25歳1人暮らし3年目女、20年来の親の悩み
こんにちは。高校5年生です。
年末のとある日、出勤前にPRプランナーの試験勉強をしようとテキストを開いたのですが、気持ちがモヤモヤして集中できませんでした。モヤモヤしているのは、親との関係です。1人暮らしを始めて3年、今もこうして悩むとは想像もしておりませんでした。勉強が手につかないので、ぽつぽつと考えたことを書き出してみることにします。とても正直な内容になるので、リアルの私を知っている方はこの先、読まないでいただけますと幸いです。
モヤモヤしたきっかけは、母へ誕生日プレゼントを贈ったことです。郵送したプレゼントが届いたと、母から連絡がきました。「ありがとう」と言ってもらったもののプレゼントに関する言及はなく、「ああ、気に入らなかったんだな。しょぼかったか、要らないものだったんだろうな」と思いました。
以前、noteに書いたかもしれませんが、私の母は貰い物に厳しいです。目が肥えているという意味ではなく、何か文句をつけないと気が済まないというタイプです。全員に等しくそうだったらまだ納得がいくのですが、文句をつけられるかは母の気分とその相手次第です。私は特に母から強く当たられる対象なので、プレゼントが喜ばれたことの方が少ないですね。たまに喜ばれたのかな?というときも、本当に喜んでいるのか疑ってしまうほどです。渡さなかったら渡さなかったでしばらく取り返しがつかないほど機嫌が悪くなってしまうので、小さな頃から顔色を見てはよくよく選んだ物を渡してきました。ちなみに、弟はハズレの物をあげても笑って済まされます。普段は言わない私でも、このときばかりは「男の子は良いよね」と思います。

前年は高価な物を渡したのですが反応が悪く、あげてから一切使っていないようで、実家に帰ったときどこに置かれているのか分かりませんでした。処分したのかもしれません。かなり考えて買いましたし、結構高かったので、頭とお金を使っても喜ばれるわけではないんだなとショックでした。今年のプレゼントも色々考えて、お店を回って選びましたが、前年ほど高価な物は避けました。どうせ喜ばれないのに、余分に身銭を切りたくないという気持ちもありました。それが気に入らなかったのでしょうか。実家を出てもなお母の顔色に振り回されている私が情けなく、1人暮らしをすれば解放されると信じていた私が泣いていることでしょう。
母との関係性については、過去のnoteでも色々と書いてきました。1人暮らしをして衝突する頻度が減ったので忘れかけておりましたが、noteを読み返して逃げ場もなく辛かった日々を思い出しました。
実家を出て以降、私は上手く実家との距離を取る方法を考えてきました。しかし、未だ実行できておりません。一般的には親と子は仲が良く、帰省したり親とコミュニケーションを取ったりするものだと思われていることに、上手く折り合いをつけられないのです。職場の人に「正月は帰らないの?」と何度も聞かれるたび、帰りたくない人がいることを知らないんだろうなと思いながら、交通費と混雑のせいにしております。
また、働くにも、生活するにも、どうしても親の存在が必要な場面があります。そのときに出てきてもらう親がいないと困るので、ばっさり縁を切ることができないのです。会社もそうですし、お付き合いをしているCさんに「ご両親に挨拶したい」と言われたときもそうです。血縁はお金で買えないので、どんなに一緒にいて辛い親でも世間体を保つために親子として振る舞ってもらえるよう動かなければなりません。
帰省の頻度を減らしても親との縁が続いている以上、もはやあまり気持ちがこもらず貢ぎ物と化しているプレゼントを母の日や誕生日に贈らなければならないのも、正直なところ、疲れを感じております。選ぶのも送るのも苦労しますし、気に入られなかったんだとがっかりするのも悲しいです。

ちなみに親は私が実家を出て以来、表面上優しくなりました。私が経済力を持ち、親元から離れられる身になったからだと思います。これまで散々私を痛めつけてきて、私が対抗できる力を持ったら甘い顔をするなんてずるいと悔しくなります。過去のことはなかったことにして、今の状態で元から親子関係が良好だったかのように振る舞えば、親は勝ち逃げじゃないかと思うこともあります。
あと、目立たないけれど辛いのは、私は過去から脱して1人前の大人としてまともに生活していきたいのに、私がまともに生きれば生きるほど、親の育て方が肯定されていくような気がすることです。自分自身、とっくに道を外していてもおかしくない育て方をされていると自覚しておりますが、実際に道を外しておらず、まともに生活していることで親が称賛されるのには納得がいきません。「親御さんの育て方が良いのね」と言われるたび、ひねくれているのは分かっていても「私の努力なのに」と密かに悔しがっております。友人や同期と過ごすときにお金を使うのは何も思わないのに、親にお金を使うことにひどく抵抗があるのは、親として本来果たすべきだったことを私にしないまま、よその親が子どもからされていることと同じことをしてもらえるのがずるいという気持ちからです。こう思うのは、私がおかしいのでしょうか。

親の接し方、育て方は、私の金銭感覚にも影響を与えました。世の中はお金が全てだ、お金がなくなったら何もできない、お金がなくなったら誰も手を差し伸べないと子どもながらに知り、お金が減ることを極端に嫌うようになったのです。これが、今もなお続く私のケチな性格の源泉です。今でも、金額に関わらずお金を使うか使わないかを選ぶとき、何かきっかけや理由がなければ使わないことを選んでおります。目的なくお金を使わないように振る舞ってしまいます。
2026年は所持金を正しく把握し、目的なく貯めず、有意義に使う練習をしたいと思っております。お金がいくらあっても不安で、お金が減ることにただならぬ恐怖を覚えてしまう自分を、20代後半で克服したいです。

親との関係は、今後どうするかものすごく迷っております。近づき過ぎないようにとは考えておりますが、親が必要な場面も出てくることから、ばっさり切る勇気は出ません。これまでたくさん切るべきタイミングはあったのに我慢してきて、今さら切ったらこれまでの苦労が水の泡という気持ちもあります。小さい頃の私は悲しむかもしれませんが、いっそ過去はなかったことにして、元から関係の良かった親子を演じるべきでしょうか。きっとその方が、これからの私にとっては幸せだと思います。過去の苦しみを覚えていると、悔しくて悔しくてたまりませんが……。
以上、「25歳1人暮らし3年目女、20年来の親の悩み」でした。
最後までお付き合いくださってありがとうございました。
次の投稿でお会いしましょう!
