Chapter1. フィブリン研究史概説⑥
前回⇩の続き
悪臭腐敗を経ないフィブリンの自然変質
ゲイ=リュサックは、蓋を開放したフラスコの中で新鮮なフィブリンを水と時々交換しつつ接触させると、腐敗してほぼ完全に消失した跡に些末な不溶性残渣を残す現象を観察した。この観察当時は、アルブミノイド近成分は自然変質する物質であるのが定説であった。シュワンが空中胚種の作用に纏わる実験を行う以前である。この変化を改めて研究し、その生成物を決定したところ、溶解成分に加熱で凝固するアルブミノイド物質が観察された。これがアルブミン、ロイシン、吉草酸、酪酸、硫酸アンモニウム等と誤解された。実際には、ゲイ=リュサックの実験では複雑な変質現象が起こっており、空中胚種が生成した発酵体が悪臭腐敗の原因となっている。
空中胚種の作用を排除すれば結果は異なる。通常通りに調製した新鮮なフィブリン塊を蒸留水(石炭酸水を3~4滴/100cc)に即座に浸した。この条件の下、15~25℃(59~77℉)の温度で5~6週間経過の後、フィブリンは消失した。透明な流体とかなりの沈殿物が見られた。石炭酸以外の臭気はなく、溶液にも沈殿物にもビブリオは存在しなかった。即ち、一切の悪臭腐敗もないまま変質が生じた。その本質とは?第二章では、この溶解体と、希塩酸の中で変化したフィブリンの性質比較を行う。沈殿物の組成を見てみよう。
-フィブリンが悪臭腐敗せずに分子顆粒が変化する
この沈殿物を顕微鏡で観察すると膨大で微細な球状分子顆粒と、フィブリンか血球膜成分に由来するであろう無形の残骸が一部観測される。前者は、希塩酸にフィブリンが消失した後に沈殿する微小発酵体より大きく、フィブリン性微小発酵体より遥かに嵩張っている。この分子顆粒を純粋化するには、
1)この嵩張った沈殿物を薄い石炭酸水に浸し、
2)木目細かな絹メッシュに通した後に改めて 水簸 (levigation)で純化し
3)フィルターに収集した所で再度水洗浄し
4)最後に、僅かにアルコール添加したエーテル洗浄で脂肪分を除去し
5)再度水洗浄する
この処理後も分子顆粒は形態を維持している。過酸化水素水を分解し、澱粉を液化し、液化の後にも過酸化水素水を分解する。端的に、これら分子顆粒にはフィブリンとその微小発酵体の特質が備わるが、フィブリンでもその微小発酵体でもない。
事実、これら分子顆粒(フィブリンが塩酸に消失した後の不溶性残渣)を塩酸(2:1000)で処理すると、フィブリン以上に急速に溶解し、微小発酵体が未溶解成分として析出する。析出した微小発酵体は新鮮なフィブリンに予存するそれと同一であり、同程度に細長い形態と、同じ特質を持つ。
この最後の観察は重要である。これは、実験条件下でフィブリンが腐敗もビブリオ発生もなく自然変質し、(希塩酸で処理したフィブリンから析出する微小発酵体と同一の)微小発酵体を内包する分子顆粒の残渣を残すという事実の転帰である。考え得る説明は唯一つである。乳汁を十分量のフェニック酸で処理した場合、未処理の乳汁、或いは微量処理の乳汁とは異なる変質(微小発酵体がビブリオ進化をしない)をする如く、フィブリンの微小発酵体もまたビブリオ進化を遂げぬまま、脈石鉱物の如き微小発酵体架橋質をある方法で変容させる一方、これは水に不溶性のアルブミノイド物質の雰囲気に包膜されたままである。だがこのアルブミノイド物質は極希薄塩酸には容易に溶解する為、微小発酵体が遊離する。
これら分子顆粒を追究する重要性は、血液におけるフィブリンの状態に言及する第三章で分かるだろう。同時に、フィブリンが空中胚種の関与なく石炭酸水で自然変質する事実は、フィブリンが近成分ではない新たな証拠である。
次章では、石炭酸水で自然変質するフィブリンを構成するアルブミノイド物質の本質に迫り、これを塩酸の作用で生じる変化と比較する。
一方、新たな研究法により蓄積した証拠は、フィブリンが乳汁や肝臓と同様に近成分でもその混合物でもなく、特殊な微小発酵体が予存する有機体だという説を完全に裏付けている。更に、これら生きた微小発酵体は、フィブリン内部で澱粉を液化し、ビブリオ進化を遂げる存在であり、過酸化水素水を分解し、極希薄塩酸か石炭酸水中でのフィブリンの変化を決定する。
フィブリンの微小発酵体の研究史を総括するには、過酸化水素水分解と澱粉液化の機構と、フィブリンに自然変質を起こす機構を極希薄塩酸と石炭酸水の両方で立証せねばならない。
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