草間彌生美術館「宇宙からの音響」 “Reverberation from the Universe” 思い出の直島、名古屋市美、埼玉県立近代美
やっと会えた
草間作品はTel Avivでもポンピドゥでも観られず、直島とイスラエル美術館で観られた位で、テイトモダンでちょうど開催されていた時にも即SOLD OUTにて見損ねていたので、漸く沢山観られて満足でした!(その後、名古屋と浦和でも観られました♪)
2019年 直島




名古屋市美術館、Pink Boat

埼玉県立近代美術館

以下、特にキャプションをつけていないものは筆者撮影です。
イスラエル美術館

では、いよいよ草間彌生美術館を訪れます



一つのオブジェがドン!て言うのは全国にあるようなので、このようなインスタ作品(古い言い方だとEnvironment Art)を観られるのはかなりラッキーかと。

これも自己増殖で、果てしなく広がる自意識のナルシシズムみたいな現代病を表現してるのかな。
答え合わせ
1966年のヴェネツィア・ビエンナーレの頃より一回りサイズが大きくステンレス製となった約1,700個の球が、自然と拮抗することなく、山間の自然の変化や鑑賞者の姿を映し出しながら静かに揺れている。その様子は、単純なスペクタクル性を超えて、私たち一人一人がひとつの生命体として自然と一体化し、無限に拡がっていくような感覚を誘発する。
「命というのも、いずれは水玉によって輪廻転生し」、「私」は大いなる自然のなかで増殖し続けることで消滅、いつしか「私」の呪縛から解き放たれるのである。
なるほど、こちらもPink dots同様にサイズが足りてないのね。直島で観てみたいものです。
豊島美術館や21世紀美術館を思い出す、空と一体化できる空間

詩、未来はわたしのもの
The future is mine



わが魂の遍歴と問い(1975年)
ある日、机の上の赤い花模様のテーブル・クロスを見た後、目を天井に移すと、一面に、窓ガラスにも柱にも同じ赤い花の形が張りついている。部屋中、体中、全宇宙を埋めつくされて、遂に私は自己消滅し、永遠の時の無限と空間の絶対の中に回帰し、還元されてしまう。これは幻でなく現実だ。私は驚愕した。
ここから逃げなくては赤い花の呪詛にかけられて生を奪われてしまう。夢中で階段に駆けていく。
下を見ると、一つ一つの段々がバラバラに解体していく有様に足を取られて上から転げ落ち、足をくじいてしまった。解体と集積。増殖と分離。粒子的消滅感と見えざる宇宙からの音響。あれは何か。また、しばしば私を悩ませたのは、私の周囲を、薄い絹のようで色の定かでない灰色の袋が取り囲んだこと。こんな日は、人が彼方に遠退いてしまい、小さく見える。人と対話しても意味が全く解らなくなってしまう。こうした時、外出すると、私は帰路を忘れ、路頭に彷徨って人の家の軒下にしゃがみこみ、思い出すまで一晩中、暗闇にじっとしていることが何度あったことか。私は時間と速度、距離感を失い、人間の会話を失い、部屋に閉じ籠もってしまう。私は一層手に負えない「駄目な子供」となっていった。
こうした未知の世界とし世の間を去来する時に、何時も私は気になり、創作の四人となる。私は無や画布に絵を描いたり、えたいの知れないオブジェを作ったりして、徐々に自分の心の場所を呼び起こし引き戻していく作業を繰り返すことになった。こうした経験の数々は、その場限りの芸術家稼業やカメレオンのように時の流行を追いかける付け焼刃的芸術でなく、私自身の内から溢れでる必然性を土台にした創造への企てであり、営為であった。
よく出てくるテーマ
インフィニティ、夢、ファンタジー、イリュージョン、恐怖、生命、残、植物、愛、宇宙
同じ柄や鏡による反復は、自己消滅を意味するらしい。(自己肥大化の末?)
残念ポイント2点
①削られた4枚

Pink dots と言う作品に違和感を感じて調べると、4枚削られているとのこと。何故かを学芸員に聞くと、単純に施設のサイズ的に全て並べることができなかったそうです😭
一緒に観に行った友人曰く、「左端と右端の2枚ずつを削った?」と。確かに、左端の水玉グラデが無い気がしました。これはもう別物だよ...。でも、流石に本人監修よね?
②本が取りにくい

飾りじゃ無いのよ、本は。
最上階のライブラリでは、過去の企画展をすべてチェックし、MOMA発行のバイオグラフィも観られて、草間作品への理解度が少しは上がったことと信じます。
雑誌Discover Japan 2012

家に帰ってから読んだこちらの雑誌で、日本各地に沢山作品があると知りました。旅行ができる時に訪れてみたいと思います♪

となると、あそことあそこのワイナリーにも寄りたい。来夏かな。
他にも、色々知れました。
いつも無意識で作品に触れてから、のちほど色々調べるスタンスなのですが、今回感じたのは
1. オキーフ的な草花への独自の視点について
草花に対してトラウマ的な情熱が幼少の頃からあったのではないか?何かから逃れた時に近くに草花があり、別の感情と逃避が入り混じったような複雑さを感じました。
答え合わせ


同誌にて

母は私が絵描きになるのは猛反対。2カ月もかかって一生懸命描いた絵を捨てたり、絵具をひっくり返したり/子どもの頃から、産まなきゃよかったと母に言われて。殴られて耳が聞こえなくなったり。夜、家に帰れなくて、線路の横で汽車に飛び込むつもりで待ってたの
速水御舟の柘榴

2. 作品に度々出てくる蛇みたいなのは何?魂?


答え合わせライブラリの資料やDiscover誌を読んで、ファルスなのだと知りました。
フォビアを玩具に変換する
「無数のファルスのスカルプチュアの真ん中に寝転んでみました。そうすると、怖いものがおもしろいものに変わってくる。そうして私は、恐怖を克服してきたんです」(「草間彌生、たたかう」より)
↓こちら、ファルスについて書いてくれてます
映像作品 ハプニング
会場の映像だけでは何のこっちゃ解らなかったのですが、こう言うゲリラ表現をやってたようです。


武器ではなく、花を
ベトナム戦争が泥沼化する1967年。「武器ではなく、花を」のキャッチフレーズを掲げた若者たちが、フラワーチルドレンとしてアメリカ各地で反戦運動を繰り広げていた。その波を受けたニューヨークに、草間が「ハプニング」をもって登場する。
「この頃、私はまた大きく変貌し、発展しつつあった。私はもはや美術というージャンルの芸術家にとどまらず、より広汎な活動の中で自己を表現する芸術家へと変身していった。そのさまざまな表現活動の出発となったのが『ハプニング』である。」
以前から、草間の活動にはパフォーマンスの要素があったが、社会の動きと連動して、範囲を広げていったのだ。太平洋戦争が思春期に影を落としていた草間にとって、反戦と平和を求める願いは切実なものだったろう。「いたるところで戦争が起こっています。私たちは自分たちの肉体の美しさを忘れてしまったのです」
1967年夏、通行人を巻き込んで行った「ボディ・フェステイバル」を皮切りに、セントラルパークやニューヨーク証券取引所前など、ハプニングの舞台は広がる。ヌードダンサーの体に水玉ペインティングを施し「人体に水玉を描くことで、その人は自己を消滅し、宇宙の自然に帰る」のだった。
これを読んで、
オノヨーコを想起
せざるを得ませんでした。私がJCの頃、世界を変えた女性は誰か、と問われ答えた人物。と、こんな興味深い記事を見つけました。
ジョセフ・コーネルとの交流
これは展示会では一切触れられていなかったことですが、こんな出会いがあったようです。

観てみたい作品
テイトで観損ねたの、国立新美あたりでやらないかな。


ライブラリでチラ読みした著作たちがKindleに無いので、図書館などで読めると良いのだけど。

本展でぼんやり感じたこと生命は男性のシンボルの蠢き、ボートに乗ってやってくる。
命はハプニングによってもたらされたに過ぎない?
南瓜は母性?
残った疑問: 巣の版画や絵は、夜を表すようだが、それは鳥のものか蛇の巣か、それとも象徴に過ぎないのか。恐怖だけなのか、安堵の感情もあるのか。
最後に。南瓜のもつ愛嬌と強さに魅せられて

私がカボチャにはじめてお目にかかったのは、小学生の頃、祖父の広大な採種場に遊びにいったときである。採種用の花である百日草や日々草、ノウゼンハレンの草の小道に、ところどころカボチャが小さい実や黄色い花をつけていた。
ふと奥を見ると、成っている、成っている。人頭大のカボチャである。私は百日草の列をかきわけて中に手探りで入り、茎からカボチャをもぎとった。とたんにカボチャは命をもって私に語りかけてくるのだ。その手触りのいとしさが何とも言えなかった、とったばかりのカボチャは露でぬれていた。
唐南瓜野郎とは容貌の醜い男をののしる時に使う言葉。あるいは、カボチャに目臭とくれば、ずんぐりした不美人の形容。どうやら、カボチャはそんなに良くは思われていないらしい。でも、何とも愛嬌のある形をしたカボチャに私は魅せられた。私がカボチャに造形的興味を受けたのは、その太っ腹の飾らぬ容貌なのだ。そして、たくましい精神的力強さだった。
『無限の網ー草間彌生自伝ー』(新潮文庫
おまけ。新宿、多聞院牛込四恩の杜。

草間彌生ミュージアム近くで、隣にすぐマンション。住宅が多いけれど、鐘が鳴らされることはあるのだろうかと思い、調べてみました。

