【連続小説】2025クライシスの向こう側 21話
連続小説 on note 『2025クライシスの向こう側』
第2部 クライシスの向こう側で
第21話 A Place In The Sun -前編 -
1 on the road to the village "Shangri-la"
アイソンが中心となって
立ち上げた「シャングリラ村」は、
徳島県・剣山の麓に築かれている。
理念は「人が自然と共に、
自立し合い、与え合って生きること」。
農と食、学びと対話、自然のリズムに
寄り添う暮らしが実践されている。
矢追による心と身体の整え方、
雪之丞による循環型の暮らし。
彼らのレクチャーを受ける村人たちの姿がある。
そして、大河内が開発したAIが
共存する“ネオ縄文的共同体”。
多様な文献が揃ったデジタル図書館では、
音楽データも自由に視聴できる。
最先端のテクノロジーは、
大河内率いるデジタル班が手がけている。
子どもたちは外で遊び、ゲームもする。
その延長で家を建てるのを手伝い、
食べ物を育て、収穫することも学ぶ。
デジタルから歴史や科学を学び、
職人たちから焼き物、左官、
大工仕事を継承していく。
単なる「教科書の世界」ではなく、
経験・可能性・自己判断を重んじる学びの場だ。
染め物に挑戦する中学生もいれば、
同級生は大河内のもとで
ロボット工学を学んでいる。
村人たちは理念を単なる理想論にせず、
日々の実践に努めている。
アイソンは建築に関わり、
時折フレアから詩や曲の意見を求められ、
アドバイスをする。
そして現在、
久しぶりに長編小説を執筆している。
きっかけは、大河内とヌースの議論。
フレアの子供時代、
そしてあるYouTubeの自虐系動画——
マッチングアプリで会った男性が、
女性の顔を見た瞬間、
逃げるように帰ってしまったという話。
そこからインスピレーションを得て書き始めた。
タイトルは『未来は今』。

あらすじはこうだ。

近未来の東京。
総務省の中枢で
働く冷静沈着なエリート官僚・ミオは、
幼い頃に両親を亡くし、
AIロボット「アーサー」に育てられた。

不遇な日々を送りながらも、
感情を封じ、勉学一筋で
官僚への道を歩んできたミオ。
やがて、アーサーとの記憶も薄れていった。

一方、同じ総務省の片隅で
くすぶる冴えない官僚・鷹生。
恋愛も仕事も上手くいかず、
マッチングアプリで気を紛らわせる日々。

ある日、ひとつのプロジェクトを通じて、
ミオと鷹生は出会う。
交わるはずのなかった2人の関係が、
静かに始まる。
真っ直ぐな鷹生の人柄に、
ミオの心は徐々に変化していく。
やがて2人は、
ミオの実家だった廃屋へと向かう。
そこには、記憶を失いながらも
「ミオ」の名だけを繰り返すアーサーがいた。

工学部出身の鷹生は必死にアーサーを修理する。
そして少しずつ、アーサーの記憶が戻り、
両親の死の真相——国家の闇を示す決定的証拠——が明かされていく。
そんなSFラブファンタジー。
文芸誌で連載が始まり、単行本化も決定。
村のデジタル図書館では前編がすでに公開され、
村人たちはいち早く読むことができた。
文章への自信と情熱を
失いかけていたアイソンだったが、
今は完全にそれを取り戻していた。
ここまでに、レコーディングスタジオ、
集会ドーム、事務所棟、宿泊施設、
ライブ用の広場などの建設が、
建設会社の協力のもと進められてきた。

住居も雪之丞の指導で十数棟が完成している。
ゴールデンウィークを前に、
村は着実に完成に向かっていた。
そして、
7月4日 PM20:00開始~翌朝5時終演予定の
flareによるオールナイトライブが、
シャングリラ村中央広場で
開催されることが発表された。
また6月21日には、
ニューアルバムのリリースも決定した。
2 flare 5th album "Shangri-la"
5月3日。
ネット販売された37,000枚のライブチケットは、瞬く間に完売した。
そしてフレアの通算5枚目となるアルバムの
レコーディングが始まった。
タイトルは『Shangri-la』。

今回は
ベテランのスタジオミュージシャンではなく、
TikTok、Instagram、YouTubeなどから
メジャーに躍り出た
アーティストたちとの共演作だ。
アジア、欧米、オセアニア、
日本各地から集まった
ループアーティスト、女性ドラマー、鍵盤奏者、ベーシスト、ギタリスト、
音大生によるオーケストラやホーンセクション、
さらに若手のボーカルユニットも
コーラスで参加。
同世代の仲間たちと作り上げる、
文字通り「今」を体現したアルバムとなった。

レコーディングは4週間にわたって行われ、
手作り感とライブ感に満ちた時間に、
フレアは心から喜びを感じていた。
参加アーティストたちは村に滞在し、
パフォーマンスを披露。
彼らもアイソンとフレアの理念に共鳴し、
村に定住する者も現れた。
6月15日。
これまでフレアを支えたミュージシャンたち、
今回の共演者たちが一堂に集まり、
ライブのリハーサルが始まった。

ほぼすべての持ち曲が披露され、
若手パフォーマーによるステージも
組まれている。
ライブは、巷で囁かれる“終末の時刻”を超えて、朝まで続く予定だ。
アイソンもフレアも、
地球滅亡の予言など恐れていない。
彼らは、ただ目の前の今を心から楽しんでいる。
打ち上げの話に花が咲くほどに。
3 road to new energy "Shangri-la"
大河内が開発に挑むフリーエネルギー装置は、
剣山の地下1,300メートルに眠る水晶層との
「周波数共鳴」によって起動する設計だった。
地熱ボーリング技術を応用し、
わずか4ヶ月で掘削を完了。
剣山の磁場と連動する形で、
村の中心に建てられた
“シャングリラタワー”は、
アンテナ兼レゾネーターとして設計された。
その地下には、人工水晶と圧電素子、
地元の間伐材とグラフェン合金を
組み合わせた螺旋構造が埋め込まれている。
高さは33メートル。
太陽と月の軌道角を意識したスリットが
設けられ、
構造体内に“共鳴ロッド”が配置された。

理論上は、
地球の自然振動とタワーが同期すれば、
無限のエネルギー出力が得られる設計だった。
だが実験を重ねても、
決定的な「ロックオン」が成立しない。
共鳴は一歩届かず、不完全なままだった。
大河内は苦悩の末、フレアに協力を求めた。
彼女の多重録音アカペラがタワー内に響き渡り、
地下の水晶層へと浸透していく。
その瞬間、観測機器がわずかに反応した。
「今、確かに近づいた……」
だが、まだ完全な共鳴には至らなかった。
鍵は、自然の側にあるのかもしれない。
大河内は満天の星空を見上げながら、
自身の人生を回想していた。
——ネグレクトの母に育てられ、父の顔も知らない。
10歳のとき、
母が薬物更生施設に送られたことで、
彼は児童養護施設で暮らすことになった。
ドラッグと犯罪が蔓延る劣悪な環境の中、
「ここから抜け出したい」と強く願い、
勉強に集中した。
奨学金を得てマサチューセッツ工科大学へ
進学し、大学院で修士課程を修了。
「子どもたちが自由に未来を選べる世界をつくりたい」
その想いだけで、彼は
長年フリーエネルギー開発に打ち込んできた。
星空の彼方を見つめながら、
大河内は静かに呟いた。
「あともう少し……パズルの最後のピースは、どこにある?」
4 The Ultra Solar Storm
2025年7月2日 午後3時42分。
地球から約1億4,960万キロメートル。
光がこの距離を進むのにかかる時間は、
約8分20秒。
太陽の中心で、観測史上最大級の
"コロナ質量放出(CME)”が発生した。
黒点群3268から放たれた
高エネルギーの荷電粒子は、
太陽風に乗って地球に向かって突進する。

それは、1859年に
英国の天文学者リチャード・キャリントンが
観測した“キャリントン・イベント”を
遥かに凌ぐ規模。
当時は電信システムに障害を与え、
世界各地にオーロラを出現させたが、
現在の地球は、
電子システムの上に成り立っている。
同じ現象が今起きれば、その影響は比ではない。
——リチャード・キャリントンの名を
借りて現れた、
あの「リチャード」は
今どこでこれを見ているのか。
そして、アイソンやフレアに何を語るのか。
午後3時50分。シャングリラ村。
ライブ会場となる中央広場。
アイソンは観客席となる芝生の上で
ノートパソコンを開き、
連載原稿の締め切りに追われていた。
ステージでは、フレアとメンバーたちによる
リハーサルが進んでいた。
建設中の住居の屋根の上では、
雪之丞が最後の作業にあたっている。
ワゴン車で到着した渡瀬は、
荷台を開け、
差し入れをスタッフに配るよう部下に指示する。
それから彼は警備チームやイベントスタッフと、
二日後のライブに向けた最終確認を行った。
村はまさに、活気と希望に包まれていた。
——だが、シャングリラタワーの
コントロールルーム。
計器を見つめる大河内の表情は曇っていた。
地下水晶層から、
これまでの観測に存在しなかった
異常な“周波数”が記録されたのだ。
「……これは……何が起こっているんだ……?」
X線と電磁波は、8分ほどで地球に到達していた。
だが、その規模と影響に
気づいている人類はほとんどいない。
ただ、NASAやWMO(世界気象機関)など
一部の観測者のみが、
地球に向かって秒速2,000kmで
到来する“太陽嵐”を認識していた。
一部の地域ではすでにGPSの誤作動が始まり、
気象衛星が異常値を検出していた。
その“何か”が近づいていることに、
まだ多くの人間は気づいていなかった。
