【読書録192】社会科学における「認識論」~野村康「社会科学の考え方」第1章 認識論~
入山章栄先生の名著「世界標準の経営理論」の続編が、今、ハーバードビジネスレビューに連載されている。
その続編の連載もあと2回で終わりとのことであり、ラスト2回で「経営理論と哲学の関係」について論じるという。その中で、今回は、科学哲学、主に「存在論」(ontology)「認識論」(epistemology)について論じている。
先日、社会科学における「存在論」や「認識論」について分かりやすく説明している野村康先生の「社会科学の考え方 認識論、リサーチデザイン、手法」を読んだところだったので、自分の整理も兼ねてまとめてみることにした。
「認識論」に光を当てた研究方法論
著者の野村先生は、イギリスの大学院で学んだ経験があり、その際、イギリスの社会科学のテキストは、認識論を強調するものが多かったが、日本語ではそのようなものがあまり見当たらないため、本書を執筆したという。
本書は、「多元化した認識論的立場を踏まえて、複数のリサーチ・デザインや手法を概観し、社会科学における研究の方法論を解説すること」を目的に書かれ、その特徴は、「書く手法やリサーチ・デザインの技術的解説に留まらず、その背景にある「認識論」に光を当てて方法論を体系化していること」にあるとしている。
その中で、「第1章 認識論」が、存在論・認識論について分かりやすく説明しているので、第1章を中心にまとめる。
存在論・認識論の重要性を著者は以下のように語る。
社会科学の分野において研究する際には、自分がどのように人間社会を認識しているのか、また認識できると考えているのかを問い直し、他者との違いについて理解する必要がある。
「存在論・認識論」は、研究における手法(method)やリサーチ・デザインを規定する土台になっている。この体系が、方法論であり、これを知らずに研究を行うと、自らの存在論・認識論的立場とは論理的に整合しない手法を使った研究になってしまうこともあると述べる。
そして、自らの存在論や認識論的立場の特徴とその限界を明確に意識しておくことが、研究の第一歩になるとしている。
「存在論」とは?
まず、「存在論」とは何か?
著者は、社会科学における存在論を、「私たちの知識の対象が(私たちとは独立して)そこに存在するかしないのかという問いに関する議論」を意味しているという。
そして、この問いに対する答えは、大きく分けて以下の2つあるとしている。
基礎づけ主義(foundationalism)
私たちが知らなくても、「それ」が客観的に「そこ」に存在すると考える
反基礎づけ主義(anti-foundationalism)
その問題となる社会的事象が存在するかどうかは、私たちの解釈による
認識論における3つのパラダイム
この存在論の基盤の上に成り立つのが、「認識論的立場」である。
認識論的立場とは、私たちが世の中について何をどのように知ることができるかについての考え方であり、その人がとる存在論的立場によって規定される
著者は、認識論として「実証主義」「批判的実在主義」「解釈主義」の3つのパラダイムに分けられるとしている。
実証主義(positivism)
20世紀社会科学の最も中心的パラダイム。著者は、現在でも社会科学者の多くは(自覚的かどうかはさておき)実証主義者であるという。
基礎づけ主義の立場をとり、私たちは「客観的」に事象の相互関係を(あるいは因果関係すらも)観察できると考える。
解釈主義(interpretivism)
反基礎づけ主義の立場をとり、社会現象は、我々の知識と独立して存在しているわけではなく、私たちがどのように解釈しているかが重要で、その違いやあり方が政治的・社会的結果に影響を与えるため、言説や文脈を重視して各主体がどう解釈しているかを把握することが社会諸学の要諦であると考える。
批判的実在論(critica realism)
基礎づけ主義に立ながらも、目に見えるものは表面できなものであり、その背後にある構造に注目するひつようがあるとして、観察に基づいて因果関係を重視するというよりも、目に見えない構造を説明することに主眼を置くべきとする考え方。
なお、この存在論・認識論の分類は、典型的なものの一つであるが、絶対というわけではないとしている。入山先生は、存在論を、「実在論」vs「社会構成主義」、認識論として、「実証主義」vs「解釈主義」と分類している。また、太田裕子「はじめて「質的研究」を「書く」あなたへ」(東京図書)では、Crotty(1998)にならい、認識論を「客観主義」「構築主義」「主観主義」に分類している。
「認識論」の違いによる研究者の立ち位置
これらの認識論の違いは研究にどのような影響を与えるか?「客観性」と「主観性」という観点から以下のように整理している。
実証主義
研究対象である社会的主体や出来事・現象は私たちから独立して無関係に実在しているため、「客観的」に把握できるし、把握すべきである。研究は調査対象から一定の距離を置き、中立な立場を保つべきである。
したがって、研究者の違いによって調査結果が異なってはいけない。
解釈主義
研究対象である社会は私たちの知識とは無関係には存在しえないため、社会を客観的・中立的に把握できるなどとは考えず、調査者は自らの「主観性」を意識し、調査対象と距離を置くことなく向き合っていくことが求められる。調査対象は客体ではなく、自らの活動や社会生活に意味を与える主体であり、その解釈を理解することを重視している。
解釈主義的立場を取るのであれば、調査者(自分)がどのような特徴を持つ人間であり、どのような文脈・考え方のもとに調査(インタビューなど)しているのか、またそうした点が調査対象者の回答にどのような影響を与えているのかを特に意識しておかなければならない(P.22)
この調査者の視点、いわば立ち位置の違いについては、大学院時代も質的研究法の講義の中で学んできたが、そもそもの哲学的基盤の違いから発しているのである。
自らの存在論・認識論的立場を理解することは、他者との違いを理解すること
そして、著者は、Grix (2010)を引用し、研究の手順は、存在論、認識論をベースに以下のような流れになると説明している。
存在論的立場の確認 → 認識論的立場の確認 → 研究の問い・仮説の導き出し →手法の導き出し → 情報源の選定
ここでいう、「手法」とは、「インタビューや調査表調査などのデータ収集法や言説分析などの分析テクニック」であり、存在論や認識論の別に基づいて、どのような形で研究の問いや仮説を導いて、リサーチ・デザインや手法を使っていくかというロジック、言い換えると上記の流れを「方法論」と定義している。
自らの存在論・認識論的立場を理解することは、他者との違いを理解することにもなる。これは、先行研究の理解も助けるし、他の研究者との建設的な議論を行う上でも重要である。(P.35)
と著者は述べ、研究発表の場で、解釈主義に基づく研究に実証データの活用を求めたり、実証主義者に解釈主義的な質的データの扱いを求めるなど、異なる認識論的立場をとる研究者に不適切な手法を求める人が見られるが、無益な批判だとしている。
認識論の違いは考え方の違いであり、どの認識論的立場が正しいということはない。大切なことは、自らの立場を認識しつつ、他の立場への理解を深めることである。(P.35)
存在論や認識論的立場は、「皮膚」である
著者は、存在論や認識論的立場は、その場その場で変えられるものではなく、また併用できるものでもないとし、Furlong and Marsh (2010)を引用して以下の通り述べる。
それは「皮膚」のようなものであり、すぐに着替えられたり、重ね着ができたりする「セーター」ではない。
社会科学において、圧倒的支配的パラダイムであった「実証主義」以外の立場が台頭してきており、認識論的立場を理解する重要度は高まっているとしている。
「変化における抵抗」研究における認識論
最近、私が調べている、「組織変革」や「変化における抵抗」(Resistance to Change)の研究についても、様々な立場の研究がある。
代表的なのは、Oreg(2003)のように「変化における抵抗」というものが実在するということを前提に、その規定要因、成果要因などのメカニズムの解明を目指すもの。Ford et al.(2008)のように、「変化における抵抗」は、双方の関係性の中で生まれるものとして、双方の解釈を明らかに使用とするものなどがある。
年代を追って見ていくと、実証主義的な研究から解釈主義的な研究の数が増えているように感じる。
自分の中で、論文を読む際、その背景にある存在論・認識論を意識して、読んで行きたい。
最後に~入山先生連載より
最後に、冒頭で触れた入山先生の連載記事の話に戻るが、今まで「世界標準の経営理論」で紹介してきた理論がどのような存在論・認識論に基づいているかを分類し整理しているところが興味深かった。
SCP理論のように、バリバリの実証主義に基づいているものから、SECIモデ ル、センスメイキング理論のように、解釈主義に基づいているものまで様々な理論がある。
興味を持った方は是非記事を確認してほしい。
