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未練

9月12日

昨夜帰り際、東京に帰省していたらしい中学の友人が私を見かけて声をかけてくれて、居酒屋行かないかと誘ってくれた。大人数らしく、「私の知り合いいる?」って聞いたらいないと返ってきて、ノータイムで「じゃあいいかな」と珍しく返してしまった。……なんかものすごく後々後悔する気がする。誘いを断るのなんて私としてはごく稀にしかしないし。ごめん。

9月13日

自分の機嫌は自分で取れるようになっておかなければいけないと痛いほどわかっているから、21時すぎにひとりで散歩に出た。

このnoteはリア友も普通に見ているので書くのを渋っていたけれど、あれやこれや自分で規制を張っても面白くないからあけすけに書くことにした。
昨日は高校の文化祭で、部活の仲良い後輩たちに会いに行こうとはしていた、していたけれど、それはきっと同じ立場の元カノも同じで、どうやら数日前からこちらに帰省していて朝一からいるらしいというのを後輩たちから伺っていた。絶対会いたくないし、この際元カノの視界に私が映ってほしくもないし、後輩たちには申し訳ないけれど私は文化祭に行かなかった。

後輩のうちひとりから連絡が来たのはその日の夜で、「なんで文化祭来なかったのさ!」ということを元カノが言っていたらしく伝言として私に伝えてくれた。なんとなく何かしら私の会話にはなるかもしれないなとは思っていたけれど、なんであなたの視界にまだ私がいるの?とやり場のない憤りを感じ始めてしまって、ああ、もうダメかもなと悟った。
色々あって、流石にこれ以上その後輩に間を取り持ってもらうのは申し訳がなさすぎると思って私から連絡することを決意した。別れてから3ヶ月経って、まさか自分から連絡をするだなんて思ってもみなかった。でもその頃にはもう私も限界で、ビジネスメールばりの敬語をその人に投げることしか私にはできなかった。何で会おうとしたのか、何か言いたいことがあるのか、あるなら言ってほしい、みたいな旨を送ったと思う。

「未練はないけど、別れ際があまりに呆気なくて機械的だったから自分の中でけじめをつけたかった」と連絡が返ってきたのはわずかに1時間後の話で、私は今の私の中にある感情を何にどうやってぶつければいいのかわからなかった。「そんなくだらないことの為に」とか、「二度と私の話をしないでほしい」とか、「忘れてくれ」とか、感情のぶつけ方を考えて、それを文章にしては消して、結局「ご期待に添えず申し訳ないです」と送って私はトークを再び非表示にした。

連絡をくれた後輩も私の様子に対して後悔を浮かべていたようで、それは本当に申し訳がなかった。後輩が背負うべきじゃないのに、私の態度と言動で下手に悩ませてしまってもう私もどうしようもなかった。

一夜明けて、お昼時に起きてからはYouTube以外のあらゆるSNSが開けなくて、昼食とシャワーと夕食とお手洗い以外で布団から抜け出すことが一切できなかった。
別に元カノがとか、後輩がとか、人のせいにするつもりなんて一切ない。後輩なんて特にそうだ。このnoteだって見ているかもしれないから改めて謝らせてください。ごめんね。

ただ、後輩たちにとって最後の文化祭の場を借りて、あの人は私と何の話をどのような雰囲気でするつもりだったのだろう。後輩のいる前でそれを白昼堂々やるつもりだったのであれば、余計に私は行かなくてよかったと思う。

それでも別れた原因を作ったのは私であって、きっと他の人ならもっともっとうまいことやれたと思う。あれは私が私だったからどうにもならずにあの人を傷つけて終わってしまったので、私が元カノに憤りを感じるのは到底おかしな話である。前に進ませてくれよなんてほざいたって、私がただ逃げているだけの話にすぎないじゃないか。

夕飯を食べて、重たい身体を持ち上げて外に出た。他のSNSはまだ見たくないけれどnoteだけは容易く開けた。こないだの週記が思いのほか好評なことが私の感情を少し上向きにしてくれた。noteにいつも救われている。感情に揺れ動かされすぎているとツッコミを入れられたらそれまでなのだけれどさ。

何も無いんだ
何も無いんだ
何も無いんだわたしって
「間違った」
その罰がさ
今もわたしを締め付ける

全部夢だった! / 黒うさぎ

今日の散歩は黒うさぎさんをおともに連れてとにかくあてもなく歩いた。noteを書いたり、いいねやフォローをくださった方のnoteを読んだり、それが好みの作風だったらフォローを飛ばしたり、フォローしている人の新規noteを読んだり、そんな散歩だった。外は暗いのに、私の視界はブルーライトで常に眩しかった。Twitterは一度も開かなかった。

黒うさぎの曲、ボカロより本人歌唱の方が好きだしなんなら私がボカロにハマっていた全盛期ですらその曲の歌ってみたばかり漁っていたタイプの人間なので、ボカロを聴いていながら逆張りをしている可能性すらあって、救いようがない。

こういう文章が書けるくらいには元気を取り戻してきた可能性、これを正常だと言い張ったら終わりの予感はするけれど。

そういえばApple Musicを開いたらnoteのフォロワーさんからフォロー飛んできてて嬉しかったな。プレイリスト整理下手すぎてごめんなさい。

フォローしている方のnoteを読んでいたら、今月末にリリースされるミセスの新アルバムの中に「ア・ポステリオリ」という曲が入るらしく、たまらずフェーズ1のミセスにおともを切り替えた。

君が言うその考えは誰かのものね
恥さらし者ね
「ホントの自分で居ると腐っちゃいそうです」
って、もう臭うんだよね。

ア・プリオリ / Mrs. GREEN APPLE

帰ってくるのかな、私の愛したミセスが。別に今のミセスを愛していないわけじゃないし、自分たちが一番色んな人に刺せる音楽をフェーズ2で貫いた結果の今の人気絶頂っぷりなのは勿論私もわかっている。今のミセスに昔の面影を感じることだって時としてあるし、私だって「青と夏」で彼らと出会った立場だもの。ただ、私は「我逢人」とか「パブリック」とか「ツキマシテハ」とかを歌っていた頃のミセスが、大森元貴の書く歌詞が大好きだったよ。

今週も大した予定はない。人と会う予定なんてバイト以外存在しないけれど、こういう時に自分じゃなくて誰かの手を借りようとしてしまうのは私の依存癖を自覚させられてしまうから嫌になる。ひとりで生きていけるようにならなきゃなと口では言えるけれど、それができないから今もひとりで歩きながらこんな文章をつらつら書いてしまっている。

でも、思う。こういう時の私は、辛かったねとかしんどかったねとか、そういう言葉が欲しいわけじゃない。もっと辛い思いをしている人がいて、もっとしんどい思いをしている人がいる。元カノとか、それを伝えてくれた後輩のことを思うと、私が慰められるべきでは全くないし仮に慰められてもそれを嬉しく感じる私はいないなと思う。そしてそれと同時に、面倒な人間だなって自分自身を嗤うことしかできなくなる。

ただ、隣にいてほしいだけなのだと思う。それが私の欲しい愛情であって、そこに言葉なんていらないのだと思う。
強いて言うなら、ぎゅって抱きしめてくれるだけで十分。あとはいつものように、たわいのないおはなしをしていようよ。それでいいよ、それがいいよ。

最愛

ヨーグルッペが置いてあるという理由ただひとつでミニストップが個人的好きなコンビニチェーンランキングにおいて堂々の一位を獲得している。

近場だとどこを歩いてもネガティブな思い出ばかり想起されてしまって、あまり散歩の意味を成さないなと思い始めてしまった。心地良いのは夜風だけ。考えることをやめる、ができない私の負け。
外に出た途端に咳き込み始めたのでやはり私は秋花粉にやられているなというのもある。くるち♡くるち♡とか言っている場合ではない。苦しいです。

先月会った人にも、こないだ会った人にも、「noteで見ている通り」「想像通りだった」と私の話し方だの性格だのを言っていただいたのだけれど、いや、本当に?私自身そんな自覚ないんだよな、うーん、どうなのだろう。

灯りがまばらで、人道的にヤベー人からしたら人間を拐ったり殺したりするのにはもってこいであろう薄暗く狭い道に気づいたら足を踏み入れていて、死なないといいなぁだなんてハラハラしながらひたすら歩いた。私はいつもかわいらしいからという理由で擬音を用いる時はあえてひらがなで表記することが多いのだけれど、流石にこればかりはカタカナにさせていただく。ハラハラした。消えたいだけであって死にたくはない、ましてや殺人だなんてまっぴらごめんだ。

電車を待つホームでも後ろから誰かに押されないかなと杞憂しているし、狭い道で私の後ろを歩いている人を確認したら通り魔だと疑う癖がある。つくづく人間のことを信じていないと思う。

帰宅時間的に想定を1時間ほど超えそうだったので、流石にと思いダイチャリを借りて帰路についた。本日二度目のシャワー。

よう歩いた

先週の週記から、「道でコケた時、なにしてんの!と笑う恋人か、大丈夫?と心配してくれる恋人か」という議題を繰り広げている前者派の私的には、
「『好きすぎて滅!』の『え、好き。』とか『かわいいだけじゃダメですか?』とかのセリフを言った時、うおwとかきゃー笑笑っていじってくる恋人か、かっこよすぎ / かわいすぎで限界化してしまう恋人か」も同じ論争に加われると思う。勿論前者派。思い返せば今までの恋人は軒並み後者だったような気がする。

こんなこと書けるくらいには元気になったということで!!おやすみ!!また明日!!

9月14日

昨日よりかはちょっぴり元気になった気がしている。なおかつ今日は夕方からバイトがあるので、人のふりをするのにはうってつけな今日になった。明日も同じような日を過ごせるし、明後日は一日オフだから夕方にヒトカラでもしようかなと画策している。そしたら、プラマイゼロとまでは言わないけれど、ゼロに近いマイナスくらいの数値まで自分のメンタルを持っていけそうではある。今週の虚無ウィークさえ乗り切れば、来週はびっくりドンキーに行ったりなとりのライブに行ったり、再来週はTOKYO CALLINGというサーキットフェスに行ったり愛知旅行に行ったり、流石にプラスへとメンタルを持っていけるイベントが私を待っている。それまでの辛抱かな。

すごい

投稿からわずか3日足らずで50いいねを達成、noteを3年続けてきてこれは過去最速の記録。皆様いつもありがとうございます。
例えば何かの作品の感想とか、ライブの感想とか、そういうものでいいねを沢山いただけるのは正直私も分かる。あと自己紹介とかね。でもこの投稿は今年度に入ってからゆるりと自由気ままに私が書きたいことをただただ書いているだけの週記であって、しかもひとつひとつが1万字オーバーの長ったらしいものである。それがここまでのスピードで伸びてくれるのは私の活動に対しての何よりもの肯定だと思う。
勿論いいね数の為にnoteをやっているわけじゃないけれど、とはいえ私の、私らしい活動にここまで賛同を得られたり、興味や好感を持たれたりすることはこの上なく嬉しいこと。これからも沢山書き続けます。ありがとう。

ちょっと立ち直ったので、ようやく他のSNSを開くことに成功した。Twitterはnoteのアカウントこそ開けていたけれど、鍵垢の方を開くのは一昨日の夜ぶり。返せていない連絡もあって、とてもご迷惑をおかけいたしました。

逃げたって変わらないし
悩んだって終わらないよ
あなたのその心はそろそろ泣き止むべきだ
報われないことなんて死ぬほどたくさんあるよ
それに挫けないで
優しさを分けれる人になってね

日々と君 / Mrs. GREEN APPLE

ならなきゃいけないと思う。挫けてばかりの日々にいい加減終止符を打たなくてはならない。

ルサンチマンは浅い呼吸を続ける

not wrong / ルサンチマン

もうあと半月もすれば長い長い夏休みが幕を閉じる。私にとって大学というのは外に出る予定なので、自部屋にこもって無意味な時間を過ごすことを半強制的にやめられる良いイベントである。バイトも然り。なので今の私のモチベーション的にはもう夏休み終わってくれくらいの気概がある。予定が欲しい。

今触れるならオチのないゆるりとしたコンテンツに触れたいな。例えば漫画だと「ゆるキャン△」とか、「焼いてるふたり」とか、「ざつ旅」とか。小説だと「麦本三歩の好きなもの」とか。そういうものに一旦触れたい。そういう系統のものでおすすめの作品があればぜひ教えていただけると幸いです。そういう系統なのかはさておいて「スキップとローファー」はいい加減読みたい。

バイトを終えた。
ここ最近私のアルバイト先では当欠が多発していて、あろうことか今日は高1のまだ入りたての新人ちゃんが思いっきり残業していて切なかった。
「頑張ってて偉いよ😭」って言っても「いやいや全然そんなことないですよ笑」って言われてしまって、私はそういう人の役にどうしたら立てるだろうか、どうしたら少しでも人生をポジティブに動かせるだろうかと考えてしまう。これは私の良くないところで、私事じゃない事情に自ら首を突っ込んで感傷に浸ったり下手に考え込んでしまったり勝手に背負ってしまうのは別にいいことじゃない。わかっているんだけどなぁ〜……。

それでいうと、私の好きなnote書きさんが悩んでいたり辛い思いをしていると、どうしたら私はその人に喜んでもらえるようなことができるだろうかとか、でも負担になるようなことは言いたくないし、どうやっていつも私の生活を保っている感謝を伝えればいいのか、とか色々考えてしまう。
その人のnoteを2、3本読んでそれが好みだったらフォローを飛ばすという判断基準で私はnoteをやっているけれど、フォロー中の人ももう100人近くいて、私がnoteを開かずに一日を過ごしたら色んなnote書きさんが投稿していらっしゃる、みたいなことがよくある。今日もバイト終わって開いたら新作noteが5本くらいあった。これは私の日常において大きなご褒美であって、誇張なしに私は誰かのnoteを見て心を満たしている。

私がnoteに最近居場所があると感じるのは、色んな人の短いエッセイを簡単に読めるからだと思う。不思議だ。その人自体を知らないで、たまたま出くわしたエッセイを読んでるのってなんか不思議な感じがする。それって本当に凄いことで、前情報がなくてもその人の文章に惹かれていいねを押してるってことでしょ。この世には私が知らない綺麗な文章を書く人がこんなにいるんだって特に嬉しくなる。

原文ママにお借りいたしました。素敵な文章。
まさしく私が思っていることってこれだと思う。そこがnoteの面白いところ。しかも何が更に面白いかって、そういうnote書きさんと仮に対面で会うとなっても、お互いの個人情報とかを話したりするんじゃなくて、お互いのしたい話、いつもnoteに書いているような話の延長線上にあるものばかりを対話の大枠として据えているから、お互いの思考や価値観ばかりに詳しくなっていく。これがまた面白い。今月末にもnoteで出会った人とひとり会う予定ができたけれど、今から楽しみで仕方がない。


私これ好きそうだな〜と新連載タイトル通知がマガポケから来た際から思っていたけれど、1話読んでみて、あまりにも"""""ド癖"""""な作品すぎて唸ってしまった。葵くんかわいいすぎる!!!!!本当に助けてほしい。

9月15日

梅雨以上に雨の降る9月。雨自体は好きだけれど私が外に出る時に雨が降っているとちょっぴりへこむ。今日も夕方にバイトがある。
来週後輩たちと行くびっくりドンキー月見会の予約をした。楽しみだな~と思いつつ、そういえばマクドナルドの初日以外月見商戦に乗りこめていないなとも思った。今週のどこかしらで食べに行こうかな。

思うこととしては、1週間のうちに予定がなにもない、あるいはバイトしかないとなると、週記に使うサムネイルの写真がなくて困るということが多々ある。今週もその予定なので必然的に出かける必要があって、それでいうと明日は夕方にヒトカラに行く予定を立てている。その際にでも何かしら撮りにいきたいのだけれど、なんせずっと雨なもんで……。

たまらず買いました。なんだこの愛おしい生命体は。ありがとうるるてあ様。ありがとう制作サイド。かわいいね~~~♡

ヒトカラの予約をする際にDAMかJOYSOUNDかを選ぶのだけれど、その時点で私が何を歌うかが大体確定する。気分的にちょっとボカロ曲を歌いに行きたい気分寄りだったので今回はJOYSOUNDをチョイス。そのノリで、当日になって結局歌う曲定まってないと時間勿体ない!の精神からある程度何を歌いに行くかメモっておく。YouTubeのボーカロイド曲プレイリストを漁る。自作、1000曲以上が詰まったプレイリスト。

ボカロの本人映像もっと増えてくれないかな〜なんて欲を言ってみたりする。

見た方がいい!と薦められてこの動画を見た。
冒頭1分で「遠距離恋愛はクソ」ってエクスが言い放っていて大爆笑した。
以下、感想。

まず奢り奢られ問題。二人とも「経済力がある方が奢るべき」って言っていてもう文化の違いを感じた。ただこれは私が社会人になった時に変わってきそうな価値観なので、とりあえず今の私的には割り勘がベターだと思っている。
でもいたな~。大学入学当初仲が良かったけれど価値観の相違に疲れ果ててしまって私が自ら縁を切った異性は、確かに「全女性は少なくとも奢ってもらえるかもみたいな期待を抱いてるよ!」みたいなことを私に言ってきた。主語でかすぎてその場で漏れてしまいそうになった笑いをどうにかこらえた私は拍手されるべき。

遊び感覚で付き合えるかどうかに関しても、これはもう私が悪いのだけれど、私はもう真剣交際しか選べない。ただエクスの言いたいことはわかるし、恋愛経験は少なからず積んでおいて損はないと思う。「自分の味方をしてくれる人間が一人増える状況って人間の心に対しても健全」という言葉、ものすごく恋愛のミソだなと思う。とはいえ美兎さんの言い分に私は頷きすぎて首をやった。

男女の友情は勿論成立するししているのだけれど、それは主語が「私」だった時の場合であって、主語が別の男とかだったりすると個人的には成立しないって言ってしまうな~と思う。多分私が世の男を信じていなさすぎる。仮に恋人がいたりして、異性と出かけたりすることは私は咎めないけれど、それはそれできっと悶々とする。彼女を信じていないことはないけれど、世の男を基本的に信用していないのでそういう意見になってしまう。男の下心アンチです。ただそれに関しては私も気をつけなければいけないなと思う。

動画を通して見ていて、なんか美兎さんにもエクスにも頷けるポイントがあるな~と思う。「人生を漫画にしたい」←めちゃくちゃわかってしまう。noteを3年続けてきて、いや多分noteを始める前から自分自身をコンテンツとして扱っているのでこればかりはわかる。ロマンチックなものを恋愛に限らず自分の人生に取り入れたがるのは自分の人生をコンテンツ化しているからだとは思う。エクスが終始男アンチすぎて本当に最高かもしれない。スタンディングオベーション祭り。

君を疑っているわけではないのです
君が出会うすべての女を信じてないだけ

浮気したらあかんで / コレサワ

ガチで自認コレサワ(21歳男子大学生)なのでこれである。勿論歌詞は女→男に改変して。別にサシで出かけたっていいと思うけれど、寂しくさせた分に見合う愛情をください、とは思う。

ただ、彼氏がコレサワめちゃくちゃ聴いてます♡という状況はある程度引かれてしまう気もする。フェスに出ていたコレサワを観た時に「にゃんにゃんにゃん」という曲を歌っていて、ソロ参戦だった当時19歳の私はコレサワにつられるように猫の手をしてにゃんにゃんしていました。おはようございます。私です。

ただ自認コレサワだとしても自己肯定感とか自信があるわけじゃ全くもってないので強気なことなんてなにひとつとして言えやしない。別れ話を元カノとしていた際に、「私を選ばなかったこと、ずっと後悔するよ?」と言い放ってきた元カノをふと思い出してしまった。私は一生かけてもそんな言葉を誰かに面と向かっては言えないんだろうな。

今週の週記が元カノ未練noteみたくなってしまっていて最悪だ。未練なんてないけれど、それはそうとしてもう脳裏に浮かんでほしくもない。けれど最後にした恋愛と私が今後叶えたいと思っている恋愛像はどうしても対比として映るので、こうやって話題に出してしまっているだけ。
未練なんてない、ちゃんと次の私がする恋愛像は明確にある、私は前に進めている、生きている、大丈夫、大丈夫……。

私のことをどこまでも好いてくれる、悪い言葉遣いをするなら私の狂信者である人と恋愛をするべきだというのは言われるし私も思うところはある。
でもさ、そういう人はさ、そういう人に限ってさ、私が銀杏BOYZとか聴いていたらドン引きするでしょう?「なんもねえ」とか「不純愛ラブストーリー」とかカラオケで歌っていたらドン引きするでしょう?知っているよ?あるいは大して聴きもせずに「それいいね」って言うかの二択。
あなたの好きな私は、ボカロを聴いているか、爽やかなJ-POPを聴いていて、誰にでも優しくて、あなたのことを全肯定して、理知的に色んなことを考えている、あなたの好きな私でしょう、っていつも思ってしまう。

心がまだ荒んでいるのを感じる。

私が男アンチをする時、時として女性から、「いや笑 女子も大概なところあるから笑」と言われるけれど、私はそれに一度も納得できた試しがない。男の下心って本当に最悪なものだ。

丁寧に生きたい、というのは、私の嫌いな性根に対する反骨心の表れでしかないのだと思う。

バイト終わり。今日は特筆するものもないのでこのまま寝てしまいましょ~。

9月16日

9月も折り返し。今日は夕方にヒトカラに行く予定。

前にも似たような質問が来たような気がするけれど、本当に語彙力を育てる為にやったこと!みたいなテンプレからかけ離れた人生なのでうまく答えられないのが申し訳ない。読書量はむしろ今年が過去一のハイペースで読めているくらいなのにそれでも読んだのは9冊なので、本当に読書好きではない。
日本語が大好きだからおのずと色んな日本語に手を伸ばす機会が多い、という話に帰結してしまう。

あとはそうだなぁ、中学生の頃に色々あったせいでそこから高校、大学にかけて自分探しの為に思考をぐるぐるするようになって、そういう自分の症状であったり価値観に名前をつけてわかりやすく説明するなら?みたいな問いをしょっちゅう繰り広げていたことも関連するのかな。

外に出た。今日は誰をおともにしようか全然定まらなかったので、以前私のnoteからApple Musicをフォローしてくださった方のプレイリストを聴きながら歩くことにした。邦ロックにハマってまだ2年弱の若輩者なので、知らない曲、知らないアーティストとの出会いは本当に未だ数多い。そういう出会いを果たす度、私の人生がより鮮明に色濃くなっているような気がして嬉しくなる。テンションを上げる為に誰にも会わないのに香水を振った。

誰かに愛されたいという気持ちもある中で、それと同じくらい誰かひとりのことを愛し抜きたいという想いが発芽してきている。その誰かが明確にいるわけじゃないのだけれど。

前半 ボカロオンリー
後半 邦ロックオンリー(1曲アイドル)

ヒトカラ、3時間歌い切った。前半はボカロ縛り、後半は邦ロック縛り、と言いたいところだったけれど「劇薬中毒」だけ練習で歌いたかったので突っ込んだ。
やっぱりこう見ると私の音楽の守備範囲は広いと思う。勿論K-POPとか洋楽とかHIPHOPとか持ち出されたら私は無知無知のムチさんになってしまうけれど、ことボカロと邦ロックにおいては守備範囲が広いだろうなと思う。軽音部とか入っているわけでもないのに。

前半のボカロ縛りはそこまで奇を衒った選曲をしたつもりはない(本当に?)。なんなら数曲歌い手さんに書き下ろした曲すら混ざっているのでボカロ縛りですらない気がしてきた。奇を衒ってかつ個人的に思い入れのある曲だと「Penguin's Detour」かなぁ。とても大好きな1曲。
逆に後半の邦ロック縛りは奇を衒いすぎである。ジャンルもブレブレ。「ゴッホ」は好きすぎて歌ってみたけど案の定最初無理すぎて頭を抱えた。

「風邪で声が出ません」の地声気合いhiDも良いけれど、個人的にはこの後の4回目のはあ?が理想通りでにっこりしている。まだまだ歌は上手くなりたい。

9月17日

朝から予定がある日に限ってうまく眠れない。
いや、なんとなく眠れない要因はわかっている。満足に眠れていたここ数日と今日を比べてみても、明らかに入眠に対しての思考量が多すぎる。消灯直前にあった地震のせいでもある。どうせ死ぬなら、人間関係に対して悔いなくやらなきゃな〜とかいう、いつものそれ。どうせ寝て起きたらその勇気はなくなってぐずぐずしだす。お決まりの私。

恋愛した〜い🥺ってずーっと言っているけれど、多分省略された前置詞があるせいでただの恋愛した〜い🥺じゃないから本当に語弊があると思う。私と価値観が相似していて〜、私のことを王子様じゃなくて対等に見てくれて〜、(以下割愛)みたいな人と恋愛した〜い🥺が正式名称です。どうせ皆もそうだろうけれど。

抱きしめてあげるから
抱きしめて欲しい
言葉になんかしたくはないから
早くお願い
ぎゅっとして

東京 / 超☆社会的サンダル

普通の人は、考えるのをきっぱりやめてぐっすり眠ることができるらしい。ほんとうかなぁ。私にはわかんないや。
私はいつもいつも、考えるのをやめられないから、考えるのをやめるために情報を脳に取り入れなきゃいれなくて、でも当たり前だけれど情報が緻密だと逆に脳は活性化してしまうので、ギリギリのラインを攻めるためにASMRをいつも聴いて寝ている、というかそうでもしなきゃ眠れないの。おっきな抱き枕をぎゅってして、えーんえーん🥺今日も私は私を好きになれないよ〜( > <。)ってなりながら寝るの。当方21歳男子大学生です。最悪です。よろしくお願いします。

結局眠りにつけたのは4時前。今日は10時からZoomで内定者説明会があるのでそれが始まるギリギリまで寝た。とはいえ眠いものは眠いので、まあどうにか今日も頑張りましょう。

想像より受けている人が多かったのでそれだけで気が楽。再来月頭に懇親会があるので、友達100人できるかな〜♪(小学1年生並感)を抱いている。
流石に眠たくて仕方がなかったので、バイトの時間までは家で惰性を極めた。

秋晴れと言って差し支えないような心地の良い晴天。ここまでしっかり晴れたのなんていつぶりだろうな。眠たい目を擦って、スマホを見つめながらバイト先へ向かう。
見つめる先はnoteでもTwitterでもなくてGemini。後期が始まればすぐさま卒業論文への取り掛かりがあるので、テーマ策定を筆頭にその下準備をしておきたいなという所存。勿論研究の大半をAI任せになんてことはしないし、私がGemini、もとい生成AIを活用する時って物事の始まりに対して私が踏み出すのが下手くそな第一歩を補助する役割として生成AIを用いている。とりあえず今日でテーマ策定と今後の目安スケジュールだけ立てられたので十分でしょう。ほな、バイト行きましょね〜。

バイトを終えた。倉庫で派手にひとりすっ転んだせいでふくらはぎ辺りを負傷しているが、誰にも見られていないだけ耐えたと思いましょう。えーん(   ߹ㅁ߹)

9月18日

同い年の友人が21歳の誕生日を迎えた。その人は21歳になること自体に意味を見い出しているというか、とにかく21歳になることが嬉しそうだった。

なんか、眩しいな、羨ましいな、って思った。私はもうこれ以上歳を重ねたくはないし、一生20歳でいたい。いたかった。
21歳の誕生日を迎えた5ヶ月前の私は、これまで抱いていた誕生日自体に対する嬉しさが初めて消えたのを感じた。もう私にとって誕生日は、誰かと愛し愛されをする大義名分の一日でしかない。勿論それだって素敵な日だけれど、子どもの頃に感じていたあのなんとも言えないうずうずは、もう味わうことができない。

ちょうどあと7ヶ月もすれば私も22歳になる。何年か前から、誕生日は祝われる日じゃなくて私が周りにいてくれる素敵な人たちに感謝をする日だって思って生きているので、次の誕生日も沢山私の言葉を贈れるといいな。それまで私のそばにいてくれますか?あわよくばその先もずっといてくれますか?

いつもnote読んでるよってその人に言ってもらえた。なかなか会えない人が、私のnoteを通じて私に触れてくれている事実はやっぱり嬉しいし、そういう言葉、そういう人が私のnoteの原動力になっている。ありがとうね。

いや〜嬉しい。いつも金曜夜、大体金曜は夕方にバイトがあるので、それが終わってから22時か22時半に投稿するのがひとつのルーティーンになりつつある。これが社会人になっても続けられればいいな。今週の週記はあまりいいものじゃないけれど、そういう週も勿論ある。これがリアルで、これが私のエッセイで、これが私のnote。

というわけでバイトの為に外に出た。いつもより1時間早く外に出たのは、少し散歩がしたかったのと、このnoteのサムネイルになるような写真が1枚もなかったから。
昨日と同じく半袖のTシャツに半袖のジャケットを羽織って外に出たけれど思いのほか暑くて後悔してしまった。

家、特に自部屋だと本当に何も出来なくて、今週はそれが顕著だったように思う。買ってもらったアコギには一度も触れていない。勿体ない。

自分が傷つくとわかっていながらも、この週記のタイトルを「未練」の二文字にした。
多分それは、あの時あの人に何もできずに我儘に生き続けてしまった私への未練で、恋焦がれながらも、執着しながらも未完にしてしまっている私の中の恋愛という概念に対する未練で、もっと広く対象を捉えるのであれば、未だ自分から手を伸ばすことを怖がっている全ての人間関係に対する未練なのだと思う。

横断歩道に置き去りにされた段ボールがあった。走っている真下なんて見えっこない車たちとは違って、歩行者である私は地べたで無様にも轢かれ続ける段ボールを目視できる。
人間だってそうだと思う。私の辛さ、苦しさ、しんどさ、重たさ、私を取り巻くあらゆる要素が視野に入らないほど裕福で幸福な人間はきっと沢山いる。でも私は、私がどんな立ち位置にあったとしても、絶対に色んな人に目配せできる人間でありたい。この発言自体が、私がそれなりに上にいるという自認がある何よりもの証拠だって言われてしまうかもしれない。でも世の中には私より頑張って生きて、私よりも苦しくて辛くてしんどい思いをしながら生きている人が沢山いる。そういう人たちに比べたら、私の人生なんてちっぽけで、遥かに容易いものだと思う。だからあえてこういう発言をしている。私は愛されたいけれど、その何倍も愛したいんだ。そうやって生きているし、そうやってnoteを書いている。愛されないことが切ないんじゃなくて、自分が自分らしく愛せないことを恐れているんだ。

バイトを終えた。客数という意味での正念場は明日なので、まだまだ気は休まらない。明日は今日より3時間早い出勤なのも余計に私をそうさせる。頑張ろうね、マックの月見でも食べてから出勤しようかな。
来週の週記はもっと鮮やかに、艶やかに(?)生きられそう。容易くそう思えるくらいに今週は何の予定もなくて、そんな中でよく挫けずに生ききったなと思う。思ってあげなきゃいけない。なんとなく、私を生かしてあげられるのはもう私しかいないなと思う。私の宥め方は私にかできないから、時としてそういう言葉を自分にかけてあげられたら、と思う。

そういえば、今日誕生日の人に以前いただいたお手紙のことを思い出した。私の昨年の誕生日にいただいたお手紙。
そこには確か、「誰かを沢山愛している分、君自身のことも愛してあげてほしいな」というニュアンスの慈愛が書いてあった。私が私を幸せに仕立て上げることを、私の周りの誰かが願っているということ。私の幸せが、誰かの幸せに通ずるということを私はよく失念してしまう。その度に、その手紙を読み返して胸を突かれたような思いになる。

頑張ろっか、私。私なりに頑張ってみるから、これを読んでくれているそこのあなたはそんな私のことを近くでも遠くでもいいから見届けていてね。少しでもいいから、私の生き様を見ていてね。勿論その「あなた」は私がこのnoteで取り上げた誰かのことだけじゃない。今この文章を見ている、今私の生き様を目撃しているあなただよ。あなたはもう当事者だから、もしこんな私に興味があるなら、こんな私を好いてくれるのであれば、こんな私をどうかほんの少しでも覚えていてほしいと、想っていてほしいと、そう、私は切に願います。また来週。

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ホレタハレタ / 礼賛
再マイブーム。なんといえばいいのだろう、私が音楽理論に詳しくないばかりにこの曲の良さが全然言えないのだけれど、本当に夢中になって聴き入ってしまう1曲。

東京 / 超☆社会的サンダル
ただただ良い曲すぎて涙

おとなフォビア / 黒うさぎ
音楽性と歌詞が素晴らしいのは勿論のこと、この曲は黒うさぎさんの歌唱力が遺憾無く発揮されていてより素晴らしい。

鬼ごっこ(いよわ Remix) / 春野
バックで鳴っている音があまりにもいよわすぎる。大好きだなぁ。

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先週(9/5 - 9/11)

来週(9/19 - 9/25)
まだ

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