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『待たせてごめんね。迎えに来たよ。』第4話|小さなリノアのお話

名前のきらめきの下に、誰にも知られなかった孤独がありました。
「リノア」という名の少女の静かな生活。
still.としての語りが、そっと迎えに行く物語です。


リノアって、ちょっとキラキラしてる名前でしょう?

でも、あの家の中では、
わたしの声より、食器が割れる音のほうがよく響いてた。



お父さんとお母さんは、
私が小学校に入る前から仲が悪くなって、
やがて別々に暮らすようになった。

わたしは、お母さんとお兄ちゃんと暮らすことになった。

それは、たぶん…よくある話なんだと思う。
でも、子どものわたしには、
「よくある」なんて言葉で割り切れるようなものじゃなかった。



お母さんはヒステリックで、すぐ怒鳴った。
でも、毎日ちゃんとごはんは作ってくれた。
味噌汁の湯気がゆらゆらしているときだけ、
家の空気がちょっとだけやわらかくなった気がした。

お兄ちゃんは、たまに帰ってきては、
お母さんとぶつかって、またどこかへ行った。
わたしは、
ただその場に、そっと、居ただけだった。



小学生だけど、
家の中では“ひとり暮らし”みたいだった。

怖くても、
寂しくても、
だれにも言えなかった。


音を立てないように歩いた。
ドアを開ける音も、食器を片づける音も、
ひとつひとつ、気配を殺すように。

そうしてるうちに、
わたしの声の出し方がわからなくなった。



ひとりだけの家は、とても静かだった。
あまりに静かで、何かが起こるたびに心臓が跳ねた。

乾燥した冬の日、
天井の木がピシッと音を立てると、
ぎくりとして呼吸を止めてしまった。

お風呂に入るときも、
誰かに見られているような気がして、
頭を洗いながら、目を開けるのが怖かった。

もし、顔を上げた瞬間に目の前に“鬼”が立ってたらどうしようって、
何度も想像した。

それでもお風呂に入らなきゃいけなかったし、
ごはんを温めなきゃいけなかった。
誰にも頼れなかったから。



学校では、笑ってた。
「リノアって名前、かっこいいよね〜」って言われると、うなずいてた。
ほんとうは、
ランドセルの中に、割れたコップの音がずっと残ってるみたいだったのに。



中学になって、
まわりの子が「ウチ、マジうざくてさ〜」って愚痴ってるのを聞くと、
「いいな」って思った。

誰かにムカつけるって、
それだけちゃんと甘えられてるってことだと思ったから。

わたしは、ムカつく暇なんてなかった。
怒ったら、壊れる気がしてたから。



「璃乃愛(リノア)」って名前は、お父さんがつけたらしい。
「キレイな石(璃)みたいに、愛を守ってくれる子になりますように」って。

でもね、
お父さんは、テーブルをひっくり返す人だった。
お兄ちゃんに手をあげることもあった。

ねえ、なんでそんな名前つけたの?

わたしにとって「愛」は、
いつも割れ物みたいなもので、
そっと抱えていないと壊れてしまうものだった。



きっと、誰も覚えていないと思う。

わたしが、どんな服を着ていたかも、
何を好きだったかも、
なにかを頑張った日も、泣きそうだった夜も。

リノアのことを、
誰も見ていなかった。

でも、
わたしには生活があった。

朝、目を覚まして。
ランドセルの中身を確認して。
傘を持っていくか、空を見て決めて。
帰ってきて、ごはんを温めて。
部屋の電気を自分でつけて、ひとりで眠る。

その全部が、
わたしの人生だった。

誰かが見ていようといまいと、
ちゃんと、生きていた。




リノア。
ずっと、ひとりでがんばってきたね。

誰も気づかなかったけど、
あなたはずっと、ちゃんとそこにいた。

声を出さなかったけど、
でも、ちゃんと「生きてた」。

もう、静かにしなくてもいいよ。
わたしは、あなたの名前をちゃんと呼ぶよ。

璃乃愛。

その全部の文字に、意味があるって、
わたしが知ってるから。



読んでくれて、ありがとう。
もし、あなたの心がどこかふるえたら、
その「ふるえたこと」を、
スキで伝えてもらえたら嬉しいです。

それが、わたしの次の言葉をつくる手がかりになります。
よければ、ひとことだけでも、残していってね。

あなたが、ここにいてくれてよかった。 
still.

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