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【差取り・過去記事を読む】その思い込み、本当に「わたし」ですか?

こんにちは。ピアノ講師・メンタルコーチの One Heart です。
はじめましての方は、こちらをごらんくださいね。


今回は、過去記事を取り上げます。


120本を超える記事がおさめられている「差取りマガジン」。
投稿してから何ヶ月も経った記事に、あとから「高評価」をいただくことがあります。


そんなとき、「あ、いまこのタイミングで読んでくださったんだな」と、ちょっとうれしくなるんですよね。


順番に読んでくださっている方もいれば、気になる記事から読んでくださっている方もいる。


それぞれのペースで、過去の記事にも触れていただいているんだなと感じます。
ありがとうございます。


そんな記事を、これから順番に少しずつ、取り上げていきたいと思っています。


今回は、『【分離の苦しみ#69】世界がいびつに見えるのは、“思考のフィルター”のせい』という記事を読み返してみたいと思います。


先週の#90では、過去のできごとや傷ついた経験が、いつの間にか「わたしはこういう人」という自己認識になっていくことについて書きました。


その記事を書いたあと、ふと思い出したのが、この「#69」でした。


「#69」を読み返していて、「あ、これ、先週の記事にもつながっているな」と思ったんです。


「わたしはこういう人」という思い込みができるまでには、その前に、できごとをどう受け取ったか、ということがあります。
今回は、そんなことも考えながら、「#69」をもう一度読んでみたいと思います。


✧✧✧


「わたしはこういう人」は、いつできたんだろう

「わたしは要領が悪い」「わたしは人づき合いが苦手」「わたしは何をやってもうまくいかない」
こういう言葉って、何度も心の中で繰り返していると、だんだん「事実」のように感じてきます。


わたし自身も、長年くっついていたものがあります、笑。


でも、少しだけ時間を巻き戻してみると。
最初から、「わたしは、そういう人だった」わけではないんですよね。


たとえば、わたしの例を出してみましょう。
子供のころに母から「要領が悪いね」と言われてきました。


最初にあったのは、そういうひとつのできごとだったはずなんですよね。
でもそれがいつの間にか、「こういうことがあった」から、
「わたしはこういう人」へ。


できごとをただ単に説明していたものが、自分自身の性格になってしまうんです。


先週の「#90」で書いた「被害者アイデンティティ」も、似たところがあります。


「傷ついた経験がある」ことと、「わたしは、いつも傷つけられる人だ」と思うことは、同じではありません。


けれど、頭の中では、そのふたつがいつの間にかくっついてしまうことがあります。


そう考えてみると、思い込みは、最初から「わたし」だったわけではない。
ここは、とても大事なところなのだと思います。


✧✧✧


できごとと「わたし」の間にあるもの

以前の「#69」では、わたしたちは、目の前のできごとをそのまま見ているつもりでも、実際には「思考のフィルター」を通して見ていることがある、と書きました。


たとえば、誰かから注意されたとします。


できごととして書けば、「相手から、こう言われた」
ただそれだけです。


でも、そこに頭が意味をつけ始めます。
「怒っているのかな」
「嫌われたのかもしれない」
「やっぱりわたしが悪いんだ」


さらに・・・「昔からそうだった」
「あのときも同じだった」
「わたしって、いつもこう」と続いていくこともあります。


こうして見てみると、
できごと → わたしと、
いきなりつながっているわけではないんですよね。


その間には、できごと→そこにつけた意味→何度も繰り返す解釈
→自分についての物語→「わたしはこういう人」
という流れがあります。


#69を書いたときは、「思考のフィルターによって、世界の見え方が変わる」というところを中心に書いていました。


でも今回、「#90」を書いたあとに読み返してみると、もうひとつ見えてきたことがあります。


それは、フィルターは、世界の見え方だけではなく、
「わたし自身の見え方」まで変えてしまうことがある
ということです。


何度も同じフィルターを通して自分を見ていると、いつの間にか、「そう解釈している」ではなく、「これが、わたし」になっていく。


でも、本当にそうなんだろうか?


思い込みは、ただ頭に浮かぶ考えであるうちは、まだ「わたし」そのものではありません。


でも、同じ解釈を何度もくり返しているうちに、
それが少しずつ「わたしはこういう人」という自己認識に変わっていくことがあります。


ここからは、以前書いた「#69」も振り返りながら、
思い込みがどうやって「わたし」という物語になっていくのかを、もう少し深く見ていきたいと思います。


あわせて、「#69」を書いた当時よりも、今のわたしが大事だと感じている、
「ラベルを変える」より前に、いったん解釈そのものから離れてみることについても書いてみたいと思います。


なお、今回の記事とご紹介している「#69」の記事は、どちらも有料マガジン「ご自愛の哲学〜“差”取りのすすめ〜」と、定期購読マガジン「月刊・“差”取り〜ご自愛の哲学〜」の両方におさめています。


これまでの記事もまとめて読みたい方は買い切りの有料マガジンを、今月から少しずつ読んでみたい方は、定期購読の「月刊・“差”取り」からどうぞ。


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