月10万円で暮らせると知るまで
いつもの椅子に座りながら、2つの銀行口座の残高を、合計していく。
「5年も働いてきたのに、これぐらいしか残っていないのか」
通帳の合計が、100万円だった
当時、30歳が近づいてきて、漠然とした焦りがありました。
これからの将来、どれくらいお金がかかるんだろう。
いくら貯めておけばいいんだろう。
そんな焦りや不安を払拭したくて、YouTubeで資産形成や節約系の動画を見て、勉強してみようかと思いました。
どの動画でも、「まずは現状の把握から始めましょう」と言う。
ほとんど開かない銀行口座をオンラインで確認していきました。
全てを合計した数字が、約100万円。
入社してから、もう5,6年は働いている。
その割に、手元にはこれだけしか残っていない。
不思議だったのは、私は決して浪費家ではなかったことです。
毎日の自炊は苦にならないし、スーパーで特売品を探すのも好きなほう。
むしろ、お金のかからない人間だと、自分では思っていました。
なのに、100万円。
5年で割れば、1年あたり20万円ちょっと。
これから、結婚、子育て、マイホーム、などなど。
もしかすると途方もないお金がかかるかもしれない中で、「きっと年齢が上がれば、給料も上がるんだし大丈夫!」と楽観視はできませんでした。
「東京に行ってきた」がまぶしかった子ども時代
なぜ自分がお金に慎重な人間であるという自負があったのか。
それは、育った家庭環境にあります。
貧乏というほどではないけれど、裕福でもない家でした。
実家に住んでいた頃、兄弟が多かったこともあり、海外旅行に行ったことは一度もないし、東京に遊びに行ったことも、ディズニーランドにも行ったことがありませんでした。
うちにとって、それは「特別な人が行く場所」でした。
今でも覚えているのは、小学校の夏休み明けの教室です。
「ディズニーランドに行って、ドナルドに会ってきた」
「ハワイに行って、マリンスポーツを楽しんできた」
友達が、当たり前のようにそう話す。
私はその輪の中で、羨ましいなあと思いながら聞いていました。
就職してすぐの給料は20万円くらい。
住んでいたのは、家賃6.2万円の1K。1階。
自炊をして、特売を狙って、無理なく暮らしていける。
私はそういう、お金のかからないタイプの人間のはずでした。
社会人なら、当たり前
では、その倹約家の私が、いったい何にお金を使っていたのか。
働き始めてしばらくした頃から、私はある基準を、いつの間にか信じるようになっていました。
SNSを眺めていると流れてくる。
ネットの記事にも書いてある。
街を歩けば、そういう格好の人が目に入る。
「社会人◯年目なら、〇〇万円以上の時計を持っているべき」
「靴は最低でも3万円以上のものを」
「スーツは、やっぱりオーダーがいい」
誰かに強制されたわけではありませんでしたが、それが「ちゃんとした社会人の当たり前」だと思い込んでいました。
オーダースーツを、何着も作りました。
生地を選んで、ラペルの幅を決めて、ボタンやベントの仕様を相談する。
値の張る革靴も、何足か買いました。
面白いのは、これは私にとって浪費という感覚ではなかったことです。
無駄遣いをしているつもりは、まったくなく、むしろ、社会人として当然払うべきコストを、きちんと払っている。
そういう、気持ちのもとにお金を使っていたんです。
もうひとつ、お金の出ていく場所がありました。
お酒です。
私は酒が好きで、周りにも酒好きが多かった。
東京に住んでいれば、飲む場所はいくらでもある。
渋谷、新宿、上野、浅草、代々木上原、西荻窪、三軒茶屋。
隠れた名店を友人と開拓していくのが、何よりの楽しみでした。
今になって思えば、それが当時の私にとって、唯一知っていた社会人の楽しみ方だったんだと思います。
自称倹約家の私は、こうして当たり前と楽しみに、静かにお金を溶かしていました。
そして残ったのが、5年で100万円だったわけです。
クローゼットに残ったのは、革靴だけ
あれから時間が経って、今、私のクローゼットにオーダースーツは1着も残っていません。
残っているのは、革靴。
最初のボーナスで買った、スコッチグレインの定番のストレートチップです。
ソールが擦り減っても、インソールが剥がれても、修理して、今も履き続けています。
もちろん、あの頃の消費を後悔しているわけではありません。
オーダースーツを作る過程で、襟の形の名前や、ボタンの種類、サイドベンツとセンターベントの違いを覚えました。
そういった歴史や文化に触れたこと自体は、今でも面白い経験だったと思っています。
月いくらあれば、私は不満なく暮らせるのか
通帳の残高を見てから、私はお金との付き合い方を、一度ゼロから作り直すことにしました。
その中でやったのが、移住と計測です。
やはり家賃が月々の生活費を大きく占めるので、家賃の安いエリアへ移住しました。
計測は、自分は月にいくらあれば、不満なく暮らせるのかを実際に測ってみることです。
やり方はシンプルでした。
支払いをクレジットカードに一本化し、毎月Googleスプレッドシートに、コピペして正直に記録していくだけ。
現金払いをする機会はほとんどなく、額も小さかったので、そこは無視しました。
少しでも面倒だなと思ってしまえば、継続できないからです。
しばらく続けて、見えてきた数字があります。
月に10万〜15万円あれば、不満なく暮らせる。
多めに見て月15万円としても、年間で180万円です。
5、6年かけて貯めたお金で、私は半年分の暮らしを回せる。
しかも予算の中には、月1万円の「つみたて旅費」枠が入っています。
年にすると12万円。
このお金があるおかげで、国内をふらっと一人で旅するくらいのことは、我慢せずにできます。
数字にしてみて、ふと安心しました。
これくらいを稼げれば生きていけるんだ。
それが分かったことで、焦りや不安、不満を抱えながら、頑張って年収を上げていくことも、昇進を目指すことも、資格をとることも、そこまで必要じゃないと思えました。
過不足無く生活できる以上に稼ぐことは、あくまで私の人生において、余剰であって、必須ではないと分かったからです。
豊かさは、モノの数では測れなかった
たくさんのモノを持っていること。
かつての私は、それが豊かさに近づくことだと、どこかで信じていました。
でも、今は手元にほとんど残っていません。
今の私が思う豊かさは、もう少し違う場所にあります。
「嫌だ、不安だ、苦しい」というマイナスの感情をできるだけ感じずに済むこと。
心穏やかに、日々の暮らしを営めること。
それが、私にとっての豊かな人生であり、豊かな暮らしなんだと、今は思っています。
モノをたくさん持つことでは、私はそこにたどり着けませんでした。
月いくらで足りるのかを、自分の手で数えてみて、はじめて近づけた気がします。
皆さんにとって、過不足無く生きるために必要なお金ってどれくらいですか?
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