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【連載小説】あなたがそばにいれば 第1章 5

2020年発表『たしかなことばをつづれ』(改題)

高橋夏希(24)⋯企画営業部第三課所属の入社3年目。喪失を胸に抱えたまま、日常を静かに丁寧に生きようとする女性
高橋春彦(22)⋯夏希の弟。姉と二人で暮らしながら、自分の世界を静かに育てている青年
野島遼太郎(30)⋯企画営業部第一課課長。家族を拒み続けながら、誰かを深く愛することを恐れている男

登場人物


~Natsuki


x3年5月

 自信なんてない。けれど逃げ出すわけにもいかない。だってこれは給料を貰う身として私に与えられた仕事なのだから。そして何より、野島課長を見返してやりたかった。割り切るしかない。

 そこにある事実を詰める。そして根拠を示す。曖昧な回答・表現は全て野島課長から厳しい指摘を受けた。
 各ステークホルダーに対し、現状発生している問題に対し、どのような具体的な解決策があるかを一緒に考えた。そしてスケジュールを弾き直す。遅らせるためではなく、間に合わせるための組み換え。

 そんな行動を繰り返していると、硬直していた周囲の態度がガラリと変わる瞬間があった。

『高橋さん、いつも根気よく頑張ってくれてるね。残業もたくさんしてるんでしょ』
『また来たな。でも今日はちゃんと遅れない進捗を報告出来るよ。若いあんたに毎回遅れますなんて報告、恥ずかしいからな』

 厳しい人は相変わらずだし、ハードなことには変わりないが、それでも以前よりはずっとやりやすくなった。当初野島課長が啖呵を切った納期でリリースは出来ないだろうと誰もが高を括っていたようだったが、結果的に私たちは遅延なくリリース日を迎え、返って経営陣を驚かせた。

 企画営業部は会社から高く評価してもらい、気難しいステークホルダーたちも参加したプロジェクトの打ち上げは盛大に行われた。

「さすが野島課長。部署全体の評価も上がって、良かったですね!」

 同僚の一人がそう盛り上げると、野島課長は皆に向かって言い放った。

「いや、俺は特になにもしていない。全部PMOである高橋の成果だよ」

 えっ私、と言葉に詰まる。皆が注目する中で、両手を激しく振った。

「全然そんな事ないです。野島課長が本当に細かく指示を出してくださり、それに従っただけです」

 反論すると、課長は更に続けた。

「それでも実行して結果を出したのは高橋だ。上層部にもそう話した」

 すると周囲から拍手が湧き起こった。「その通りだよ、高橋さん!」と大きな声を挙げたのは、最も苦手だった経理部の課長だった。キックオフの冒頭でいきなり吠えた、あの人。

「野島だけだよ。相変わらず口の利き方も知らないで」
「何とでも言ってください。私はそういうこと気にしないので」
「気にしろって言ってるんだ」

 経理課長はあくまでもおどけた口調で、周囲からも笑いがわき起こった。その後も私は重ねてみんなから褒められ、視界が滲む。野島課長は「なに泣いてるんだよ」と呆れながらも、照れくさそうに目を逸らした。

 会がお開きになった後、斎藤主任がそっと近づいてき、耳打ちした。

「今だから言うけどね、野島課長も、高橋さんの様子をいつも周囲に訊いて周っていたんだよ。アイツ、折れそうになってないか、とか、愚痴を聞いてやってくれ、とかね」
「えっ? それ、本当ですか?」
「うん。ま、あの人はそういうとこ抜け目ないから。優しさ半分、マネジメント半分ってとこかな。自分の成果の出し方も知ってるからね」

 彼はPMなのだし、当然のことをしたまで、ということか。それでも、嬉しかった。



x4年3月

 半年後。

 入社4年目を迎えようとした私だが、雑貨の企画販売をする小さな会社に転職することにした。仕事は充実していたが、やはり気が張ることが多く、長くやっていく自信はなかった。次の職場は小さな会社で、企画から営業まで全部やる。そのノウハウはこの会社で積むことが出来た。

 私の退職を聞いた野島課長は「ギブアップか」とからかったが「まぁ、高橋ならどこへ行っても大丈夫だろう」とエールをくれた。

「野島課長に鍛えて頂いたお陰で自信が持てるようになりました。ありがとうございました」

 そう頭を下げると、彼は何か言いかけたが、結局何も言わず横を向いた。窓から差し込んだ夕日が、光と陰を織りなして彼を照らしている。"怖い人" から少しだけ脱却した。でもそれも、もう恐れることもない。

🍺

 部署で私の送別会を開いてくれる事になり、普段忙しく遅くまで会社に残りがちな野島課長も、その時は遅刻なく出席してくれた。

 2次会もお開きになり、その場で残った人たちと連絡先の交換となった。その流れで野島課長とも交換することになったが、みんな彼のプライベートな連絡先なんて知らない様子だったから、意外だった。お酒も入って、少し上機嫌だったのかもしれない。

 とはいえ会社が変わってから、元同僚たちとどれくらい連絡を取り合うのかはわからない。期待はしていなかった。





つづく


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