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「演じている」のは、不誠実ではない(Gさんへ)

起きがけに、
Gさんからメッセージが来ているのを、見つけた。
ドキドキして開封できないので、いま、これを書いている。
いやいや。
ドキドキしているのはおかしいことで、私、小説書けました、公募落ちましたということをリンク貼って知らせたのは、そもそも私なのである。


Gさんと初めて会ったのは、未来を描くためのファシリテーションを体験するイベントだった。マグネットテーブルという方法で、参加者それぞれが示したキーワードにひかれあう人同士で同じグループになった。

その時私が何を話したのかは、かなり鮮明に覚えている。
当時、私は病み上がりだった。
やっと復帰できた時にはとてもうれしかったのに、通常稼働に戻りつつある今、幸せを感じない。稼ぐことに追われていて辛いと私は自己紹介した。
正直な気持ちで、切実だった。
今思い返せば、当時まだ傷ついている身体のまま、別れた彼と新たな事業が始まって、ほんとうに重い負担を抱えていた。でも自分で何とかしなくてはと思っていた。

それから12年たって。
干支が一巡しても、Gさんとは縁がつながった。

昨年末。
Gさんがコーチングを学んでいて、練習台を求めていた。
手を挙げた。
幸運にもセッションしてくれることとなった。
そこで私は「小説を書きたい」と言った。
まだなんにも、プロットもできていなかった。

いつまでに完成する?
どんなストーリーにする?

毎週1時間、Gさんとのコーチングのおかげで
私は、その課題から離れずに進むことができたのだった。

そしてそのセッションの最後のころ。
12年前、私がつらいと話したことの本当の意味に気づいてしまったと伝えて、ちょっと泣いた。
感情の整理はついていないころ。なんの事情もまだ話せなかった。
それでも事務所を閉じることに向けて、大きく現実は動いていた。

セッション中には、小説は完成しなかった。
Gさんは「完成したら小説読みたい」と言ってくれたのだった。

その約束を果たすため、わたしは大みそかに向けて文豪の旅に出たわけだ。
2026年は静かに劇的に始まった。


そうそう。
その12年前の、Gさんと初めて会った未来を描くセッションの場で。
Gさん自身は、「ほんとうの自分」について悩んでいたのかなと思う。

自分は、演じているのではないか?

Gさんはつぶやいていた。
正直な人の交流を促しているのに、
当の自分が、嘘をついている(演じている)んじゃないか、という。

答えは出なかった。

12年一巡して、
私、Gさんの問いに応じたい。

人が複数になった時には、それぞれ、役割を持つことになる。
その役割を果たすときには、すでに、まっさらな自分ではいられない。
役割を受け止めることを、
Gさんは、演じているって名づけしているように思います。

嘘をついてるんじゃない。
誠実に向き合ってる。

Gさんが演じているのは、誠実さの表れだと、私は思います。

Gさん、背中を押してくれてありがとうね。







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