NOと言える選択肢を持つこと。〜私のセミリタイアの本当の定義〜|リタイアと仕事の話⑥|私自身の部屋
セミリタイアを目指していた頃、私は自由を勘違いしていました。
「自由になる」というのは、
Yesと言える数を増やすことだと思っていた。
選択肢が増えること。可能性が広がること。
何でもできるようになること。
でも、違った。
勘違いしていた、自由の定義。
証券会社を辞めてベトナムに渡った時、
お金・時間・場所の自由を手に入れようとしていた。
でも当時の私が考えていた「自由」は、
「もっとYesと言えるようになること」でした。
もっと多くの仕事を選べる。
もっと多くの場所に行ける。
もっと多くの人と関われる。
選択肢の数=自由だと思っていた。
リタイアしたら、別の罠にはまった。
セミリタイアして、付き合う人がぐっと変わりました。
そのお話は、シリーズ①で書いた通りです。
平日の日中ぷらぷらしている人には、ぷらぷらできる理由がある。
親がフランスで代々政治関係者だとか、
仮想通貨を20年前から始めていたとか、
同じ年齢でロンドンやニューヨークに複数の物件を持っているとか。
桁も規模も、全然違う世界の人たちと交流するようになった。
すると、その「当たり前」が、どんどん自分の中に流れ込んでくる。
1食300円のご飯でも十分幸せなのに、
3万円するレストランに流れていくように。
人間同士のフラットな関係が好きで、
あえてプライベートでは日本社会の序列と距離を置いていたのに、
後輩や年下と食事に行くと、
「リタイアしていていいですね」という話から、
なんとなく奢らないといけない空気を勝手に感じるようになったり。
自転車で何も持たずに旅行するのが好きだったのに、
行っても何をすればいいかわからないリゾートに泊まるようになったり。
ローカルのカフェから、スペシャルティコーヒーのおしゃれなカフェに。
今週末バリに行こうよ、ファーストクラスでヒルトンに泊まろう。にYesと言えない自分への不甲斐感。
自分自身がどうしたいかより、
付き合う人たちが変わって、それに流されていた。
リタイア=お金に余裕があるという周りの目。
夫がこういう生活を期待しているのかも、という勝手な思い込み。
消費の面でも「YesといえるもっとYes」を積み上げないと、
という見えないプレッシャーを感じるようになっていた。
それが子育てとなると、青天井です。学校だけでインターだと年500万円。2人欲しければ、学費だけで年1000万円。
どれだけお金があれば、自分が望んでいた生活をスタートできるんだろう。
お金から距離を置きたくて、
働くことの理由をお金に縛られたくなくてリタイアを目指したはずなのに。
気がついたら、お金に執着している自分がそこにいた。
選択肢が増えるほど、依存するものも一緒に増えていく。
収入源が増えれば、失いたくない関係も増える。
可能性が広がれば、断れないことも増える。
気づいたら、自由のために積み上げたものに、
自分の思い込みの「プライド」や「べき論」に縛られている私自身がそこにいました。
本当に欲しかったのは、Noと言える自由だった。
まなラボを始めて、自分と向き合って、
ようやく気づいたことがあります。
私が本当に欲しかったのは、
Noと言える選択肢を増やすことでした。
Yesと言える数じゃなくて。
何かに依存せず、
自分の価値観や信念に合わないものに、
ちゃんとNoと言える状態。
それが、本当に欲しかった自由でした。
セミリタイアの定義が、やっとはっきりしました。
働かないことじゃない。
Noと言える選択肢を可能な限り持つこと。
それが、私のセミリタイアの本当の意味でした。
Noと言えること一つひとつが、豊かさになる。
Noと言えるということは、
その分だけ、自分の価値観に合うものを守れるということです。
大切にしたい仕事だけを手元に置ける。
大切にしたい関係だけを、ちゃんと手入れできる。
大切にしたい時間を、自分にとって意味のあることのために使える。
Noと言える一つひとつが、
自分が本当に大切にしたいものを、守り、育てる余白になる。
これが、私の考える豊かさの定義だということに気づきました。
お金があることではなく、
Noと言える選択肢があること。
実践してみて、わかったこと。
シリーズ⑤で書いたように、仕事に関しては、
バラバラのポジションで受けていた業務を、
戦略設計のコンサルタント・顧問に絞ることにしました。
合わない関わり方には、Noと言った。
そして自分の考えと合わない、あるいは、価値を感じていただけないところは、無理せずさよならと言う。
きっと、長い目ではそれがお互いのためになるとようやく気づけたから。
やってみて気づいたのは、
Noと言うことは、失うことじゃないということです。
むしろ、Noを言った分だけ、
手元に残ったものの輪郭がくっきりした。
自分が何者で、何をしたいのかが、
はっきり見えるようになりました。
そういうことに残りの人生は捧げていきたい。
限られた時間という制約の元で。
身の回りも、同じです。
サービスでも、ものでも、関係でも。
「これは要らない」と言えること。
Noを言えるものが一つ増えるたびに、
本当に大切なものに、もっと向き合えるようになる。
依存を減らすことが、自由を増やすことであり、
自分自身の人生を自分らしく生きられるようになる。
読んでいるあなたへ。
「自由になりたい」と思っている人に、
一つだけ聞いてみたいことがあります。
あなたが増やしたいのは、
Yesと言える数ですか。
それとも、Noと言える数ですか。
答えによって、向かう方向が変わるかもしれません。
Noと言える選択肢を、一つでも増やすことから。
それが、私にとっての自由であり、
セミリタイアの本当の意味でした。
もしかすると、みんなが考えるリタイアの定義とは全く違うかもしれないけれど。
次の記事では、この「Noと言える自由」の先に、
私が作りたいものの話を書きます。
📚 セミリタイアシリーズを最初から
▼ ① 私がセミリタイアに失敗した理由。
https://note.com/manalabo/n/n3aad8352a7ff
▼ ② 私が「労働単価×時間」の外に出たかった理由。
https://note.com/manalabo/n/n8e2e52512dbf
▼ ③ 弱者だったから、投資家になれた。
https://note.com/manalabo/n/n7c7ed02a65d7
▼ ④ 36歳でスイッチを切るまで。
https://note.com/manalabo/n/nf144d4cd129e
▼ ⑤ 働くのが好きすぎた。
https://note.com/manalabo/n/nfcf3954e2098
▼ ⑥ NOと言える選択肢を持つこと。
読む(この記事です)
▼ ⑦ 今、また走り出している。
https://note.com/manalabo/n/nc089c281a388
📚 セミリタイアシリーズを最初から
▼ ① 私がセミリタイアに失敗した理由。 読む
▼ ② 私が「労働単価×時間」の外に出たかった理由。 読む
▼ ③ 弱者だったから、投資家になれた。 読む
▼ ④ 36歳でスイッチを切るまで。 読む
▼ ⑤ 働くのが好きすぎた。 読む
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【この記事を書いた人】まなラボの紹介
ベトナム在住10年・ダナン在住。4言語(日英仏西)、5カ国居住、約40カ国経験。音大中退後、学位も貯金もゼロからパスポート一枚で海外へ。物流・金融・コンサルとキャリアを積み、2016年にベトナムでコンサル会社を立ち上げ・売却。ジェトロや中小企業基盤機構、公的機関の現地アドバイザーや、日系企業2,000社超の相談・支援に関与。証券外務員/米国MBA保有。
ベトナムで息子を出産したことをきっかけに、日本経済の将来を人任せにするのをやめようと決めた。次の世代に「まだ挑戦できる」という背中を見せるために、今、外貨を稼げる人と会社を増やすことを、自分のテーマにしています。
※このシリーズに出てくるお金の話は、私自身の経験と考え方をもとにした記録です。投資・資産運用には必ずリスクが伴います。特定の金融商品の購入や投資行動を推奨するものではありません。判断はご自身の責任でお願いします。
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