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拘置所での担当刑務官の「優しさ」により、長年の気楽な独居生活から、刑務所に入った途端に雑居房に入れられた受刑者の話。

Aさんの入っていた拘置所は、判決が確定して受刑者という立場になると、同県にある大きな刑務所に一旦移送され、そこで「分類」という名の選別が行われます。そしてその選別に基づいて、基本的に刑期を終えるまで収容される刑務所に移送されるという仕組みになっていました。

Aさんは拘置所にいる間ずっと監視カメラ付きの単独室でした。
詳しくは下の記事をご覧ください。

Aさんの階を担当していた刑務官は非常に穏やかな人でした。高圧的なところも一切なく、それどころか積極的に笑顔で被告人との雑談にも応じ、それぞれの被告人の特徴もよく掴んでおり面倒見の良い面もありました。それ故、被告人の多くはこの刑務官のことを慕っていました。

Aさんは、居室では、ずっと読書をしていました。
そうしている内に、本を収納するのに本棚や私物箱だけでは足りなくなったので、居室の至る所を勝手に本棚にして、床という床は見事に本で埋まりました。

拘置所の規則としては、居室内で持てる私物は、官から貸し出される「私物箱」に入れることができる量までとなっていました。
しかしAさんは上記の通り、部屋中が本で埋まっていました。もうひとつ言えば、お菓子でも埋まっていました。

居室がそのような有様であるにもかかわらず、Aさんは一切、注意や指導を受けることがありませんでした。
Aさんが読んでいた本が、様々な研究書などであったということも、その理由の一つであったのでしょうし、担当刑務官が理解のある人であったということもあるでしょう。更には、Aさんが、様々な事情で「特別扱い」を受ける人だったという事情も大きいのかもしれません(この辺の事情は、下の記事をお読みください)。

Aさんは当初、一週間に一度ほど、小さな面談室のような部屋に連行されて、被告人たちから「主任」と呼ばれる刑務官と一対一で雑談をすることになっていました。

面談室では、何を訊かれるという訳でもなく、
主任「どうや、調子は?」
Aさん「はい、まあまあですよ」
主任「なんか不自由なことはあるか?」
Aさんは(勾留そのものものが不自由だよ!なんちゅう質問や?!)と思いながらも、「はい、色々と慣れてきました」と答えておきました。

勾留中、キリスト教について関心を持ったAさんは、キリスト教に関する本を差入れしてもらって読んでいました。
そんなある日、Aさんの居室に、そのような事情を知っていた主任が飛んできて、

主任「Aよ!キリスト教では自殺はどう扱われてるんや?!」
Aさん「いけないことになっていると思います。」
主任「それはなんでや?!」
Aさん「人の死に方を決定できるのは、神だけだからです。」
主任「そうか!ありがとう!!」
と言って、主任は走って戻って行きました。

Aさんが後に聞いたところによると、下の階で自殺しようとしている外国人の被告人がいて、主任を始めとする刑務官たちが、その人を必死で説得しているところだったとのこと。
Aさんはキリスト教が自殺についてどういっているのかについてしっかり理解していた訳ではなく、どれかの本で読んでうる覚えだった知識を言わば適当に「でっち上げた」だけで、正しいのか間違っているのかは分かりません。しかしどうやらAさんのその「知識」は役に立ったようでした。

そんなこともあってか、規定量を遥かに超える書籍を居室に置いておくことを黙認され続けました。夜、布団に寝転がったら、頭から足先まで本でいっぱいでした。

そんなこんなで、Aさんにも赤落ち(判決が確定して受刑者になり、刑務所に移送されること)の時期が見えてきました。
Aさんの階を担当する優しい刑務官とも、そのことについての話になりました。
その担当刑務官は、Aさんが監視カメラ付きの単独室で約2年半も生活していることを気の毒に思っていたようでした。
担当刑務官は、Aさんの勾留中、度々Aさんに「どうや?雑居行ってみるか?」と訊いてきました。どうやらAさんを今いる単独室から抜け出させてやろうと思っていたようです。
しかしAさんは、単独室の方が気楽で良いと思っていたほうなので、訊かれる度に「いやぁ、ここで大丈夫ですよ」となんとなく断り続けていました。
担当刑務官は、処遇部門がAさんを2年半も監視カメラ付きの単独室に入れておくのは、Aさんが受刑者の属性でいうところの「M指標」(精神上の疾病や障害により医療を主に行う刑事施設に収容される受刑者を指す指標)に値する者だからだと理解していました。

そして赤落ち寸前、やはり親しく、そして優しくしてもらったという気持ちから、少なくともAさんにとっては名残惜しい気持ちになりながら、Aさんは担当刑務官と雑談をしていました。
拘置所で色々と便宜を図ってもらったことについての感謝の言葉や、これから長年収容されることになる刑務所への不安など、様々なことを話していると、担当刑務官がおもむろに「Aよ、俺がちゃんとしたる!」と意味深なことをニコッと笑ってAさんに告げたのでした。

ついに赤落ちしたAさんは、冒頭に述べた通り、「分類」のために、拘置所と同県に所在する大きな刑務所に移送されました。その日はその拘置所からはAさんを含めて3名の受刑者が移送されました。

同県の大きな刑務所に移送された3名の受刑者は、領置調べを終えると風呂に入れられました。Aさんは後の2名のうちのひとりと一緒に風呂に入ることになりました。
Aさんは、拘置所いる間の約2年半、ずっと単独室で生活しており、風呂も単独で入っていました。なので、2名で入るお風呂ということに、多少違和感を覚えました。2名で風呂に入るというその違和感とは別に、何か妙に不安になるような、何とも言えない違和感も感じていました。
しかしAさんは、「二人風呂か、、、。まあこの後また独居に連行されるんやろな。」と考え、さっき覚えた違和感を無視することにしました。

お風呂を出た受刑者3名は、また集合させられ、刑務官の「前へ〜進め!!」の号令と共に前方に向かって歩き出しました。まだ行進の練習をさせられていないので、3名とも、一応、無作法になりすぎない程度のダラダラさで歩き出しました。

Aさんは、「あれ?いつまでみんな一緒に進んでんねんやろ?」と思い、先ほど無視した違和感が、かなり大きな違和感になっていくのを感じ出しました。

「ここや!入れ!!」
3名を連行した刑務官は(何故か)怒鳴りました。
Aさんは「えーーー!!!雑居やん!!!」と、驚きを隠せませんでした。そうなのです。Aさんはついに共同室に入ることになったのです。

初めて共同室に入ることになったAさんは、めちゃくちゃ緊張し、めちゃくちゃ不安を感じました。
「違和感の正体はこれやったんか!」
Aさんは驚きつつも、妙に納得したのでした。

ここから先の「Aさんの初めての雑居生活」についてはまた改めて別の記事に書いてみますが、結論的には、Aさんにとって初めての共同室は刺激の連続で、相当しんどいながらも、単独室にはない楽しさを見出すことができたのです。これも先に書いてしまいますが、Aさんがその部屋を離れる日には、残していく他の受刑者たちとの別れが惜しくて、後になって考えるとかなり臭い感じの台詞などが交わされ、皆との別れを惜しむほどになっていました。

そんなこんなの共同室生活を経験し、そこでハッキリと意味が分かりました。拘置所でのあの優しかった担当刑務官が赤落ち前のAさんに対して「Aよ、俺がちゃんとしたる!」といったことの意味が。
「あの担当さんが言ったことは、このことだったのか!」とAさんは思いました。

単独室にも共同室にも、良い面と悪い面があります。単独室の良い面といえば、誰にも何も邪魔されないことが先ず挙げられます。誰にも気を遣わなくて良いというのはかなり大きなメリットです。しかし、その施設のルールを教えてくれる人が誰もいないので、どのように生活したら良いのか分からないというデメリットもあります。これが拘置所ならまだしも、刑務所では通用しません。刑務所では「ルールを教えてくれる人がいなかったので、分かりませんでした」などとルール違反をした理由を説明したところで、すかさず「反則・調査」になり、十中八九、懲罰(閉居罰)にかけられます。

共同室では一般的には4名から6名ほどが一緒に生活するため、分からないことは訊くことができますし、その点は本当に心強いものがあります。プライバシーがゼロというデメリットは確かに大きいですが、先ほど述べた通り、分からないことは周りに尋ねることができますし、寂しさも紛らわせることができます。
拘置所での担当刑務官は、Aさんを寂しかっただろうと思うと同時に、ルール違反により懲罰にかかることをできるだけ避けさせてやろうと思ったのでした。少なくともAさんはそう思いました。実際に、担当刑務官はAさんに、「お前なら仮釈放が出るわ。それは保証する。」とも言っていたのでした。


ということで今回はこの辺で。

この「分類部屋」で、Aさんとその他のメンバーには実に様々なことがありました。次回以降にそれらを書いていこうと思いますので、その際もどうぞよろしくお願いいたします。



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