している「不安」 ―
フェーズ①の根っこにあるのは、とてもシンプルな不安です。
「関係が壊れるかもしれない」という恐れ。
嫌われたくない
見捨てられたくない
空気を悪くしたくない
ここで揉めたら、もっと大変になる気がする
この信頼を失いたくない
こうした思いが重なっているとき、
人は無意識に、
「関係を守ること」を最優先にします。
自分の違和感や苦しさは、
後回しにしてもいいもの。
いま処理しなくてもいいもの。
そうやって、内側に押し込められていきます。
フェーズ①に嵌る背景は、ひとつではありません。
誰かに意図的に操作されている場合もあれば、
失うことへの恐れが、
自分の判断軸をそっとすり替えていくこともあります。
失うことへの恐れが、
判断の軸をそっとすり替えていく。
それだけのことなのです。
関係性を失うことへの恐れや不安が強いとき、
人は無意識に、こう考えます。
自分が引き受けたほうが早い
自分が我慢すれば、丸く収まる
それは、状況を悪化させないための判断であり、
関係を壊さないために選ばれた選択です。
フェーズ①は、弱さではありません。
感情に流された結果でもありません。
危険を察知したときに働く、
ごく自然な危険回避の反応です。

このフェーズにいる「利点」
― 安心の正体 ―
フェーズ①には、確かに“利点”があります。
その場が荒れない
衝突が起きない
すぐに関係が壊れない
自分が悪いことにしておけば、説明はシンプルになる
新しい自分になるための挑戦を、いまはしなくていい
変化に使うエネルギーを、いまは温存できる
これらはすべて、
フェーズ①にいることで得られる
**「安心」**です。
とくに、最後の二つは、
見落とされがちですが、とても重要です。
人は、余力がないときには、
変わることを選びにくくなります。
変わろうとすると、
不安と向き合い、エネルギーを使い、
一時的に不安定さを感じることもあります。
フェーズ①は、
それをしなくていい場所です。
だからこそ、ここは
「逃げ場」でもあり、「足止め」でもある。
その事実に気づくことが、
次のフェーズへ進むための、
最初の一歩になります。
つまりこれは、
**「一時的に安心を確保できる状態」**です。
自分を責めることで、
場の緊張を下げ、
関係を保つことができる。
フェーズ①は、
何も考えていない状態ではありません。
とても必死に、
関係を守ろうとしている状態です。
私の体験
私自身も、このフェーズに、長くいました。
韓国という、知らないことだらけの環境の中で、
旦那さんの傘の中にいること、
「安全な側」に居続けることは、
何よりも優先して守るべきことでした。
さらに、子どもが五人。
彼らは私にとって、
「この関係が崩れたら、守れなくなるもの」を
常に突きつけてくる存在でもありました。
たとえば、出生届の件。
韓国では、生後一か月以内に届け出をしなければなりません。
冬生まれの多いうちの子どもたち。
しかも当時は、
バスは一時間に一本、突然来ないこともある。
外は氷点下。
それでも旦那さんは、
役所に同年代の知り合いがいる
四十代で子どもを申告しに行くのが恥ずかしい
名前の漢字が書けない
という理由で、
「君が行けばいい」と言いました。
産後間もない私の身体のことは、
考慮されていないと感じました。
寂しさは、確かにありました。
でも、それ以上に強かったのは、
「仕方ないか」
「ここで揉めたら困る」
「嫌われたら、もっと大変になる」
そんな、諦めと不安が入り混じった感覚でした。
旦那さんは、畑仕事の最中に産気づき、
自分で子どもを取り上げたという
お姑さんの話を、何の気なしに口にしていました。
その話を聴いたとき、
お産は「それほど大変なものではない」という認識が、
彼の中に根づいているように感じました。
その基準と比べられてしまえば、
私のしんどさや不安は、
言葉にする前から、
小さなものとして処理されてしまう。
だから私は、
「嫌だ」と伝える前に、
「仕方ない」と飲み込むようになっていったのだと思います。
はっきり比べられたわけでも、
強く責められたわけでもありません。
でも、産後の私に、
出生届を出しに行けと、
当然のことのように言われるのが、
どうしても腑に落ちませんでした。
結果的にタクシーで行くことにはなりましたが、
それで何かが解決したわけでもなく、
心の中は、ずっと複雑なままでした。
問題は、移動手段の話ではありません。
夫には、本人が「自分でなくてもいい」と判断したことを頼まれると、面倒に感じる癖があります。
出生届も、その一つでした。
いつも命令や干渉が多かった彼の態度から、
どの基準が「正しいもの」として置かれているのかは、
言葉にされなくても、
空気として、十分に伝わってきました。
そうなると、
私は自分の感覚を大切にするよりも、
その空気に合わせるほうが、
ずっと安全に感じられる。
だから私は、
「文句を言わずにやってしまったほうがいい」と
自分を責めることで、
関係を保つ道を選んでいました。
そして私は、
「嫌」と感じるよりも先に、
「仕方ない」と思うことを、
繰り返し選んでいたのだと思います。
今振り返ると、
私は無意識に知っていたのだと思います。
自分を責めるほうが、
相手を変えようとするより、ずっと楽だということを。
怒られたとき、
私はいつも同じ思考を選んでいました。
私がちゃんと出来ていないから
私が感情的だから
私が分かってあげられていないから
そうやって自分に矢印を向けることで、
関係を壊さずに済んでいるつもりでいました。

関係性のズレ(構造)
あなたは、
どんな言葉を聴いたときに、
どんな立場に立たされたと感じ、
どんな環境にいるときに、
小さな違和感を覚えますか?
モラハラの現れ方は、
決して一つではありません。
たとえば――
「男だから」「女だから」「大人だから」「子どもだから」
そうした属性を理由に、役割や責任だけを一方的に背負わされるとき。
(「お前たちのオンマは……」と、勝手にダメな母親像を決めつけて子どもたちに話す姿は、
今でも「ちっちぇー男だな」と思います(笑))「ちゃんとしているべき」「早くあるべき」「効率的であるべき」
「綺麗であるべき」「省エネであるべき」
そうした価値観を基準に合わせることを求められるとき。
(お腹が大きい妊婦時代、
「女は綺麗な服を着るべきだ」とニュースキャスターを見ながら
「お前も……」と言われたときは、正直、飛び蹴りしたかった)自分の価値を確認したい欲求や不安から、
無意識に相手を下げることで安心や満足を得ようとするとき。
(けなす、馬鹿扱いする、「それくらいのことも出来ないのか」「使えない」と言われる)人によっては、情報の受け取り方や認知の傾向の違いから、
互いの感情や意図が伝わりにくいこともあります。
人はそれぞれ、物事の受け取り方や認知の傾向が違います。
その違いから、相手の感情や立場を理解しにくいこともある。
発達や愛着に関わる特性がある場合には、そのすれ違いが、より大きくなることもあります。
(どうあがいても、関わる中で生まれる胸の痛みを、どうすることもできない場合がある。そんなときは、相手を諦めるのではなく、自分では変えられないものを手放し、最善の距離や関わり方を選ぶことも必要です)「善意」を理由に行動を制限されるとき。
「心配して言ってるだけ」「あなたのためを思って」
そう言われることで、反論しづらくなり、違和感を飲み込んでしまう。
(良かれの押し売り、ですね)感情の扱いに上下がつくとき。
「そんなことで怒るの?」「それくらいで落ち込むの?」
感情そのものを軽視され、
感じ方がおかしいのは自分だと思わされる。
(よく「泣くな」と言われました。
見せびらかしているように感じるらしい)沈黙や不機嫌が“罰”として機能するとき。
怒鳴られるわけではない。
でも、無視される、冷たくされる。
その空気を避けるために、先回りして自分を抑えるようになる。
(舌打ちされて、話ができない……そんなことも多々ありました)説明を求められるのに、理解されないとき。
「ちゃんと説明して」と言われる一方で、
どれだけ説明しても受け取ってもらえない。
やがて、説明すること自体を諦めていく。
(いわゆる「自分を説得してみろ」攻撃。
私には、「お前に説得できるわけないだろ」と
試されているように感じられました)努力や配慮が“当たり前”として消費されるとき。
やっても感謝されない。
やらなかったときだけ責められる。
気づけば、基準はどんどん上がっていく。
(私は、目の前でやっていることすら認知されずに怒鳴られ、
「やっても怒られるなら、やらずに怒られたほうがマシ」と
開き直るタイプでした)比較によって立場が固定されるとき。
「〇〇さんはもっと出来てる」「普通はこうする」
比較されることで、自分のやり方や感覚が否定されていく。
(これは、ほぼ毎日の日課)「あなたなら分かるよね」で責任が集まるとき。
期待や信頼の言葉に見えて、
実際には断れない役割を背負わされている。
頼られている感覚と、重さが混在する。
(勘違いも甚だしい。
私には、信頼というより、
断りにくくするための言葉にしか思えませんでした)謝る役割が、いつの間にか自分に固定されているとき。
話し合いの最後は、いつも自分が折れて終わる。
関係は続くけれど、違和感だけが残る。
(「お前が謝りさえすれば、今まで通りだよ」)
あなたの身近な関係では、似たことがいくつ起きていますか?
( 相手は、パートナーに限りません。
親・上司・先生・家族など、立場の違う関係性でも起こります。)
これらに共通しているのは、
はっきりした「攻撃」ではない
周囲からは問題が見えにくい
でも、内面だけがすり減っていく
理由や背景は、本当にさまざまです。
けれど、
どんな理由であったとしても、
フェーズ①で共通して起きている構造的なズレは一つです。
それは、
本当は「二人の間」で起きている問題が、
いつの間にか「私だけの問題」になってしまうことです。
何かおかしいと感じても、
「どう言えばいいか分からない」
「言っても無駄かもしれない」
そう考えているうちに、
話題にすらならないまま終わってしまう。
結局、
私が我慢する。
私が考える。
私が飲み込む。
だからこの関係では、
話し合いが起きない。
調整も起きない。
何も変わらない。
フェーズ①のズレは、
声を荒げる形では現れません。
静かで、荒波も立たない。
そのため分かりにくく、
一見、問題がないように見えます。
だからこそ、
この状態は長く続きやすい。
問題が「関係」ではなく、
「個人」の中に押し込められているため、
外からは問題として扱われにくいのだと思います。
違和感が、言葉にならないまま内側に溜まっていく
相手は、修正の機会を持てない
自分が我慢すればいい、と処理してしまう
その結果、
関係性の調整が、どこにも起きていない。
これが、
後のフェーズへとつながっていきます。

身体から整える処方箋
― フェーズ①のための、いちばんやさしい整え方 ―
人は普段、
目の前の状況を判断し、
いくつもの選択をしながら生活しています。
昔なら、
「水を飲む」といえば井戸水一択。
考える余地は、ほとんどありませんでした。
でも今はどうでしょう。
スーパーに行けば、
ミネラルウォーターだけでも何種類も並んでいます。
値段、品質、評判、安全性、メーカー、賞味期限……
みなさんは、何を基準に選びますか?
これだけ判断基準が多ければ、
水を一本選ぶだけでも、
意外とエネルギーを使います。
現代人は、
こうした「選択」を、
一日中、休みなく迫られる環境で生きています。
つまりそれだけ、
常に脳を使い続けているということ。
疲れやすくなるのも、
当たり前ですよね。
水を選ぶのは、
まだ答えが出しやすい。
でも、人付き合いとなると話は別です。
何が正しいの?
どうするのが正解?
私が悪いの?
もっと頑張るべき?
人の数だけ「正しさ」がある中で、
それを全部合わせながら生きるなんて、
頭が爆発して、
宇宙の彼方まで飛んでいきそうですよね。
だからこの段階では、
考え方を変えようとしなくていい。
前向きになろうとしなくていい。
まず必要なのは、
脳を休ませること。
そのために、
身体から整えます。
これは、
特別なことをするワークではありません。
普段していることを、
ほんの少しだけ、丁寧にしてみる。
それだけで十分です。
誰でも、今すぐできることだけを扱います。
なぜ「身体」からなのか
感情が動くと、
思考はほぼ自動運転で動き出します。
不安になると、最悪の想定を始める。
罪悪感を感じると、自分を責め始める。
反対に、口惜しさを感じると、
「よっしゃ、やったるぞ!」と
過剰に奮起して暴走してしまう人もいます。
でも、その思考の多くは、
今、本当に必要な思考ではないことも少なくありません。
過去の経験の中で身につけた、
防衛反応のクセが、
条件反射のように動いているだけなのです。
守り方は、人それぞれ
人の守り方は、それぞれ違います。
人と比べる必要もありません。
悲しいと感じたとき、
黙る人もいれば、
わめく人もいる。
こもる人もいれば、
人に話す人もいる。
それは性格の問題ではなく、
その人なりに培ってきた身の守り方です。
身体は、
「この感情が出たら、こう動く」
という自分専用の防衛マニュアルを、
反射的に起動しているだけ。
いわば、
この感情が出てきたら
「防衛体制、発動!」
というように、
すでにセッティングされているのです。
分かっているのに、止められない理由
頭では、
「もうこんな言い方はしたくない」
「本当は、そう言いたいわけじゃない」
そう思っているのに、
気づいたら、
反射的に相手を傷つけるような言葉が出てしまう。
そんな経験、
ひとつやふたつは、
あるのではないでしょうか。
だから「身体」から
だから、まずは
自分を知ること。
私は、
どんな場面で、
どんな身の守り方を選んできたのか。
ただし、
これは考えるだけで分かるものではありません。
なぜなら、
思考よりも先に、
身体のほうが知っているからです。
必要なのは、
思考を止めることでも、
変えることでもありません。
思考が勝手に走り続けなくてもいい状態をつくること。
そのための、
いちばん確実で、
いちばんやさしい入口が、
身体です。

フェーズ①のための「今・ここを感じる身体の処方箋」
身体に意識を向けることで、苦しさが強まる人もいます。
その場合は、無理に続けなくて大丈夫です。
目に入る物の色や、聞こえる音、
手で触れられる物など、
身体の外側に意識を向けてみてください。
2つの今・ここを感じるワーク
初めは、
なかなか感じられないこともあると思います。
それは、
今まであなたが
自分の感覚から目をそらすことで、自分を守ってきた証拠。
だから、
初めは感じられなくても大丈夫。
でも、
あなたの身体を信じてみてください。
身体は、
「感じる」機能を持って、生まれてきています。
無理のない範囲で続けるうちに、
少しずつ、自分の感覚に気づきやすくなることがあります。
感じられなくても、
心配しないでください。
不安になったら、ひと言だけコメントに残してみてください。
書くだけのアウトプットでも、助けになることがあります。
わたしは、力のかぎり、寄り添います。
① 安全を身体に伝えるワーク(30秒〜1分)
やり方
椅子に座るか、立ったままでOK
足の裏を、床につける
背中やお尻が、何かに触れている感覚を意識する
深呼吸はしなくていいので、力が入っているところがあれば、少しだけ緩める
※ お風呂に浸かりながら行うと、より効果を感じやすい人もいます。
※ 時間は気にしなくて大丈夫。30秒でも、途中で終わっても構いません。
まず、実際に安全だと思える場所へ移動してください。
心の中で、こう言います
「いま、ここは安全」
安全だと言い切れない場所なら、
「私は、いま、ここにいる」
「足の裏が、床に触れている」
それだけです。
ポイント
安心できなくても、大丈夫。
信じられなくても、大丈夫。
ここで大切なのは、
「そうだと感じること」ではなく、「身体に伝えること」。
本当にそう思えなくても、
ただ言葉を置くだけで構いません。
言葉を伝えたあとで、
身体の状態を、少しだけ感じ直してみてください。
肩は、上がっている? 下がっている?
背中や腰の緊張は、どう?
手や指に、力は入っている?
心の状態は、緊張している? それとも、少し落ち着いている?
ただ、今の状態を眺めるだけで大丈夫。
いい・悪いの判断は、ここでは一切しません。
このワークで大切なのは、
「変えること」ではなく、
「ただ感じてみること」。
それだけで十分です。

② 感情をほどくワーク(1〜3分)|考え方
このワークの目的は、
感情を整理することでも、前向きになることでもありません。
感情に巻き込まれた状態から、
ほんの少し距離を取ること。
それだけです。
人は、感情が強く動くと、思考も自動的に動き出します。
不安になれば最悪の想定をし、
罪悪感を感じれば自分を責め、
怒りが出れば相手をどうにかしようと考え始めます。
でも、その多くは 「今すぐ考えなくていい思考」 であることも少なくありません。
ここで使う考え方が、
いわゆる 「課題の分離」 です。
相手の問題を、自分の問題として背負わない
相手の感情や反応に、必要以上の責任を負わない
モラハラが起きるとき、
そこには 相手側の課題 があります。
相手の不安、価値観、未整理な感情、コントロール欲。
理由はさまざまですが、
それは、あなたのせいではありません。
この視点を持てるようになると、
感情は「消えなくても」、
暴走しにくくなります。
怒りや不安があっても、
それに飲み込まれず、
一歩引いて見られるようになる。
このワークは、そのための
とてもシンプルな練習です。
※もちろん、自分が見直したほうがいい
「自分の課題」と向き合う必要がある場面もあります。
ただ、それはこのフェーズで無理にやることではありません。
今はまず、
感情に飲み込まれず、
自分とのあいだに少し距離をつくる感覚を覚えること。
それを優先してください。
② 感情をほどくワーク(1〜3分)|やり方
やり方
① ①の「安全を身体に伝えるワーク」を終えたあと、
そのままの姿勢で大丈夫です。
② 今、自分の中にある感情を、
ひとつだけ思い浮かべます。
大きな感情でなくて構いません。
最近あった出来事で、
何か感じた想いを浮かべると、やりやすいです。
モヤっとする
重たい
ザワっとする
嬉しい
スッキリした
——そのくらいで十分です。
③ その感情に、名前をつけます。
例
不安
怒り
寂しさ
疲れ
何か分からないけどモヤモヤ
イライラ
緊張
喜び
ラッキー
言葉が浮かばなければ、
「よく分からない感じ」でもOKです。
④ 心の中で、こう言います。
「いま、私は〇〇を感じている」
※〇〇に、感情の名前を入れます。
それだけです。
ポイント
理由を探さなくていい
どうしてそう感じたかを考えなくていい
手放そうとしなくていい
良し悪しをつけなくていい
ここでやっているのは、
感情を消すことではありません。
身体が感じていることを、
ただ言葉にして、代弁しているだけです。
「私はダメだ」
「またこうなった」
と自分を責める代わりに、
ああ、今はこれを感じているんだな
と、感情を一歩外から見る練習です。
もし、何も感じないときは
何も浮かばないときは、
それも今の状態です。
その場合は、
「いま、何も感じていない感じがする」
と、心の中で言ってみてください。
それも、立派な
感情のほどき方です。
このワークで起きていること
感情に名前をつけると、
感情そのものと、少し距離が生まれます。
感情=自分 ではなく、
感情が「いま、ここにある」
という状態になる。
それだけで、
思考が自動で走る勢いが、
少し落ち着くことがあります。
それが、このワークの役割です。
身体の声と、人との関係性の声はつながっている
身体の感覚を
すぐに善悪で判断しなくなると、
人との関係でも、
同じことが起き始めます。
相手の言動を、すぐに自分のせいにしない
すぐに結論を出さなくなる
「そういうこともあるさ」で止まれる
身体に対してできることは、
関係性に対しても、できるようになる。
この処方箋で、十分です
変わらなくていい。
無理に気づこうとしなくていい。
前に進まなくていい。
ただ、
脳を休ませるスペースをつくる。
それだけで、
次に受け取れる言葉や考え方が、
少しずつ変わってきます。
これが、
フェーズ①の身体の処方箋です。

フェーズ①でのコミュニケーション処方箋
ここで「コミュニケーションの処方箋」と呼んでいるのは、
人は一人で心を整え続けるだけでは、どうしても限界があるからです。
どれだけ内省し、どれだけ自分と向き合っても、
「自分を信じる」という感覚は、
一人きりでは、なかなか確信に変わりません。
人が自分の存在や価値を実感するとき、
誰かとの関係性を通して、
初めて腑に落ちる部分があるからです。
言葉だけでなく、
表情や距離感、反応といった
言葉以外のコミュニケーションも含めて、
人との関係性は、
自分を知るための、現実的な場のひとつになります。
だからといって、
「修行のために人と関わりましょう」
と言いたいわけではありません。
信頼できる相手に気持ちを受け止めてもらうことで、
緊張がゆるんだり、
自分の感覚を確かめやすくなることがあります。
コミュニケーションには、
心身を整える助けになる側面があります。
コミュニケーションには、
確かに薬効のような側面があります。
ただし――
人との関係性には、
自分の心の状態によって、
「結びやすい時期」と
「結びにくい時期」があります。
フェーズ①で大切なこと
フェーズ①にいるとき、
無理に「話し合おう」「分かってもらおう」とする必要はありません。
この段階で大切なのは、
外に向けて話すことよりも、
自分の本音を知り、整理することです。
まずは、自分にこんな問いを投げかけてみてください。
パートナーのこの態度って、もしかしてモラハラ?
私はいま、何を怖がっている?
本当は、何に違和感を覚えた?
本当に、私が我慢することが最善なの?
私にとっての「安心」って、どんな状態?
この生活は、私にとって理想的?
私は、どうしたら満足できる?
このままの路線で進んだ未来は、どうなりそう?
もし私が変わったら、二人の未来はどうなりそう?
このまま一年過ごしたとしたら、私は何を後悔しそう?
ここが、この処方箋の肝
今すぐ、人と分かり合わなくていい。
でも、独りきりで閉じこもる必要もない。
「関係をどうするか決める前の準備」として、自分を整える。
これが、
フェーズ①におけるコミュニケーション処方箋です。
正解を出す必要はありません。
結論を急がなくていい。
ただ、自分に素直に、
感じるままに、書き出してみてください。
それだけで、
次のフェーズへの準備が、静かに始まります。
救急箱メッセージ
もし今、ここにいるなら。
あなたは、
優しすぎるわけでも、
弱いわけでもありません。
そして、
何かがおかしい関係に
「鈍感だった」わけでもありません。
それは、
生き延びるために、
あなた自身が最善だと感じて選んだ反応でした。
まずは、
そこを否定しないでください。
本当に、よく頑張ってきました。
自分で自分を抱きしめながら、
こんな言葉をかけてあげてください。
「今まで、ありがとう。
おかげで、今の私がいるよ。」
私からも、
ありがとうを伝えます。
生きていてくれて、ありがとう。
ここまで来てくれて、ありがとう。
ここで出会えて、ありがとう。
今は、
信じられなくていい。
そう感じられなくて、当たり前です。
ただ、
ひとつだけ確かなことがあります。
私は、あのしんどさを通って、
今、確かにここに立っています。
そして、静かに、こう添えます。
私にとっては、
しんどさが大きかった分だけ、
今の幸せも、大きく感じられます。
それは、
あとから分かった、私自身のことです。
次フェーズ予告
次のフェーズでは、
「本当に、私だけが悪いの?」
これまで飲み込んできた違和感が、
少しずつ輪郭を持ち始める状態を扱います。
フェーズ②:
「私の中にある違和感」に気づき始める段階へ。
フェーズ①〜③まとめて読みたい方へ→各記事はこちら
この先のサポートについて
ここまで読み進めてくれたあなたへ。
気づいても、ひとりで転換するのはなかなか難しい。
すれ違いを整えたい方は、こちらへどうぞ。
👉 ご相談・ご依頼はこちら
今後について
このフェーズ①〜⑨のシリーズをもとに、
単発のモラハラ講座を行うことも検討しています。
体系的に理解したい
ひとりではワークのやり方が分かりにくい
そんな声が集まれば、開催する予定です。
最後に
ここに書いたことは、
今すぐ理解できなくても大丈夫です。
ワークを続けられなくなったとしても、
それは「できていない」のではなく、
今はタイミングが合っていないだけかもしれません。
フェーズ①にいるときは、
決めない
動かない
変わらない
それも、立派な選択です。
ただ、
ひとりじゃない道がある
そう知ってもらえたら、それで十分。
必要になったときに、また戻ってきてください。
ここは、
いつでも灯りがついている場所です。
長文を、ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
この投稿が、あなた自身を守るための
小さな支えや、立ち止まる場所のひとつになっていたら、嬉しいです。
by 感情共鳴コーチKAYOKO
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