あなたの中の“比較する力”を、味方にするヒント ―比べてしまう自分は、悪くない―
この投稿は、
支配構造から、自由に抜け出したい。
そう感じているあなたへ、届けています。

比較する力って、本当に不必要?
― 価値を持たせる、比較能力の嬉しい使い方 ―
※気になるところだけ読んでいただいても大丈夫です。
今のご自身の状態に近いところから、どうぞ。
比較するのは、本当に悪いこと?
「比べちゃダメ」
最近、よく聞く言葉です。
もちろん、比べるのをやめられたら、
自分にダメ出しする回数が減るのも事実でしょう。
でも正直に言うと、それ、本当にできますか?
人はもともと、比べる能力を持っています。
それは、身を守るためでもあり、より良く生きようとするためでもあり、
生き延びてきた過程で身につけてきた力です。
にもかかわらず、持ってしまっているものを
「やるな」「感じるな」と言われるのは、
やらない努力を強いられている状態。
ある意味、自分で自分にダメ出しをし続けているようなものです。
それは、とても負担が大きい。
比較をやめようとすると苦しくなる理由
嫉妬や劣等感などの感情も、
「やめよう」と思って、すぐに止められるものではありません。
自分を守ろうとする反応と結びついて、
出てくることもあります。
私の経験上、やめることよりも、
一度は認めることから始めた方が、ずっと楽だと思っています。
オールオッケーです。
ここでいうオールオッケーは、
比べたあとの言動まで、すべて肯定するという意味ではありません。
まず、比べている自分に気づき、責めずに受け止める。
そのあとで、この力をどう使うかは、選び直すことができます。
「また比べちゃった」
「また嫉妬してる」
そうやって責める代わりに、
「そっか、今この力を使ってるんだな」
と、丸をつける。
それだけで、不思議と少し視界が変わります。
今ここモード・アイテム図鑑より
「防衛を、守護に変える能力のハナシ」シリーズの中で、人の中に現れるさまざまな反応や状態を「能力」として捉え、動物のキャラクターで表したものが、「今ここモード・アイテム図鑑」です。
善悪で分けるためではなく、**「今、どんなモードが出ているか」**に気づくためのものです。
防衛モードの比較|キョロボー

比較する力が、防衛として使われているとき。
図鑑では、この状態を 「キョロボー」 と呼んでいます。
キョロボーが出ているとき、
世界はこんなふうに見えています。
「いいものは、大きく見える」
本当は同じサイズかもしれないのに、
スポーツカーばかりが目に入って、
軽トラックの存在が小さく感じられてしまう。
キョロボーは、悪者ではありません。
一生懸命、奪われないように、
取り残されないように、周りを見渡しているだけ。
でも――
このモードが続くと、心は疲れていきます。
あなたの中のキョロボーは
どんなときに出てきますか?
比べる力は本来、自分の位置を知り、
これからの方向性を見極めるための手段です。
ただし、
自分を守らなきゃいけないと強く感じている時、
この力は凶器として使われやすくなります。
私はこの状態を 「防衛」 と呼んでいます。
防衛とは、
奪われないため、傷つかないために、
世界を敵として見てしまう使い方。
これは、誰もが一度は立つフェーズです。
守護モードの比較|マネルン

同じ「比較する力」でも、
もう一つの使い方があります。
それを、私は 「守護」 と呼んでいます。
図鑑では、このモードを
「マネルン」 というキャラクターで表しています。
マネルンが出ているとき、
比べる視点は、こう変わります。
「いま、どこ?」
「何に乗る?」
スポーツカーも、軽トラックも、
どちらが上かではなく、
「今の目的に合っているか」を見ている。
守護とは、
自分が望む方向へ進むために、
必要な力だけを使う在り方です。
防衛は「これ以上、失わないため」の反応。
守護は「これからを生きるため」の選択。
比較の使い方が変わると起きること
防衛の状態にあると、
誰かと比べては落ち込み、
誰かから奪おうとして焦り、
気づけば、心がガチガチに身構えてしまいます。
守護の状態にあると、
「あの人のようになれるように、ここを真似してみよう」
「応援してみよう」
「もう少し、話を聴いてみよう」
そんな選択が、自然と生まれます。
すると、憧れの相手から学びを得たり、
紹介をしてもらったり、
気づけば、良いご縁がつながっていく。
同じ「比較」という能力でも、
使われ方が変わるだけで、
世界の見え方は、まったく違ってきます。
比較する力を味方にするヒント
そして、防衛の状態に気づき、
「もう、そこまで守らなくていい」と思えたとき。
比べる必要性そのものを、
少しずつ、感じなくなっていきます。
その状態へと移っていくためには、
視点を少し変えることが必要になってきます。
その視点の変化については、
脱☆モラハラ構造の9つのフェーズの中で、
あらためてお伝えしていく予定です。
ここでは、
「無理に比較しないようにしなくていい」
ということだけ、覚えておいてもらえたら十分です。
やめようと力を入れなくても、
自分を傷つけるような比較は
少しずつ減っていきます。
そして、人の魅力や素晴らしいところに気づき、
一緒に喜んだり、そこから学んだりするために、
比較する力を使えるようになっていきます。
これは比較を手放すというより、
比較との付き合い方を変えていく方法なのだと思います。
ときには、「失敗」と呼ばれる痛みが
一緒についてくることもあるかもしれません。
でもそれも、
「経験のひとつ」として眺められるようになると、
不思議と、少し楽しめてしまうこともあるものです。
この投稿では、「比較する力」を例に出しましたが、
これは、ほんの入り口にすぎません。
今後は、こんな力をひとつずつ扱っていく予定です。
・疑う力
・嫉妬する力
・批判する力
・ジャッジする力
・損得勘定の力
・警戒する力
・嘘をつく力
・抑圧する力
・論破する力
・怒りの力
・怖れの力
・逃避の力
・察する力
どれも、「ダメなもの」「直すべきもの」とされがちな力。
能力は、人生の舞台の小道具
私は、
力そのものに善悪はないと思っています。
あるのは、
防衛として使われているか、
未来を円滑にするための
守護として使われているか。
その違いだけ。
すべては、能力であり、状態です。
これらの力たちは、追って
**「今ここモード・アイテム図鑑」**の中で、
キャラクターとして、分かりやすくご紹介していきます。
刃物も同じです。
料理に使えば、
美味しい食事を生み出す道具になる。
振り回せば、
人を傷つける凶器にもなる。
刃物そのものに、善悪はありません。
能力を否定せず、奪わず、捨てず、
自分の舞台の小道具として使えるようになる。
そうしていくと、人はもう、
必要以上に身構えなくてよくなります。
誰かから奪おうと、
躍起になる必要もなくなる。
ネガティブだとされてきたものを、
能力として見つめ直す。
それって、ちょっと楽しそうじゃないですか?
ひとつひとつ、自分の中にある能力の使い方を知っていくと、
人は自然と、穏やかな場所に立てるようになります。
頑張らなくても、戦わなくても。
ただ、ありのままの自分で。
人生を楽しむ、マスターとして。
このシリーズについて
今後は、こうした力をひとつずつ取り上げながら、
・防衛として使われているときの姿
・守護として使われているときの姿
・自分の舞台の小道具として使う感覚
を、できるだけシンプルに、
そして現実の中で使える形で書いていく予定です。
「そうか、こういう使い方もあったのか」
そんな気づきが、
あなた自身の守護になりますように。
この投稿は、
「ネガティブだと思われがちな力」を見つめ直し、
“防衛”から“守護”へと使い方を整えていくシリーズの一部です。
これから、
ジャッジする力、警戒する力など、
扱いづらいけれど本来は自分を守るための大切な力を
ひとつずつ、丁寧に取り上げていきます。
読み終わったあと、
きっとあなたの中の“力”に、そっと優しい〇(マル)をつけたくなるはずです。
ここまで読んでくださり、
本当にありがとうございました。
また次の投稿で、お会いできたら嬉しいです。
by 感情共鳴コーチ KAYOKO
ここまで読み進めてくれたあなたへ。
気づいても、ひとりで転換するのはなかなか難しい。
すれ違いを整えたい方は、こちらへどうぞ。
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