分詞構文は「意味を省略する文法」じゃない。情報を圧縮する文法だ。
分詞構文には「〜しながら」「〜すると」「〜なので」など、いろいろな訳し方があります。
でも、英語そのものにそれらの意味が全部書かれているわけではありません。では、分詞構文では何が起きているのでしょうか。
分詞構文がしているのは「意味を削ること」ではなく、聞き手が復元できる情報を表面から外し、背景情報をコンパクトにすることです。
前回からだいぶ間が空いてしまいましたが、新学期が始まったからです。辛いですねこの時期は。
前回記事
4.2 分詞構⽂:「情報を圧縮する」コンパクト伝達システム
第 2 章で、不定詞・動名詞・分詞などを⽤いて、⼀つの出来事を名詞・形容詞・副詞として部品化する仕組みを⾒てきた。その中でも副詞節は、理由・条件・時間・同時進⾏などの背景情報を、主節が表す出来事へ付け加える役割を持っていた。
例えば、
Because he was tired, he went home.
この⽂では、「彼は疲れていた」という理由が、「彼は帰宅した」という出来事全体を説明する背景情報として働いている。
しかし、英語は背景情報を毎回すべて書くわけではない。話し⼿と聞き⼿が⽂脈から容易に復元できる情報については、あえて省略することがある。
例えば、
Being tired, he went home.
という⽂を⾒てみよう。
この⽂では、本来存在していた
• because
• he
• was
という情報が姿を消している。
つまり、
Because he was tired, he went home.
における副詞節が、
Being tired, he went home.
という、よりコンパクトな形へ圧縮されているのである。もちろん、情報そのものが失われたわけではない。
主語は主節と同じ「he」であることが分かる。be 動詞も、この例では現在分詞の形から容易に補える。さらに、「疲れていた」という内容は、帰宅した理由として⾃然に理解できる。
つまり、削られた情報は、聞き⼿が⽂脈から復元できる情報なのである。分詞構⽂は、このように背景情報の中⼼を残しながら、主語や接続詞など、⽂脈から補える部分を表⾯に⽰さない。その結果、副詞節に近い内容を、よりコンパクトな形で提⽰できる。この意味で、分詞構⽂は、副詞節を圧縮した形として捉えることができる。
分詞構⽂は「意味」を削る⽂法ではない
学校⽂法では、
「〜すると」
「〜なので」
「〜しながら」
など、さまざまな訳し⽅を覚えることが多い。しかし、これらは英語が最初から書いている意味ではない。
例えば、
Walking down the street, I met Tom.
この⽂だけを⾒ると、Walking が「歩いているとき」なのか、 「歩きながら」なのか、 「歩いていたところ」なのかは、英⽂中には明⽰されていない。英語が⽰しているのは、 「歩いている」という背景情報だけである。その背景情報が、時間なのか、同時進⾏なのか、原因なのかは、前後の⽂脈や出来事の性質から⾃然に判断される。つまり、
「〜ながら」
「〜すると」
「〜なので」という訳は、英語に書かれている意味ではなく、⽇本語として⾃然に理解するために補われた表現なのである。
接続詞を書かないという選択
ここで、前節の接続詞を思い出してほしい。
接続詞では、
because
if
although
などを⽤いて、⼆つの出来事がどのような関係にあるのかを、あらかじめ聞き⼿へ⽰していた。例えば、
Because he was tired, he went home.
では、because があるため、聞き⼿は「これから理由が述べられる」と分かった上で⽂を読むことができる。
⼀⽅、
Being tired, he went home.
には、そのような接続詞が存在しない。
つまり、話し⼿は、両者の関係を⽂脈から⼗分に復元できると判断し、あえて接続詞を書かなかったのである。これは、論理関係を曖昧にしたいからではない。聞き⼿へ丸投げしたいからでもない。
英語は、復元できる情報は書かないという選択をしているのである。
接続詞では論理を明⽰した。
分詞構⽂では、その論理を⽂脈へ委ねる。
どちらも⽬的は同じである。聞き⼿が効率よく情報を理解できるようにすることなのだ。
圧縮できる理由
では、なぜこのような省略が可能なのだろうか。それは、聞き⼿が復元できる情報には⼀定の規則があるからである。
例えば、
Being tired, he went home.
では、 「疲れていた」のは誰なのか。もちろん主節の主語である he と理解される。また、Being は be 動詞が含まれていることも容易に分かる。
つまり、接続詞や主語などの情報は、⼀定の規則と⽂脈を⼿掛かりに補うことができる。
そのため、それらを表⾯に⽰さなくても、背景情報の中⼼は維持されるのである。これは、第 2 章で扱った部品化と同じ考え⽅である。副詞節という⼀つの部品は、そのままでも使える。しかし、必要以上に⼤きな部品は、明⽰しなくても補える部分を表⾯から外し、より⼩さな形にすることができる。分詞構⽂とは、副詞節をコンパクトな部品へ圧縮した姿なのである。
圧縮にも限界がある
もちろん、何でも省略できるわけではない。
例えば、
Walking down the street, the trees looked beautiful.
この⽂では、通常の規則に従うと、歩いていた主体が主節の主語である the trees と結び付けられてしまう。英語では通常、分詞構⽂の意味上の主語は主節の主語と⼀致すると考えるため、「⽊が歩いていた」という不⾃然な意味になってしまう。
つまり、分詞構⽂は、 「何でも削ればよい」という⽂法ではない。復元できる情報だけを削るのだ。だからこそ、情報圧縮として機能するのである。
情報圧縮という視点で⾒る第 2 章では、⼀つの出来事を副詞という部品へ変換する⽅法を学んだ。
第 4 章では、その部品を、さらに⼩さく圧縮する⽅法を⾒ている。
副詞節
↓
分詞構⽂
という変化は、意味を減らしているのではない。復元可能な情報だけを削り、中⼼となる背景情報を保ちながら、論理関係の細部を⽂脈から補わせることで、よりコンパクトに届けているのである。
これは、元の情報を完全に保存するファイル圧縮というより、⽂脈を共有する者同⼠で使う略号に近い。書かれていない部分を、⼀定の規則と周囲の情報から補うのである。
分詞構⽂の本質
学校⽂法では、 「分詞構⽂は慣⽤表現が多い」 「訳し⽅がたくさんある」という印象を持つ学習者も少なくない。
しかし、本質はそこにはない。分詞構⽂とは、副詞節が表す背景情報の中⼼を保ちながら、主節と共有される主語や、⽂脈から推測できる接続関係などを表⾯に⽰さず、情報をコンパクトに提⽰する仕組みである。
接続詞では、⼆つの情報の論理関係を明⽰することで、聞き⼿を次の情報へ導いた。
これに対して分詞構⽂では、その関係の⼀部を⽂脈へ預け、聞き⼿が復元できる情報を繰り返さない。
つまり分詞構⽂とは、
背景情報を提⽰する
↓
共有される主語や論理関係の⼀部を省略する
↓
聞き⼿が規則と⽂脈から補う
↓
少ない表現で中⼼的な内容を伝える
という情報圧縮システムなのである。
分詞構⽂は、情報を単純に削除しているのではない。⽂⾯にすべてを書き込まず、聞き⼿が⽂脈から呼び出せる情報を、あえて参照に回しているのである。
次回で最後の冠詞です。
