5,000円の畑、新幹線40分。栃木で"戻れる移住"を2年間やってみた
夜8時。行きつけの居酒屋で、Iさんと知り合う。
私がバイクに乗っていることを話すと、
「この店の常連で組んでるツーリングクラブがあるんだよ。今度遊びに来てみなよ」
なぜ、"戻れる移住"だったのか
2022年12月、コロナ禍で在宅勤務が中心になったことをきっかけに、東京から栃木県小山市に移り住みました。
九州移住はいつか叶えたい目標ではあったものの、いきなり会社を辞める勇気もなく、初めての移住に心配があったので、もし合わなければ戻れる、リカバリーが効く範囲で実践してみることにしました。
条件は3つ。
週2回の都内への通勤が許容できる距離(時間)であること
畑が借りられて、自然が豊かなこと
帰省しやすいこと
そうやって選んだのが小山市でした。
東北新幹線の停車駅で、上野から40分。電車でも1時間20分で上野駅へ行けます。
駅の近くに大学があるので商業施設も整っている一方、車で少し走れば畑や山が広がっています。
企業の工場や研究所も多く、出張者や転勤者が多い土地柄で、移住者が浮きにくい場所でもありました。
5,000円の畑と、隣のおばあちゃん
小山へ移住をして始めたいことの一つが、野菜作りでした。
小山市が運営する市民農園の区画、約20平米を借りました。
年間5,000円と破格で、広さも一人暮らしが食べる分をつくるには十分過ぎるほどだったので、少量多品種を意識して、旬ごとに十品目程度、自分で育てました。
全く知識が無かったので、図書館で関連する本を10冊ほど借りて、読み漁り、YouTubeでも土作りの方法や育て方を調べながら、見よう見まねで苗作りをしたり、種をまいて試行錯誤しました。
隣の区画にいたのは、70代くらいのおばあちゃん。
モノトーンのシンプルな服を着こなしていて、作業をしていると、よく声をかけてくれました。
「去年白なすが美味しかったから、おすすめだよ」
「すいかも、意外と簡単だよ」
教えてもらったことをそのまま実践して、十分すぎるほど収穫できました。
余った野菜は、飲み屋で知り合った人や、お世話になっていたバイク屋のオーナーにおすそ分けしました。
畑は、野菜を育てる場所であると同時に、知らない土地で人とつながるきっかけをくれる場所にもなっていました。


何とかなる、と気づいた夜
日々を過ごすうちに、知り合いが少しずつ増えていきました。
Iさんに誘われたツーリングサークルも、その一つ。
次々と人がつながっていきました。
バイク屋のオーナーにも良くしてもらいました。
気さくなおじさんで、栃木弁がなんだか落ち着く。
昔からこの土地でバイク屋を営んでいて、些細なトラブルの相談にも乗ってくれる人でした。
私と同い年のSRV250という、古いバイクを探してほしいと頼んだときも、
「昔のバイクだし玉数も少ないから見つけるの大変だと思うけど、そんなに気に入ったなら時間はもらうけど、探してくるよ」
しばらくして、見つけてきてくれました。
そのSRV250で、関東、東北、そして北海道へツーリングに出ました。

毎朝の散歩でも、知り合いが増えました。
チワワを連れて歩いているおじさんと顔を合わせるうちに仲良くなり、栃木のグルメや観光スポットの情報を、よく教えてもらいました。
そんな毎日を過ごしていると、
「自分は一人じゃない。最初は知り合いがいない場所でも何とかなる。人は優しい。」
と気づけました。
移住というと、知り合いも頼れる先もいない状態に、不安を感じるかもしれません。
でも、自ら人が集まる場所に足を運んで、「何もわからないので、いろいろ教えてください」という姿勢でいれば、みんな喜んでいろんな情報や人をつないでくれました。
怖がる必要はないんだな、と思いました。
おかげさまで
栃木に来て2年が経った頃、私は一度、東京へ戻ることを決めました。
理由については、この記事で書きました。
2年間という短い期間だったけれど、そこで経験したことと、出会った人たちの温かさは、今でもはっきり覚えています。
その方々のお陰で、いま念願だった九州への移住も、不安なく踏み出せます。
小山の皆さん、本当にお世話になりました。またいつかお会いしましょう。
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