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フィールドハラー: 声だけが頼りだった広大な南部の畑で

1900年代初頭のアメリカ南部。
ミシシッピ、アラバマ、ルイジアナ──
どこまでも続く綿花畑やサトウキビ畑の上を、湿気を帯びた重い空気がのしかかっていた。

奴隷制は1865年に法の上で終わった。
だが、解放されたはずの黒人たちの暮らしは、すぐに自由になったわけではない。
土地を持たない多くの人々は、シェアクロッピング(小作制度)や負債の鎖に縛られ、さらにジム・クロウ体制の差別と暴力のもとで、過酷な労働に戻されていた。

夜明け前。
労働者たちは畑に立つ。
太陽が昇れば肉体を削るような単調な作業が延々と続く。広い畑で互いに離れて働けば、普通の会話は届きにくい。
そんな環境の中で、声は遠くの相手に届く数少ない手段のひとつだった。

声は、ただの呼びかけではない。
それは孤独や退屈をまぎらわせ、遠くへの合図となり、ときには自分の気分や身の上を外へ放つ声でもあった。
これが「フィールドハラー」(英語: field holler)と呼ばれる、畑や労働の場で発せられた独唱的な呼び声である。
のちのブルースともいくつもの特徴を共有する、南部で歌われていた声の表現のひとつである。



遠く離れた仲間に向けて放たれた、名もなき声

広大な畑では、隣の列にいる仲間の姿さえ霞むことがある。
労働のリズムは止められない。だが、声だけは遠くまで届く。

フィールドハラーは、固定された旋律や形式に縛られない。
その瞬間の気分、疲労、怒り、天候など、あらゆる要素が一つの声に混ざり込む。

フィールドハラーには、cornfield holler(コーンフィールド・ハラー)やarwhoolie(アーワリー)といった呼び名も見られる。たとえば米国議会図書館は、南部のトウモロコシ畑や綿花畑で一人の労働者が歌った「arwhoolie」を「Cornfield Holler」とも呼んでいる。
その歌い方には、声を長く引き伸ばしたり、自由に節を動かしたりするものがあったとされる。
これらは畑の労働だけでなく、囚人農場などでも歌われた。
共通しているのは、ひとりの声が仕事や暮らしの場で役割を持っていたことだ。

広い場所では、声は遠くの相手への合図にもなった。隣の畑から別のハラーが返ることもあり、仕事の終わりや食事の時間を知らせる呼び声として使われることもあった。
呼び声に別の声が返るやり取りは、後のブルースにも見られるコール&レスポンスを思わせる。

労働の手は休まない。
ただ、その声が仲間の存在を確かめ、自分の存在を世界に刻む。


決まりごとのない、ただ一人の人生から生まれた旋律

フィールドハラーの最大の特徴は、決まった旋律や構造が固定されていないことである。

  • 高い音から急に落ちる節

  • ため息のように始まる声

  • 喉を震わせるビブラート

  • 音程を外すのではなく、揺らすように動かす感覚

  • リズムが伸び縮みし、言葉の間が自由に変形すること

こうした歌い方には、決まったルールがあるわけではない。
南部の仕事や暮らしの場で、その場や歌い手に応じて形を変えながら使われていた。

フィールドハラーでは、譜面上の一定の音高に収まらず、音程を滑らせたり、曲げたり、揺らしたりする歌い方が見られる。
後のブルースで重要になるブルーノートにも、これとよく似た音の動きがある。ブルーノートとは、第3・第5・第7音付近などを低めたり揺らしたりしながら歌い、メジャー/マイナーの境目をにじませるような響きを生む音遣いである。
フィールドハラーにも、後のブルースを思わせる、声の音程を自由に動かす感覚がすでに見られる。

譜面に固定された正解があるわけではない。
言葉の長さも音程の道筋も、そのときの息と場に応じて変わる。
ただ、その人の人生そのものが、その人だけの声になった。


声は労働の道具であり、感情を外へ放つ手段でもあった

黒人労働者たちが生きた南部には、人種差別や暴力、拘束が日常の背景としてあった。
そうした環境の中でも、フィールドハラーには仕事上の合図だけでなく、歌い手自身の言葉や気分が入り込む余地が大きかった。

  • ゆっくり引きずるような節

  • 語尾に交じるうなりや叫び

  • 高く持ち上げてから落ちる音

  • 長く伸ばされた母音の揺れ

そこには、疲労や寂しさ、怒りなど、その人自身の気分や感情がにじむこともあった。

声はコミュニケーションであると同時に、個人の表現の場でもあった。


フィールドハラーと、後のブルース

後世のブルースには、フィールドハラーと共通する表現を聞き取ることができる。
ただし、ブルースの源流はフィールドハラーだけに閉じていたわけではない。
ワークソングスピリチュアルリングシャウトなど、南部にはさまざまな歌や声の文化があり、それらも後のブルースへつながっていった。
その中でフィールドハラーには、ひとりの声を伸ばし、曲げ、即興的に言葉をのせるなど、後のブルースと重なる特徴がいくつも見られる。

  • 音程を滑らせたり曲げたりすること

  • 即興的な節回し

  • 個人の語り

  • 叫び、うなり、ため息に近い声を歌の中に入れること

  • リズムの伸縮

ブルースは、どこかの誰かが発明した音楽ではない。
19世紀末までには、アメリカ南部でブルースと認識できる歌唱が現れていたと考えられている。その背景には、さまざまな歌や声の文化が長い時間をかけて重なり合っていた。

広大な畑に響いたフィールドハラーも、その流れのひとつだった。
後のブルースに耳を澄ませると、声を伸ばし、揺らし、曲げる感覚に、フィールドハラーと響き合うものを聞き取ることができる。


補足:フィールドハラーの録音資料について

フィールドハラーは少なくとも19世紀の奴隷制期には歌われており、解放後も続いた。1930年代には南部の囚人農場などで録音され、1940年代にもミシシッピ・デルタで採録されている。

現在残る録音の中には、こうした1930〜40年代の民俗音楽調査によって記録されたものがある。

録音の状況はそれぞれ異なり、実際の労働の最中に発せられた声をそのまま記録したものばかりではない。それでも、声の伸ばし方や節回しなど、フィールドハラーの具体的な歌い方を知るための貴重な資料となっている。

以下に、米国議会図書館(Library of Congress)が公開している代表的な録音を挙げる。いずれも1939年、John & Ruby Lomaxの南部録音旅行で記録された音源である。



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