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東海道五十七次 徒歩の旅⑳まとめ

こんにちは。26歳女です。

2024年11月から12月に、18日間かけて東海道五十七次を歩きました。
今回の記事は、総集編ということで、旅全体を振り返ってみたいと思います。

これから歩く人の参考になれば幸いです。
これまでの記事一覧はこちら↓

これまで歩いてきた宿場

東海道を歩いてよかったこと

歴史を肌で感じた結果、心の底から今に感謝できるようになった

東海道は、まさに江戸時代の人たちが歩いてきた歴史ある道です。その道中は、昔は関所や険しい山道、大きな川を超えなければなりませんでした。

大井川の川越人足(かわごしにんそく)を以前紹介したように、昔は人間が人間を肩車して、川を渡っていました。

江戸時代、東海道には箱根関所と新居関所があって、通行手形がないと自由に行き来ができませんでした。
1867年まで関所は機能をしていたため、日本人が関所を気にせずに自由に行き来ができるのは、実はまだ150年ほどの歴史です。

鈴鹿峠には山賊が出没していました。

今のこの自由に行き来ができる生活や、先人たちが命を懸けて作ってきた自分の足元の道、道中安全を願う数多くの常夜燈、そしてたくさんの人が想いによって発展してきた文明。

歴史を知れば知るほど、どれだけ今の時代や生活がありがたいのか、身に染みてわかりました。
自分で興味を持って歩き、歴史を見て知って味わったからこそ、ここまで感謝の気持ちが湧いたのだと思います。

どうやら誰かの刺激になれたらしい

歩いている最中、友人だけ見るInstagramのストーリーで、情報を発信していました。
18日間、家族も含めて本当にたくさんの友人から毎日ひっきりなしに連絡をもらいました。(みんな心配してくれてありがとう)

その中には「挑戦しているのを見て、自分も何かやりたくなった!」と刺激を受けてくれた人がいたり、詳しく聞かせてほしいと声をかけてくれる人がたくさんいました。

母親からも「知らないことがたくさんあることに気が付いて、自分も歩いてみたくなった」と言われ、とても嬉しくなりました。
子育てがひと段落した両親の心配をしていた私としては、この母親の前向きな言葉が一番嬉しかったです。

もちろん、行く前は「本当にいくの?w なんでw 新幹線使えばいいじゃんwww」と周囲の人から鼻で笑われることもありましたし、両親からは、出発前に心配そうな顔をして生まれて初めて握手を求められました。

自分の体力をある程度理解し、下調べもして、だめならだめで新幹線乗ればいいやと思っていた私としては、「これ死ぬフラグ?」なんて思っていました。

両親と握手をした分、私は出会った人とは必ず「お気をつけて」と言って、握手をするようにしていました。握手って、なかなか日本人はしないからおすすめです。

よくもらう質問に回答します

Q.なんで歩こうと思ったの?

A.この記事を読んでみてください

Q.寝るところはどうしていたの?

A.毎日ホテルに泊まっていました。箱根峠越えがどのくらい大変なのか未知数だったため、最初の1週間(三島宿まで)は事前にホテルの予約をしていました。それ以降は2日前くらいに取っていました。

Q.東海道って道があるの?

A.あります。「これが東海道の道」というのがちゃんとあります。現代は舗装された道路、整備されたハイキングコースのイメージです。国道1号線とぶつかるときもあります。

Q.何日かかったの?

A.18日間です。東海道五十三次(東京日本橋~京都三条大橋)は約492㎞、東海道五十七次は55kmほどプラスして全長約550㎞。細かい移動も併せて、スマホのデータだと約670㎞歩いていました。

Q.食べ物はどうしていたの?

A.基本的にコンビニか、地元のスーパーです。飲食店に寄ってのんびりしている時間と気力は意外とないです(中山道を歩いていた人も、同じようなことを言っていました)。おかげでニキビができました。

Q.いくらかかったの?

A.計算したくないです。ホテル代は全記事に載せているので、計算してみてください。

Q.帰りも歩いたの?

A.いいえ。帰りは夜行バスで帰ってきました。18日間かけて歩いたのが、数千円かつ一晩で終わりました。

Q.トイレはどうしていたの?

A.基本的にコンビニやスーパー、公衆トイレを使っていました。お店のトイレを使用したときは、必ず何かしら買い物をしていました。日本のトイレなので、公衆トイレはきちんと手入れがされていて問題ありません。登山が趣味の私としては、水洗トイレであるだけまだましです。

Q.ずっと一人で黙々と歩いてるの?

A.そうです。音楽は一切聴いていません。宿場町には必ず説明書きと一緒に見どころがありますし、そうじゃなくても初めて見る景色、初めて嗅ぐ街の匂い、初めて感じる風、たくさん楽しみはあります。同じように歩いている人や地元の人とも、結構出会いがありました

Q.危ない思いはしなかったの?

A.しました。

  • 車に轢かれそうになった

    • コンビニで急後退してきた車に轢かれかけました

  • 自転車とぶつかりそうになった

    • 歩道いっぱいに広がって爆速で帰宅をする男子高校生と正面衝突しそうになりました。私の感覚ですが、道中一番危険を感じたのは、圧倒的に中高生の自転車です。前を見ていない人が多い(友達と話している、スマホを見ている、前髪を気にしている、よそ見している)のと、漕ぐスピードが早いです。

  • なんか幽霊に憑りつかれたぽい(ガチ)

    • 処刑場も多々ある東海道。箱根のゲストハウスに泊まった夜、2度金縛りに遭いました。金縛りは日常生活でもあるあるなのであまり気にしていませんでしたが、その時女の人がふわ~~っと私に覆いかぶさる夢を見ました。「京都に行けなかった幽霊でも憑いてしまったのかな。まあ、それなら私も京都に行くんだし、一緒に行こう」と思って何も気にせずにいました。ただ、その日から、飼い主が制止できないほど犬に吠えられたり(普段はそういうことは全くありません)、ビジネスホテルのお風呂の蛇口をひねったら赤茶色の水が出てきたりしました。さすがに怖くなった私は、以前Xで見たポストを思い出し、爆音でマツケンサンバⅡを流しました。

  • 謎のほほ笑む女性とご飯に行く

    • 水口宿で泊まったホテルで出会った女性。意味不明すぎて怖かったです。

Q.しんどくなかったの?

A.しんどかった日もあります。静岡県沼津市周辺と、特に愛知県豊橋市。風が強すぎて泣きました。あと、途中からくしゃみができないほど腰が痛くなったのと、後半は靴擦れが痛すぎました。

Q.1日何㎞歩いてたの?

A.単純計算、670㎞÷18日=37㎞です。日によっては30㎞前後の時もありましたし、40㎞前後の時もありました。最終日は、最長の46.5㎞。

Q.持ち物は?

A.この記事に載せています。

Q.痩せた?

A.痩せると期待していたけど変わらない。なんでだろう。むしろ疲れてむくんでました。

Q.歴史にすごく詳しそう。記事書くのも時間かかってそう。

A.歩いたおかげで歴史に詳しくなりました。見どころの下調べや、歴史の下調べはほとんどしていません。noteを書きながら調べていたので、後から「え、そうだったの!?」というのばかりでした。
見どころは目立つ形になっていたり、説明書きの看板が大体あるので、下調べなしで十分楽しめます。
そんな感じで歴史を調べながら記事を書いていたら、1本3~4時間ほどかかっていました。

Q.次どこ行く?

A.カミーノ デ サンティアゴかな。スペインの巡礼路。東海道の次に最近熊野古道を歩いたので、次は海外のロングトレイルを歩きたいです。

最後に

2024年11月下旬から12月上旬まで、菅傘を引っかけて一人で歩いている私に声をかけてくださった皆様、本当にありがとうございました。また、ここまで記事を読んでくださった皆様、ありがとうございました。
東海道に興味を持っている方は、安全に楽しんでください。少しでも私の記事が参考になれば幸いです。(握手!)

侍になりきる私





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