「管理職は罰ゲーム」と言われる理由を、少し違う角度から考えてみる
人的資本経営の議論の先にある問い
最近、人的資本経営に関する議論では、エンゲージメントや学習投資、スキル開発といったテーマが多く取り上げられています。こうしたテーマを考えるうえで参考になるレポートとして、以前、以下の二つのレポートのまとめを書きました。
Gallup社発行;"State of the Global Workplace 2025"
ATD発行:"State of the Industry 2025"
前者は世界の従業員エンゲージメントの動向、後者は企業の人材開発投資や学習の変化を示した調査です。詳細はそれぞれの記事で紹介していますが、二つのデータをあわせて見ると、共通して浮かび上がるテーマがあります。それは、職場の活性化や人材開発の成否が、マネージャーの役割に大きく依存しているという点です。
Gallupのレポートでは、世界の従業員エンゲージメントが低下に転じ、その背景として「マネージャーのエンゲージメント低下」が指摘されています。またATDのレポートでは、企業の学習時間が減少する一方で、コーチングやOJTなど、仕事の中での学習の重要性が高まっていることが示されています。これらの動きは一見別のテーマのようにも見えますが、共通しているのは、職場の価値創出の中心がマネジメントのあり方にあるという点です。
AI時代に変わりつつある「学習」と「マネジメント」
もう一つ重要な背景として、AIの普及による仕事の構造変化があります。生成AIの登場によって、情報収集や資料作成などの作業時間は大きく短縮されつつあります。今後も多くの業務でインプットや作業時間は縮小していく可能性があります。
こうした変化は、人材育成のあり方にも影響を与え始めています。例えば企業研修の世界では、これまで外部講師の派遣費用は「1日いくら × 日数」といった形で設定されることが一般的でした。つまり、学習時間そのものが価値の単位として扱われてきたわけです。
しかし最近では、長時間のeラーニング動画や長い座学研修がそのまま受け入れられる時代ではなくなってきています。多くの人は長い動画を最初から最後まで視聴するよりも、必要な情報を短時間で得ることを求める傾向が強まっています。学習においても時間やコストに対する意識は高まり、いわば「コストパフォーマンス」を重視する傾向は今後さらに強まっていく可能性があります。
ATDのレポートでも、企業の学習時間はここ数年で減少する一方、1時間あたりの学習コストは上昇しています。これは単に投資が増えているというよりも、企業が「どれだけ学んだか」よりも「学習がどのような価値を生んだのか」を重視する方向に移行していることを示しているとも考えられます。
同じことはマネージャーの仕事にも言えます。これまでのマネージャーは、タスク管理や業務の進捗コントロールといった役割が中心でした。しかしAIが業務の一部を担うようになると、マネージャーの役割は徐々に変化していく可能性があります。業務管理だけではなく、仕事の意味を共有したり、メンバーの心理状態やモチベーションを把握したり、チームとしての働き方を設計することの重要性が高まっていくと考えられます。
マネジメントの仕組みをどう再設計するか
こうした変化を考えると、マネージャーの行動も少しずつ変えていく必要があります。例えば、次のような変化です。

ただし、こうした変化をマネージャー個人の努力だけに委ねるのは現実的ではありません。多くの企業では、マネージャーは依然として業務管理、評価、会議、レポーティングなどに多くの時間を費やしていますので、その状況のまま、「心理的安全性を高める」「学習をデザインする」といった役割を担うことは正直、容易ではないと思います。
最近、日本ではある著書をきっかけに管理職を「罰ゲーム」と表現する言い方を耳にしますが、もちろん本当に罰という意味ではないものの、どこか「大変だけれど誰かが引き受けなければならない役割」というニュアンスが含まれているようにも思います。「罰」と言いつつも「ゲーム」と表現されるところに、「まあ仕方ないけれど順番が来たらやるか」という感覚がにじんでいるのも、日本的な特徴かもしれません。
こうした受け止め方は、日本企業におけるマネージャーの位置づけを象徴しているようにも見えます。つまり、マネージャーは明確に設計された専門職というよりも、組織の中で順番に担う役割として捉えられてきた側面があるということです。しかしAIの普及や仕事の構造変化が進む中では、この役割のままではマネジメントが機能しにくくなる可能性もあります。
そのため重要になるのは、マネジメントの仕組みそのものを見直すことです。例えば、
マネージャーの役割定義や評価指標の見直し
コーチングや1on1など対話スキルの教育
OJTやプロジェクトを通じた学習設計
AIなどを活用した業務負荷の軽減
と言った取り組みなどをより進めて行く必要がありそうです。
また、人的資本経営の議論では、研修時間や学習時間といった指標がKPIとして使われることも多くあります。もちろん、こうした指標には一定の意味がありますが、AIの普及や働き方の変化が進む中で、「何時間学んだか」だけで人材育成の価値を測ることは次第に難しくなっていくのではないでしょうか。
むしろこれからは、その学習がどのような行動変化や成果につながったのか、そしてそれを支えるマネジメントがどのように機能しているのかといった視点が、より重要になっていく可能性があります。人的資本経営とは、人材投資の量を増やすことだけではなく、組織の中で人が価値を生み出す仕組みをどう設計するかという問いでもあります。その意味では、今後の議論の中心は人材施策そのものよりも、いよいよマネジメントの仕組みをどう再設計するのかという点に本格的に移っていくのかもしれません。
