【JOCV】看護師隊員なのに、気づいたら学童みたいなことをしていた話
こんにちは、moyuです!
わたしは元JICA海外協力隊で、
看護師としてタンザニアのドドマ州立病院で活動していました 🌍
帰国後は看護師として働きながら、
タンザニアの友人たちが作ったハンドメイド商品を販売する小さな雑貨屋を不定期で開く予定です 🇹🇿
今回は看護師としての活動の次に力を入れてたであろう子どもたちの思い出について、振り返ろうと思います。
最初はただ挨拶をしたり、少し話したりするくらいだったのに、いつのまにか集まるようになって、気づけば学童のようなことをしている日々に。
看護師として来たはずなのに、こんな時間ができるとは思っていませんでした。
これまでの活動紹介はこちら⏬
「お金ちょうだい」から始まった出会い
初めて会ったのは、引っ越し当日でした。
わたしが引っ越すことは前々から決まっていたのに、なぜか、わたしの住むはずの部屋には
まだ3人の男性医師がそのまま住んでいて😂
わたしは待ちぼうけをくらうことになりました。

かなりのゴミ屋敷になっていたようで
病院の清掃員さんたちが来てくれました🧹
「汚ねえ!」って言いながら掃除してくれた😂🙏
そのときに出会ったのが、子どもたちでした。

近所に住んでいる子たちというよりは、
家族が病院の周辺で路上販売をしていて、
日中はそこに一緒にいるような子どもたち。
そして、最初にかけられた言葉は
「チナ!外国人!お金ちょうだい!」

正直、どう返したらいいのか少し迷いました。
初日からこんなふうに声をかけられて、この先も毎日続くのかな、ちゃんとやっていけるのかなと、少し不安にもなりました。
毎日訪ねてくる子どもたちとの距離の取り方
そしてその不安は、実際にその通りになりました。
部屋が整って住み始めてからも、
子どもたちは毎日のように訪ねてくるようになりました。
居留守を使っても、ずっとノックが続くこともあって、正直どう向き合えばいいのか迷う日もありました。
でも、何かをあげてしまえば、
「またもらえる」と思わせてしまう気がして、
物を渡すことはしませんでした。
その代わりに
「写真を撮って」とよくお願いされていたので、
そのたびにちゃんと応じて、
少し話をする時間にしていました。


いつも兄弟をおぶっている

友達を連れてくるようになる😂
そうやって、少しずつ距離を測るように関わっていきました。
“お金じゃなかった”子どもたちの本当の目的
そうして関わるようになる中で、
少しずつ見えてくるものがありました。
「お金ちょうだい」「お菓子ちょうだい」とは言われるけれど、実際には何もあげなくても、子どもたちは毎日来る。
だからきっと、それが目的ではないんだろうなと思うようになりました。
たぶん、日本人であるわたしが珍しかったり、
話をしてくれること自体が嬉しかったり、
そんなふうに考えてみると、
子どもたちはただ純粋に、
わたしと関わろうとしてくれているように見えてきました。
もともと懐いてくれていて、かわいいなと思っていた気持ちに加えて、気づけば「何かこの子たちのためにできることはないかな」と
思うようになっていました。

今日の学校がどうだったか
わたしに話したくて来てると言ってた

お金を拾ったからわたしにあげると言っていた

わたしに1枚分けてくれた

お金を要求されるかと思ったけど
ほんとにお掃除に来てくれただけだった


水漏れしてる水道管を見つけてくれた

それよりどんだけ水道管壊れてるの😂

わたしの真似をして椅子持ってきて
手伝おうとしとくれた

一緒に過ごす時間をつくるようになった
そこから、少しずつ関わり方が変わっていきました。
「お金ちょうだい」と言われることは変わらなかったけれど、わたしも変わらずお金や物をあげるのは違う気がしていて。
ちょうど休みの日に時間があったこともあり、
お菓子作りがしたくて、ケーキを作って一緒に食べることにしました。







何かを“あげる”というより、
一緒に過ごす時間を作るような感覚でした。
日本から持ってきていた、
けん玉やこま、だるま落としでも一緒に遊びました。


最初はうまくできなくても、
何度も挑戦して、できたときにみんなで笑ったり。
保健指導で使っていた色鉛筆や、画用紙の切れ端を使って、お絵描きや工作をしたりもしました。








特別なものがなくても、
ただ一緒に何かをする時間が、
自然と増えていきました。
子どもたちの成長
そうして一緒に過ごす時間が増える中で、
少しずつ変化も見えるようになりました。
最初の頃は、遊んだら遊びっぱなしだったけれど、気づけばお片付けができるようになっていました。
年上の子たちが率先して、
使ったものを元の場所に戻したり、
ゴミを集めてゴミ箱に捨てに行ったり。
また、おもちゃの取り合いになることもありましたが、次第に順番で使うこともできるようになっていきました。
最初は言い合いになったり、取り合いになったりしていたのに、
少しずつ「待つ」ことができるようになっていったのが印象的でした。
そして、「ありがとう」や「ごめんなさい」も、
少しずつ言えるようになっていきました。
タンザニアでは、大人同士でもあまりそういった言葉を交わさない場面をよく見かけていて、
それが文化なのか、当たり前の助け合いがあるからなのか、正直なところ理由は分からないけれど、
でも、子どもたちには
そういう言葉も大切にしてほしいなと思って、
伝えるようにしていました。

痛いところにキスしてあげる優しさ❤️🩹
そしてある日、
いつものように一緒に絵を描いていたとき、
子どもたちから、こんな言葉をもらいました。

「ona watoto wanayokupenda」
これはスワヒリ語で、
「私たち子どもたちはあなたが大好きだよ」
「ほら、子どもたちがどれだけあなたを好きか見て」
そんな意味の言葉でした。
その言葉を見たとき、
これまで一緒に過ごしてきた時間が、
ちゃんと伝わっていたんだなと感じました。
看護師として活動するために来たはずなのに、
気づけば子どもたちと過ごす時間が、
わたしにとって大切な日常になっていました。
何かを与えたというより、むしろ、もらっていたものの方が多かった気がします。
言葉や文化が違っても、一緒に過ごす時間の中で生まれる関係があって、それは思っていたよりもずっとあたたかいものでした。
特別なことをしていたわけではないけれど、
ただ一緒に過ごした時間の中で、
少しずつ関係ができていったのだと思います。
あの言葉をもらったとき、
その時間がちゃんと意味のあるものだったんだと感じました。
きっと、あの時間はわたしにとっても大切な居場所だったのだと思います。
世界中の子どもたちが自分らしく過ごし
周りの人たちから愛されて過ごせますように。

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