AIで全部自動化できるようになって、逆に「人間がやる仕事」を決め始めた
どうも、久我レイジです。
最近、AIに任せる仕事がかなり増えました。
文章を整理してもらったり、画像を作ってもらったりするだけではありません。
WordPressを作りながらコードを調べてもらい、バグを探し、修正し、テストする。場合によっては複数のAIを動かして、別のAIがやった仕事を監査させることもあります。
少し前の僕だったら、ここまでAIに任せるとは思っていなかった気がします。
最初は単純に面白かったんですよね。
「これもできるのか」と分かるたびに、じゃあ次はこれ、その次はこれ、と任せる範囲が広がっていきました。
ところが最近、少し考え方が変わってきました。
AIでどこまで自動化できるのか。そこだけではなく、どこを人間に残すのかまで考えるようになりました。
AIに任せられる仕事が、想像していた以上に増えた

僕は今、AIと一緒にWordPressを作っています。
僕自身はプログラマーではありません。
それでもAIにコードを読ませて、問題を調べてもらい、修正案を出してもらう。実装したものをテストして、さらに別の視点から監査する。
最近では、ひとつのAIに全部を任せるのではなく、役割を分けて動かすことも増えました。
発信でも、AIに任せる部分はかなり増えています。
僕が話したことや経験したことを整理してもらったり、文章を推敲したり、タイトル案を出してもらったり、画像を用意したりする。
さらに最近考えているのは、その先です。
WordPressやnoteなどの編集画面へ文章や画像を持っていき、公開直前の状態までAIに準備してもらう。
僕が毎回コピーして、貼り付けて、画像を配置して、細かな体裁を整えて……とやっていた部分まで減らせる可能性があります。
ここまで来ると、当然ひとつの考えが出てきます。だったら、そのまま公開までやってもらえばいいんじゃないか。
技術的に可能な範囲が広がっていけば、そう考えるのは自然です。
「できる」と「任せる」は、同じではなかった

でも、WordPressの開発やAIエージェントの運用を実際に続けているうちに、この考えが少し変わりました。
AIはかなり仕事をしてくれます。
僕よりコードに詳しいのは当然ですし、大量の情報を読んだり、何度もテストしたりする仕事では、とても僕一人では追いつけません。
だからAIを信用していないわけではありません。
むしろ、信用できる仕事が増えてきたからこそ、「できるなら全部やらせる」で本当にいいのか?と考えるようになりました。
僕が作っているKR LABでは、実際に複数のAIへ役割を分けて監査させたことがあります。
ひとつのAIだけに確認させるのではなく、違う役割を持ったAIにそれぞれ別の角度から見てもらい、さらに独立したAIにも確認させる。
すると、ひとつの視点だけでは拾えなかった指摘が出てきました。
この経験から、「AIが確認したから大丈夫」ではなく、AIの仕事そのものをどう確認するかまで考えるようになりました。
それでも最後に本番へ入れるかどうかを決めるのは、僕です。
たとえば発信なら、文章や画像を公開できる状態まで準備することと、実際に世の中へ公開することでは意味が違います。
WordPressでも、コードを調べることと、本番環境で何かを変更することではリスクが違う。
まして、ファイルの削除や権限に関わる操作なら、なおさらです。
だからKR LABでは、AIに作業をさせ、必要なら別のAIに監査させる。でも、重要な変更については最後に人間が確認する。
いわゆるHuman Gateを残す考え方です。
最初からこう考えていたわけではありません。
AIを使い込んで、任せられる範囲が広がっていった結果、逆に「ここは僕が持っていた方がいい」という境界が見えるようになってきました。
AIが賢くなるほど、僕の仕事は「作業」ではなくなっていく

これは発信でも同じだと思っています。
以前なら僕自身が時間を使っていた整理や調査、推敲、画像制作、入稿準備。こうした周辺作業は、AIによってかなり軽くできるようになりました。
おそらく、この先は公開や配信まで含めて、もっと簡単に自動化できるようになっていくと思います。
そこで僕がやることは何なのか。最近は、その方が気になります。
このテーマを今書く意味があるのか。本当に僕が伝えたい内容になっているのか。WordPressなら、この変更を本番へ入れて大丈夫なのか。そもそも、その機能を作る必要があるのか。
そして、これは本当に外へ出していいのか。こういうところは、まだ僕が判断しています。
以前は僕自身がやっていた「作業」のかなりの部分をAIへ渡したことで、僕が見る場所が少し上に移った感覚があります。
手を動かす時間が減って、決める時間が増えた。
これは、自分の中では結構大きな変化でした。
もちろん、この境界がずっと同じだとも思っていません。
今は僕が確認している仕事でも、AIの精度や仕組みが変われば、半年後には任せているかもしれません。
逆に、一度任せてみたけれど、やっぱり人間が見た方がいいと戻す仕事も出てくると思います。
だから「ここから先は絶対に人間の仕事」と決めたいわけでもないんですよね。
100%自動化が、完成形だと思わなくなった

人間が触らなくても動き、寝ている間にもAIが仕事を進めてくれる。そこまで仕組みを作れたら、やっぱりすごいと思います。
ただ、実際にAIへ仕事を渡していくと、100%という数字にはそれほど意味がないのかもしれないと思うようになりました。
たとえば90%をAIがやって、残った10%を人間が判断する。
その10%があることで安全に運用できたり、自分の発信として責任を持てたりするなら、無理に100%へ近づける必要はありません。
むしろ、人間が全部やっていた頃より、その10%にちゃんと時間を使えるようになる。
僕にとっては、そちらの方がAIを使う意味として大きくなってきました。
AIに何をさせられるかを考えるのは、もちろんこれからも続けますし、新しいことができるようになれば、たぶん僕はまた試すと思います。
でも、そのたびに一緒に考えることが増えました。これは、本当にAIに渡していい仕事なのか。
AIがさらに賢くなれば、この答えも何度も変わるはずです。そのとき僕がどこまで手を離しているのかは、まだ分かりません。
ただ、全部を手放すことがAI活用のゴールではない。
少なくとも今の僕は、そんなふうに考えるようになっています。
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