Substackとは何か。Xで届かなくなったnote書きが始めて感じた新しい読者導線
どうも、久我レイジです。
昨日から、Substackを始めてみました。
なんとなく登録して、試しにいくつか投稿してみたくらいだったんですが、思っていたより反応がありました。
まだ3つほどポストしただけなのに、反応がドンと来る。しかも、なぜかフォロワーとは別に、メール購読者も3名ほど増えました。
もちろん、数字だけを見れば大きな成果ではありません。でも、始めたばかりの発信先で、まだ何も積み上がっていない状態から人が反応してくれるというのは、ちょっと不思議な感覚でした。
こういう「届いた感じ」を、最近のXではあまり味わえていなかったんですよね。
昔は、1万、5万、10万インプレッションくらいの投稿を、タイムラインでも普通に見かけていました。
自分の投稿だけではなく、全体の空気として、もっと外側に広がっていく感じがあったんです。
でも今は、数十、数百、良くて数千。
かなりバズって、ようやく1万、数万以上に届くようなケースが増えている気がします。
もちろん、これは僕の体感です。
すべての人に当てはまる話ではありません。
ただ、自分のタイムラインを見ていると、フィルターバブルが強くかかっているようには見えます。
似た考え、似た界隈、似た話題が、同じところをぐるぐる回っているような感じがある。
その中でSubstackを触ったとき、少しだけ違う風が吹いたように感じました。
今回は、Substackをまったく知らなかった僕が、実際に触ってみて感じたことを書いてみます。
noteを書いている人、Xに疲れている人、個人クリエイターとして自分の発信先に悩んでいる人には、少し引っかかる話かもしれません。
Substackとは何か。初心者が日本語で使って感じたこと

Substackを簡単に言うと、個人が自分のメディアを持ち、読者に直接届けられるサービスです。
Xのように、短文の文章をポストすることもできるし、ブログのように記事を書けるだけではなく、メールマガジンのように購読者へ届けることもできます。

さらに有料購読、音声、ポッドキャスト、ライブ配信のような届け方も用意されていて、最初に思っていたよりもずっと幅がありました。
僕は最初、Substackを「海外版のメルマガ」くらいに思っていました。でも実際は、文章を書いて終わりの場所ではありません。
読者との接点を、いくつかの形で持てるサービスになっている。
ここは、けっこう意外でした。
noteは記事を積み上げる発信先として強いし、Xは短い言葉で反応を生む場所としてまだ力があります。YouTubeには、映像を作品として残せる強さがある。
ではSubstackは何なのか。
今の僕の感覚では、「届け方をまとめて持てる場所」に近いです。文章で読みたい人には文章で届き、耳で追いたい人には音声で届く。継続して受け取りたい人にはニュースレターとして届き、もっと近い距離でつながりたい人にはライブ配信のような形もある。
個人で作品や文章を出している人ほど、ここは意外と効いてくる気がします。
受け取ってくれる人たち全員が、同じ読み方や聞き方をしているわけではありません。じっくり読みたい人もいれば、作業中に聞きたい人もいる。リアルタイムで参加したい人もいれば、あとからメールで読みたい人もいる。
発信する側が、最初から全部を使いこなす必要はないです。ただ、文章だけではない届け方が最初から用意されている。その時点で、僕の中では少し見え方が変わりました。
Xで届かない時代に、Substackが気になった理由

Xは今でも強い場所です。
速報性があり、交流もしやすく、何かを始めたときにまず知らせる場所としては便利です。僕もXをやめるつもりはありません。
ただ、最近は疲れる場面も増えました。
特に生成AIまわりの情報は、ものすごい勢いで流れてきます。新しいモデルが出た、この機能がすごい、もう〇〇は終わる、これを知らない人は遅れる、今すぐ使え。
そういう温度の投稿が、毎日のように流れてくる。
もちろん、生成AIの進化は本当にすごいです。
僕自身もかなり使っていますし、創作や発信にとって欠かせないものになってきています。
ただ、Xではその進化を強調する投稿が増えすぎて、少しパターン化してきたようにも感じます。
最初はインパクトがありました。「そんなことまでできるのか」と驚いたし、自分も試したいと思った。でも、毎日のように同じ温度で「革命」「終わった」「乗り遅れるな」と流れてくると、だんだん読む側も疲れてきます。
これはAIが悪いという話ではありません。
むしろ、AIはこれからも創作や仕事を大きく変えていくと思っています。ただ、Xでは情報の中身よりも、反応されやすい見せ方が前に出すぎることがある。
本当は、そのツールをどう使うのか。自分の作品や仕事にどう落とし込むのか。どこに可能性があって、どこにまだ限界があるのか。そういう話こそ読みたいのに、タイムラインでは強い見出しだけが高速で流れていく。
そこに少し、違和感が出てきました。
Substackに可能性を感じたのは、ここでもあります。
一瞬でインプレッションを取りにいく場所ではなく、もう少し落ち着いて書ける。読む側も、たまたま流れてきた投稿を反射的に見るというより、読みたいと思って購読する。
もちろん、Substackでもいずれ似たようなことは起きるかもしれません。伸びる型ができれば、それを真似る人は出てくるでしょう。
でも少なくとも今の段階では、Xの過剰な速さから少し距離を置ける場所に見えています。
発信する側としても、読む側としても、ここは思っていたより大きな違いかもしれません。
noteとSubstackの違い。noteを捨てずに試す理由

ここは誤解されたくないところですが、僕はnoteを捨てるつもりはありません。
むしろ、noteはこれからも本拠地として育てていきたい場所です。
記事を積み上げられるし、検索にも残りやすい。自分の考えを整理して、資産として置いておける場所でもあります。
だから、Substackを始めるからnoteをやめる、という話ではないんですよね。僕の中では、noteは本拠地。Substackは、そこから少し横に伸ばす別の読者導線。
このくらいの距離感が、今はちょうどいいです。
noteは、記事を読みに来てもらう場所として強い。
Substackは、読者に届け続ける仕組みとして面白い。似ているようで、重心が少し違います。
noteには「記事を置く土台」としての安心感があり、Substackには「次も届ける導線」としての性格がある。そう考えると、どちらか一方に決める必要はないと思えてきます。
検索される記事、長く読まれる記事、体系化したノウハウはnoteに置く。
近況や考えの途中、濃い読者に届けたい話はSubstackで試す。
今の僕には、このくらいの使い分けが現実的に見えています。それに、Xだけに告知を頼るのも少し危ない。noteに記事を置いて、読まれるのを待つだけでも足りない。
YouTubeに作品を残しても、それを知ってもらう入口がなければ届かない。そう考えると、Substackは「もうひとつの投稿先」というより、「読者との関係を切らさないための接点」なのかもしれません。
Substackの使い方。個人クリエイターは発信先を分けた方がいい

個人クリエイターにとって怖いのは、発信先をひとつに依存しすぎることです。
Xだけに頼ることも、YouTubeだけに寄せることも、noteだけで完結させることも、それぞれに強さはあります。
ただ、ひとつの場所の仕様変更や空気の変化で、届き方が大きく変わってしまいます。
僕はメタバースドラマを作っていますが、これは本当に痛感しています。どれだけ熱量を込めて作品を作っても、外側に届く導線が弱いと、そこにあること自体が伝わらないことがある。作っている側からすると、これはなかなかきついです。
だからこそ、発信の入口はいくつか持っておきたい。
僕の場合、Xは日々の発信や交流の場所として使い、noteは検索や資産記事を積み上げる本拠地として育てる。YouTubeには作品本編や映像を残し、Substackでは濃い読者とつながるための実験をしてみる。
こう分けると、無理に全部を同じ役割にしなくていいんですよね。
Substackでいきなり稼ごうとするのではなく、まずは自分の発信に合うかを見てみる。届けたい相手との距離感がどう変わるのかを観察し、noteやXから流れてくる人がいるのかを確かめる。
昨日から始めたばかりの僕が言うのも変ですが、3つほどポストして購読者が3名増えたというだけでも、少なくとも何かしらの反応はあると感じました。
それが一時的なものなのか、継続して伸びるものなのか、日本語圏でどこまで広がるのか。そこはまだわかりません。
でも、わからないからこそ、今のうちに触っておく価値があると思っています。
Substackの収益化と料金。まずは無料で読者との接点を見てみたい

Substackには有料購読の仕組みがあります。
これは個人クリエイターにとって魅力的です。広告に頼らず、読者から直接支えてもらえる形は、かなり理想に近いと思います。
ただ、僕は今すぐ収益化する場所として見ているわけではありません。
日本で有料運用するとなると、手数料や税務、特商法表記、プライバシーポリシーまわりも出てきます。ここを何も見ずに勢いだけで進めるのは、ちょっと怖いと思います。
まず無料で触りながら、自分の発信と相性がいいのかを見てみる段階でいいと思っています。
どんな人が購読してくれるのか、文章だけではなく音声や作品の裏側とも相性があるのか、noteとは違う読まれ方をするのか。そのあたりを、もう少し見てみたいんです。
確かめる前に有料化だけを急いでも、たぶん続かない気がします。今の段階では、Substackでいきなり大きな収益を作るというより、新しい接点を作ることの方が大事に見えています。
Substackは日本でも使えるのか。これからの個人発信を考える

たぶん、これからはひとつの場所に全部を背負わせるのは難しいんだと思います。
XにはXの使いどころがあるし、noteには積み上げてきた記事の重みがある。YouTubeには作品を残せる強さがあって、Substackには、まだうまく言えないけれど、読者と少し違う距離でつながれる感じがある。
もちろん、全部をきれいに使い分けられるほど器用ではないんですけどね。
それでも、自分の作品や考えをどこに置き、どこから届け、どこで関係性を深めるのか。そのあたりを、そろそろちゃんと考えないといけないのかもしれません。
僕もまだ、Substackについては実験段階です。
だから、この記事で「これが正解です」と言いたいわけではありません。
むしろ、自分でも触りながら、ああでもない、こうでもないと考えている途中です。
でも、ひとつだけ言えるのは、Xに疲れている人や、noteを書き続けている人、そして自分の作品をもっと長く届けたい個人クリエイターにとって、Substackは一度見ておく価値があるということです。
すぐに稼げる場所ではないかもしれません。
でも、これからの個人メディアを考えるうえで、何かヒントがある。
僕はそんなふうに感じています。
次回は、note・X・Substackをどう使い分けるか。個人クリエイターとして、どこに書き、どう届けて、どんな形で読者とつながっていくのか。そのあたりを、もう少し自分の使い方に寄せて考えてみます。
まだ答えは出ていません。ただ、触ってみないと見えないものがあるのは、たぶん間違いない。だからもう少しだけ、この場所の空気を見てみようと思います。
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