Chapter1. フィブリン研究史概説②
考え得るあらゆる例で実験的確証を得たこの事実に留意されたい。純粋近成分、その混合物、アルブミノイド物質の溶液までもが、予め適量(少量)のクレオソートを添加した後に僅かに空気と接触させようと、混合物に直接酸化を受ける成分がある場合を除き、有機的存在は出現せず、不変のまま維持される。同種の実験において、クレオソートは空中胚種の培地を滅菌、或いは直接的な胚種への作用によりその発生を抑制する。
空中胚種の影響をクレオソートで抑制した場合、近成分へ還元された有機物はマッケル条件の下に不変のままその後も維持される。だが元よりマッケルは近成分を考慮していない。実質、彼は動植物質しか参照しておらず、これはテナールの言う所の有機的組織、シェヴルールの言う所の有機体と同義である。
マッケルが実験対象とした動物質は動物の乳汁 であった。彼はこれを動物性乳剤 と分類し、自然変質する物質だと言った。長年月を経て、(顕微鏡の専門家)ドネ や多くの化学者は、乳汁が乳糖、カゼイン、ミネラル塩の溶液であり、溶液中にバターの乳化剤を保持するものと認識していた。即ち、誰もが乳汁は近成分の純粋混合物だと想像していた。混合物ならば、適切なクレオソート処理の後に接触空気量を制限すれば永久不変のまま維持される筈である。だが予想外の事態が判明した。搾乳後の牛乳を十分にクレオソート処理し、空気との接触を遮断ないし制限すれば、本来ならば酸敗も凝固も発生しない。しかしクレオソートは酸敗と、付随する凝固を遅延させるのみである。更に、乳汁が凝固する瞬間、これが空気に完全に晒して発生させた場合でも、そしてクレオソートの有無を問わず、シュワンの実験結果から期待される隠花植物が一切出現しなかった。
だが酸敗凝固は変質現象の第一段階に過ぎない。第二段階は、クレオソート処理をしようと毎常のビブリオやバクテリアの出現を特徴とする。故に、乳汁は近成分の単純な混合物の如き振る舞いをしない。
1858年以前に遡るこれら実験と観察は1873年に初公開した。大いに驚愕させられた。乳汁は既知の学説に反していた。空中胚種の関与を必要とせずに自然変質する有機物の存在を主張した点でマッケルが正当化されたのだ。クレオソートで処理しようとも、変質、酸敗、凝固を経た乳汁にはビブリオが出現した。このビブリオが自然発生の産物でなければ、その発生源とは何か?その解答は、本書最終章で論じる同時期の石灰岩での実験と、未知の分類系統に属す生きた組織的生成物の発見に結実した実験にある。その発酵体としての機能およびその極小さに因み、私は微小発酵体 と命名することになる。即ち、乳汁自体に予存する微小発酵体が自然変質の原因であり、これが後にビブリオへと進化を遂げるのである。
この結果に結実し、また地質学的発酵体と現代を生きる生物体内に存在する解剖学的および生理学的発酵体との密接な関係性を証明し、同時に組織的発酵体の自然発生説を反証する形で解決を招いた研究法とは、近成分固有の不変性および等閑視された空中胚種仮説を実証せしめた方法と同一である。その恩恵により、血液の凝固現象を主とする自然変質の解剖学的、生理学的説明が可能となった。
この研究法の起源は、自発的現象と考想された甘蔗糖の転化現象および乳汁の自然変質を検証した実験に遡る。これらの実験により、クレオソートは(僅かに常温空気と接触していようと)あらゆる生きた組織的生成物の発生を抑制することで化学反応による変質を完全に抑制する一方、同量、同条件下でも天然の動物質、動物組織、および体液の自然変質は抑制せず、ビブリオやバクテリアを発生させるに至るという原則が明確となった。
この新たな実験法により、近成分のみを構成成分とする「有機物」と天然の動植物質たる「有機物」(正確には"有機体”)の区別が可能となったことを肝に銘じたい。畢竟、化学的有機物と、乳汁を例とする解剖学的・生理学的有機物の区別である。化学的有機物、即ち近成分である前者を変質させる発酵体はその起源を空気中に有し、後者の有機物、即ち天然の動植物質を変質させる発酵体はそれ自身に存在する微小発酵体であり、これは解剖学元素として予存するのである。
自然変質した乳汁にビブリオの発生を認める現象がその実、乳汁に予存する微小発酵体の進化に起因するならば、これは孤立した事象ではなく、有機体全てに固有の普遍的現象の一例の筈であり、故に有機体、体液、組織中にビブリオ属の発生を認める事実は、仮令顕微鏡で微小発酵体を観測できずとも、この組織、この体液におけるその実在の証拠と捉えるべきである。
新たな研究法を乳汁の自然変質研究に適用して得られた結果があらゆる文脈で実験的に確認された。全ての組織と体液、全ての有機体は、生物界の最高位から最低位(例:ビール酵母や酢母)に至るまで、乳汁の例と類似の条件下、或いはその条件が実現された条件下、更にその微小発酵体の進化が要求される場合において、ビブリオを発生させることだろう。空中胚種の侵入を防いで尚、物質の自然変質現象がビブリオの出現を伴うことなく確認される場合、微小発酵体が存在し、その変質の原因だと断言できよう。以降は、この研究法を有機体と見做されるフィブリンに適用した事例である。
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