緊張とゆるみのあいだで ― 警戒のちからを育てる
これ言っちゃうと
なんて思われるか分からない。
傷つけるかも?
いや、
嫌われるかも。
そうやって飲み込んだ言葉
どこに行ったと思う?
心の中に残って
あとでモヤモヤになる。
本当は
あの時ちゃんと伝えられていたら
もっと楽だったかもしれないのに
でも
怖くて言えなくて
ある時
思ってもない形で
強く出てしまうことがある。
そうやって
関係が崩れて
また後悔する。
でも、それは
「警戒しすぎ」なんじゃなくて
警戒の力の使い方が分からないだけかもしれない。
※気になるところだけ読んでいただいても大丈夫です。
今のご自身の状態に近いところから、どうぞ。
この投稿では「警戒する力」が
防衛として働く状態と
守護として働く状態を
キャラクターを通して見ていきます。
はじめに
前回の投稿では
**「比較する力」と「ジャッジする力」**を扱いました。
どちらも、多くの場面で
「やってはいけない」
「未熟さの証拠」
として扱われる力です。
でも私は、そこにずっと違和感を持っていました。
本当に問題なのは
その力そのものではありません。
問題にされているのは
それらが
無自覚に、防衛として使われている状態です。
「比較しないようにしよう」
「ジャッジしない人になろう」
そうやって力を封じ込めようとするほど
人はますます不自由になります。
私の投稿では
「やめる」「手放す」という発想ではなく
その力が、いつ・どこで・なぜ使われているのかを
ひとつずつ見ていきます。
そうすることで
その力の価値を発揮できる
使い方が可能になるからです。
刃物の扱い方を知って使うのと
知らないで使うのとでは
そのものの価値が変わるのと同じです。
善悪で裁くためではありません。
苦しくならない使い方へ
防衛から守護へと切り替えるためです。
警戒する力は、本当に問題なのか
今回取り上げるのは
「警戒する力」。
警戒する力もまた
生き延びるために
誰もが身につけてきた力です。
危険を察知する
距離を取る
身を守る
本来は
必要なときにだけ働けばいい力。
けれどこの力は
いちど防衛として固定されると
常にONの状態になりやすい。
警戒が防衛として働き続けると、
起きていることと、自分の反応の大きさが
合わなくなることがあります。
小さな刺激にも強く反応したり、
危険を感じた瞬間に、
身体が固まって動けなくなったりする。
警戒の力が悪いのではありません。
過去の経験も重なり、
今に必要な分へ調整しにくくなっている状態です。
たとえば、大きな災害や事故を経験したあと、
わずかな揺れや物音にも、
強く反応することがあります。
私自身、鼻炎持ちでアレルギー体質です。
アレルゲンに対して
必要以上に身体が反応してしまう。
警戒態勢としては
「レベル1」で十分な場面でも
身体だけが勝手に
レベル5の警戒態勢を取っているようなものです。
過去の経験によって
まだ起きてもいない出来事に対して
事実確認もないまま
「危険だ」と感じてしまう。
これが
警戒が防衛として固定された状態です。
防衛モードの警戒|ユガミラー
ここで登場するのが
防衛モードのキャラクター・ユガミラーです。

ユガミラーは
一見するとリラックスしているように見えます。
本人も
「大丈夫」
「平気」
と思っている。
でも、よく見ると
爪と尻尾だけが過剰に緊張している。
警戒が
身体の一部にだけ
強く現れている状態です。
防衛の警戒が続くと起きること
このユガミラーの状態で
日常を過ごし続けると、どうなるか。
たとえば
「ばっかみたい~」
「なにやってんの~⁈」
そんな、何気ない一言に
強く反応してしまったりします。
相手は
軽い気持ちで言っただけなのに
「攻撃された」
「責められた」
と感じてしまう。
あるいは
本当に危険な場面では
なぜか身体が固まり
動けなくなってしまうこともある。
私が行っているボードゲームの授業でも
似たような場面をよく目にします。
自信のないゲームは
最初から
「やらない」
という選択をする子どもたち。
失敗しないための
傷つかないための選択です。
「やらない」という選択は、
その場で傷つくことから、
自分を守ってくれることがあります。
ただ、本当はやってみたい気持ちがあるなら、
挑戦する機会まで失ってしまうこともある。
必要なのは、無理にやらせることではなく、
安心して試せる方法を一緒に探すことなのだと思います。
弛緩と緊張が
同時に存在する状態は
身体にとって
かなりの負担になります。
力が抜けているはずなのに
どこかでずっと踏ん張っている。
休んでいるつもりなのに
休めていない。
ユガミラーは
もし目の前にネズミが現れたとしても
それを
ライオンだと勘違いするかもしれません。
現実そのものではなく
過去の記憶や経験を通して
世界を見ているからです。
警戒する力が
判断ではなく
反応として暴走している状態。
それが
ユガミラーです。
守護モードの警戒|ミマモリー
同じ警戒する力でも
守護として働いている状態があります。
それが、
ミマモリ―。

ミマモリ―は
リラックスしています。
でも、無防備ではありません。
体はゆるんでいるのに
片耳だけがピンと立って
周囲を静かに感じ取っている。
すべてを警戒するわけでもなく
何も見ていないわけでもない。
ただ
今ここで必要な分だけ
過不足なく見ている状態です。
このミマモリ―の状態で
日常を過ごすと、何が起きるか。
たとえば、
ユガミラーのときと同じように
「ばっかみたい~」
「なにやってんの~⁈」
と、軽く言葉を投げられたとき。
それを
本気で受け取ったり
すぐに相手を疑ったり
自分を責めたりはしません。
「自分の見ていることが、すべてではないだろう」
「冗談のつもりなのかもしれない」
「でも、私はこの言い方を嫌だと感じた」
そうやって、相手の意図を決めつけず、
自分の感覚もなかったことにせずに、
冗談で返すのか、嫌だと伝えるのか、
少し距離を取るのかを選びます。
自然に、距離を調整できるのです。
無理に踏み込まないし
無理に逃げもしない。
そして時には
それを逆手に取って
関係性そのものを
より近しいものへと変えてしまうこともある。
ミマモリーの警戒が働く日常の例(営業電話・ゾーン)
やたらとしつこく
営業の電話がかかってくる。
ユガミラーの状態であれば、
苛立ちを含んだ大きな声で
嫌味を混ぜながら
断絶の言葉を浴びせてしまうかもしれません。
でも、ミマモリ―の状態では違います。
さらっと
「今の私には必要がありません。
お疲れさまです。
お仕事、がんばってください。」
相手に嫌気を向けることなく
静かに、はっきりと断れる。
警戒はしている。
でも、攻撃にはならない。
ただし、守護はいつも穏やかな言い方になるとは限りません。
危険があるときや、何度断っても侵入されるときには、
強く断り、すぐに離れることも守護です。
仕事や作業の場面でも
同じことが起きます。
期限が迫った仕事に集中しているとき
余計な情報が自然と入ってこなくなり
必要なものだけが
くっきりと目に入る。
短い時間で
信じられないくらいの量の仕事が進んだり
思いがけない判断が
ぴたりとはまったりする。
いわゆる
ゾーンに入っている状態です。
仕事や作業では、
今必要なものへ注意を向け、
余計な情報から一時的に距離を置くことがあります。
これは人への警戒とは少し違いますが、
「今、必要なものだけを見る」という点では、
ミマモリーのイメージに近い状態です。
過剰に構えるわけでもなく
油断しているわけでもない。
警戒が
反射ではなく、選択として使われている。
それが
ミマモリ―の状態です。
ユガミラーとミマモリ―は
別の力ではありません。
同じ力。
同じ能力。
違うのは
防衛として使われているか
守護として使われているか。
それだけです。
警戒する力を、使える力に戻す
この投稿では
警戒する力を
「弱める」ことも
「なくす」ことも目指しません。
その力が
どこで防衛に切り替わっているのか。
そこに気づくこと。
それが
警戒する力を
使える力として取り戻す
最初の一歩だからです。
この投稿は、「ネガティブだと思われがちな力」を見つめ直し、
“防衛”から“守護”へと使い方を整えていくシリーズの一部です。
比較する力、ジャッジする力など、
扱いづらいけれど本来は自分を守るための大切な力を、
ひとつずつ、丁寧に取り上げています。
読み終えたあと、きっとあなたの中の“力”に、
そっと優しい〇(マル)をつけたくなるはずです。
👉 [シリーズ一覧はこちらからご覧いただけます。]
↓ シリーズ初稿は、今だけ無料です。
次回の投稿も、どうぞお楽しみに。
気になるテーマがあれば、
ぜひチェックしてみてくださいね。
by 感情共鳴コーチKAYOKO
ここまで読み進めてくれたあなたへ。
気づいても、ひとりで転換するのはなかなか難しい。
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