【読書】知った者の責任~『望月の烏』(阿部智里)~
「八咫烏シリーズ」の10巻目(外伝を除く)です。
↑kindle版(2026年5月8日に文庫版が出ると、このリンクは無効になる可能性があります)
実は私、この続刊の『亡霊の烏』を先に読み始め、3分の2まで読んだところでこの『望月の烏』の存在に気づいて読むという、かなり変なことをしています。よってネタバレ的に知っている部分がある状態で読んだのですが、かえってそれで分かりやすかった面もあるので、結果的に良かったかなとも思います。
綺羅絵は、中央城下の大店が後ろ盾となって売り込みたい商品をうまく広めることを目的として発展してきた。有名な遊女や町の看板娘の描かれた美人画の中に新作の反物や小物などをさりげなく盛り込み、意図的に流行を作ってきたのである。
江戸時代の浮世絵を踏まえた設定ですね。
「わたくしにだって、今まで山内を守って来た方々に対する敬意がございます。窘めて差し上げるにしても時と場は選びますわ。ここにやって来たのは、何も喧嘩が目的ではないのですから」
澄生は、男社会に乗り込む女性の象徴といったところでしょうか。それこそ喧嘩腰ではなく、まずはしなやかに乗り込んでいくわけです。
「これまで出会った者の中には、どう考えても政治に向いていると感じた女子もいれば、わたくしなどよりよっぽどうまく家の采配を振るえるだろう男子もおりました。博陸侯は実力主義を掲げておられ、わたくしもこれには大賛成でございますけれども、各々の才能を無駄なく活かそうとした時、無意味な男女の別はその障壁になっていると思うのです」
まっとうなことを言う澄生ですが、壁は厚そうですね。
「外界においては、法を定める者と、その法をもとにして政を行う者は、厳格に分けるべきとされております。そうしなければ、その場その場で力の強い者にとって都合の良いやり方が法とされ、どんな横暴も正当なものとされてしまうからです」
しかし、山内はそうではない。
「今の山内を支配する法は、山内を運営する者にとって都合よく作られた法なのです。この問題こそが、いつか陛下と博陸侯の統治を危うくするものとわたくしは感じております」
外界、つまり日本などには三権分立があると澄生は指摘するわけですが、確かに制度上存在するものの、山内のことを馬鹿にはできないのではと思ってしまいました。近年の日本では議員立法が減少し、政府立法や委任立法が増加しており、行政の力が立法の力を上回ってしまっているのではという気がしますしね。大統領が晩年の秀吉のようになってしまっているアメリカは、言うに及ばずですし。イスラエルも、自分たちに都合の良い法律を作っていますね。
「知ってしまった者には必ず責任が生まれます。問題は、知った後にどうするかです」
(中略)
「己が何をすべきかを決められるのは、己以外におりませんわ。もしこれが問題であるとお感じになったのならば、せめて陛下の考える、陛下の出来ることをなさるべきかと存じます」
知った者の責任ですね。澄生の言葉により、凪彦は少しずつ変わろうとしています。
「この世には、知らなかった罪、知ろうとしなかった罪がありますが、私は知った上でそれを見なかったことにした罪こそが重いと考えます」
「理不尽を見て見ぬふりをする者は、いつか必ず理不尽に殺されます」
本当に。ウクライナやガザなどの惨状を知りつつ、何もしようとしない私たちに向けた言葉かもしれません。
凪彦は「上からの改革」では駄目で、改革は下から湧き上がらねば意味がないことにも気づきました。今後、凪彦が、そして山内がどのような道を辿るのかが楽しみです。
↑単行本
↑文庫本(2026年5月8日に発売です)
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