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「うちわの先は、本能寺だった件」あるいは「うちわの先は、本能寺だった」

深夜1時。
私はパソコンの前で、
「う」について考えていました。

原因は、AIです。
いや。正確には、
赤猫さんです。

エッセイしりとりのバトンが
回ってきました。

渡された文字は、「う」。

何も思いつきません。

そこでAIに聞きました。
「『う』から始まる、
関連性のない言葉を
10個出して」

AIはさらさら書きました。
「未桜さん。こちらは
いかがでしょうか?
うさぎ。
海。
うどん。
腕時計。
ウラン。
うちわ。・・・」

うちわ。

コロナが流行する前、
私は一年に一度は
必ず京都へ
行っていました。

京都に詳しいわけでは
ありません。
理由は単純です。

東寺の仏像が強すぎる。

仏像を見ながら、
この仏像は、
目だけで人を倒せそうだ。

こっちは武器を持っている。
物理攻撃が強そうだ。

あちらは何も持っていないのに、
余裕がある。

私の中では毎年、
東寺最強決定戦
が開催されていました。

そんな私が、
ある年突然、
「和」
に目覚めました。

京都へ行くなら、
扇子を買わねばならぬ。
どうせなら、
由緒正しいところがいい。

調べて見つけたのが、
宮脇賣扇庵さん。

創業、
文政6年。
1823年。

強い。

何が強いのかは
よくわかりません。

しかし、文政6年。
この四文字だけで、
かなりの強敵感があります。

さっそく、
バス停へ向かいました。

いきなり迷いました。

扇子屋さん以前の問題です。
近くにいたお姉さんに
道を聞くと、
「私もそのバスに乗るから」
と、一緒に
連れていってくれました。

京都で最初に
手に入れたのは、
扇子ではありません。

保護者です。

無事にバスへ乗り、
これから扇子を
買いに行くと話すと、
お姉さんが言いました。

友達が、老舗の
扇子屋さんをやっている。

しかし。
私には、文政6年
がいました。

お友達のお店が
何年創業なのかは、
聞いていません。

しかし、文政6年には、
かなうまい。

そもそも、
勝負ではありません。
相手の戦闘力も
確認していません。

それでも、
親切なお姉さんの紹介を、
創業年すら聞かないまま、
勝手に敗退させました。

こうして私は、
宮脇賣扇庵さんへ
向かいました。

そして、
また迷いました。

Googleマップは
見ています。

右へ行き、
戻り、
また曲がり、
京都の町を
ふらふら彷徨っていました。

すると。
本能寺跡
という文字が
目に入りました。

同じ名前の別物では。
慌てて調べました。

本物でした。

本能寺の変が起きた、
本能寺です。
私は意気揚々と
近づきました。

狭い。

かなり狭い。

私の想像上の本能寺は、
もっと、
だだっ広いところでした。

兵が押し寄せ、
馬が走り、
煙が上がり、
歴史ドラマが
一本丸ごと撮れそうな広さです。

ところが、
目の前の本能寺跡は、
思ったより、
かなりコンパクト。

それでも、ここが本能寺。
私のミーハー魂は
かなり満たされました。

方向音痴も、京都では、
たまに役に立つ。

その後、ようやく
宮脇賣扇庵さんへ
たどり着きました。

そして、吟味に吟味を重ね、
一番安価なクラスの扇子を
手に入れました。

私は、
ケチではありません。
節約家です。

文政6年への敬意と、
財布への敬意。
両方、
大切にしているだけです。

そして私は、
もう一つの予定を
思い出しました。

そうだ。京都で、
和のうちわも買おう。

本来なら、
こちらも老舗を調べ、
製法を調べ、
何なら創業年で
戦わせるところです。

しかし。
ここまでの出来事で、
私の集中力は尽きました。

本能寺に向かう道の
よくわからない
お店で、
和風のうちわを
見つけました。

店名。
覚えていません。

創業年。
知りません。

製法。
知りません。

京都で買った。
和風だった。
丸かった。

よし。

でも、その瞬間。
私はまた一つ、
精神的無敵の人になりました。

どうやら
私の審査基準は、
かなり自由です。

無敵だ。
最強だ。

あれから何年もたった今、
京都で覚えているのは、
有名な場所を回ったこと
ではありません。

親切な地元のお姉さんに
バス停まで連れていって
もらったこと。

文政6年とお姉さん紹介の
扇子屋さんを戦わせ、
勝手に敗退させたこと。

思ったより狭かった
本能寺。

そして、
身元のよくわからない
うちわです。

なお、今は、京都へ
行っていません。
外国人観光客の多さに、
すっかり負けました。

でも今日、AIが出した
たった一語の「うちわ」で、
私は久しぶりに、
東寺から本能寺まで
歩きました。


さて。
しりとりに戻ります。

今回のタイトル。
最初、
「うちわの先は、本能寺だった」
あるいは
「うちわの先は、本能寺だった件」
にしようと思っていました。

二択です。

「た」で続けてもいい。
「ん」で終わってもいい。

我ながら、
なかなか良いアイデアです。

ところが、概要を
よく読んでみると、
「ん」で終わるタイトルを
書いた場合、
罰としてスポンサー側に回る。
と書いてあります。

危ない。

バトンを止めようとして、
危うく自分の財布まで開く
ところでした。

私は、
ケチではありません。
節約家です。

そこで、
順番だけ入れ替えました。

今回の正式タイトルは、
「うちわの先は、本能寺だった件」
あるいは
「うちわの先は、本能寺だった」

最後の文字は、

「た」。


そこで、
方向音痴を公言されている
tapitapiさんへ、
方向音痴の私から、
「た」をお送りします。

ただし、
タイトルの途中には、
ちゃんと、
「ん」
も残っています。

途中の「ん」で、
終了ということに
していただいて
構いません。
放置にはなりません。

「ん」を選んでも、
タイトル全体としては、
その先にまだ文章が
続いているので、
スポンサー就任
にはなりません。

つまり私は、
終了ルートを残しつつ、
自分の財布も守りました。

かなり姑息です。

締切は、
2026年8月31日23時59分。
もう、日にちもありません。

そのまま終了すれば、
「た」から始まるタイトルを
考えなくていい。

次に誰へ回すかも
考えなくていい。

8月末の貴重な時間も
守られます。

tapitapiさん。
どうぞ、
お好きなほうへ。

なお、終了を選んだ場合、
方向音痴から
方向音痴へ渡ったバトンが、
無事に目的地へ
たどり着けなかった。
そんな、かなりおいしい流れに
なるメリットもあります。

私は京都でも、毎年
だいたいそんな感じで
歩いていました。


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