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【エッセイ】【音楽】負け組の歌 ザ・バンド「オールド・ディキシー・ダウン」を聴く

 果たして人様に胸を張って報告するようなことなのかどうか。YouTube Musicから、あなたは全世界でザ・バンドを聴いているリスナーの上位0.25%に入ったという単なるお知らせなのか、一種の表彰なのか、そんなような通知が届いた。確かに今年1月にガース・ハドソンが亡くなり、オリジナル・メンバー全員が鬼籍に入ってからというもの、繰り返し聴いていたとは思う。たいして詳しいわけでもないのに追悼記事まで書いたりもした。まあ、とにかく私は世界的にみてもザ・バンドをよく聴いている人間のようなのだ。他に自慢できることはないのか。

 5年前に亡くなった中国文学研究者の井波律子は同世代であるザ・バンドの熱烈なファンとして知られるが、没後に編纂された最後の本、タイトルからしてザ・バンドへのオマージュである「ラスト・ワルツ 胸躍る中国文学とともに」には、彼らの音楽をめぐる素敵なエッセイも収録されている。
 この人一流の「ザ・バンド愛」の表現というのか、ユーモアたっぷりに、「三国志演義」の蜀漢の劉備軍団にメンバーをなぞらえ、その個性と団結の強さを讃えているのが面白い。いわく、リヴォン・ヘルム(2012年没)は「時として激しくも逸脱した歌声を響かせるドラマー、暴れん坊の張飛」、リチャード・マニュエル(1986年没)は「一種、悲壮な風貌とソウルフルな歌いぶりが印象的なピアノ、悲劇的な関羽」、ロビー・ロバートソン(2023年没)は「つねにグループとしての戦略を考える名ギタリスト、軍師の諸葛亮」、リック・ダンコ(1999年没)は「力強いベースの音を響かせながら、自在に歌う、頼もしい趙雲」、ガース・ハドソン(2025年没)は「キーボードやオルガンはいわずもがな、どんな楽器も弾きこなし、背後でザ・バンドの音楽をみごとにまとめるリーダーの劉備」といった具合に。笑える。

 こうした突飛な譬えをごく自然に受け入れ、楽しんでいるが自分がいるが、よく考えてみるとおかしな話である。ザ・バンドを「侠」や「反骨」、「敗者」といった言葉に勝手に結び付けているのだが、それは何故だろう。彼らとアメリカ南部のイメージがオーバーラップしているのだろうが、これもおかしな話で、よく知られているように、メンバーのうち4人までがカナダ出身である。結局のところ、彼らのサウンドの泥臭ささ、そのルーツが南部の音楽的伝統にあること、もっといえば一つの名曲に行きつくのではないか。グループの2枚目のアルバムにして最高傑作との呼び声も高い名盤「ザ・バンド」(通称ブラウン・アルバム、1969年)、建国以来のアメリカの歴史やその音楽の途方もない多様性を巧みに取り入れたコンセプト・アルバムのハイライトともいえる「The Night They Drove Old Dixie Down」がそれである。南北戦争(1861年~65年)に敗れた南部の苦難と悲哀、誇りを歌い上げた彼らの代表曲の一つで、「The Weight」の次くらいによく知られた曲かと思う。

Virgil Caine is the name,
and I served on the Danville train,
'Til Stoneman's cavalry
came and tore up the tracks again.
In the winter of '65,
We were hungry, just barely alive.
By May the tenth, Richmond had fell,
it's a time I remember, oh so well,

The Night They Drove Old Dixie Down,
and the bells were ringing,
The Night They Drove Old Dixie Down,
and the people were singin'.

They went
Na, Na, Na, Na, Na, Na,
Na, Na, Na, Na, Na, Na,
Na, Na,

Back with my wife in Tennessee,
When one day she called to me,
"Virgil, quick, come see,
there goes the Robert E. Lee!"
Now I don't mind choppin' wood,
and I don't care if the money's no good.
Ya take what ya need and ya leave the rest,
But they should never have taken the very best.

The Night They Drove Old Dixie Down,
and the bells were ringing,
The Night They Drove Old Dixie Down,
and the people were singin'.

Like my father before me,
I will work the land,
Like my brother above me,
who took a rebel stand.
He was just eighteen, proud and brave,
But a Yankee laid him in his grave,
I swear by the mud below my feet,
You can't raise a Caine back up
when he's in defeat.

『The Night They Drove Old Dixie Down』

 主人公の名はバージル・ケインで、彼の一人称で語りは進む。バージルは南軍の兵站を担うバージニアのダンビル鉄道で働いていたが、北軍の騎兵部隊による破壊工作にあう。寒さと飢え、生きているのもやっとの日々、そして南部連合の首都リッチモンドの陥落。奴らが南部を踏みにじった夜、鐘が鳴り響き、人々は勝利に酔い歌った——。バージルは妻とテネシーに帰る。南軍の英雄リー将軍の名を冠した船が通る。薪を割って暮らし、貨幣価値も暴落した、誇りすら奪われそうな日々。バージルは父のように土に生きようと思う。そして兄のように世におもねらないことも。南軍に加わり、18歳で戦死した誇り高く勇敢だった兄。バージルは足元の泥土にかけて誓う――。
 固有名詞が多く登場するが、カナダ出身で南北戦争には明るくないロビー・ロバートソンが、図書館で資料をリサーチするなどして歌詞を書き上げたという。シナリオ・ハンティングの手法で、ストーリー性に富み、映像や音楽を喚起するところなどは映画的である。

 ザ・バンドの1976年の最後のステージの模様を記録した映画「ラスト・ワルツ」(マーティン・スコセッシ監督)を何度も観ているファンには、それぞれお気に入りの場面があるかと思う。私の場合、「The Night They Drove Old Dixie Down」、流麗なホーン・セクションが印象的な出だし、ロビー・ロバートソンが合図か気合か、右手を突き出す動作が何ともかっこよくて好きだ。メンバー唯一のアメリカ人で南部アーカンソー出身のリヴォン・ヘルムが彼のスタイル、右側に顔を向けてドラムを叩きながらヴォーカルをとる。彼がこの曲を歌うのは、このステージが最後となった。南部人の視点から歌詞作りに助言、協力したにもかかわらず、クレジットに自分の名前がないことに不満があったためとも言われている。この曲に対して複雑な感情があったのだろう。この曲自体、戦争に敗れ、敵方の凱歌を聴く主人公の複雑で鬱屈した心情が歌われている。

 名曲を名曲として愛でるだけでは済まされない時代なのかもしれない。南北戦争を南部の貧しい白人青年の視点から描いたこの曲も、「失われた大義」(Lost Cause)との兼ね合いで近年、批判されることもあるようだ。「失われた大義」とは、南北戦争における奴隷制の問題を捨象し、専ら権利や文化の防衛戦争といった面を強調する非正統的、修正主義的な歴史観のこと。厄介なことに、MAGA運動との親和性も強い。反連邦政府、反エリート、極端な保守主義、過度な被害者意識……。先の大統領選では旧南部連合11州のうち、10州でトランプが勝利、強固な岩盤支持層となっている。
 何も遠い国の話ということではない。この国だって、先の大戦について、中国大陸やアジア各国への理不尽な侵略、残虐行為といった現実には目をそむけ、やれ自衛戦争だ、解放戦争だ、声高な妄想的強弁がまかり通るようになってしまった。

 いくら頭をひねっても、私には曲の最後の部分、You can't raise a Caine back up, when he's in defeat. の意味がどうにもとれない。raise Cain=大騒ぎする、面倒を起こすという慣用表現、その由来となった旧約聖書の兄弟殺しの物語(南北戦争の暗喩?)と、主人公の名前Virgil Caineをかけているのだろうが。ただ、何度読み返しても、我らが知謀の軍師、諸葛亮=ロビー・ロバートソンが、PCに足元をすくわれるような歌詞を書いたようには思えない。敗者の痛みに寄り添う、普遍的でヒューマンな視点。ロビー・ロバートソンが残してくれた最良の曲の一つだろう。同時に、リヴォン・ヘルムが残してくれた最良のヴォーカルの一つだとも思う。常にエモーショナルな猛将、張飛=リヴォン・ヘルムの、南部人の魂を込めた熱唱にいつ聴いてもしびれる——Na, Na, Na, Na, Na, Na, Na, Na, Na, Na, Na, Na, Na, Na ,Na——で、繰り返し聴くことになるのだが、秘かにまた上位リスナーの通知が届くことを期待していたりする。

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橋本 健史 公開中の「林檎の味」を含む「カオルとカオリ」という連作小説をセルフ出版(ペーパーバック、電子書籍)しました。心に適うようでしたら、購入をご検討いただけますと幸いです。