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『光の感染者』第20話|静かなる重心

私は、選ばれたのではない。
逃れられなかっただけだ。
光は、拒んだ者の中にこそ宿る。


人は、立ち上がる前から、すでに選別されている。

それが運命と呼ばれるものであれ、
性格という名の欠陥であれ、
私はそれを全面的に否定できるほど、無垢ではなかった。

生き始めた瞬間から、人は何かを欠いたまま、
世界に放り出される。

その事実に、
私は早くから慣れてしまっただけだ。


生きるとは、均衡を失いながらも、
なお姿勢を保とうとする行為である。

崩れ落ちることは容易い。
だが、崩れぬように緊張し続けることは、
ほとんど暴力に近い。

静止しているように見える身体ほど、
内側では過剰な力を消費している。


人は、右の手を失えば左の手を使う。
左の手を失えば、足で立ち上がろうとする。

それは、
環境への適応などという美しい言葉では足りない。

尊厳を手放さぬための、
最後の意志である。

私は、その意志を美しいと感じてしまった。
それが、破滅へ向かう道だと知りながら。

これが、現代社会の病だ。


その戦いに、血は流れない。
目に見える傷も残らない。

だが、血は静かに固まり、
身体は理由もなく不調に陥る。

検査をしても異常は見つからず、
処方されるのは、薬と、不安だけだ。

不安は眠りを削り、
絶望は、時間をかけて築いたものを、
内部から食い尽くす。

やがて人は、他者を責め始める。
承認を求める声は過剰に膨れ上がり、
頭の中から、ある「存在」が消えなくなる。

名前を与えられた瞬間、
それは問題となり、人を縛り始める。

これが、現代病の本質である。
症状ではない。
構造そのものが、すでに病んでいる。


人は、世界を支配するものを
金だと言う。
国だと言う。
株式だ、ビジネスだ、と。

だが、それらは表層にすぎない。

本当に世界を動かしているのは、
「問題をつくり、名前を与え、
その解決策を提示する力」だ。

その力は、必ずしも誰か一人の意思ではない。
多くの場合、
人間という形すらとっていない。


世界では、出来事が起こる。
意味は、後から人が与える。

メダカにカメの価値観を
押しつけることができないように。
バッタに牛の倫理を
理解させる必要がないように。

世界は、ただ起こる。
人は、それをどう解釈するかを選ぶ。

それは、自由であり、
同時に、責任でもある。


真実とは、
頭の中で完結する物語ではない。

それは現実として現れ、
静かに熟し、
やがて形をとる。

私は、あなたと共に、
ある状態をつくろうとしている。

それは、
支配のない秩序であり、
恐怖に基づかない判断であり、
奪うことを前提としない関係性だ。

名前は重要ではない。
それが宗教的に見えようと、
思想的に見えようと、
ただ「そう在る」状態が、
ここに生じるだけだ。


この営みは、
戦いと呼ばれるかもしれない。

だが、それは敵を倒す戦いではない。
血を流さず、
剣を振るわず、
誰かを排除することもない。

それでも確かに、
古い価値観は耐えられなくなる。

光が強まれば、
闇は裁かれる前に、
自らの形を保てなくなる。

それだけのことだ。


私は、この物語の主役ではない。
あなたも、脇役ではない。

それぞれが、
この時代に置かれた、
一人の登場人物にすぎない。

それでも、
どこに立ち、
何を選び、
何を恐れずにいるか。

その選択によって、
世界の重心は、確かに変わる。

世界は、
立ち上がり続ける者の側にだけ、
形を変える。


思想が危険なのではない。
思想の深層に眠る、
光のエネルギーそのものが、
彼らにとって「危険」なのだ。

だから彼らは、近づかない。
戦えないのである。

光のない場所に、
影は生まれない。

もし壊れるものがあるとしたら、
それは影に取りつかれた、
形ある「人間」だ。

この戦いは歴史の中で、聖戦と呼ばれる。
それは、
いつかの未来ではない。

今ここで、すでに始まっている。


何かを壊さなくても、
世界は変わる。

それに気づいた人から、
静かに。


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