見出し画像

ワークソング: 肉体労働のリズムが音楽になる瞬間

20世紀初頭のアメリカ南部。
鉄道建設、森林伐採地、道路整備、製材所、線路敷設──
巨大なインフラ拡大の裏側では、多くの現場で黒人労働者、とりわけ囚人労働に組み込まれた黒人たちが重要な労働力として動員されていた。

奴隷制は法の上で終わっていた。だが南北戦争後の南部では、囚人を民間の農場や企業へ貸し出して働かせるコンヴィクト・リース(囚人請負制度)が広がり、その囚人の大多数を黒人が占めていた。20世紀初頭に各州でコンヴィクト・リースの廃止が進んだ後も、州や郡が囚人を道路などの公共工事へ投入する制度は続いた。

チェーンギャングの様子を再現したイメージ。
黒人囚人を含む囚人たちは集団で道路・採石・伐採などの労働に動員された。

コンヴィクト・リース(囚人請負制度)が囚人を民間の農場や企業へ貸し出す制度だったのに対し、20世紀初頭には、州や郡が囚人同士を鎖で繋いで集団で働かせるチェーンギャング(chain gang)も南部各地に広がった。黒人囚人たちは、道路工事や採石、伐採などの力仕事に動員された。

そのような労働の場では、ハンマーや斧を振る動作と声が結びつき、歌や掛け声が作業のテンポを支えることがあった。
労働に伴う歌は奴隷制期から記録されており、20世紀に入ってからも囚人農場や鉄道、伐採などの現場で歌われていた。こうした、作業と結びついて歌われる歌がワークソング(work song)である。



ハンマーを振り下ろす瞬間、声がリズムを刻んだ

複数人で杭を打ち込む作業や、巨大なハンマーや斧を振り下ろす作業では、全員の動作が一致しなければ危険を伴う。
そのため、声が拍子や動作の合図として使われた。

20世紀初頭のアメリカ南部における鉄道建設労働を再現したイメージ。
奴隷制廃止後も、黒人囚人が集団で過酷な肉体労働に動員されていた状況を描いている。

1930年代に囚人農場などで採録された資料には、採録者が「岩割りまたは斧仕事用」「斧仕事の歌」と記録したワークソングが残っている。集団で歌われるワークソングでは、先導する声と集団の応答が、共同作業の動きと結びついていた。

決まった歌詞だけを繰り返すわけではない。
先導する歌い手は、記憶している定型句を使ったり、その場で新しい句を加えたりしながら歌を続けることができた。歌や掛け声は、次の動作へ入るタイミングを揃える手がかりにもなった。

つまり、声は作業を成功させるための手段だった。
この声と動作の同期は、集団で歌われるワークソングの重要な働きのひとつである。


声が揃えば、動作が揃う──共同体としてのリズム

単調で過酷な労働を長時間行うには、個々の体力だけでなく、集団全体の動きを揃えることが重要だった。
ワークソングは単なる歌ではなく、労働のリズムと動作を合わせるための仕組みでもあった。

一人の先導者が声を出し、それに集団が応じる。コール・アンド・レスポンス(呼びかけと応答)である。斧やハンマーを振る共同作業では、先導者が定型句やその場で作った句を歌い、集団が応じながら作業の拍を保つことができた。

こうして肉体労働そのものが音楽的アンサンブルと変わっていく。

この身体の同期や反復の感覚は、後の黒人音楽を理解する上で重要な背景となる。


南部各地のワークソング──作業と歌い方の違い

南部の黒人労働歌は、ひとつの均質な文化ではなかった。
各地に残された録音や採録記録を見ると、作業の種類や人数、歌い手によって、歌や掛け声の使われ方にもさまざまな違いがある。

  • 斧を振る仕事や岩を割る共同作業では、一定の拍と集団の応答が、複数人の動作を揃える手がかりになった。

  • 鉄道作業では、線路を動かして位置を揃える作業や、枕木の周囲を突き固める作業など、それぞれの動きに合わせた歌や掛け声が使われた。

  • 河川労働では、蒸気船への荷積みなどの作業にも、先導する声で集団の動きを導くワークソングがあった。

同じワークソングでも、何をするために歌うのかによって、必要なリズムや掛け声、先導する声と集団の応答の仕方は変わる。そうした違いに、歌い手やレパートリーの違いも重なり、南部各地に多様な労働歌が残されていった。

こうした労働歌に見られる反復や呼応、即興的な言い換えは、フィールド・ハラーやスピリチュアルなどとともに、後にブルースが形づくられていく背景のひとつにもなった。


即興の歌詞──反復と変化が生む語り

ワークソングでは、定型句を土台にしながら、その場で歌詞を言い換えたり、新しい句を加えたりすることがあった。
録音資料や採録記録には、たとえば次のような内容が現れる。

  • 恋人や家族、郷里への思い

  • 労働や監督、看守への不満

  • 苦しみや孤独

  • 宗教的な言葉

  • 日々の出来事

先導する歌い手は、記憶している定型句とその場で生まれた言葉を組み合わせながら、短いフレーズを繰り返して歌を続けることができた。

反復は集団が応答しやすく、作業の拍を保つことにも向いている。一方で、その中の言葉を少しずつ変えることで、同じリズムの中に新しい出来事や感情を織り込むことができる。

ブルースのAAB形式(Aを繰り返し、Bへ進む)を直接ワークソングだけに由来させることはできないが、短い句の反復と変化、呼応、即興的な言い換えといった要素は、ワークソングやフィールド・ハラーを含む黒人歌唱文化に広く見られ、ブルースが形づくられていく背景のひとつにもなった。

ワークソングは、出来事や感情をリズムに乗せて語る場でもあった。


ワークソングはリズムの共同体を生み出した

フィールドハラーが一人で発せられることの多い声で、スピリチュアルが宗教的な共同歌唱の重要な形だったのに対し、集団で歌われるワークソングでは、互いの声を聞きながら作業の動きを揃えることが重要だった。

集団で働く中で、歌が互いの身体のリズムを揃える手がかりとなり、力を合わせるたびに声と音の一体感が生まれた。

反復、コール・アンド・レスポンス、声と身体のリズムを結びつける感覚は、ブルースやゴスペルをはじめ、その後のアフリカ系アメリカ音楽にも繰り返し現れる。

ここでのリズムは、音楽的な表現であると同時に、複数人が過酷な作業を進めるための実用的な合図でもあった。
ワークソングは、労働と歌が同じリズムの中に置かれていた姿を、いまに伝えている。


補足:ワークソング(囚人労働歌)の録音資料について

ワークソング(囚人労働歌)は、少なくとも19世紀の奴隷制期から、1865年の奴隷制廃止後を経て20世紀前半まで、南部の農場・伐採地・道路工事・鉄道敷設・囚人農場など、さまざまな労働の場で歌われていた。
ただし、そうした労働の「現場そのもの」を直接記録した音声資料は限られており、現在アクセスしやすい一次資料は、1930年代以降の調査録音に集中している。

それらの中には、実際の労働中ではなく、採録者の求めに応じて宿舎などで歌や作業の音を再現したものもある。そのため録音条件には注意が必要だが、集団労働におけるコール&レスポンス、一定のテンポ、定型句の反復と変化といった、ワークソングの特徴を音として確認できる重要な参照資料である。

以下に、本文で触れた要素を音として確認するための参考として、代表的な録音例を挙げておく。

  • Hammer Song(1939年4月16日録音)
    テキサス州Clemens State Farmで囚人集団を録音。採録者は「rock-breaking or ax-cutting(岩割りまたは斧仕事用)」と記している。録音場所は宿舎(Dormitory)であり、実際の作業中の録音ではない。
    https://www.loc.gov/item/lomaxbib000047/

  • Early in the Mornin’(1939年5月23日録音)
    ミシシッピ州Parchmanの州刑務所Camp #10で囚人集団を録音。採録者は「axe-cutting song」と記し、フィールドノートには歌い手たちが仕事の音を声で模倣したことが残されている。録音は宿舎の廊下で行われた。
    https://www.loc.gov/item/lomaxbib000368/

  • Po’ Laz’us(1939年5月20日録音)
    アーカンソー州Cummins State Farm Camp #5でCharles “Texas” Thomasが単独で歌ったワークソング。集団労働のコール・アンド・レスポンスの例ではなく、囚人農場で記録された独唱のワークソングの例である。
    https://www.loc.gov/item/afc1939001.afc1939001_02672a1/

  • Cap’n, I Got a Home in Oklahoma(1939年4月16日録音)
    テキサス州Clemens State FarmでTommy Woodsと囚人集団によって歌われたワークソング。家族への思いや祈りの言葉を含み、労働歌が作業のリズムだけでなく、歌い手たちの感情や生活を語る場でもあったことを伝える例である。
    https://www.loc.gov/item/afc1939001.afc1939001_02596b2/



いいなと思ったら応援しよう!