エッセイしりとり「か」〜カープは、マツダスタジアムは、平和資料館から続いていた
なんのことか分からないですが、「エッセイしりとり」なるものが回ってきました。深く考えずにオッケーしてみたら、なんだか面白そうな企画です。
お囃子が鳴ったら踊ってみたくなります。
私にバトンを回して下さったのはこの方。いつもわけが分からないのが楽しい方です。
まったく関係ないところで書いていた記事が「カ」のタイトルだったのは、何かの運命でしょうか。運命とか信じるタイプです(笑)。
【カープは、マツダスタジアムは、平和記念公園から続いていた】
念願のマツダスタジアム、広島×阪神戦。広島市民球場のラストイヤーに観戦したときには、マツダスタジアムの外観が出来始めていた。
マツダスタジアムはテレビで見る以上に素晴らしい球場で、阪神ファンの私にとっても特別な経験となった。
Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島
アクセス良好!!
広島駅からマツダスタジアム(正式名称:Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島)までは、歩いて10分ほど。駅から案内表示が出てるし、大阪方面から広島駅に到着する前にスタジアムが見えてるし、何よりカープファンの人の流れが勝手にスタジアムまで連れてってくれる。
赤いユニフォームやキャップ、ロゴの入ったカバン、みんなどこかしらにカープ。みんな嬉しそうな表情が良い。
この中でユニフォーム着てなくて赤グッズを持ってないのは阪神ファンやな。(私たち夫婦も席に着くまでは仕舞っておいた)
とはいえ阪神ファンにも(首位ですし!!)堂々とユニフォームでスタジアムに向かっている方も。チケット販売サイトで「パフォーマンスシートで相手球団のグッズを身に着けての応援はトラブルのもとに……」なんて書いてたからビビっていたが、杞憂であった。
到着!!気持ちいい!!見やすい!!
3塁スカイシート正面の席は、相手球団のファンが集まるエリア。ここなら安心して楽しめそうだ。階段や通路の構造が広くて高いから気持ちいい。甲子園や京セラドームは肋骨を締め付けられるような圧迫感を感じることがあるのだ……
階段に限らず施設の中の仕切り・壁は最小限にしてあった。通路にいてもグラウンドと客席の熱気や歓声が伝わってくるから、買い出しや用足しの間もソワソワせずに並んでいられた。
スカイシートからは球場のすみずみまでよく見えた。眼下のベンチにいる監督や選手の背中がまともに見えるのも面白い。市民球場も見やすいと思った記憶があるが、さすが噂に名高いマツダスタジアムだ。
素晴らしい球場である。また行きたい。きっと行くだろう。むすびのむさし食べてないし。

何よりの印象はカープファンの熱さ
熱いファンが多いことで有名なカープ。広島弁はときにキツく聞こえるかも知れないけど、球場の雰囲気は決して変な威圧感はない。相手チームファンでも肩身の狭い思いは一切なかった。
たしかに席は選んだが、通路だとか売店だとか、阪神のユニフォームでいても悪目立ちしているような空気はない。先入観がお恥ずかしい。申し訳ない。
カープファンの応援には熱がこもってるだけじゃなくて、どこか温かさを感じる。「ケンカしに来てるわけじゃない、野球を楽しもう!!」みたいなムードだ。
相手チーム席でもちらほら混ざってたカープファンの方々を見てそう感じたのだ。最高の観戦体験になったのは、彼らのおかげだろう。感服であります。
翌日。平和記念公園へ。
朝イチで資料館に
試合後の夜に、平和資料館のチケットをオンラインで取得。朝の8時半からの開館で、9時入場のチケットを確保。
行ってみると朝から結構な人出で、半数くらいは外国人の方。日本人外国人問わずファミリー連れも多かった。
戦前の賑わいから、一転した焦土の広島。
テレビや本で知っているのと、広島で目にするのでは生々しさがちがう。
印象的だったのは、原爆症に苦しみながらしたためたられた日記や手紙。手書きの文字からは、文章の内容以上にいろんなものが浮かんで見えるのだ。
手書きの文字は肉声のようなものだ。被爆した兵隊さんは、日ごとに衰弱していく我が身に、どんな思いで日記を付けていたのか。
日本語が理解できるなら、ぜひ読んでみて欲しい貴重な資料だ。
さらに当時の広島には留学生や司祭などの外国人も多くいらっしゃったそうだ、考えたこともなかった。
外国から日本に来て、まさかあんな目に遭うなんて。母国のご家族の思いを考えると、どうにかなってしまいそうだ。
留学生たちの詠んだ和歌や句も、特別展として展示されていた。その筆跡から、どなたも勤勉で聡明で愛情深い人だったことが、いまこの場にいるかのように伝わってくる。
そしてアメリカ兵捕虜も被爆して亡くなっていたことが、近年になって知られることになった。原爆で亡くなったことが伏せられていたのだ。
老いも若きも、市民も軍人も、敵も味方も無差別に焼き尽くす核の恐ろしさ・罪深さは、「戦争を終わらせるきっかけになった」などという都合のいい解釈で蓋をしてはいけない。確かにそれも嘘じゃないのかもしれないが、いくらなんでも虫が良すぎると思わないか。
奪われた命・狂わされた人生にきちんと向き合って考えてこそ、
「過ちは繰返しませぬから」の重みが感じられると思うのだ。
広島の市民が「過ち」を犯したわけじゃないのに、碑にこの言葉が刻まれていることの意味は、ちゃんと伝わっているんだろうか。
広島に、カープあり
資料館にあった年表に、「広島カープ結成」の文字を見つけた。全体の展示ボリュームからするとささやかななものだが、前日に最高の観戦体験をしていた私は、その文字に目を見開いた。
球団サイトによると、カープの結成は1950年。
1950年 原爆の傷跡残る広島に希望の光 カープ誕生
前年の1949年。被爆後、心の荒廃が案じられる時代で、「健全な娯楽を与えたい、それにはプロ野球を…」という情熱から球団創設が動き出しました。そして特定の親会社を持たず自治体や地域の会社が出資する市民球団としてカープは誕生します。1950年(昭和25年)1月15日に西練兵場(現:広島県庁一帯)で行われた広島カープ結成披露式には1万~2万人の市民が押し寄せたとも言われています。
https://www.carp.co.jp/company/history
原爆で焦土と化した広島に、終戦から4年ほどで立ち上がった広島カープ。球団の歴史は「広島の復興と平和への歩み」そのものだ。
マツダスタジアムで感じた「熱いだけじゃない温かい空気」は、カープが広島市民とともに平和の尊さを伝え続けてきたことの賜物だったのだ。
カープが平和への取り組みを続けていることは周知の事実だが、私はなにも分かっていなかった。マツダスタジアムで観戦し、平和記念公園・資料館で歴史に触れ、それらがひと続きであることに気付かせてもらった。
悲惨な戦争からの復興と平和への希求が、カープ球団の根幹にあった。そして今日も、平和への取り組みは続いているのだ。球団創設からずっと、つながっているのだ。
もし平和記念公園や資料館に行くなら、ぜひマツダスタジアムも訪れてほしい。平和の尊さが、より深く感じられることだろう。
平和記念公園には続きがあった。
マツダスタジアムで、カープが、カープのファンが、平和への思いをつないでいる。
◆
お互いの権利や主張を言い出したらキリがない。その行き着く先が戦争だろう。
そんなことより野球はどうだい?
マツダスタジアムの、ダイヤモンドが呼んでるぜ。
赤いシャツ着てるけど、忌野清志郎さんは中日ファンです⚾️
広島訪問の前半はコチラ。
私からのバトンを受け取ってくださる素敵なレディ。
お渡しするバトンが「た」になったのは偶然ですよ。ふふふ。「た」です、「た」。
【ルール】
前走者の表題のお尻から始まる表題「た」または「だ」
ハッシュタグ『#エッセイしりとり』をつける
可能であればバトンを1〜2人にまわす(ルール変更だそうです)
どうしても忙しかったらパスでOK
文字数は 140〜3,000 程度2026年8月12日〜8月31日23時59分まで
↓ 発信源&詳しくはここ↓
マイキー🐣さん、なんだか楽しそうだったので乗っからせていただきました。せっかくの機会ですから、タグの付いた記事も読ませてもらおうと思います。
どうぞよろしくお願いします✨️
