番外編・後編「プロが、“しない”こと」公認心理師×ラブライフアドバイザーが読み解くNetflix『SとX』
【番外編・後編】 Netflixドラマ『SとX』を、公認心理師の潮英子先生、ラブライフアドバイザーのOliviA、卒業生で認定ラブライフカウンセラー®のとぅるもちさんの三人で読み解く番外編。
後編のテーマは、少し意外かもしれません
「プロが、“しない”こと」
加害を擁護しない。
トラウマを聞き出さない。
ある選択肢を、提案しない。
専門性は、何を“する”かだけでなく、何を“しない”かに、はっきり表れます。
特別ゲストは、とぅるもちさん。
講座の卒業生で、セクシャルウェルネス分野で活動する株式会社Unwindの代表取締役であり、セックスカウンセラー(ラブライフカウンセラー)です。
公認心理師(英子)、セクシュアル・ウェルネスの専門家(OliviA)、そして日々クライエントと向き合うセクシュアル・ウェルネス起業家(とぅるもち)。
立場が少しずつ違う三人だからこそ、「作品の答え合わせ」がいくつも出てきました。

※本記事は、Netflix『SとX』全7話の結末までのネタバレを含みます。
また、性加害・性被害に触れます。つらいと感じたときは無理に読み進めず、記事末尾の相談先もご覧ください。
前編はこちら
加害者は、“普通の会社員”だった
英子 この作品で、実際のカウンセリングに一番近いと思ったのが、性加害の描写でした。世間では、盗撮や痴漢の加害者を「異常な人」と思いがちです。でも現場では違う。半分ほどが会社員で、既婚者も少なくない。ごく「普通」に見える人たちなんです。動機も、必ずしも性欲の解消ではなくて、「自分だけが気づいている」という優越感や、支配欲、達成感だったりする。そこが、よく描かれていました。
難しいのは、被害者の顔が見えないぶん、加害者が罪悪感を持ちにくいこと。
ドラマの加害者はすぐ自分を振り返れる人でしたが、現実では、まず「仕事を失うかも」「家族にバレたら」と、自分が失うものに頭が囚われてしまう。
被害者がどんな思いをしたか、まで、なかなか至れないんです。
だから、まず第一に「加害を、やめる」。
理由は自分のためでも構わない。
とにかく止める。
被害者の痛みに気づいていくのは、その後の、時間のかかるプロセスです。
OliviA ここで絶対に外せないのが、加害者の心理を「理解する」ことと、加害を「擁護する」ことは、まったく違う、ということですよね。
英子 その通りです。本人も、心のどこかでは「これは犯罪だ」と分かっている。でも認めたくないから、認知を歪める。一人では抜け出せないので、治療やカウンセリングが要る。作中の、弁護士に連れられて受診する描写も現実的で、逮捕される前に治療に来る、ということも、実際にあります。
トラウマは、不用意に聞き出さない
OliviA トラウマの回では、砂時計を使ったセラピーが出てきました。あれは、本当に行うものなんですか?
英子 実は、私も調べて感心したんです。一般に使われるのは「暴露療法」。いきなり思い出させるとフラッシュバックするので、良いイメージで気分を整えてから、つらい体験を少しだけ話し、またつらくなったら良いイメージに戻す、を繰り返す。あるいは「EMDR」という、眼球運動で脳の処理を逃がして、つらい記憶に入りすぎない手法。砂時計は、それを見ることに意識が集中して、不安なく過去を思い出せる。よくできた描写でした。
OliviA でも、その主人公自身が、セルフセラピーを行おうとして、パニックを起こす場面がありましたよね。プロでもそれくらい難しいと伝わる描写でした。だから、安易に聞き出すのは危険なんだ、と気づかされます。
英子 トラウマは、本人が「話したい」と話し出すまで、話に出てきても、あえて触れない。「おつらかったですね」と受け止めても、「具体的に何が」とは踏み込まない。何度も来てくださるうちに、いつか本人のタイミングで語られる。それが、その人にとっての「今」なんです。
OliviA 私が、性の悩み相談を受け始めたばかりの20代の頃、トラウマセラピーの知識がないまま自分で対処しようとして、うまく進められなかった経験があります。だから、初回のカウンセリングで、主訴とずれて性被害のエピソードが出てきても、そこには触れすぎない。これは、専門家だけの話ではなくて、友人や関係の浅い相手がふと匂わせたときも、ずかずか入っていかない。待つ。そういう姿勢まで、丁寧に描かれていました。
カウンセラーは、リスクがある選択を“提案しない”
OliviA セックスセラピストが、クライエントに「オープンマリッジしてみては」と提案することは、ないですよね。
英子 ないです。リスクを伴うことを、こちらから勧めることはしません。もしクライエントが「こういうのを考えている」と言えば、「そう思っていらっしゃるんですね」と受け止めます。でも、お互い了解していても、片方がやっぱり嫌かもしれない。結婚生活が破綻したり、性感染症などのリスクもある。だから「こういう選択肢がありますよ」と、カウンセラーの方から差し出すことは、まずありません。
OliviA オープンマリッジ当事者のご相談は、実際に寄せられていて。
「オープンマリッジすること」に合意はできても、いざしてみると、相手が思うオープンマリッジと自分の価値観が違ったり、後からトラブルが出てくることもある。二人で、関係性について話し合えていること自体は拍手なんですが、実践後に、別の悩みが浮上する。本命の相手が変わってしまう、なんてことも。人間だから、起こるんですよね。だからこそ、専門家が軽々しく「提案する」ものではない、と思いました。
自分の傷つきを、なかったことにしない
OliviA 作中で、主人公が「性を、感情ではなく知識として扱えるから、セックスセラピストになった」と言うんです。その気持ち、とても分かります。自分の恋愛だと感情に飲まれるけれど、専門家として捉えると、俯瞰して整理できる。ただ、気をつけたいのは、「専門家なんだから、プライベートでも一人で処理しなきゃ」と思い込んでしまうこと。自分にも傷つきがある、と認める。それが、仕事にしているからこそ、大事なんです。
英子 カウンセラーを目指す人には、過去の体験を乗り越えて「伝えたい」という人もいれば、まだ乗り越えていないけれど「整理したくて」現場に入る人もいます。一般には「深い悩みが解決しないうちはカウンセリングをするな」と言われますが、悩みのない人なんて、この世にいません。悩みがあるからこそ、できることもある。主人公も、かなり深いトラウマを抱えていた。でも良かったのは、彼がきちんと「スーパービジョン」を受けていたこと。人を支える立場でありながら、自分も支えてもらう。カウンセラーは必ずスーパーバイザーを持たねばならない、とされているんです。
とぅるもち 私も、その「知識として扱える」という言葉が刺さりました。私自身、傷ついた経験や後悔を、一つずつ棚卸ししたくて、お二人の「ラブライフカウンセリング講座」を受けたのかもしれない、と今は思います。言葉で、論理で表現できるようになったことが、活動していく上での安心につながっている。自分の経験を少し話すことが、相談者の共感につながることも、実感しています。
OliviA その「どこまで自己開示するか」という話は、本編の#9「発信者とカウンセラーの違い」と、つながります。専門家が自分の傷つき体験とどう付き合うか。実際に仕事をしていく上での課題でもありますね。
後編のまとめ
加害を、擁護しない。トラウマを、聞き出さない。危ういものを、提案しない。そして、自分の傷つきを、なかったことにしない。
『SとX』は、性を扱う専門職が“何をしないか”
その節度と倫理まで、丁寧に描いた作品でした。
だからこそ、安心して、自分自身の悩みと照らし合わせられる。
もし相談したくなったら、私たちが、その入り口になれたら嬉しいです。
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※性被害・性暴力について、ひとりで抱えないでください。
・性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センター
#8891 (はやくワンストップ)
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