MSXはゲーム機じゃない!──FM音源で部屋がライブハウスになった
中学生のころ、雑誌で見かけた MSX に一瞬で心を持っていかれた。
「Panasonic MSX2 FS-A1F」
黒いボディ、赤いロゴ、そして「フロッピーディスク内蔵!」の文字。
あの広告を見た瞬間、受験勉強の目的が「高校合格」から「A1Fを買ってもらうこと」にすり替わった。
親には「合格したら考えてあげる」と言われた。
その日から僕は、日本でいちばん真面目な受験生になった。
MSXは“ゲーム機じゃない”と言い張る少年
MSXは、ASCIIとマイクロソフトが作った「日本発の共通パソコン規格」。
今で言えば、家庭用PCのオープンスタンダードみたいなもの。
でも当時の世間では「キーボード付きゲーム機」扱い。
ファミコンの親戚、くらいに思われていた。
僕はちょっと反発していた。
「これはゲーム機じゃない、パソコンだ!」
──でも正直、見た目も音もゲーム機っぽかった。
ゲーム禁止生活、始まる
合格して、念願のA1Fをゲット。
僕はルールを作った。
「これはパソコンなのだから市販ゲームはしない」
(ホントは一瞬で廃人になる自信があったから)

そのかわり、BASICでひたすらプログラムを作った。
数式を変えて幾何学模様をぐるぐる回したり、ドラクエの戦闘画面を再現したり。
テトリスを作ってみたり。(当然完成はせず)
今思えば、「勉強」じゃなくて「実験」だった。
でもそこで覚えた命令文が、僕のプログラミングの基礎になった。
(当時は全部手入力。SAVEコマンド忘れ電源断=死亡)
FM-PACで部屋がライブ会場になる
新聞配達をして買ったのが「FM-PAC」。
それまではファミコンと同じPSG音源──いわゆる“ピコピコ音”しか出せなかった。
それが、FM-PACを挿した瞬間、スーファミ級のサウンドが鳴る!
衝撃だった。
「えっ、うちのMSX、急にミュージシャンになった?」って感じ。
BASICでMMLを書き、ドラムとベースを鳴らしてギターの練習用にしたり、ゲームセンターで聞いた グラディウスのBGM を耳コピして再現したり。
FM音源が「ウィ〜ン♪」と鳴るだけでテンションが爆上がり。
A1Fはもはやパソコンではなく、相棒でありバンドメンバーになった。
そして、社会人デビュー
高校を卒業して就職。
初任給で PC-9801 を購入。
A1Fは押し入れ行きになった。
あの3年間の熱量は、今でも自分の中に生きてる。
プログラムを書くとき、いまだに青い画面と「OK」を思い出す。
A1Fがくれたのは、「自分の手で何かを作れるって、めちゃくちゃ面白いんだ」という実感だった。
押し入れの賢者
30年以上たった今も、A1Fは押し入れの奥で眠っている。
もう電源を入れても動かないかもしれない。
でも、あの中には確かに僕の青春が詰まってる。
数式とピコピコ音と、ちょっとした天才気分。
