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「あと10年はこうしていくよ」と、87歳は笑顔で言った

会社を退職し、これからの新しい暮らしに向けて住まいを探す日々を送っています。
今回は、その途中で出会った、ある方のお話です。

2日間の雨がやんで、青空が広がる心地よい天気でした。
私が訪れた移住候補地にある畑では、草刈り機の音が響いていました。

日焼けした肌に、薄いグリーンの作業着を着た一人の男性が、黙々と畑の草を刈っていました。

少し手を休めたタイミングで、思い切って声をかけてみました。

お話を聞いてみると、なんと今年で87歳になられるとのこと。
重そうな草刈機を軽々操り、背筋もまっすぐで、腕相撲したら私が負けそうなくらい力強く見えました。

「今はね、こごみやウド、こしあぶらなんかを育てていてね。今日はその周りの草を刈っていたんだよ」

そう言って、育てている山菜たちのことを教えてくれました。

「自分で食う分は自分で作りたいもんな」

彼が何気なく口にした、この言葉が私の胸に深く刺さりました。

口に入るものの安全性がどうとか、日本の食料自給率の低下がどうとか、
そういう大きい物事のことではなく、もっと人間の根源的な部分、食べること、生きることそのものに対する考え方に、
私は心から深くうなずいて、自分の中でうまく言語化できなかった部分がはっきりしたように感じました。

今まで、お金を払って何かを消費することでしか生活を満たせないサイクルの中にいました。
でも、自分の手を動かし、土に触れ、食べるものを作り出す。
それこそが、「生きている感覚」なのではないか。

彼の言葉は、私が目指したい暮らしの核心を突いていました。

さらに、彼はこう続けました。

「僕はね、あと10年はこうしていくよ」

そう語る彼の顔は、満面の笑顔でした。
87歳にして、「あと10年、この場所で現役でいたい」と断言できる人生。
なんて格好よくて、豊かな生き方だろうと思いました。

「天ぷらにしても、湯がいてもおいしいぞ」

そう言って、まだ柔らかい新芽の「こごみ」を収穫して、
おみやげとして私に持たせてくれました。

手渡されたこごみの柔らかさと瑞々しい緑色、そして人の優しさを感じながら、私は帰路に着きました。
帰り道、こごみの入った袋を手に、しばらく彼のことを考えていました。

知らず知らずのうちに焦っていた自分

実は、心のどこかで何となく焦っていたことに気づかされたんです。
「理想の暮らしを、一刻も早く実現しなくては」
「せっかく退職して、ようやく夢を叶える一歩を踏み出せたのだから、早く形にしなきゃいけない」

そんな風に、目に見えないプレッシャーを自分自身にかけていました。
ある種の都会病なのかもしれません。

より早く、より効率よく、より良く・・・。

振り返ってみれば、これまでの生活は、常に何かに追われていました。

受験が終われば、大学在学中に就職活動をして内定を取り、
会社に入れば、在職中に次の転職先を見つける。
そんな風に「途切れてはならない1本の線路」の上を、走り続けてきたんだなと。

まるで、途中で止まることが許されない電車のように、
分岐点が迫ってきても、スピードを落とすことはできない。
窓の外の風景が目で追えないほどのスピードで流れ去っていく中で、
次の選択を迫られ続けてきました。

私もまた、そのループの中に長く身を置いていたからこそ、
立ち止まることや、ゆっくり進むことに不安を感じていたのかもしれません。

残りの人生、まだ60年もある

しかし、87歳の彼の笑顔と、言葉が、私の思考の癖に改めて気づかせてくれました。

効率よく最短ルートで理想にたどり着く必要なんて、ない。
もっと段階を経て、グラデーションのように少しずつ、じっくりと前に進んでいけばいい。

人生はまだ先が長い。
もし彼のように87歳、いやそれ以上まで生きるとしたら、
私にはまだあと60年もの人生が残されています。

急いで答えを出して、完成された暮らしを今すぐ手に入れる必要はありません。
失敗したり、迷ったりしながらも、
自分で食べるものを1%ずつでも作り、生きるためのスキルをひとつずつ学んでいく。

これから始まる新しい生活、焦らず、じっくりと、自分に正直に歩んでいこうと思います。

今回の九州滞在で、無事引っ越し先も見つかりました。
焦らずにいたら、自然と答えが出てきた気がします。
そして、もっとこの土地が好きになりました。

皆さんの、「あと10年はこうしていきたい」と思えることはなんですか?


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