今、また走り出している。〜強みを出し合って、補い合える場所を作りたい。〜|リタイアと仕事の話⑦|私自身の部屋
セミリタイアに失敗して、また走り出して、
Noと言える自由の意味がわかった。
このシリーズを書きながら、やっと一本の線がつながった気がしています。
今日は、その先を書きます。
夫のことを、ずっと見ていた。
Noと言える生き方を探していた私が、
ずっと手本にしていた人がいます。
夫です。
出会った瞬間、この人と結婚したいと直感しました。
理由を言葉にするのが難しかったけれど、今ならわかります。
彼は、Noと言える生き方が、体に染み込んでいる人です。
今を全力で生きることがとても得意で、ものや人に依存しない。
お金で心が動くことはなくて、自分の心をいつも大切にしている。
心がNoというものには、周りに何と言われようと手を出さない。
そしてその空いたスペースで、Yesというものには全力で飛び込んでいく。
そういう野生的な彼が、今も大好きです。
妊娠が発覚した自転車旅行の時も思いました。
この人と、この旅みたいな人生と子育てを一緒にしたい、と。
そんな彼だからこそ、長年住んだホーチミンを離れて、
今このダナンという地で、私たちらしい生活をイチから始めているんだと思います。
結局、人は信念でしか頑張れない。
私がセミリタイアを走り続けられなかったのは、
真ん中に置いていたものが、最初からずれていたからです。
セミリタイアが目的になっていた。
その先に続く生き方と、自分の信念がチグハグだった。
だから不安とフラストレーションだけが残った。
結局、人は心から信じていること、
心から好きだと言えることでしか、頑張り続けられない。
強みというのも、結局は、
やると決めたことをやり続けた結果です。
つまり、好きだと思えることじゃないと、やり続けるのは難しい。
それが信念とずれていることとなるともっと難しい。
そして、ゴールに辿り着くというのは、
どうすればできるかを日々考え続けて、行動しまくって、
小さな毎日の失敗から学んで、
次の瞬間からゴールに向かって、
毎日小さくてもいいから一歩ずつ踏み出し続ける。
それぞれが考える成功は、その結果でしかないと思っています。
19歳で何もないところからスタートしたから、
そのことだけは、自信を持って言えます。
弱みを平均点に上げようとする社会に、疑問を感じてきた。
今の社会は、やるべきこと、やらなければいけないことで埋まっていると思っています。
心からやりたいことをやりたいと言って、
挑戦し続けられる社会じゃない。
そう感じてきたから日本を出たし、
そういうものに縛られたくないと思ったから、リタイアを目指した。
でも、働き方を変えることはその枝葉にすぎなくて、
根本はもっとシンプルなことでした。
弱みをなんとかして平均点に上げようとするんじゃなくて、
やりたいと思うことに集中して、やり続けられる社会にしたい。
そのためには、お互いが弱みを認め合って、
手を差し伸べ合える社会が必要です。
得意なことで生きていい。
苦手なことは、得意な人と組めばいい。
その分、自分が得意なことで手を差し出せばいい。
それが家庭でも、仕事でも、社会でも同じだと気づいたのは、
産後うつで崩壊しかけた我が家が、
強みを出し合えるよう、仕組みで回り始めてからでした。
外貨を稼ぎたいのは、お金持ちになってほしいからじゃない。
今の日本は経済が停滞して、人口が減って、
お金の不安が、毎日の選択を縛っています。
そういう状況では、
心からやりたいことをやり抜こうとする前に、
まず生活の不安に足をすくわれてしまう。
外貨を稼げる人と会社を増やしたいのは、
お金持ちになってほしいからじゃない。
経済停滞という不安から心を解放できる社会になってほしいから。
土台が整って初めて、その先のことを考えられる。
そのスタート地点に立てる人を、一人でも増やしたい。
私にできることを、全力でやっていく。
今、私ができることは何かを考えました。
今まで学んできたこと、経験したことで支援はできる。
だけど、主役は各自であって、私じゃない。
私は社会を変えることはできない。
誰かを変えることもできない。
でも、関わる人との仕事を通して、
何かの発信を通して、
今の私にできることを全力でやっていきたい。
私には私の人生を全力で生き続けることしかできないけれど、
結果として、それが家族に、周囲の大切な人に、出会う人たちに、
そしてこれを読んでくださっているどなたかに、
何かの役に立てればいいなと思っています。
そしてその先に、残したいものがあります。
次の世代の子たちが、子どもを産んでみたいと思える社会です。
産むかどうかは本人たちの選択で、
うまくいくかどうかは運もある。
それでも「やってみたい」と思える社会を残すことは、
私たちの世代の責任だと思っています。
とても素晴らしくて、ユニークな経験だから。
セミリタイアからの復帰は、その一歩目でした。
最後に。
このシリーズを書き終えて、やっとわかったことがあります。
私が目指していたのは、
「働かないこと」でも「もっとお金持ちになること」でもなかった。
自分の強みで、意義に向かって動けること。
大切な人たちと、強みを出し合えること。
そのために、Noと言える選択肢を持っておくこと。
それが、私のセミリタイアの本当のゴールでした。
セミリタイアは、特別な人だけのものじゃない。
どんなスタートラインからでも、
地図を描いて、設計を作って、動けば、
道は作れると信じています。
今また走り出しています。
今度は、ゴールが見えている。
▼ 前の記事 NOと言える選択肢を持つこと。
▼ シリーズを最初から 私がセミリタイアに失敗した理由。
📚 セミリタイアシリーズを最初から
▼ ① 私がセミリタイアに失敗した理由。 読む
▼ ② 私が「労働単価×時間」の外に出たかった理由。 読む
▼ ③ 弱者だったから、投資家になれた。 読む
▼ ④ 36歳でスイッチを切るまで。 読む
▼ ⑤ 働くのが好きすぎた。 読む
▼ ⑥ NOと言える選択肢を持つこと。 読む
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【この記事を書いた人】まなラボの紹介
ベトナム在住10年・ダナン在住。4言語(日英仏西)、5カ国居住、約40カ国経験。音大中退後、学位も貯金もゼロからパスポート一枚で海外へ。物流・金融・コンサルとキャリアを積み、2016年にベトナムでコンサル会社を立ち上げ・売却。ジェトロや中小企業基盤機構、公的機関の現地アドバイザーや、日系企業2,000社超の相談・支援に関与。証券外務員/米国MBA保有。
ベトナムで息子を出産したことをきっかけに、日本経済の将来を人任せにするのをやめようと決めた。次の世代に「まだ挑戦できる」という背中を見せるために、今、外貨を稼げる人と会社を増やすことを、自分のテーマにしています。
※このシリーズに出てくるお金の話は、私自身の経験と考え方をもとにした記録です。投資・資産運用には必ずリスクが伴います。特定の金融商品の購入や投資行動を推奨するものではありません。判断はご自身の責任でお願いします。
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