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Oasis、そしてRadiohead。二大アクトが世界に帰還しなければならなかった理由(と、2025年のロックンロール・ガイド)

Oasis復活の熱狂。そしてRadiohead再始動の狼煙。
2025年にこの二大アクトの動きが世界的な現象を巻き起こしている意味は何なのだろうか。

ポジティヴな意味とネガティヴな意味、両方がおそらくあるはず。

ポジティヴな意味は、もちろん「ロックンロールが再び必要とされる時代になった」のかもしれないということ。
2011年、Oasisを脱退したノエル・ギャラガーは「ロックンロールは今死んでいる」と語っている。

当時、クールなインディ・ロック・バンドは山ほどいたが、万人のスターになり得るアイコンは存在しなかった。
彼の認識の的確さは、その後10年以上にわたり音楽シーンの主役がテイラー・スウィフトとケンドリック・ラマー、つまりPOPとラップの時代となったことで証明されている。(日本は例外とする)
カニエ・ウェスト、ドレイク、ジャスティン・ビーバーといったお騒がせスターも、リアーナやビリー・アイリッシュのようにフィメール・アーティストの在り方を刷新するアイコンもロックシーンからは長年現れなかった。

奇しくも、ロックンロールの復活を予言したのもノエルだった。
しかも「最悪な時に、リアムや俺のようなロックンロールを語り直せる連中が登場するものなんだよ」と予言を自己成就させる形で。

そして彼らは宣言通りに再びロックンロールを語り直し、世界中のリスナーを熱狂させた。

「ロックンロールとはそもそもが新しい世代のために語り直される必要のある物語でしかないんだよ。ロックンロールは今は姿を消しているけど、絶対に死ぬことはないわけで、どうしてそう言えるのかというと、ニール・ヤングがそう言ったからだよ」
byノエル・ギャラガー

Rockin’ on記事より

ロックンロールは常に新しい世代のために語り直され続ける。これほどまでに心を高揚させる言葉はあるだろうか?
“Hey hey, My my. Rock and roll can never die.”
彼らもカバーしているニール・ヤングの名曲は、決して精神論を歌っているわけではない。


ここで重要なのは、語り「直される」ということで、つまりロックンロール=永遠に変わらない普遍の音楽」などではないということ。
何度も時代遅れになり、アクチュアリティを失い、その度に新しい世代が新しい物語を再発見してきたということだ。
Oasisの再結成を「俺たちの青春は永遠に終わらない」的な、ロックは永遠に不滅です的なノスタルジー文脈に回収しようとすることは、今起こっていることの意味を歪めてしまうことになる。

つまり今も主役は若いオーディエンスだ。The Stone Rosesがかつてそう言ったように。



ポジティヴな光の面の裏には、ネガティヴな影がある。

ノエルの言葉を借りるなら、彼らが再び必要とされなければならなかったのは「最悪な時だから」。
そして10年経っても、彼ら以外に全世界に向けて物語を語り直せるロックンロール・スターがいなかったからだ、と言うこともできる。
もちろん、再結成は最大のビジネスだから、という現実的な側面もあるけれども。
カニエ・ウェストやトラヴィス・スコットがラップだけでなくファッションや巨大なショービジネスでメイクマネーする世界で、バンドが金儲けしてはいけない理由はどこにもない。
むしろadidasジャージやロゴTでボロ稼ぎするべき。またロールスロイスをプールに沈めるべきだ。(もちろん冗談)

世の中が平和でみんなが満ち足りていたら彼らの出番はなく、ColdplayがBTSと”My Universe”を歌っていれば十分だっただろう。もちろんいい歌だけどね。

でも世界にはまだOasisが必要だった。





Radioheadは正確には、一度も死ななかった。
彼らはデビュー作で”Anyone Can Play Guitar”と皮肉って馬鹿にされ、”Pop is Dead”と挑発して罵られ、”Kid A”でロックを殺した裏切り者だと糾弾された。
リアムにも”Radio dead”とディスられた。ギャグだけど。
しかし彼らは誰よりも「瀕死のロックンロールを延命させることの無意味さ」を悟っていたに過ぎない。
火の鳥は燃え尽きた灰から蘇る。どのみちロックは一度死ななければならなかった。
それは資本主義リアリズムに再構成されつつあった世界で、物語を語る共通言語としての役割をすでに果たせなかったからだ。

トム・ヨークとジョニー・グリーンウッドが”The Smile”というバンドを組んだ時、なんて天邪鬼なんだこの人たちは、と思った。
パンデミック以降、まず誰もがやらなくなった「スタジオに入って一緒に演奏し、観客の目の前でライブパフォーマンスする」ロック・バンドという形式をわざわざ新人としてやり始めたのだから。


しかし今にして思えば、彼らは初期からやり続けてきたことをやっただけなのかもしれない。
Radioheadが”A Moon Shaped Pool”という円熟した傑作とその後のツアーで燃え尽きた時、彼らはその燃え滓を発火点として全く新しいバンドとして活動を始めた。
Radioheadが緻密に練り上げ、恐ろしく知的なやり方で伝えようとしてきた(そしてその結果行き詰まった)多角的なメッセージや現状認識を、The Smileはプリミティヴな感情とともに、言葉よりも身体的なパフォーマンスで直截的にオーディエンスと共有しようとした。
だから彼らは、Oasisが不在の間もずっとロールし続けてきたのだと言える。
トム・ヨークも敬愛するニール・ヤングのキャリアを引き継ぐかのように。

そして2025年、Radioheadもまた活動を再開した。

今年リリースされたLive盤、”Hail to the Thief Live Recordings 2003-2009”。
再始動と同じ年にこの音源を出した時点で、彼らが今何をやろうとしているのかは想像できるのではないだろうか。

The Smileは、Radioheadとしての彼らが深すぎる喪失や社会からのバックラッシュによって受けた傷を癒し、そこから立ち直るために必要だった。
彼らが再びイスラエルでの活動に端を発した批判に晒される中、彼らは隠遁ではなく、再びRadioheadとして人々と対話していく道を選んだ。

トム曰く、(”Hail to the Thief”の)歌詞のテーマは、「ダークフォース=闇の力によって、人々は自分が正しいことをしていると思い込みながら、信じられないくらい無知で差別的で愚かな行為をしてしまう」ことについて。人は正義感から世界を脅かす“悪”と戦うことを決意するが、その“悪”を見つけられず、次から次へと新しい標的を決めて戦い続けるのだと。

Rolling Stone記事より抜粋

正しさを求める戦い。それこそが今の世界を動かす原動力となってしまっているのではないだろうか。


“Imagine”を聴く時、ジョン・レノンが言った通りに彼が”dreamer”(夢追い人)だと思ってしまっていることに気づく。
“Are you such a dreamer to put the world to rights?” (世界を正しく導けるなんて夢を信じているのか?)と。(Radiohead “2+2=5”)
確かに国境をなくすだの平和に暮らすだの、あまりに現実離れし過ぎている。気の持ちようで何とかなる問題じゃない。

でも同時に思う。ロックンロールは精神論なのか?
Oasisが”Imagine”のイントロを引用し、「怒りと共に過去を振り返るなよ」(“Don’t Look Back In Anger”)と歌うのはただの綺麗事なのか?
なぜ彼らは「ベッドから(夢を見る場所から)革命を始めるんだ」と歌い、世界中の人々はそれを熱烈に歌うことで支持するのだろう?

“Dreamer is never learn, never learn.”
“Daydreaming”でそう歌うトム・ヨークからは、「夢を見続けてきたこと」への失意と後悔が確かに滲み出ていた。
Radioheadのメンバーたちは疲弊し、鬱に沈み(まさに”Let Down”)、自分の人生を立て直さなければならなかった。
リアム・ギャラガーもまた一度はキャリアを失い、ドラッグとアルコールの悪夢を彷徨った。


しかし彼らは戻ってきた。全世界のオーディエンスと共に歌を分かち合うために。

ダーク・フォースが人々を突き動かすのと同じくらい、”A Light for Attracting Attention”もまた人々を惹きつける。
万人に対して”Live Forever”と歌えるのは、すべての人に対して”We are all the same”と歌えるのはロックンロールだけだ。





この文章を締めくくるのは難しい。
どうしても、30年以上現役で走り続けている彼らに再び何かを託すことが正しいことなのかがわからないからだ。

確かに、形式的な意味での「ロックンロール・スター」はもう現れないのかもしれない。

でもそれを悲観するのも無視するのも違う。ロックンロールは役割を終えたのではなく、必要とされる形が変わっただけだ。
かつては文字通りの楽器を持った4人組バンドが鳴らしていた音楽を、今はDTMで曲を作るシンガーが、既存のジャンルやコミュニティに収まりきらない挑戦的なアーティストたちが別の形で鳴らしている。


スーパーオーガニズムのオロノは新バンドnose noiseの最高のデビューアルバムを今年リリースした。

3年前にスーパーオーガニズムの”Teenager”を聴いた時、Weezerそのものだと思った。


ヴァンパイア・ウィークエンドやTame Impalaはキャリア最高傑作を更新し続けている。


SZAの”F2F”はアメリカン・ロックそのものだし、ビリー・アイリッシュのアルバム”HIT ME HARD AND SOFT”がロックに聴こえないとしたら、その耳は20年以上前で時が止まっている。
(まさに”Stop The Clocks”)


HAIMの”I Quit”をOasisやPrimal Screamからの影響を感じずに聴くのも不可能だろう。


ジャネール・モネイという、プリンスの後継者も忘れてはならない。


つまりOasisやRadioheadは最後のロックンロール・バンドなどではない。
新たな世代が、新しいロックンロールを今も「語り直して」いる。

現在の新しいロックンロールから新たに過去を捉え直し、再定義すること。
今世界で起こっていることは、そういうことなんじゃないだろうか。


世界は確かに最悪だ。でも悪いことばかりじゃない。
あなた達が頑張るなら、そして若いオーディエンスたちがそこから今必要な何かを見つけ出すなら、親世代が過去を懐かしんで弱音吐いてる場合じゃないよな、と思う。
I hope, I think, I know.


note開設以来の渾身の記事。
しかしながら、書き終わってみると我ながらどんな読者を想定しているのか、どこにニーズがあるのかよくわからない。
もっとターゲットがはっきりした、OasisやRadioheadとの出会いとかおすすめアルバムとかそういうテーマで書けば読まれやすいんではないだろうか。(自己分析)

しかしながら、この記事は一つ前の記事とも関連している。つまりこれは音楽について書いているように見せかけた、それだけではない別の何かについての文章だ。

いつも以上の長文にも関わらず、ここまで読んでくださった方には心から感謝したい。

また性懲りも無くお付き合いください。

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