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【連載小説】あなたがそばにいれば 第1章 3

2020年発表『たしかなことばをつづれ』(改題)

高橋夏希(23)⋯企画営業部第三課に配属された新入社員。喪失を胸に抱えたまま、日常を静かに丁寧に生きようとする女性
高橋春彦(20)⋯夏希の弟。姉と二人で暮らしながら、自分の世界を静かに育てている青年
野島遼太郎(28)⋯企画営業部第一課課長。家族を拒み続けながら、誰かを深く愛することを恐れている男

登場人物

~Ryotaro


x1年9月

 テーブルの上に置いていたスマホが振動と共に画面に表示したのは、実家の電話番号だ。無視をしてそのまま見ていたニュースに目を戻す。東京で働く俺が多忙なことくらいは察して欲しいものだが、母は懲りずに掛けてくる。父が知事公舎に居を移してからというもの、広い家で暇を持て余しているのだろう。こちらが出ないと音声メッセージを残していくが、一度も聞いたことはない。

 留守番メッセージに切り替わったはずだが、再び振動。それを繰り返すこと3回。さすがに4回目で渋々出た。会話するのはいつ以来だろうか。1年以上は経っているはずだ。

『遼太郎! あなた、ちっとも連絡寄越さないし、こちらが掛けてもいつも留守で! どういうことですか?』

 キンと響く耳障りな声。「元気でやっています」と月並みな返事をする。

『親の声も聞けないほど、仕事ばかりしなくてもいいのに』
「それなりに忙しいですよ。先日課長にも昇進したので、やることも増えていますし」

 母は案の定、おめでとうよりも先に “部下は何人いるの” と訊いて来た。

「10人ですよ。大した規模じゃなくてすみませんね」
『あなたならもっと大きな組織を動かせるでしょう。いいえ、そんなちっぽけなわけのわからない会社よりも、せめて一流企業に行くべきでした。大学だってそうよ。本当はお父さんは今でも後を継いで欲しいと思っているのに。あなたが自分を過小評価する理由が全く理解できないわ』

 "親父の後を継ぐ" と言ったって、たかが県知事の肩書があるだけ。
 併せて母がつけていた化粧品の、反吐の出るような匂いまで思い出し、思わず顔からスマホを離しスピーカーボタンを押した。

 なぜ一流大学でなければ、一流企業でなければ、官僚や政治家にならければ過小評価なのか。そもそも俺は、自分を過小評価なんかしちゃいない。

『年末年始くらい帰って来なさい。お父さんもお母さんももう若くないんだから、顔見ておかないと後悔するわよ』

 こちらとしては後悔どころか、顔を見ずに済むのであれば是非そうしたい所だ。死に目に会えずとも何とも思わないし、何の未練も無い。

「そうですね。都合が付けば」
『いやぁねぇ、都合は無理くり付けるものでしょう? それにあなたもう30歳目前じゃないの。いい加減にお嫁さんもらうこと真面目に考えてちょうだい。あなたに是非、という縁談だって少なくないんだから、今度その話もさせなさい』

 思わず舌打ちした。これだから田舎は、たまったものじゃない。

「はいはい⋯⋯用件はそんなことですか? 暇はないのでもう切ります」
『あぁ、ちょっと待ちなさい。隆次があなたと連絡取りたいって言うのよ』
「隆次?」

 隆次は10歳下の弟だ。遠縁を頼って高校の途中からカナダに一人移り住み、向こうの高校に進学したという。そもそもカナダに行った話も母から聞いただけで、本人とは音信不通なのだが。

「あいつ、帰ってきたんですか?」
『帰ってきてないわよ。そんな気もないでしょう』
「じゃあ、なんでまた」
『知らないわよ。あの子が私に理由を話すわけないでしょう? そもそも話が通じないんだから。うちでは遼太郎が家を出てから、誰も通訳出来ないもの』

 全く⋯⋯本当に相変わらずだ。親なんて呼びたくもないし、名乗ってほしくもない。

「で、あっても連絡先くらいは知ってますよね?」

 後でメッセージで送ると言われ、引き続き俺の縁談話に飛びそうになったので、無理矢理通話を切った。

 訪れた静寂にため息。メインの用件そっちのけで自分の話したいことを一方的に押し付けてくる。思わず舌打ちする。部屋の空気まで淀んだ気がして窓を開けると、どこかで外し忘れた風鈴の音に混じり、儚いながらも虫の声が聞こえてくる。日中はまだまだ真夏のようでも、足元では季節が移ろうとしている。心地よく頬を撫でる風に、身体中張り巡らされていた強張りが少しほどけていく。
 ため息。

 帰るつもりはない。
 大学入学の春、歪んだ家族関係に耐え切れず、親父からは勘当同然、振り切るように家を飛び出した。

 “御殿” と揶揄されていた実家は、市街地から遠く離れた田舎町で、一般世間とは塀で隔てられていた。

 厳格な祖父は、警察官から政治家になった男だ。俺が幼い頃から離れにある小さな道場で剣術を仕込み、勉強においては文机の前で何時間も正座をさせた。血が滲もうが、脚の感覚がなくなろうが “もうよし” とは言われず、全て決められた時間通りにこなすことを課せられた。幼少期から傷や痣が絶えなかったが、それで虐待が疑われることはなかった。祖父は剣術でも有名人だったから。
 クラスメイトたちは放課後にサッカーだのゲームだの興じていたが、それに俺が交じることはなかった。
 12歳の時に祖父が亡くなり、中学からは弓道を始めた。道場の張り詰めた空気は好きだったから、これで痣だらけにならずに済む、と安堵したものだ。

 当時県議会議員だった親父は、議会の間は家を空けていた。顔を合わせる時間の減った親父は俺の成績だけが関心事で、暇な母も “長男としての” 俺の振る舞いばかり気にした。さらに母は、幼い弟の面倒を家政婦に任せっきりだった。あの環境で、よく道を逸れなかったものだと我ながら思う。将来の選択肢を増やすために考える力と問題解決力はつけておくべきだと、幼いながらもそう考えていた。これは祖父の教えが唯一、功を奏したかもしれない。

 親父宛てに、陳情で人が訪れることがよくあった。そんな場に長男として・・・・・「顔を出せ」とよく言われたが、隆次は「引っ込んでろ」と言われていた。俺と隆次に対する両親の態度は180度異なった。
 俺たちは互いの部屋でよく一緒に引き籠もった。

 口数が少なく、他人とうまく関わることの出来なかった弟は中学生の時、医者に自分の状態に名をつけられた。いわゆる発達障害だ。俺が東京で働き出して2年目の頃、母が泣きながら俺に電話を掛けてき、それを告げ嘆いた。

 泣くことはないだろ。隆次に失礼だろうが。
 むしろ会話が通じない理由が明らかになったのだから、それくらい前向きに考えられないのか。

 そんな隆次も俺同様、家に見切りをつけて出ていったのだろう。
 そして両親は清々したことだろう。

 その隆次が俺に何を話したいというのか気になったが、一日置くことにした。やはり親と接すると苛つき、気持ちを鎮めるのに時間を要してしまう。隆次に対しては、出来る限り凪の状態で話してやりたいから。

 縁談話も出たが、俺はあんな家を継ぐ気はない。あんな家のDNAを遺すことはしない。隆次がどう思っているかは知らないが。
 まぁいつか、そんな話をアイツとしてもいいかもしれない。

 そんなことを考えながらベッドに身体を横たえた。夜風はいつまでも優しく、俺を包み込んだ。

 まずは摑んだ課長の椅子だ。同期の誰よりも早く昇格した。しかしそれは通過点に過ぎない。もっと上を目指す。

 俺は家庭を持つタイプではない。
 親の期待は裏切り続けてやる。





つづく


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