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会社を辞めたから見つかった、「FIRE研究所」とそこに集う人たち

こんにちは、芽芽斗 守(めめと・まもる)です。

先日少しだけ触れましたが、8月から「FIRE研究所」に入れていただきました。略してF研といいます。

FI(経済的自立)やRE(早期退職)を達成した人と、目指している人が集まる無料のコミュニティです。

私が今目指しているのはサイドFIREです。

資産の取り崩しだけに頼らず、自分のペースで働きながら暮らしていく生き方をそう呼びます。

来年は妻と小さな会社を作ります。やりたいことを一つずつ試し、その収益と資産運用の利益で暮らしていくつもりです。

今の空白期間をキャリアブレイクと呼んで、息子との日々に全力で使っています。

周りに、同じ道を選んだ人がいませんでした

早期退職制度を利用して、3月末で会社を辞めました。

誰に言われたわけでもなく、自分で手を上げて選んだ道です。

それなのに会社を辞めると、社会との接点がごそっとなくなったような感覚がありました。

周りを見ても同じことをしている人は一人もいません。

キャリアブレイクだと説明しても、来年は起業すると話してもなかなか伝わりませんでした。

私をよく知る幼馴染からは、大企業を辞めてもったいないと返ってきます。

しまいには「無職」と言われる始末です。

確かにその通りなので言い返せません(笑)。

私の周りでは、FIREもキャリアブレイクもまだ未知の世界でした。

ちょうど息子が幼稚園から小学校に上がるタイミングで、家の中では私と逆のことが起きていました。

息子は小学生になって新しい友だちができ、習い事も始めました。

妻も息子を通じてママ友ができ、つながりがどんどん広がっていきます。

二人に友だちが増えるのは嬉しいことです。

それでも私だけの時間が止まっているようで、世の中からぽつんと置いていかれるような気持ちもありました。

私は家でノートPCと大きなモニタを並べて使っています。

会社員の頃は右側の大きなモニタに、いつもチャットを開いていました。

誰かの発言が数分おきに流れてきます。

放っておいても人の気配がありました。

会社を辞めると、右のモニタだけがぽつんと空きました。

それが何だか無性に寂しくなったものです。

そんなときに見つけたのがF研でした。

毎月初めに数名だけ受け入れていて、応募が多いときは選考があります。

何度か申し込んでは縁がなく、この8月にようやく入れていただけました。

新人交流会は滑り込みで参加

8月29日と30日の夜に、新しく入った人のための交流会を開いていただきました。

29日は愛知県を旅行中だったので、私は30日の回に出ました。

白状するとその日も家族旅行の途中です。

愛知から神戸の自宅に帰り着いたのは、交流会が始まる1時間ほど前でした。

ぎりぎり間に合い、少し慌ただしいまま画面に入ります。

子どもと過ごす夏休みシリーズの最後として、その旅行のことはこちらに書きました。

F研のやり取りにはDiscordを使います。

名前だけ知っていたチャットアプリで、入会して初めて触りました。

開いた瞬間に思ったのは「会社員時代に使っていた某チャットツールと似ている」です(笑)。

空いていた右のモニタに、また人とつながる窓が開きました。

チャットが表示された瞬間、少し懐かしくてほっとしたのを覚えています。

イヤフォンから、音が出ませんでした

肝心のメンバーとの顔合わせですが、初回から大失態です。

ぶっつけで通話に入ったら、イヤフォンの不備で相手の声が聞こえません。

自己紹介の途中で話が止まりました。

会社員の頃なら接続テストをして、予備のイヤフォンまで机に置いていたはずです。

長く会社の会議から離れていると、こんなところまで勘が鈍るのかと妙なところで実感しました。

少し恥ずかしかったですが、次はちゃんと準備してから入ります。

聞かれたのは、お金の話ではありませんでした

交流会は自己紹介をした後、参加者から質問をもらう流れでした。

いただいたのはこんな質問です。

  • ポートフォリオサイトを見ました。ITに詳しいのですか。

  • 旅行はいかがでしたか。

  • noteを毎日書いていて、ネタに困りませんか。

入る前にF研の紹介記事は読んでいたので、お金の話ばかりの場所ではないことは何となく感じていました。

それでもFIREを掲げる人たちの集まりなので、数字の話くらいは出るのかなとも思っていました。

ところが私が参加した交流会で飛んできたのは、お金と全く関係のない質問ばかりです。

お金ではなく、私という人間を見てもらえている。

そんなふうに感じて、素直に嬉しかったですね。

新卒から16年間ずっと同じ会社にいたので、辞める頃にはすっかり古株です。

久しぶりに名前を呼ばれて、新人として迎えてもらう感覚がありました。

しかも呼ばれる名前は本名ではなく、筆名の「めめと」です。

何だか生まれ変わった気分でした(笑)。

自己紹介より先に、知っていてくれました

質問の中身よりもっと驚いたのは、交流会に来ていた方の中に私のnoteを読んでくださっている方がいたことです。

旅行もポートフォリオサイトも、私が説明する前から知ってくれていました。

こういう経験は初めてです。

会社では名刺を出すところから始まります。

名刺に書いてあるのは所属で、noteに書いてあるのはその人の考えです。

毎朝同じラジオを聞いていると、会ったことのない人なのに知り合いのような気がしてきます。

ただラジオでは、こちらだけが相手を知っていきます。

noteはそこが少し違いました。

私がその方の記事を読み、その方も私の記事を読んでいる。

声も顔も知らないのに、何を大事にしている人なのかはお互いに先に知っています。

あの場には、そうやって記事を行き来していた方もいました。

一人で書いているつもりでしたが、こちらが読んでいたのと同じようにあちらも読んでくれていたわけです。

初対面なのに、前から知っているようでした。

全国には100人以上いました

F研には100人を超えるメンバーがいます。

私と同じタイミングで入った方の中には、数日前に会社を辞めたばかりの方もいました。

辞めた直後と今とで、心境に違いはありますか

そう聞かれました。

会社を辞めた先輩としての扱いですが、数か月しか違いません(笑)。

そんな前置きをしてから、せっかくなので今の自分が思っていることを話しました。

辞めた直後は毎日をどう使えばいいのか分からなかった。

それがnoteを書き続けるうちに、自分の考えていることが少しずつ整理されていきました。

今ではいろいろなことを前向きに考えられるようになっています。

台本があったわけではないので、一言一句覚えているわけではありません。

だいたいそんなことを答えた気がします(笑)。

同期の方に答えながら、この数か月が私の中で思っていた以上に大きかったことに気づきました。

会社を辞めた後、私は「社会」や「世間」という言葉に敏感になっていました。

当時一番刺さったのが太宰治の『人間失格』の一節です。

友人の堀木に「世間がゆるさない」と言われた場面で、主人公はこう考えます。

世間とは、いったい、何の事でしょう。
人間の複数でしょうか。
どこに、その世間というものの実体があるのでしょう。

(中略)

「世間というのは、君じゃないか」

太宰治『人間失格』より

会社にいた頃、私にとっての世間はほとんど会社の中だけだったのかもしれません。

辞めた後に見えていた世間も、家族や親戚と数少ない学生時代の友人くらいでした。

そこに同じ道を選んだ人がいなかったので、私の知る世界には同じような道を歩む人なんていないとさえ思った時期もありました。

誰もいなかったのではありません。
私の世間が狭すぎただけでした。

そう気づけただけでも、F研に入った意味はあった気がします。

空いていた右のモニタには、今そんな人たちの言葉が流れています。

書斎の扉を開けたら、妻がいました

交流会は1時間弱で終わりました。

少し余韻に浸ってから扉を開けると、そこにいたのは妻です。

「大丈夫だった? 息子ちゃん、うるさくなかった?」

妻はやさしい顔で聞きました。

その顔を見て、会社を休職する少し前の頃を思い出します。

病気になる少し前はプロジェクトをいくつも抱え、一日のほとんどを書斎にこもっていました。

昼と夕飯のときに出てきて、あとはたまにトイレに行くくらいです。

あの頃の私は、息子がうるさいから静かにしてほしいと何度も注文をつけました。

重役を相手にプレゼンしているのだから、私が優先されるべきだ。

妻や息子の事情も考えず、そんな乱暴なことも平気で思っていました。

今振り返ると、妻は少し怯えていたのかもしれません。

その頃の私はとにかく怒りっぽく、後になって友人からも「あの時期のお前は沸点が低すぎた」と言われました。

それでも妻は私と向き合い続け、休職中には早期退職を勧めてくれました。

むしろ引き止められそうな場面ですよね。

口には出さなくても「今のままじゃ駄目だ」と、妻の方が先に気づいていたのかもしれません。

周りに同じ道を歩む人はいないと思っていました。

でも同じ道を歩いていなくても、ずっと隣にいてくれた人はいたのです。

そう考えると、私は最初から一人だったわけではありません。

辞めてから家族で笑う時間は間違いなく増え、病気もだいぶ良くなりました。

生き方を変えて本当に良かったと、これを書きながら思っています。

同じ道を歩む人には、探しにいけば出会える

周りに同じ道の人がいなかったのは事実です。

それでも全国まで見れば、100人を超える人が一つの場所に集まっていました。

F研は、設立者のみかんさんがFIREした後に話の合う人が周りにいないと感じたことをきっかけに、立ち上げたそうです。

同じ道の人がいないなら、そんな人が集まれる場所を作る。

そこから始まった場所に、今度は私がたどり着きました。

私が知らない過ごし方をしている人も、まだたくさんいます。

これからどんな話ができるのか楽しみです。

9月の募集が出ています

F研のメンバーとは、これからたくさん交流させていただきたいと思っています。

それでも新人として迎えてもらったあの1時間は、あの日だけのものでした。

FIREを達成した方も、これから目指す方もいます。

この記事を読んで「自分も同じだ」と感じた方は、ぜひ応募してみてください。

一度ご縁がなくても、機会がある限りまた応募してみてもいいと思います。

私も何度か申し込んで、ようやく今回ご縁をいただきました。

締め切りは9月5日で、募集は5名ほどだそうです。

もしご縁があってF研でお会いできたら、「あの記事、読みました」と声をかけてください。たぶん、とても喜びます(笑)。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

少しでも刺さるものがあったら、スキを押してもらえると励みになります。