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メモ、資料、対話をどうつなぐか──UpNote・NotebookLM・ChatGPTの使い分け

最近、自分の知的生産の環境がかなり固まってきました。

以前は、メモをどこに置くか、資料をどう読むか、AIとの対話をどう保存するかが、少しずつ分かれていました。

思いついたことはメモする。
資料はPDFで読む。
ChatGPTとはその場で相談する。
必要があれば、あとでどこかに貼り付ける。

それぞれは便利なのですが、全体として見ると、少し散らかっていました。

ところが最近は、UpNote、NotebookLM、ChatGPTの役割がかなりはっきりしてきました。

一言でいうと、私の知的生産環境は、次のような構造になっています。

UpNoteは「置き場所」
NotebookLMは「資料を読む場所」
ChatGPTは「考えを動かす場所」

この3つを使い分けることで、考える、読む、書く、保存するという流れがかなりスムーズになってきました。

なお、今回はChatGPTを例にしていますが、Gemini,Claudeでもほぼ同様のことはできます。ひとつの例と思ってください。



1.UpNoteは、考えの置き場所である

まず、UpNoteです。

私にとってUpNoteは、完成した文章を書く場所というよりも、考えをいったん置いておく場所です。

to doリスト
月ごとのふりかえりメモ
note記事の予定やハッシュタグ候補のメモ
あとで書きたいテーマ。
記事の断片。
授業で使えそうな話。
そういうものを、とにかく置いておきます。

大事なのは、きれいに整理しすぎないことです。

基本的には、to doリストなので日常的に見ています。
それに関連して、note記事のためのメモもあります。

知的生産というと、分類やタグ付けをきちんとしたくなります。もちろん、それも大事です。ただ、最初から分類しようとすると、逆にメモする手が止まることがあります。

これはどのフォルダに入れるべきか。
このタグでよいのか。
まだ未完成なのに保存してよいのか。

そう考えているうちに、せっかくの違和感が消えてしまう。

だから、UpNoteは「完成した書類の倉庫」というより、未完成な考えを安心して置ける作業台として使っています。

特に私の場合、note記事を書くようになってから、この「置き場所」の重要性を強く感じるようになりました。

記事のネタは、机に向かった瞬間に突然出てくるわけではありません。

授業中、移動中、ニュースを見たとき、学生の反応を見たとき、ふとした会話の中で、「これは何か書けそうだ」と感じる。その小さな引っかかりを、その場で置いておく。

UpNoteは、そのための場所です。
携帯でもPCからでもアクセスが良いのが気に入っています。

なお、UpNoteについていくつか記事を書いてきました。下記もご覧ください。


2.NotebookLMは、資料と対話する場所である

次に、NotebookLMです。

NotebookLMは、私にとって「AIに何でも聞く場所」ではありません。
むしろ、資料を限定したうえで、その資料の中身を深く読むための場所です。

たとえば、論文のPDF、政府統計、インタビュー記録などを入れる。
そのうえで、内容を要約してもらう。
重要な論点を整理してもらう。
複数資料の共通点や違いを見てもらう。
表データを読んでもらう。
音声概要を作ってもらう。

このとき重要なのは、NotebookLMが「資料に基づいて答える」ことです。

もちろん、出力をそのまま信じるわけではありません。確認は必要です。けれども、少なくとも「今読ませている資料の範囲で考える」という制約がある。

これは、研究や授業準備ではかなり大きいです。

ChatGPTに広く相談すると、発想は広がります。
しかし、資料の精読や根拠確認には、資料の範囲を限定できるNotebookLMの方が向いています

私の感覚では、NotebookLMは「読むこと」を変えました。

以前なら、PDFを紙に印刷して、線を引いて、要点をメモして、必要な箇所を探し直していました。もちろん、今でも自分で読むことは必要です。ただ、NotebookLMを使うと、最初の見取り図を作る速度が大きく変わります。

この論文は何を問題にしているのか。
どの概念が中心なのか。
先行研究と何が違うのか。
自分の関心とどこで接続しそうか。

そうした問いを、資料を読みながら何度も投げかけられる。

つまりNotebookLMは、単なる要約ツールではなく、資料を相手にした問い直しの場所になっています。

なお、NotebookLMについてもいくつか記事を書いてきました。下記もご覧ください。



3.ChatGPTは、考えを動かす場所である

そして、ChatGPTです。

ChatGPTは、私にとって一番「対話」に近い場所です。

まだ形になっていない違和感を投げる。
思いつきを言葉にしてみる。
論点を広げる。
タイトル案を出してもらう。
構成を相談する。
自分の主張の弱いところを指摘してもらう。
別の見方を出してもらう。

こういう使い方をしています。

特に最近よく使っているのは、次のような流れです。

まず、自分の中にある違和感を一言で出す。
次に、それをChatGPTに投げる。
すると、論点が広がる。
そのうえで、最近はこう聞くことが増えました。

「こんな感じのnote記事を作りたいのだけど、その前にあなたが必要だと思う質問を私にいくつかしてください。」

いきなり文章を書いてもらうのではなく、先に質問してもらう。
すると、自分がまだ考えていなかった前提や、足りないエピソード、読者に伝わりにくい部分が見えてきます。

つまりChatGPTは、文章を代わりに書く道具というより、自分の考えを揺らし、動かし、言葉にするための壁打ち相手です。

ここを間違えると、AIに全部任せる使い方になってしまいます。

もちろん、下書きを作ってもらうこともあります。タイトル案を出してもらうこともあります。構成を整えてもらうこともあります。

でも、最も大事なのはそこではありません。

私にとってChatGPTの価値は、完成文を出すことよりも、自分が何に引っかかっているのかを見えるようにしてくれることにあります。

私が今まで書いた記事でいえば、下記などが関連します。あわせてご覧頂ければと思います。



4.どれも役割が異なる

UpNote、NotebookLM、ChatGPTは、どれも知的生産に関わっています。

ただし、役割はかなり違います。

UpNoteは、散らばる思考を受け止める場所。
NotebookLMは、資料に基づいて読む場所。
ChatGPTは、考えを動かす場所。

この違いを意識しないと、全部が混ざってしまいます。

たとえば、ChatGPTに何でも聞いて、そのまま文章にして、保存せずに終わる。
NotebookLMに資料を入れたけれど、出てきた要約だけ読んで満足する。
UpNoteにメモはあるけれど、あとから読み返さない。

そうなると、それぞれの道具は便利なのに、知的生産の流れにはなりません。

私が最近意識しているのは、道具を単体で使うのではなく、流れとして組み合わせることです。


5.note記事を書く時の流れ

たとえば、note記事を書くときは、だいたい次のような流れになります。

最初に、UpNoteに違和感やネタを置いておく。それを見返して、「これは書けそうだ」と思ったら、ChatGPTに投げます。

自宅ではPCから入力します。出先からはスマートフォンを利用します。音声を出しても良い場所であれば、ChatGPTアプリの音声入力が便利です。(Gemini、Claudeにもありますが)

そこで論点を広げる。
必要であれば質問してもらう。
タイトル案を出してもらう。
構成を作る。

ただし、そのまま使うわけではありません。

出てきた文章を読んで、「これは違う」「ここは自分の感覚と合っている」「この言い方は強すぎる」「この部分はもっと具体例が必要だ」と考える。

そのやり取りの中で、自分の書きたいことがはっきりしてきます。

資料が必要な場合は、NotebookLMを使います。

論文や統計資料、白書などを入れて、内容を確認する。
根拠になりそうな部分を探す。
複数の資料を比較する。
自分の論点と資料の接点を見る。

そして、またChatGPTに戻る。
最後に、必要なメモや下書き、リンクをUpNoteに戻す。

つまり、

UpNote → ChatGPT → NotebookLM → ChatGPT → UpNote

という往復が起きています。

この往復こそが、今の私の知的生産の中心になっています。

なお、今までの記事では、どちらかというと、どう書いているかよりも、なかなか書けないときにどうしているかについてまとめてきました。こちらもあわせてご覧頂ければと思います。


6.考えなくてよくなったわけではない

ここで大事なのは、これらの道具によって、考える作業が不要になったわけではないということです。

むしろ、考える場面は増えているようにも感じます。

どの違和感を拾うか。
どの資料を読むか。
AIの出力のどこに納得し、どこに違和感を持つか。
どの言葉なら自分の感覚に近いか。
読者にどこまで説明するか。
どこを削るか。
どこに自分の経験を入れるか。

AIは、文章を整えてくれます。
資料を要約してくれます。
論点を広げてくれます。

しかし、最終的に「これは自分の言葉として出せる」と判断するのは、人間です。

この判断を手放してしまうと、文章はきれいでも、自分のものではなくなります。

だから、私にとってAI活用とは、「全部任せること」ではありません。

むしろ、何をAIに任せ、何を自分に残すかを設計することです。

AIと学ぶとは、AIに任せることではなく、AIを伴走者にしながら、最後に引き受けるべきものを手放さないことです。

このことに関連しては、下記もあわせてご覧頂ければと思います。


まとめ

今の私にとって、UpNote、NotebookLM、ChatGPTは、それぞれ次のような役割を持っています。

UpNoteは、考えを置く場所。
思いつき、違和感、下書き、記事の断片を保存する。

NotebookLMは、資料を読む場所。
PDFや統計資料、論文をもとに、根拠を確認しながら考える。

ChatGPTは、考えを動かす場所。
違和感を言葉にし、論点を広げ、構成を試し、文章の方向を探る。

この3つがつながることで、私の知的生産はかなり楽になりました。

ただし、それは「AIに任せれば書けるようになった」という話ではありません。

むしろ逆です。

AIがあるからこそ、どこに自分の判断を残すのかが、以前よりも重要になっている。

何を置くか。
何を読むか。
何を問い直すか。
何を自分の言葉として引き受けるか。

その判断の連続として、いまの知的生産があります。

私にとって、UpNote・NotebookLM・ChatGPTの使い分けとは、単なるツール紹介ではありません。

それは、生成AI時代において、自分の考えをどこに置き、どのように育て、どの言葉で外に出すかという問題なのだと思います。



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