修士はNPB,博士はMLB

うちの子が「今日,物知り博士って言われたんだよ!」って嬉しそうに話してくれた。
「父ちゃんもね。実は博士なんだよ。」
「父ちゃんも,物知り博士なの?」
笑いながら妻が言った。
「父ちゃんは,物知らない博士だよ。」
どうも,物知らない博士です。

私と妻は,大学院の同じ研究室出身だが,
彼女は学部時代からY先生について心理学を学んでいた。
一方,私は数学科出身。
心理学の知識は,妻より圧倒的に乏しい。
それに,キヨさんのゲーム実況や山田五郎さんのyoutubeばかり観ていて,
ニュースやテレビ番組すらほとんど見ない。
「え,そんなことも知らないの?」というレベルで,
きっと世間一般の「常識」すら知らない部類だと思う。
私の数学科時代は,以下。

で,そんな私が,なぜ「博士」なのかというと,
一応,「研究のプロ」として認めていただいたから。
博士(心理学)という学位をいただいたが,
それは,心理学についての「物知り博士」ではなくて,
心理学の研究者として,認められた,ということになる。

修士・博士 とは

大前提として,大学院のあり方は,学問領域によって大きく異なる。
特に科学か,そうじゃないかというところでの差は大きい。
だからこれから述べることは,他の領域に当てはまることも多いかもしれないけど,
基本的には,私が専門とする心理学中心の話だと思ってほしい。

大学院って何をするところなのか,というと,
実は,研究者を養成するところだ。
だからこそ「〇〇大学院△△研究科」という名称になっているし,
大学院の入試では,自分が何をどのように研究したいかプレゼンする。
(もちろん,英語や専門分野の筆記試験もある。)

そして,修士課程2年間+αと,博士課程3年間+αがあって,
大学から認められれば,それぞれの学位が授与される。
私の超個人的な感覚では,
「修士」は,日本のプロ野球(NPB)選手,
「博士」は,メジャーリーガーのようなものだ。
修士は国内で活躍できるプロの研究者,
博士は世界で戦える研究者。
もちろん,博士号を持っていても全員が一流選手とは限らないが,
一応「MLBに行けるだけの力がある」と評価された存在である。

そんなわけで,私自身は,まだ大学院生を指導していないのだけど,
もし指導するとするなら,学位取得には以下のような基準を設ける。

修士の条件

・筆頭著者で,査読付き論文の業績を1件以上持っていること
・学会発表の経験があること

筆頭著者(first author)とは,まあその論文において中心となった人。
査読付き論文というのは,きちんと第三者(査読者)が評価して,
「これはこの論文に載せても大丈夫」と判断されたもの。
査読は,いろいろコメントが来て,それに対応して修正することも求められる。

この査読付き論文を書くには,いろいろなプロセスがある。
研究のプロセスは,以下のリンクに一部載せてるけど,

少なくとも,以下のことは求められる。
・倫理審査を通す(研究計画を認められる)
・論文化する
・査読でもらったコメントに耐えて,修正していく

一応,これだけのことができて,
きちんと修士論文を提出できれば,
まあ,プロの研究者として認めても良いと思う。

博士の条件

博士については,より厳格な基準を考えている。
・筆頭著者で,査読付き論文の業績を3件以上持っていること。
・そのうち,1件以上は,国際誌で,プレレジのプロセスを経ていること。

国際誌というのは,その名の通り国際誌なので,
英語の論文ということになる。
プレレジ,というのは,プレレジストレーションの略で,
研究をする前に,研究の計画や仮説,分析方法などを事前に登録する制度で,国際的には,スタンダードになりつつある。
科学的な透明性と信頼性を高めるためにも,プレレジの経験は必須だと思う。

そして,博士論文が書ければ,まあ一応,
メジャーレベルの研究者として,認めても良いか思う。

とか偉そうに言いながら,
私は,修士の時は,査読付きの国内誌の論文が1本,
博士の時は,査読付きの国内誌の論文が3本だったので,
MLBレベルとは言えなかったんだけどね。
最近やっと英語論文が採択されたペーペーなんですけどね。

でも,というかだからこそ,
これからの研究者としての人生を歩むうえで,
修士,博士には,これだけの基準をクリアしてもらいたい。

大学院での学び

日本の大学では,
学部は4年で,一般的には124単位必要となる。
平均的に考えれば,31単位だけど,
通常,3年で大体取り終え,4年は卒論だけ,という学生も少なくない。

それと比較すると,
修士は2年で30単位が一般的で少ない。
しかも研究指導や修論で,8単位くらい計算されるので,
講義や演習などの授業は20単位程度(2年で,10コマくらい)で,単位はまにあう。

博士は3年で20単位でもっと少ない。
私も博士時代は,授業そのものは週に1~2コマ程度だった。
そう考えると,博士が必ずしも「物知り博士」ではないのは,
つまり私が「物知り博士」ではないことは,
いたしかたないのではなかろうか。

でもし,私が大学院で院生を指導するなら,こんな指導になる。
・私自身の研究の一部を分担してもらう
・それと並行して,自分の研究をゼロから作ってもらう

私自身の研究のを一部分担してもらうのは,
いろんな研究の技術を身につけてもらうため。
テキストで学ぶ研究法だけではなくて,
実践的な技術を実際にやりながら身につけてもらう。
もちろんその内容で,学会発表してもらったり,論文も書いてもらう。
学生の学びにもなるし,業績にもなるから,
研究者として,プラスになることも多い。

ただ,それと並行して,
自分の研究もゼロから立ち上げてもらう。
私の研究に加わるだけでは,研究を立ち上げる経験ができない。
もちろん,先行研究を読んだり,私も含めて周りの研究者を参考にしながらで良いので,
オリジナルの研究を立ち上げ,それを成果につなげてもらう。

私自身は,博士時代,
自分の研究をゼロから立ち上げて,それを進めていった。
これは師匠のY先生の指導方針で,
それがなかなか難しそうな院生にだけ,先生は
「もう〇〇が忙しすぎてさあ。
 毎日泣きながらやってるんだよ。
 ねえ,ちょっとだけ研究を手伝ってくれるとうれしいんだけど。」
と声をかけていた。
そういう意味では,私はわりとアイデアがポンポン出る方だったので,
研究計画をプレゼンすると,
「素晴らしい。完璧じゃん。
 あとはこれをやって,分析して,論文を書くだけだねー。」
とY先生は地獄のようなことを笑いながら言ってくれていた。

ただ,私はY先生にもっと技術的なことを学びたかったし,
学べることが多かったんじゃないかと思っている。
だから,自分が指導するときはあえて,
この二本を並行させていきたい。
そもそも研究者は,いくつかの研究テーマを同時並行で進めるから,
まあ,こういう経験をしても良いだろう。

さらに,博士課程の院生は,
学部生の卒論指導も一部お願いする。
また,TAや非常勤講師などの経験も積んでもらいたい。
日本のアカデミアで研究者になるには,
「教育」が求められる。
だから,その経験もしてもらいたいし,
学生を指導する経験をすることで,実はいろんな学びを得ることができる。
私も院生時代,卒論を指導することで,研究計画の基本的なことなど,
いろんなことをクリアにすることができた。
(それはいまも,学生を教えることで,繰り返している。)

ということで,
大学院は単位を取る以外に,
研究者としての能力を伸ばすためにやるべきことが実はたくさんある。
私のゼミの説明を聴いて大変そう,って思った人もいるかもだけど,
一応,NPB,MLBで通用する研究者を育てるために,
私なりに考えた方法だ。
この条件を満たせば,MLBの舞台でも,
十分に戦うことができるだろう。

ただ研究は,
だれも知らなかった新しい知見を発見していくものだ。
「こうなんじゃないかな」と仮説を立てて,
それを示すことができる研究方法を考えて,
その結果から,仮説を立証していく。

そして新しい知見を発見できたその瞬間,
それは人類の中で,最初に自分が発見した事実になる。
私はこの「研究」という営みが,最高に楽しい遊びだと思っている。
だからこそ,是非多くの人に,
物知り博士 ではなく,
研究者としての博士になって,
MLBレベルで,この遊びを一緒に楽しんでもらえたらと思う。

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