スピリチュアル(黒人霊歌): 抑圧の中で、声が天井を突き抜ける瞬間
南部の黒人教会は、単なる宗教施設ではなかった。
奴隷制が廃止されたあと、解放された黒人たちは教会や学校を築き、家族や地域社会を立て直していった。だが、再建期が終わると南部では人種隔離と差別が強まり、19世紀末にかけてジム・クロウ体制が根づいていく。
ジム・クロウ体制のもとで、学校、交通、裁判所、職場、住む区域など、生活の隅々までが白人社会の線引きに従って分けられ、黒人は経済的にも司法的にも従属させられていた。
それでも、涙を流し、怒りを語り、希望を叫ぶことのできる重要な場所があった。それが黒人自身が運営する教会だった。

スピリチュアルは、奴隷制の時代から運ばれてきた生きた歌
スピリチュアル(黒人霊歌)は、20世紀初頭に突然生まれた歌ではない。
その根は、18〜19世紀の奴隷制の時代にまで深く伸びている。
労働を強制され、家族を引き裂かれることもあった人々が、キリスト教の祈りや聖書の物語に自分たちの苦しみや希望を重ね、声を失わずに生き延びるなかで歌い継いだ歌だった。
だからスピリチュアルは、宗教歌であると同時に、生きるための言葉と声でもあった。
誰もが歌う。歌わざるを得ない。
奴隷制の時代に歌われていたスピリチュアルそのものを、録音で聴くことはできない。
けれど、19世紀に書き留められた歌や後世の録音・記録からは、先導する歌い手に周囲が応え、旋律や節がその場で変化する歌い方が伝わってくる。

《Sometimes I Feel Like a Motherless Child》のような悲しみの深い歌もある。
誰が作ったのか分からない歌も多い。メロディが一定しないこともある。けれど声が重なり、揺らぎ、膨らんでいく。
その場の息づかいに合わせて、歌は伸びたり縮んだりしながら、形を変えていく。
スピリチュアルには、たとえば 《Wade in the Water》 のように今日まで伝わる曲もある。
しかし多くのスピリチュアルは、譜面に固定される前に口承で伝えられ、歌うたびに少しずつ形を変えながら受け継がれていった。
先導する歌い手がその場で節を伸ばす
周囲の歌い手が決まった言葉や旋律で応える
手拍子や足踏みが重なる
同じ言葉を繰り返しながら歌が伸びていく
譜面どおりに固定されるのではなく、その場の声のやり取りの中で歌が形を変える。
フィールドハラーが孤独な声だとすれば、スピリチュアルは共同体がひとつの魂になる瞬間だった。
歌は祈りであり、ときに道しるべだった
スピリチュアルは神への祈りとして歌われた。けれど同時に、その歌には、奴隷制の苦しみや自由への願いが重ねられていた。
いくつかの霊歌は、自由を求める黒人たちにとって、希望や励ましを与える歌でもあった。
《Steal Away》や《Wade in the Water》が、逃亡や自由への願いと結びつけて語られてきたのも、その一端だ。
そして、歌が実際の逃亡の合図として使われたことを示す記録もある。ハリエット・タブマンは後年、《Go Down, Moses》などを歌って、自分が近くにいて逃亡を助けられることを知らせたと語っている。
祈りの言葉に現実の願いが重なりうることは、この文化の重要な一面だった。
スピリチュアルは天への声であると同時に、この世界で生き抜くための声でもあった。
コール&レスポンスが、礼拝を対話に変える
先導する声が言葉を投げかけ、周囲の声が応える。
スピリチュアルでは、先導する歌い手が一節を歌い、会衆が決まった言葉や旋律で応えるコール&レスポンスが広く使われた。
黒人教会の礼拝では、こうした声のやり取りは歌だけに限られない。語りかける声に会衆が応え、ときには語りが歌に近づき、歌に叫びや祈りが重なる。
語りに会衆の声が返る
歌の途中に叫びや祈りが重なる
先導する声に周囲の声が応える
こうした、ひとつの声に別の声が応えながら進んでいく表現は、ゴスペルをはじめ、後のアフリカ系アメリカ音楽にもさまざまな形で受け継がれていく。
教会は、その声のやり取りを繰り返し経験する大きな場のひとつだった。
声の揺らぎは、楽譜だけでは捉えきれない
スピリチュアルの歌唱では、音を滑らせるような動きや、微妙に低く取られる音、細かな節回しなどが現れる。
初期の採譜者たちにとって、そうした自由なスライドや節回し、リズムを西洋式の譜面へ正確に書き留めることは容易ではなかった。
手拍子や足踏みが別々の動きを重ね、複数の声が少しずつ違う旋律を歌うこともあった。
こうした歌い方は、奴隷化された人々が持ち込んだ多様なアフリカの音楽文化と、北米で出会ったキリスト教の歌などが、長い時間の中で組み直されるなかで育っていった。
音を滑らせたり、音程を揺らしたりする声の使い方はフィールドハラーにも見られ、後のブルースではブルーノートや音を曲げる歌い方など、別の形でも重要な表現になっていく。
リング・シャウト
── 声と身体が渦を巻く、もうひとつの礼拝

教会の音楽は、椅子に座って静かに歌うだけではなかった。
奴隷制の時代から、アメリカ南東部の黒人の宗教的な集まりには、リング・シャウト(Ring Shout)と呼ばれる形が見られた。
人々が輪になって足を引きずるように進み、先導と応答の歌、手拍子、床を踏む音などを重ねていく。
声、リズム、身体の動きが切り離されず、反復の中で高まっていく。
こうした伝統は、とくにジョージアやサウスカロライナ沿岸のガラ・ギーチーの共同体などで長く受け継がれてきた。
リング・シャウトはスピリチュアルそのものの別名ではないが、宗教歌と声、リズム、身体が結びつく黒人宗教文化の重要な一部だった。こうした声と身体の高まりは、後の黒人教会音楽にもさまざまな形で見られるようになる。
教会は、黒人文化の音楽の学校だった
奴隷制下では、黒人が教育を受ける機会そのものが厳しく制限されていた。
解放後になると、黒人社会は教会とともに学校を築き、フィスク大学のような高等教育機関も生まれていく。
その一方で、日々の礼拝もまた、歌うことを身につける大きな場だった。
集団で声を合わせる経験
先導する声に応える経験
周囲の声を聴きながら自分の声を重ねること
即興や反復に応じる柔軟さ
手拍子や足踏みと声を合わせること
楽譜を読むこととは違う形で、周囲の声を聞きながら、自分の声を合わせて歌う経験が積み重ねられていった。
こうした教会での歌唱文化は、のちのゴスペルを育てる大きな土台となった。
そして教会は音楽の学校であると同時に、精神的・社会的な支えでもあった。
歌がコンサートへ持ち出され、広い聴衆へ届いた
1871年10月6日、テネシー州ナッシュヴィルのフィスク大学から、学生歌手たちが学校の資金を集めるための巡演へ出発した。フィスク・ジュビリー・シンガーズである。
彼らはアメリカ各地からヨーロッパへと公演を広げ、スピリチュアルを白人を含む広い聴衆の前で歌った。
その巡演は、スピリチュアルをコンサートのレパートリーとして広く知らしめる大きな契機になった。

だが、舞台化された霊歌は、礼拝の即興と熱狂のすべてをそのまま写したものではない。
「教会の中で生き続ける歌」と「外に向けて整えられた歌」の間には、演奏の場と目的の違いがあった。
それでも、この時代のジュビリーの動きは、スピリチュアルが黒人共同体の外側へ広く届く大きな扉だった。
その歌唱は、やがて少人数のジュビリー・カルテットによる声の文化へも受け継がれていく。
録音より先に、長い口承の時代があった
奴隷制の時代に歌われていたスピリチュアルの録音は残っていない。
録音技術そのものが奴隷制廃止後に生まれたからだ。
一方、1867年には『Slave Songs of the United States』が出版され、南部で採集された130曲以上の歌詞や旋律が書き留められた。
録音以前のスピリチュアルを知る重要な記録である。
20世紀に入ると、フィスクやタスキーギの大学系アンサンブルによる商業録音が残るようになり、1920年代にはロバート・ウィンスロー・ゴードンらによる現地録音も始まった。
後世の録音から奴隷制期の礼拝の音をそのまま再現することはできない。
それでも、歌が口承で伝わり、解放後に異なる場所や編成の中で歌い継がれていった痕跡は残っている。
スピリチュアルは、黒人の魂の集合体だった
フィールドハラーが一人の呼び声として歌われることが多く、ワークソングが労働のリズムを支えたのに対し、スピリチュアルは宗教的な集まりの中で、しばしば共同体の声となった。
それは、共同体全体が、ひとつの魂となる瞬間の音だった。
悲しい歌もあり、喜びに満ちた歌もある。
しかし共通していたのは、この世界に押しつぶされず生きるために声を上げるという祈りだった。
アメリカ黒人の音楽文化は、形式としてのブルースやジャズより前に、すでにスピリチュアル、ワークソング、フィールドハラー、リング・シャウトなど、異なる場で育ったさまざまな歌と声の文化の中で育まれていた。
補足:スピリチュアル(黒人霊歌)の録音資料について
奴隷制の時代に歌われていたスピリチュアルの録音は残っていない。現在聴くことができる古い録音は、20世紀初頭の大学の合唱団やカルテットによる商業録音、1920年代以降の民俗学者による現地採録、さらに後世まで受け継がれた地域の歌唱など、時代も演奏形態もさまざまである。
そのため、これらを奴隷制期の礼拝の音をそのまま記録したものとして聴くことはできない。一方で、本文で触れた歌い方の一端や、スピリチュアルがその後どのような形で歌い継がれてきたかを知るための重要な資料でもある。
以下に、本文で触れた要素を音としてたどるための参考として、代表的な録音・伝承例を挙げておく。
Swing Low, Sweet Chariot — Fisk University Jubilee Quartet(1909年12月1日録音)
https://www.loc.gov/item/jukebox-128141/
(スピリチュアルが、コンサート向けの四重唱として歌われた初期の録音例として)Go Down Moses — Tuskegee Institute Singers(1914年8月31日録音)
https://www.loc.gov/item/jukebox-11026/
(本文で触れた、宗教的な祈りと自由への願いが重ねて受け止められてきた曲を、大学系アンサンブルの録音で聴く例として)I Want to Be Like Jesus — Tuskegee Institute Singers(1914年8月31日録音)
https://www.loc.gov/item/jukebox-187639/
(大学系アンサンブルによる、無伴奏の男性ダブル・カルテットの例として)Come by Here — H. Wylie(1926年録音)
https://www.loc.gov/item/ihas.200197143/
(大学の合唱団や商業録音とは異なる、1920年代の現地採録による個人歌唱の例として)Glory to God, My Son’s Come Home — J. D. Purdy(1926年頃録音)
https://www.loc.gov/item/ihas.200196322/
(ジョージア州ダリエン近郊で採録された、個人歌唱の例として)Oh Jonah! — Golden Jubilee Quartet(1943年録音)
https://www.loc.gov/item/ftvbib000056/
(Library of Congressがスピリチュアルとゴスペルの双方に分類する、1940年代の無伴奏宗教カルテットの例として)Jesus Leads Me All the Way — Rev. Goodwin and the Zion Methodist Church congregation(1970年3月29日録音)
https://www.loc.gov/item/ihas.200196384/
(Library of Congressがリング・シャウトと明記する、1970年に記録された宗教的実践の例として)Wade in the Water — Fisk Jubilee Singers(1994年発売『Wade in the Water, Vol. 1』収録)
https://folkways.si.edu/the-fisk-jubilee-singers/wade-in-the-water/african-american-music-gospel-sacred/music/track/smithsonian
(後世にコンサート・スピリチュアルとして歌い継がれた代表例として)Steal Away — The Princely Players(1994年発売『Wade in the Water, Vol. 1』収録)
https://folkways.si.edu/the-princely-players/steal-away/african-american-music-gospel-sacred/music/track/smithsonian
(同じく、後世にコンサート・スピリチュアルとして受け継がれた代表例として)
